瓶(かめ)にさす 藤(ふじ)の花ぶさ みじかければ たたみの上に とどかざりけり
(竹(たけ)の里歌(さとうた))
正岡子規(まさおかしき){一九〇二年没}

 正岡子規君は、新しい俳句の道をきりひらき、つづいて歌の道をもひらいた人です。東京下谷区{今、台東区}の根岸(ねぎし)に住んでいたので、根岸派といわれました。写生を主とし、自然で率直な歌いぶりであります。
 この歌は、病(やまい)の床(とこ)にあるときの作で、
 【瓶にさしてある藤の花のふさが、みじかいので、たたみの上にはとどかない。】
という、ごく自然な歌であります。
   瓶にさす 藤の花ぶさ 一ふさは かさねし書(ふみ)の 上に垂(た)れたり
という歌も同じ時によまれたのです。子規は、晩年は病気でいつも寝たきりでいましたので、ふつうの生活をしている人とはちがう位置や角度から、この花をみています。それが、正しい写生によって、歌全体にあらわれているのです。


   床(ゆか)のうへ 水(みず)越(こ)えたれば 夜もすがら 屋根のうらべに こほろぎの鳴く
(左千夫歌集)
伊藤左千夫(いとうさちお){一九一三年没}

 伊藤左千夫君は、千葉県成東町(なるとうまち)に生まれ、東京に出て、子規の門弟となり、歌誌「アララギ」を創刊しました。この歌は、本所で、家が大水にあった晩の、不安な、しかし寂しいこころを静かによんだもので、
 【床の上まで水がついてきたので、いつも縁(えん)の下に鳴いているこおろぎの声が、一晩中、屋根うらのあたりで聞えることである。】
の意です。危(あやう)い地上から高いところへ逃れた虫が、無心にほそぼそと鳴いている。それを聞いている人間も、同じように大自然の前には、はかなく弱いことが知られます。


   山道に 昨夜(ゆうべ)の雨の 流したる 松の落葉は かたよりにけり
(太虚(たいきよ)集)
島木赤彦(しまきあかひこ){一九二六年没}

 島木赤彦君は、長野県に生まれ、上京して左千夫の後をひきうけ、アララギの地盤を築きました。この歌は、
 【山道に昨夜の雨が押し流した松の落葉は、一すじにかたよって雨の流れたままを示している。】
という、静かな自然のこころをよんだ写生の歌であります。


   しづかなる 峠(とうげ)をのぼり 来(こ)し時に 月の光は 八谷(やたに)を照らす
(ともし火)
斎藤茂吉(さいとうもきち){一九五三年没}

 斎藤茂吉君は、左千夫の門下で、アララギの歌人中、最もすぐれており、「柿本人麿」のような大きい著述もあります。
 この歌は、「箱根山上作(はこねさんじようのさく)」と説明がついているとおり、箱根でよまれた歌で、
 【しずかな峠をのぼってきたときに、ちょうど月が出て、いくつもの谷々を明るく照らし出している。】
という、雄大な感じの歌。「八谷」は多くの谷の意です。
 斎藤君の歌碑が、強羅(ごうら)公園の奥の方に立っています。それは、
   おのづから 寂しくもあるか ゆふぐれて 雲は大きく 谿(たに)に沈みぬ
という歌で、「しづかなる」というこの歌と同じ時によまれたのです。


   幾山河(いくやまかわ) 越(こ)えさりゆかば さびしさの はてなむ国ぞ 今日も旅ゆく
(海の声)
若山牧水(わかやまぼくすい){一九二八年没}

 若山牧水君は宮城県に生まれ、早稲田大学にはいり、尾上柴舟(おのえさいしゆう)氏に歌を学んだ人です。旅から旅へと歌って歩いた人ともいえます。この歌はよく知られた作で、
 【一体、どれほど遥かな旅を続けて行ったら、これで寂しさがお終(しま)いという国に行き着こうか。今日も私は、その国を捜(さが)しもとめて旅を続けているのだ。】
の意で、自分は一生、はてしない旅を続けてゆかねばならぬのか、と嘆いたのです。それは、本当の旅行でもあり、理想をもとめてゆく人生を旅にたとえたものでもありましょう。
 この歌は、沼津(ぬまづ)千本松原の海岸に、碑に彫られて立っています。

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