元禄笑話 101~110
101 戒名
102 棚吊り
103 謎々
104 無筆なる親父
105 一息に備前
106 了簡違ひ
107 楊貴妃露はる
108 鉢坊主の頓作
109 八百屋の島原通ひ
110 親父の小謡
去る寺へ死人を送り行き、葬り終って帰るに臨み、納所は戒名を渡すとて、予て長老の書き置かれたのを取違へ、八百屋の書出「三分五厘」とあったのを与へた。施主頂き帰って見た。所が「三分五厘」とある。『マサカ三分五厘といふ名はない筈ぢや。』とて、仏壇へ倒(さかさま)に張りおいた。回向に参る人々透し見ては、
去る人宿替へして、知る人を頼み、棚を吊って貰った。頼まれたる人心得たり。と、さも手敏捷(ばしか)く吊って帰った。亭主見て、『嬉しや、早う方著(かたづ)けう。』と、件の棚へそれぞれの物を上げるや否や、ガラガラと棚とも残確らず落ち毀れた。翌の日棚吊った人の見えたので.亭主不興顔に、
去る所に、十二三位の小忰があった。謎の流行る頃とて、目が覚めるから寝るまで、謎に浮身を窶してける程に、親父腹を立てて、
去る所に無筆なる親父あり。余所から文が来ても忰の留守には返辞もならぬ始末である。果して文が来た。生憎忰は内に居らぬ。さりとて返辞を急ぐ仕合(しあはせ)、親父いよいよ途方に暮れて居る。所へ、ヒヨッコリ息子殿が戻って見えた。
六月暑気の頃、去る人、大坂の河口で夥しく酒に酔ひ、暑さのまま河端へ出た。すると其処に渡しを架けたる船の繋がれてあるを見つけ、『丁度好い、乗って涼まう。』と、危き足を踏み締めて、件の船に乗込みけるが、其儘眠気ついて、倒れるや否や、高鼾にグッスリ寝入った。船頭戻り来て、此体を見るや、『オイオイ、此船出すが、其方は備前へか。』と問へば、かの酔ひ伏したる人夢中に、『ヲヲ』と頷いた。シテ此船は備前船と見えた。船頭衆、さらばとて、纜を解き追風に帆を揚げて、一時の間に備前の去る波止へ著けた。偖かの人を起して、『サーお上り。』と促せば、彼は寝惚(ねぼけ)眼を擦り擦り、
去る所に誠に性の悪い男があった。が、近頃散々博奕に打負け、挙句に身体を弱らして煩ひ居た。或日のこと、知人の訪れ来て、
去る所にお夏と呼ぷ中居女があった。が、「楊貴妃程の美人には何となく柚(ゆ)の香ひがするさうな。」と聞き削(はつ)り、それより二六時中袂に柚の実を入れて居った。すると店の若い衆、
去る鉢坊主、朝修業とて出懸け、米屋の表へ立懸った。すると女房は内より、『通らしやれ通らしやれ。』と、慳貪に言放ったのを、亭主咎めて、『ヤイヤイ其様に慳貪にいはぬものぢや。総じて朝は大師様がござると申すに。』と、散々に叱られて女房は、『あら勿体なや。』と、店の米一掴み握って、
去る八百屋、島原へ切々(せつせ)と通うた。対妓(あひかた)の女郎、「あの仁は八百屋ぢやと申すが、一遍嬲ってやらう。」と、
去る人、親子連れで東山へ遊山に行いた。親父剛(したか)か酒に酔ひ、小謡節に浮かれつつ帰った。が、我が家の前まで来ながら這入らうともせず、猶向ふへ進む容子である。
101 ■戒名
去る寺へ死人を送り行き、葬り終って帰るに臨み、納所は戒名を渡すとて、予て長老の書き置かれたのを取違へ、八百屋の書出「三分五厘」とあったのを与へた。施主頂き帰って見た。所が「三分五厘」とある。『マサカ三分五厘といふ名はない筈ぢや。』とて、仏壇へ倒(さかさま)に張りおいた。回向に参る人々透し見ては、
『南無厘五分三……………。』
102 ■棚吊り
去る人宿替へして、知る人を頼み、棚を吊って貰った。頼まれたる人心得たり。と、さも手敏捷(ばしか)く吊って帰った。亭主見て、『嬉しや、早う方著(かたづ)けう。』と、件の棚へそれぞれの物を上げるや否や、ガラガラと棚とも残確らず落ち毀れた。翌の日棚吊った人の見えたので.亭主不興顔に、
『昨日は棚を何と吊って給もったやら、皆棚ごと落ちたわャ。』
『それでは何ぞ上げやったナ。』
103 ■謎々
去る所に、十二三位の小忰があった。謎の流行る頃とて、目が覚めるから寝るまで、謎に浮身を窶してける程に、親父腹を立てて、
『此いきばる〔気張〕奴(め)が!』
と叱った。すると小忰、暫し小首を捻って居た。が、忽ちハタと小膝を叩き、
『父!それ解いた。客衆の上席歟。』
母親横より見かねて、
『親父様の叱りやるに、謎をしをる。此穀潰奴が!』
小忰受けて、
『オッと解いたぞ。続飯箆(そつくひべら)。』
104 ■無筆なる親父
去る所に無筆なる親父あり。余所から文が来ても忰の留守には返辞もならぬ始末である。果して文が来た。生憎忰は内に居らぬ。さりとて返辞を急ぐ仕合(しあはせ)、親父いよいよ途方に暮れて居る。所へ、ヒヨッコリ息子殿が戻って見えた。
親父劫を煮やし、
『此後もあること、これから余所へ行くならば、返辞二つ三つも書置いてから行け。』
105 ■一息に備前
六月暑気の頃、去る人、大坂の河口で夥しく酒に酔ひ、暑さのまま河端へ出た。すると其処に渡しを架けたる船の繋がれてあるを見つけ、『丁度好い、乗って涼まう。』と、危き足を踏み締めて、件の船に乗込みけるが、其儘眠気ついて、倒れるや否や、高鼾にグッスリ寝入った。船頭戻り来て、此体を見るや、『オイオイ、此船出すが、其方は備前へか。』と問へば、かの酔ひ伏したる人夢中に、『ヲヲ』と頷いた。シテ此船は備前船と見えた。船頭衆、さらばとて、纜を解き追風に帆を揚げて、一時の間に備前の去る波止へ著けた。偖かの人を起して、『サーお上り。』と促せば、彼は寝惚(ねぼけ)眼を擦り擦り、
『此処は何処ぢや。』
『備前ぢや。』
『備前……………何とて己を爰へ連れて来た。』
『これは如何なこと、船を出す時、其方は備前へかと問うたら、ヲヲと言はしやったによって、載せて来た。』
彼の人合点行かず、兎も角も陸へ上り、大坂へ便あるといふに、文を遣はした。
其許の我等が我等にて御座候哉、爰許の我等が我等にて御座候哉、一円合点参らず侯。
106 ■了簡違ひ
去る所に誠に性の悪い男があった。が、近頃散々博奕に打負け、挙句に身体を弱らして煩ひ居た。或日のこと、知人の訪れ来て、
『主が気分はどうぢや。上の町の玄徳様はお巧者な医者様ぢや程に、些と見て貰や。』と勧めるままに、『さらば行て頼みませう。』と、早速玄徳所へ行いて、脈を見て貰った。
玄徳打案ずること良暫らく、
『偖も取上げてござるわい。』
『弓矢八幡!全く取上げるどころではござらぬ。』
『ムム、デハ疝気かナ。』
『イヤ、まだする先でござる。』
107 ■楊貴妃露はる
去る所にお夏と呼ぷ中居女があった。が、「楊貴妃程の美人には何となく柚(ゆ)の香ひがするさうな。」と聞き削(はつ)り、それより二六時中袂に柚の実を入れて居った。すると店の若い衆、
『お夏殿、爾(わ)が身は何時も袖の香ひがする。が、如何様美人さうな。』
と心ありげに袖で引いた。お夏ニッコリして、
『爾(じ)や何言はんす……………。』
と、袖を振った拍子に、袂の中から柚の実がコロリ落ちた。
お夏はサッと顔を赤め、
『偖も悲しや楊貴妃が露はれた。』
108 ■鉢坊主の頓作
去る鉢坊主、朝修業とて出懸け、米屋の表へ立懸った。すると女房は内より、『通らしやれ通らしやれ。』と、慳貪に言放ったのを、亭主咎めて、『ヤイヤイ其様に慳貪にいはぬものぢや。総じて朝は大師様がござると申すに。』と、散々に叱られて女房は、『あら勿体なや。』と、店の米一掴み握って、
『コレコレ入れませう入れませう。』
と跡より追駆けた。鉢坊主は頭でも擲(たた)かれることかと思ひ、逸(いち)足出して逃げ失せた。女房は何でも大師様に進ぜう。と、息を切って追捲った。坊主は逃度を失うて、兎ある辻雪隠に逃込み、中から戸を引いて息を殺して居る。女房は戸口に立って、
『入れませう入れませう。』
件の坊主中より、
『弘法大師は高野へ入られた。女人結界、其処退(の)け其処退け。」
109 ■八百屋の島原通ひ
去る八百屋、島原へ切々(せつせ)と通うた。対妓(あひかた)の女郎、「あの仁は八百屋ぢやと申すが、一遍嬲ってやらう。」と、
『モーシ、お前様は妾が所へ、サイサイ通うておくれやるが、お内はどの辺でござんすエ。』
『己が内か。己が内は二條の室町ぢや。』
『シテお商売は……………。』
『木薬の問屋ぢや。』
『それは幸ひのこと、人参は如何程致しまするエ。』
『さればサ、葫蘿蔔(ニンジン)は束に依る。』
110 ■親父の小謡
去る人、親子連れで東山へ遊山に行いた。親父剛(したか)か酒に酔ひ、小謡節に浮かれつつ帰った。が、我が家の前まで来ながら這入らうともせず、猶向ふへ進む容子である。
息子驚き、
『コレコレ、此方の家は此処ぢやに。』
と袖を控へると、親父抜らぬ顔にて、
『今這入れば小謡があるまい。』
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