元禄笑話 111~126
111 田舎者色里へ行く
112 朝寝
113 手の相と足の
114 変った買物
115 当流の謡曲
116 田舎者三條の宿屋
117 観音のオンの字
118 悪推なる眼一
119 矢張り被ってござれ
120 利口過ぎたる小性
121 表札
122 薬喰ひ
123 賢うない人
124 無言
125 男自慢
126 眠い上の眠さ
111 ■田舎者色里へ行く
去る田舎の若者四五人連れで、京は島原へ素見(ひやか)しに行いた。其処へ、これも遊びの人か、京の衆二三人打連立って、「ヤレ井筒はどうの。ヤレ玉の井はかうの。ヤレ夕顔の。」と、色々に評判して行過ぎた。田舎者は小耳に挿(はさ)んで、偖は謡曲の名で評判せられるわい。と心得、『さらば己等もそれで褒めう。』と言合う所へ、此里で名代の大夫が、綺羅美やかに粧うて練行く姿を見て、
『ヨーヨー橋弁慶様。』
と囃立てた。すると遣手婆は早合点して、
『ここな人は、大夫を端御辺様とは……………。』
とブツブツ呟く。田舎者これを見て、
『ヨ一山姥様。』
□端御辺とは、当時の端女郎を云うたもので、一目千軒に、『大夫天神は口の茶屋といふへは出ず。此女郎昼ばかりは端の茶屋にてあきなふ故、端女郎といふ。」とあって、兎に角大夫とは、遥に下に位する売女(ばいぢよ)である。偖こそ遣手婆は聞違へて腹立てたのであらう。
112 ■朝寝
去る一向宗の親父、毎朝程遠からぬ寺へ朝参りすることに決めて居た。或朝のこと、太(いた)く寝過し、周章(あわて)紛れに肩衣を取違へ、若女房衆の赤前垂を、手早く引掛けて出かけた。途で同行衆に咎められ、
『ここなば、いかう赤うござる。』
『されば其こと、急ぎまする。』
113 ■手の相と足の相
去る田舎者、京へ上り手相観の招牌(かんばん)に、手の象(かた)の書かれたのを見て、「此内は手を売るさうな。」と、内に入つて、
『此方では手をば売らしやるか。』
と尋ねると、目の凹んだ茶筌頭の老人出で、
『イヤイヤ、これは手の筋を観て、一代の運気吉凶を判じまする。所望ならば代物十二文で観て進ぜう。』
と言ふに、
『それでは一つ観て下され。』
と熊のやうな大手を出して観て貰ひ、代物置いて出で去り、偖下の町に来懸ると、また兎ある家の軒下に、足袋の招牌が掛ってあるを見付け、「是はまた足の筋を観る所さうな………………手の筋を観て足の筋を観ぬも如何。」と思ひ、ツカツカと店前(さき)に立懸り、
『ナモーシ、此足一つ観て下され。』
と甲高の大足を指出した。足袋屋の丁稚、足袋を誂へることかと、尺を把って文を度り、
『十一文。』
『手の筋は十二文ぢやった。が、足の筋は一文廉い。』
と、独語(ひとりご)ちつつ鳥目を突いた。
114 ■変った買物
去る方に、いろは仮名糞文字を知り、何でも聞いては無上(むしやう)に捻りたがる男が居た。此男、むの字は撥(はね)文字のんの字と同じ事ぢや。と聞き削(はつ)り、先月の八日、因幡薬師の縁日に参り、本店を見回って、
『謡曲の本が有るか。』
『ヘイ、何がお入用デ。』
『たんらは無いか。』
『イヤ、それはござりませぬ………………』と言ひつつ、十冊ばかり取出し、『………………こんなのは要りませぬか。』
かの男、二三冊打返し見たるに、田村の本が見えたので、
『コレ、ここにたんらも在るに、何故無いと言やった。ハテ、この人は二番さうな。』
□二番とは、上方に今も残れる言葉で、倥侗(うつけ)者の謂であるJ
115 ■当流の謡曲
何某とて、自分勝手に当流の謡曲を自慢する人あり。或日のこと、其処へ去る人遊びに見えた。が、例の亭主が当流謡曲の自慢話しを聞いて、小面憎しと思ひ、
『其方は当流をいかう自慢なされるけれども、我等程はなるまい。』
亭主聞きかねて、
『偖も口広い言はれやうヤ。其方は遂ぞ晴の場へも、双林寺へも出られたことを聞かぬ。我等は竹村甚左衛門が弟子で隠れおじやらぬ。ママ大きなことは吐(ぬか)さいで、兎も角も謡うて見やしやれ。』
『ヲヲ、負けることでは無い。』
と、乃て客の男、居直って扇子を構へ、
右の肱(かなひ)を打落せば、左の御手にて六弥太を取って投退(の)け、今は叶はじと思召して、ヤヲハ
と謡ひすませば、亭主嘲(せせら)笑って、
『イヤイヤ、それは当流では無い、違うた。』
客は腹に据ゑかねて、
『何の違うたことがあらう。さらばお手前のを聞かう。』
亭主心得た。と、声高らかに、
右の肱を打落せば、左の御手にて六弥太を取って投退け、今は医者坊(イシヤボン)と思召して、ヤヲハ
116 ■田舎者三條の宿屋
田舎の衆、十人ばかり、京見物にと上って、まづ三條の宿屋に著いた。女中は案内して、二階座敷へ上げた。何がさて遠国者の、二階座敷を見たこともなければ、皆口々に、
『これは気疎いことぢや。さてさて天に近い所に置くわ。』
と、詈(ののし)り呆れて居ると、其中の一人、
『京は石の上の住居ぢやと聞いたは悪口、大方は屋根の上の住居ぢや。』
と、賢らしく言ひぞよめく折、下座敷より、
『皆様どうぞお湯にお這入り。』
と声掛けられて、一同目を見合せ、
『上りは上ったけれども。が、何として下りようやら。』
と、犇(ひしめ)くを、一人の男、
『コレコレ、案じることはない。己に尾いて下りてござれ。』
と、先づ階子(はしご)段を四つ這ひに這下(くだ)れば、一同その通りにして、やうやっと下り果(おほ)せた。下に居た女中達は、余りの可笑しさにクックッ笑ふと、先達(せんだち)した男ムッとして、
『デモ先きに、猫がかうして下りたわい。』
117 ■観音のオンの字
去る人、
『観音のオンの字はどうやら書くナ。』
傍に居たる人、
『されば、真に書けば六百〔音〕と書く。草に書けば七百〔音〕と書く。』
118 ■悪椎(わるずゐ)なる眼一
去る夜、日頃心置けぬ人ばかり四五人打寄り、酒飲んで遊んだ。其中に一人左眼一(がんち)の男、如何にも苦になるにか、何時も逆上眼(のぼせめ)では煩ふ風に粧ひ、左手で抑へづめで居る。今宵も例の如く左の手で左眼を隠して居る気色、何となく心憎い処から、一人の男、意地悪く左の方から、
『これ献(さ)します!』
と、イキナリ盃を突付けた。その敏捷(けはし)さに、思はず左手で受取った。が、何時も隠す癖とて、盃受けざま右手で右の眼をヒタと塞ぎ、
『ハテ、悪洒落ナ、ここの火をば誰が消したぞ。』
119 ■矢張り被ってござれ
去る人河原の芝居を見物に行いた。処が、其直ぐ前に一人の男、編笠を被ったまま見て居るが、邪魔でならぬものから、
『コレコレ、ここなは編笠を取っておくれやれ。』
と、サイサイ促した。が、更に脱がうともせぬ。かの人大きに腹を立て、
『オノレはいかい邪魔な奴ぢや、口で言うても取らいで。』
と、今は堪へかねて、かの編笠を引手操(ひつたく)れば、是はまた、目も当てられぬ瘡掻(かさかき)であった。かの人鼻を歪めて、
『矢張り被ってござれ。』
と、手づから被せて遣はした。
120 ■利口過ぎたる小性
去る大寺に、見るから惚々する程の、二八ばかりの小性が居た。或日のこと、此寺の檀那御参詣の砌、方丈へ入られ、和尚と物語りせられる折、件の小性、天目を捧げてお茶を侑(すす)めた。
檀那顧みて、
『偖々其方は美しい生付きぢや。女にしたなら、嘸(さぞ)々………………。』
と、暫し見惚れて居られた。すると小性は、
『和尚様にも毎度左様のお望みでござりまする。』
和尚顔を顰め、
『シッ』
121 ■表札
去る医者、表札に「生田上成」と筆鮮かに記して、門の柱に打付け置いた。然るに其処を通合せたる頓狂者、これを見るや、其儘内へ飛込み、
『偖々珍らしいお事や。私遂ぞ見申したことはござらぬ。一目お見せ下されい。』
内の人驚き、
『それは亦何事でござる。』
『デモ、表に「いきたかみなり」とござりまする。が、………………。』
122 ■薬喰ひ
去る寺に、生臭坊主四五人集まり、「一番薬喰ひに泥鰌を買はう」。と、相談極ったから、徳利持たせて小僧を使に出した。小僧買って戻り道、日頃遊び友達なる門前の小供見て、心易達(やすだ)てに、
『オイ小僧サン、何を買ひに行かれた。』
小僧振返って、徳利を揮(ふ)りながら、
『この徳利は酢か、醤油か。指いたら一疋遣らう。』
123 ■賢うない人
去る所に、至って倹約な人があった。此人生付き余り賢うない方である。が、何でも角(か)でも勘定事には細い方であった。或時道で紙包みの銭百文を拾った。が、其紙には、「一匁八分」と書付けてあった。此人呟いて、
『今時は銭百文が一匁四分五厘ぢやに、一匁八分で拾うては、結局己が三分五厘の損ぢや。』
とて、復其処へ投棄てて去った。
□昔は金銀の値ひ時に依って相場が変るので、一匁八分とか一匁四分五厘とかいふのは、銀匁を言ったものである。
124 ■無言
去る仲の好い朋友三人寄合ひ、二十三夜待をした。「偖夜中までのこと故、それまで無言して月様を拝まう。」と、約束を固めた暫らくすると、一人が欠(あく)びしながら、
『とてものこと、夜中まで物言はずに居られるものではない。』
と呟くと、又一人が咎めて、
『無言にものを言ふ奴があるか。』
と遣ったので二人まで破れた。それで最後に残った人、己れの鼻を指さして、
『まだ言はぬは己ばかりぢや。』
125 ■男自慢
裏長屋住ひの風習、後家や嬶(かか)衆が井戸端へ寄ると、亭主の讒訴や余所の悪態やで、姦しいものである。ここに一人の古女房、口尖らかして、
『偖々此方の親父は皆々の聞かしやるやうに、一杯過ぎると、酒が酒を飲むぢややら、弥(いや)が上に飲まう飲まうと言うて、些(ち)と遅なはると、擲(たた)くやら喚くやら、イヤハヤ酷いことでござる。』
と、己が夫の讒訴を、皆々聞いて、
『イヤイヤ、女は一つぢや。重ねて仇気(あたけ)をったなら、皆寄って蒐(たか)って擲き返さう程に、屹度知らしておくれやれ。』
『ホンニ頼みまする。』
と、互に約束しておいた。それとも知らず例の親父、案の如く好い機嫌になって戻り、
『ヤイ酒出せ。ヨヨ』
と、ソロソロ管を捲き始め、揚句は例の仇気散らし、女房を捉へて擲き捲るに、女房はここぞと振切って表へ駆出し、大声揚げて触回った。二十軒ばかりの相借家の嬶や後家ども、手に手に火吹竹擂子木(すりこぎ)など振上げて、
『オノレは何時も芸の悪い!』
と、寄って蒐って打ち捲った、女とは云ヘ多勢に叶はず、這々隣へ遁込み、破屏風の陰に屈(かが)み居た。其処の亭主この態(ざま)を見て、
『浅ましや浅ましや、女どもに擲かれて逃げるとは、偖も笑止や。己などは内の奴と十五年も添ふが、遂ぞ拳一つ当てられたこともないわ。ハハハ』
126 ■眠い上の眠さ
去る丁稚、檀那が夜話しの供して或家へ行いた。供待に何の所在もなくボンヤリ待って居た。が、夜は次第に更ける。眠さは眠し、
『アーアー、何の用もないに、早う立たれいで。』
と、欠伸交りに呟く。此家の下女も同じく「煩いお客ぢや。早うお立ちやれば善いに。アー了(しま)ひたい眠たい。」と思ひ居たる折とて、彼の丁稚の呟き声を聞付け、偖語らふやう、
『ナーお前様も眠たからう。したが長話しする人のある時は、雪駄の裏に灸据ゑると早う立つものぢや程に、ササ艾(もぐさ)遣らう。』
と言ふに丁稚は喜んで、充分大きく据ゑた。奥に居られた檀那、
『ハテ、まだ宵やら、灸の匂ひがするわ。』
とて、中々立たうともせられなかった。
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