明治屋(めいじや)の クリスマス飾り 灯(ひ)ともりて きらびやかなり 粉雪(こゆき)ふりいづ
(銀(ぎん))
木下利玄(きのしたりげん){一九二五年没}
この歌は、明治の末期ごろの作で、そのころの東京の風俗を知ることのできる歌であります。
【明治屋の店さきに立っているクリスマス・ツリーに灯(ひ)がともって、とても美しい。それに粉雪がちらついて、いっそう美しくみえる。】
という意で、クリスマスのころの銀座の街頭風景をよくとらえています。
木下君は、学習院の生徒の時代から竹柏会(ちくはくかい)にはいって歌を学んだ人で、すぐれた歌人でありましたが、おしいことに、はやく世を去られました。
なお、木下君には牡丹(ぼたん)をよんだ傑作があり、
牡丹花(ぼたんか)は 咲き定(さだ)まりて 静かなり 花の占(し)めたる 位置のたしかさ
をはじめ、新しみのある数首のよい歌をのこしました。
【牡丹の花は十分に咲きさかって、静まりかえっている。この花がこの空間に占めている位置の、実にどっしりと、確実で、あぶなげのないことよ。】
の意であります。
木下君の旧領地である岡山県足守町(あしもりまち)の小公園には、牡丹の歌の中の一首が碑に彫られています。
なお、木下君の名はトシハルというのですが、リゲンとよみならわしていますので、ここでもそうふりがなをつけました。
万(よろず)の物(もの) みなひそまりて 天地(あめつち)は 一つの富士と なりにけるかも
(鴎(かもめ))
石榑千亦(いしくれちまた){一九四二年没}
石榑千亦君は愛媛県の人、東京に出て、水難救済会(すいなんきゆうさいかい)の理事として一生を水難救済事業にささげ、同時に竹柏会(ちくはくかい)の雑誌「心の花」の編者として、ひたすらつくされました。その職務上、海に関する歌が多く、海の歌人といわれました。
この歌は、
【すべての物がしずかにひそまって姿を消し、天地はただ、一つの富士となったことである。】
の意。日のくれの空に、真白な富士の浮かんでいるような姿をみて、万物みな音をひそめ、天地の間に富士ただ一つがあるという、荘厳(そうごん)な景をよまれたのです。
これからは、現代の日本および外国の各方面の人々の歌のお話をします。
春風は やまとの国の 言(こと)の葉を 遠人(とおびと)までも ちり致(いた)すかな
(五百重浪(いおえなみ))
ウェーリー
ウェーリー君は英国ケンブリッジ大学の教授で、源氏物語を英訳した人として名高く、万葉集や梁塵秘抄(りようじんひしよう)などからも歌をぬいて翻訳をされました。私の従兄(いとこ)の岡元管太郎(おかもとかんたろう)君がたびたびロンドンに行きましたので、ある年の春、私のかいた短冊(たんざく)と新しい短冊を持っていってもらいましたところ、ウェーリー君は、この歌を日本字でかいてくださったのでした。
【春の風は、日本の国の歌を、遠い国にいる人――自分にまでも散らしてよこしてくれたことである。】
の意です。「遠人」は万葉集に遠(とお)つ人(ひと)、遠妻(とおづま)などの句がありますから、そうして「風」というから散りといい、「いたす」は至らせるの意に用いたのです。
ま東に すばるかがやく よひやみの 大海原(おおうなばら)を わが船帰る
(重山(じゆうざん)集)
新村出(しんむらいずる){一九一九年作}
新村出博士は、現代の言語学の第一人者で、歌は一高時代からよんでおられます。
この歌は、大正八年十月、朝鮮を経て中国に遊ばれ、帰られる時に作られたのです。
【ま東にすばるぼしがかがやいている宵(よい)やみの広い大海原を、自分の乗っている汽船は帰ってくる。】
いかにも大きな歌です。すばるは星の群{プレアデス星団}の名で、七つの星があつまってくくられたような形をしているので、統(す)べられた星の意味ですばるといいます。この歌を博士から短冊にかいて私におくられました。それは、万葉風(ふう)に漢字でかき、名のイズルを射弦とかいてあります。
「正東爾昴煌久宵闇乃大海原乎吾舟還流 大正八年十月従唐土帰航中作 射弦」
日をささふる 榕樹(ようじゆ)の下(もと)に 黄金房(こがねぶさ) バナナを食(お)せば 風おのづから吹く
(葯房主人歌草(やくぼうしゆじんかそう))
鈴木虎雄(すずきとらお){一九三〇年作}
鈴木虎雄博士は号を豹軒(ひようけん)、また葯房主人といわれて、漢文学の大家でありますが、歌も多くよまれて、明治時代に子規君の没後、その担当しておられた日本新聞の歌壇の選をされたのでした。
この歌は、明治三十六年四月、台湾に遊ばれた時の作の中の一首で、
【日をささえてしげっている榕樹のもとで、黄金の房のようにみのっているバナナを食べていると、風が自然に吹いてくる。】
の意です。おいしいバナナ、涼しい風、三句もみずみずしく、五句の字あまりもよくきいています。「をす」は食べるということばの古言(こげん)です。
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