img092l

【翻字】
覚芝(がくし)禅師
生死事大(しやうじじだい) 農(の) が連(れ)は なゐぞ もろ人(ひと)よ きのふの夢(ゆめ)が けふも さめねば
〇師名は広本(くはうほん)号は覚芝檗門(ばくもん) の僧にて本山の幹事(かんす)たりしが病を 以て辞(じ)す時に僧あり問和尚はこれ 金剛(こんごう)の性躰何(しやうたいなん)の病(やまひ)かある答て曰 金剛に金剛の病ありと遂(つい)に去 て江州馬淵(まぶち)の福寿寺に閑居す 万能に達(たつ)して且医(かつゐ)の道に妙(みやう)有 売茶翁と法中(はふちう)の友(とも)たりしが你(なんじ)茶 をうらば我は薬を売(うら)んと戯(たはむ)れ 申されしとぞ延享三年五月十四日 其寺にて化す寿六十一

【校訂本文】
 覚芝禅師
 生死事大 逃れはないぞ 諸人よ 昨日の夢が 今日も醒めねば
 〇師、名は広本、号は覚芝。檗門の僧にて、本山の幹事たりしが、病を以て、辞す。時に、僧あり。問ふ。「和尚は、これ、金剛の性体、何の病ひか、ある」。答へて曰く、「金剛に、金剛の病あり」と。遂に、去つて、江州・馬淵の福寿寺に閑居す。
 万能に達して、且、医の道に妙有り。売茶翁と、法中の友たりしが、「你、茶を売らば、我は、薬を売らん」と、戯れ申されし、とぞ。
 延享三年五月十四日、その寺にて、化す。寿、六十一。

【語釈】
生死事大:生き死にを繰り返す六道輪廻の迷いを捨てて悟りをひらくことは、いま人と生まれているこの時をおいて他になく、最も大切なことであるという意。
檗門:黄檗宗
本山:現京都府宇治市の萬福寺
幹事:「監寺(禅宗寺院で、住持に代わって寺内の事務を監督する役職)」か。
金剛:金剛身。仏の身体。
福寿寺:現近江八幡市馬淵町の黄檗宗の寺院
万能に達す:様々な技芸に通じている
売茶翁:(本書44)。江戸後期の人。黄檗宗の僧であったが、年老いて後、還俗し、京で煎茶を売り、衆望を集めた。
延享三年:1746年

【解説】
 45人目は覚芝広本です。本書にある歌と紹介文は共に、『近世畸人伝』巻三「太田見良 猩々庵 附 僧覚芝 佃坊」に見え、その要約に近い内容です。
 歌は、仏道に志すこと、発心の大切さを詠んでいます。