第八章 二つの特攻作戦
一 菊水作戦の決行
全幹部の反対を排して
日本の世は末となつた。昭和二十年四月、桜の花は散り初めた。我が海軍の運命を弔う如くである。その四月六日に、所謂「菊水作戦」の命令が、第二艦隊――当時生存した主力艦隊――の上に下された。この日、聯合艦隊参謀長草鹿中将は、豊田司令長官の指示を懐ろにして、旗艦「大和」に伊藤整一中将を訪ね、命令を手交すると共に、「特攻」の已むべからざる理由を縷説して、中将の蹶起を懇請した。示達された命令は、
「第二艦隊は四月四日払暁、沖縄島嘉手納沖の敵泊地に突入すべし。燃料は片道分とす。特攻作戦と承知ありたし」
というのである。いうまでもなく死の進撃である。万一沖縄に上陸が出来れば、陸戦に参加して軍人の誉れを後世に残すこともあろうが、それは素人眼にも絶対不可能事と判明する自殺行であつた。
伊藤中将(戦死後大将)は開戦時既に軍令部次長の要職にあつた海軍屈指の人物であつたから、海軍のおかれた立場から、この無謀極まる作戦にも、心底の不満を現わさずに、静かに呑み込んだ。これより先き、海軍軍令部さえも此の作戦(連合艦隊司令部の策定)には容易に同意しないで、幾度びか反省を促がしたのであつた。燃料を片道分しか与えない作戦は余りにも死を強いるものであり、敗戦寸前にあるとはいえ、人道に反するの譏りを免かれないし、沖縄到着が既に不可能事と判つている限り、全く無益の死であるというのだ。之に対して司令部の応答は、
「沖縄の喪失は日本の敗北を決定する。その一戦に海軍が協力する最後の手は他にない。沖縄に達し得なくとも、敵の空軍は必ずや大半が艦隊攻撃に蝟集するであろう。然らば其の日の陸上の総反撃は、敵飛行機を減少するだけ効果があり、成功の見込みを裏附けるであろう」
と熱説するのであつた。つまり、戦艦「大和」をして、敵空軍を吸い取る役目を果させようとするのであつた。落語に、蚊帳のない貧家の孝行息子が自分の身体に酒を塗り、蚊を吸集して親の安眠を計るという筋がある。天が孝行に感じて蚊の来襲を制したという「落ち」であるが、将兵の自殺を強いる「菊水作戦」には、天が感じる道理はなかろう――。
果然、その日旗艦「大和」で開かれた各司令や艦長の会合では、大和艦長有賀大佐の終始沈黙微笑する外は、殆ど全員が激越な口調を以て反対した。冷静で有名な朝霜艦長杉原中佐は「途中で必ず撃沈される作戦は否定する。国民の最後の財産を自棄することは絶対反対」と叫んだ。温厚の新谷大佐は「この作戦は死所を得ない。死所は敵の本土上陸戦と刺違える時だ。馬鹿ッ」と起ち上つた。駆逐隊司令小瀧大佐は熱血漢で皮肉屋だつたが、「連合艦隊司令部は日吉台の防空壕の中に住んでいる。国家興亡の大決戦を何と思つているのだ。東郷元帥を見よ、ネルソンを見よ。穴から出て来て直接に指揮して貰いたい」と叫んだ。
こうした激論の会議は、日本の海軍においては、初めにしてまた終りでもあつた。戦法の争いは常にあつたが、作戦そのものには絶対服従の原則が一貫されていたからだ。半歳前のレイテ作戦の場合にも艦隊内に不満が横溢したが、一同会議の席では爆発するまでには至らなかつた。この時に限つて、この基本論争が爆発したのは、作戦自体が非常識に過ぎたからである。思うに、直衛機のない艦隊が、敵の完全なる制空権下の海上を進撃することは全滅請合いである。数時間を闇に紛れて突進するなら別だが、どうしても白昼全一日を海上に晒らすのだから米空軍が見落すはずがない。既にして、B29は毎日われらの泊地を見に来ているし、豊後水道には敵の潜水艦も出没しているのだ。否な、燃料の片道分というのは、艦隊の全滅を初めから承知した上の作戦命令に外ならないのだ。
艦隊の思想は、「勇戦すれども徒死するな」という戦士尊重主義であつた。ミッドウェーの敗戦は我が海軍の戦運を一転させたものだが、その最大の痛傷は、空母四隻の喪失よりも、山口少将以下多数の訓練された空中戦の将兵を失つたことであつた。その後飛行機は補充されたが、戦闘力は半分以下に落ち、次の年は四分の一と崩れていつた。人によつて程度は違うが、この第二艦隊は長く栗田健男中将に率いられ、彼れの人命尊重主義を呼吸して来た。この艦隊は多くの軍艦を失つたが、艦が沈んでも人を助ける主義を懸命に実行して比較的多くの部下を保存したことを誇りとしていた。だから必敗全滅の作戦には真向から反対する幹部が多かつたわけだ。しかしながら大和艦上第二回目の会議においては、草鹿参謀長と伊藤司令長官の縷々として説く出撃の必要に、一同はついに頭を垂れた。「ては一番やつてみましよう」と十数名の幹部は一斉に起ち上り、気も晴々と各自の艦に帰つた。《注:「ては」は底本のまま。》
二 決死出撃の前夜
忘れ得ぬ感激の数々
大和の作戦会議を終つた艦隊の幹部は急ぎ自分の艦に帰つた。以心伝心、各艦の将兵は既に決戦出撃の断行を予想しており、その方面が沖縄であることを予知していた。「決行にきまつた。沖縄!」と言つただけで各員は直ぐに兵器の整備に着手した。艦を見廻つて下舷に行くと、水兵が揃つて銃剣の刃附けをしている。いうまでもなく沖縄に上陸し、米兵を突き刺すための戦闘準備である。彼等はその白兵陸戦を信じて闘志を燃やしているのだ。途中で間遅いなく敵の飛行機に沈められて了う運命などは念頭から消え去つていた。
それから最近乗艦したばかりの海軍兵学校出の少尉候補生は全部艦隊から陸上に戻すことにして各艦それぞれ下命した。ところが一同殺気を帯びて承知しない。
「自分達はお国のために命を捨てるのを誇りとするものです。いま最後の大決戦に臨んで戦列から除かれることは心外千万です。国へ帰つて何の顔をして父兄にまみえられますか。ぜひとも連れていつて下さい」
と迫つて承知しない。そこで各艦長は感激の涙を湛え「実は今度の戦闘は実戦を経た者だけで演るのだ。未経験者は邪魔になるのだ。それで退艦を命令するのだ」と諭して漸く納得させた。やがて彼等は各艦の内火艇に移乗し、肩を組み合つて頭を垂れて悄然と艦から去つて行つた。そうして対岸に整列して日の暮れるまで艦隊を見詰めていた。
さて夜は別れの盃である。水雷戦隊司令官古村少将を中心に、戦隊旗艦矢矧の原艦長、吉田、新谷、小瀧、寺内、酒匂、杉原、前川、板谷、広瀬等の駆逐艦長が車座となり、今生の最後の一夜を、飲み尽し、語り尽し、唄い尽そうとした。三十本余りがたちまち空になつた。が、誰も酔わなかつた。皆な幾度となく死生の間を戦つて来た猛将ばかりなのだが、その夜だけは「ギリギリの思い」が胸底にこびりついていたのだろう。十一時頃に散会し、各艦長は自分の艦に戻つて士官室で第二次の別れの宴に臨む。皆な戦意横溢、特に若い中、少尉は、明日の必死作戦など一向に臆するところもなく、淡々無邪気、冗談を飛ばしながら元気よく飲んでいた。やがて「同期の桜」が合唱される声が内海の静かな水面を春風のように渡るのであつた。明日は散り行く若桜の潔い姿の前に、艦長達は何れも涙を抑えて頭を下げたことであろう。そうして、この崇高にして美しい姿を、日本の全国民に見て貰いたいと思つたであろう。更に、この日本青年の雄々しさに泣いて貰いたいと思つたであろう。
矢矧艦長原為一大佐は、夜も更けて自室に戻る途中、他の感激の場面につき当つた。山本一等機関兵が、汚れた服を着て、真黒な顔をして発電機に油を注いでいる。後ろに歩み寄つて尋ねてみると、「意義の深い今夜、万一発電機の故障でも起きて停電したら一大事です。だから酒好きの同僚と交代して自分から発電機当直を引受けました」という淡々たる返事に、原大佐は唯だ黙礼して去つたという。思うに、このような心構えの将兵は独り矢矧にばかりいたのではない。艦隊滅びんとして精神なお活く。その人的資源の一切を乗せて、明日は最後の戦場へと赴くのであつた。
三 第二艦隊僅か十隻
ただ一気に盲進す
楠正行の如意輪堂の故事ではないが、亡き数に入る日本の全艦隊の名は、戦艦大和、巡洋艦矢矧、駆逐艦八隻――冬月、涼月、雪風、磯風、浜風、霞、初霜、朝霜――の合計十隻であつた。その他には軍艦はなかつたのか? いな未だ個々に残つてはいた。燃料の関係で南洋に残つたのもあるが、第二艦隊の可動勢力は、この十隻だ。私がレイテ作戦の結論に、「日本海軍が海軍としての機能を失つた」と書いた其の実態がこれである。
この艦隊はレイテ敗戦後に栗田中将が内地に率いて来た第二艦隊の全勢力なのだ。その途中(十一月末)、戦艦金剛は台湾海峡で暴風雨の夜に敵潜に沈められ(将兵大部分戦死)、榛名は修理中であり、長門は横須賀に繋がれ、重巡二隻は南洋に残つたので、以上十隻が全部である。
なお読者の中には、連合艦隊と呼ぶ中に、第二艦隊以下があつて「第一艦隊」がないのを怪しむ人が多いようだが、それは豊田副武大将が長官になつた十九年五月から、司令部は海上を去つて陸に上つた結果であつて、その事情は結論で解説する筈である。
さて、日本国防海軍の全力を結集した残存艦隊は――それでも昭和三十年の我が海軍力の何百倍はあつたろう――二十年四月六日の午後三時、瀬戸内海三田尻の沖で一斉に錨を挙げた。春霞の空に薄い陽がさして出撃にふさわしい光景を点じた。ところが艦隊の航行隊形が整うや否や、忽ち現われたB29二機は高々度から爆弾を投下して、あたかも宣戦を布告する如くであつた。艦隊の一尺の動きをも見遁さない米軍の監視網を、特攻隊はどうして突破しようとするのか。午後十時豊後水道を南下、翌七日午前二時、大隅海峡を通過する頃から、敵潜水艦二隻の接触を感じた。昼は雲間からB29がのぞき、夜は敵潜が密跡して来る。これでは目的地への突入は九九%不可能であろう。が、それは作戦決定の当初に於いて既に覚悟していた通りだ。艦隊は唯だ全速力で突進するのみである。茲に至つては、正しい意味の作戦はあり得ない。盲進のみが艦隊行動の全部であつた。
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