【七】
(伝九郎と中川、江戸屋で袋叩きに 伝九郎、お里の居所を知る お里再びさらわれる)
(伝九郎と中川、江戸屋で袋叩きに 伝九郎、お里の居所を知る お里再びさらわれる)
伝『親分。私(わっし)達も子供の使いじゃアなし、女(たま)が確かに居ると思って来たのに、居ねエから「そうでございますか。」と、此の儘には帰れません。私(わっし)は兎も角、ここに居(い)る中川さんは立派なお侍。大小の手前、此の儘には帰れますまい。ねエ、中川さん。そうじゃアございませんか。』
幸『さよう、さよう。此の儘には帰られんテ。』
伝『ねエ、親分。念の為、家中(うちじゅう)を一ツ調べさせてお貰い申してエもので。どんなものでございましょう。』
金『じゃア何か。俺が「居ねエ。」と言うのを、飽く迄も疑って「家(や)探しをする。」と言うのか。ヤイ、伝九郎。他人(ひと)の住居(すまい)を家(や)探しをするという事は重い事だ。是がお上の御役人なら仕方もねエが、高が汝(てめえ)と、こう申しては失礼だが、中川さんじゃアねエか。サア、家(や)探しをするならして見ろ。おさとが居ない暁は、お前達はどうするつもりだ。俺も此の土地で親分だとか親方だとか、嘘にも人に言われて居(い)る身体(からだ)だ。「家(や)探しをされて黙って居た。」と言われては、俺の男が立たねエ。居ねエ暁にはどうして俺の顔を立てる。』
言われて中川幸之助が何となく気味が悪い。伝九郎の袖を引ッ張って小声で、
幸『伝九郎。帰ろうではないか。どうも最前から金兵衛の容子では、全くおさとは此処には居らぬようだ。家(や)探しをして「居ない。」となれば、お前は兎も角、此の中川が身分にも係わる。』
伝『中川さん。御心配なさいますナ。確かにおさとは此処に居(い)るに相違ございません。』
幸『確かに居(お)るかエ。』
伝『確かに居(お)ります。』
幸『それではうまく遣ってくれ。』
伝『金兵衛親分。念の為家(や)探しをしますから、どうか悪く思っておくんなさるナ。』
金『じゃア飽く迄も俺を疑るのだナ。しかし、家(や)探しをして、居なかったらどうする。』
伝『御入り用もございますまいが、此の伝九郎の素(そ)ッ首を御渡し申します。』
金『コレは面白い。』
伝『私(わっし)の首ばかりじゃアございません。中川さんの首も添えて差し上げましょう。ねエ、中川さん。お前さんも首をお遣んなさるネ。』
幸『コレコレ、伝九郎。何も首なぞを遣る約束をするにも及ぶまい。お前は勝手に遣るが宜(い)いが、俺は遣れない。此の世の中に何が不自由だッて、首の無い位不自由なものはない。』
伝『お前さんは侍じゃアございませんか。そんナ弱い音(ね)を出すもんじゃアございません。』
幸『デモサ、あまりお前が俺を冥途の道伴(ず)れにしたがるから、愚痴も出るじゃねエか。』
金『サア、家(や)探しをするならして見ろ。ヤイ、若い奴ら。伝九郎に中川さんが調べものがあるので、俺の家(うち)を家(や)探しをすると言いなさる。事の済むまで一人も動いちゃアならねエゾ。さア、伝九郎。広くもねエ俺の家(うち)だ。女(たま)が居(い)ると思ったら、探して見ろ。』
伝『御免なさい。』
と、是から中川と二人で、座敷は勿論、縁の下から物置、天井裏まで探したが、おさとはもとより鼠一匹も出ない。
二人は顔と顔を見合わせ、「コレはとんだ事をした。長居をしては一大事。今の内逃げよう。」とする素振りを見て取る金兵衛、
金『若エ奴等。二人を逃がすナ。』
甲『合点承知。』
と、若い者七八人、二人の行く先(て)に立ち塞がり、
乙『此奴(こいつ)等、よくも親分に恥をかかせやアがった。久しく喧嘩をしねエで、腕がうなって胸が痛んでならねエ。薬の代わりに撲るから、そう思え。』
火の中にでも飛び込もうという若い連中が、伝九郎に中川を捕り押さえて、鉄拳(げんこ)の雨。
甲『親分。首を貰う約束でございますが、どっちの首を先に引ッこ抜きましょう。』
根が臆病の中川、之を聞いて慄(ふる)えあがった。
幸『是々。拙者の首は入り用だ。』
誰でも首の入り用でないものは無い。
金『此奴(こいつ)等の雁首を貰った処で、飴屋もいい顔をして取り替えちゃアくれめエから、首だけは助けてやれ{*1}。』
乙『宜(よろ)しうございます。どうでございます、親分。首の代わりに睾丸(きんたま)を抜いたら柔和(おとな)しくなりましょう。』
金『馬と間違えるナ。』
乾児(こぶん)がポカポカ二人を撲って「一昨日(おととい)来イ。」と突き出し、塩を一と摑み持って来て、二人の頭へパラリ。
甲『消えて無くなれ。』
なめくじだと思って居(い)る。二人は尻尾(しっぽ)を巻いて逃げ帰る。
跡に乾児(こぶん)が、
乙『親分、親分。アノ中川という奴は大小を忘れてゆきました。』
金『大変な侍があるもんだ。魂を忘れて往(い)った。』
甲『魂を忘れれば、奴郎(やろう)は抜け殻でございます。イヤ――、ひどい刀だ。錆びて居りますぜ。どうでございます、親分。是で人が切れましょうか。』
金『そうヨな、豆腐は切れるだろうが、蒟蒻はむずかしいだろう。』
甲『恐ろしい刀を持って居やアがる……誰だエ、其処へ来たのは。汝(てめえ)中川だナ。何しに来た。』
幸『大小を渡してもらいたい。』
甲『今見たが、ひどい刀をさしてるなア。こんな刀をさす位なら、無腰の方が宜(よ)かろう。江戸柳原の住人がたくり丸。それ、持って往(ゆ)け。』
と、ポンと表へほうり出した。ガラガラところがって、スルリ中身が抜けると、石に当たってキウーと曲がってしまう。よく「折れる」と申しますが、折れる刀はまだ上等の部で、鈍刀(なまくら)は曲がってしまいます。
さア、之を聞いた高木七之助は大いに怒り、「どこにおさとを隠したか。彼のありかを探して取り押さえ、それから金兵衛に此の返報をしよう。」と、伝九郎と中川に申し付け、諸方手分けをして探した。行衛が判りません。
スルと、其の年の十一月、伝九郎の家(うち)で時々博奕が開帳(でき)ます。是へ来ていたずらをして居たのが、高取の在、東陽寺の寺男(てらおとこ)で久助。珍しく今日は一両小判を出して、それを小銭に替えて賭(は)って居(い)る。殊に一杯機嫌で大層景気が宜(い)い。正面に見て居た伝九郎、
伝『久助さん。大層今日は景気が宜(い)いじゃアねエか。小判などを出して。』
久『ハアー。たまには小判も懐中(ふところ)にある事がございます。今迄は猫が喰わえて居(い)るものだと思った小判が、私(わし)が此の賭博(とば)へ持って来るようになった。何でも人間は株を見付けなければいけねエ。』
伝『久助さん。お前大分酔って居(い)るようだ。こういう時には儲ける処も儲けずに、賭(は)り流してしまうものだ。いくらかいいのが幸い、其処らで手をしめたら宜(よ)かろう。』
久『成程。それもそうだ。オイ、其の小判を取り替えておくれ。ここへ一両出すから。』
伝『久助さん。此の小判だッて一両の通用なら、其の小粒だッて一両の通用だ。同じ事じゃアねエか。』
久『イヤ、そうでねエ。どうも小判が懐中(ふところ)に入って居ねエと心持ちが悪い。イヤ、有難(ありがて)エ。』
一両の小判を懐中(ふところ)に入れて、次へ立って来ました。
伝『久助さん。何にも無(ね)エが一杯飲みねエ。』
久『有難うございます。』
伝『処で久助さん。妙ナ事を聞くようだが、お前のとこの和尚さんは、江戸金と仲がいいね。』
久『碁友達でがす。時々のように江戸屋の親分が遊(あす)びに来て、どうかすると夜明かしで碁を打って居(い)る。別に金を賭けるでもねエが、よくアンナに碁が打てたもんだ。』
伝『此のごろも往(ゆ)くかエ。』
久『此の間……二三日前にも来ました。其の時に江戸屋の親分から一両貰った。』
伝『久助さん。二朱や一分と違って、一両と言えばお前の身分には大金だ。只江戸屋が一両くれる訳はあるめエと思うのだが。』
久『それは勿論だネ。訳が無くて、何で私(わし)に一両くれるもんか。くれる理由(わけ)があるからくれたんだ。それがそれ、「株を見付けた。」と言ったはここだ。』
伝『其の理由(わけ)を聞かしてくんねエ。』
久『其の理由(わけ)は……マア、よそう。是が此処でベラベラしゃべって、お前に株を取られてしまっちゃア、俺がつまらねエ。』
伝『其の理由(わけ)を話してくんねエ。お前がそれを話してくれたら、俺が一両遣ろうじゃアねエか。』
久『ハヽア。やっぱり小判をくれるか。今年は小判の運が向いたゾ。』
伝『物は早い方が宜(い)い。さア、一両。お前、取って置きねエ。』
久『有難(ありがて)エ。こう小判がぶつかるようじゃア、忽ちに大尽だ。何、他の事でもねエが、先月の末だ。私(わし)が土蔵へ出し物があって往(ゆ)くと、美麗(きれい)な女が居ただ。年頃は十九か廿才(はたち)か。色の白い水の垂れるようナ美麗(きれい)な女で、どうも私(わし)もふだんから「和尚さんが此の頃は飯を余計喰う。」と思って居たが、其の時始めて気が付いた。「アノ女に喰わせるので、飯が余計要(い)った。」と判りました。出て来て和尚さんに聞くと、「アレは決して梵妻(だいこく)ではない。仔細あって他(わき)から頼まれたもの。しかし、寺方に女が居(い)るとなると面倒だから黙って居たが、決して他人(ひと)に言ってはならん。」と口止めをされました。私(わし)も考えた。「生き仏という和尚さんが、お梵妻(だいこく)を置く訳はねエ。是には何か深い仔細があるに違いない。」と思って、其の儘にして、毎日私(わし)が其の女に喰べ物を運んで居ました。スルと四五日前、江戸屋の親分が来さしって、「アノ女は俺が和尚さんに預けたのだ。誰にも言ってくれるな。」と、其の時一両、金をくれました。江戸屋の親分の妾(めかけ)なら、自分の家(うち)へ置きそうなもの。それを寺へ連れて来て預けるのは、何か深い訳があるに違エねエ。しかし、そんな事を聞いた処で仕方がねエから、一両貰っていまだに私(わし)が世話して居ります。』
伝『どの土蔵に隠して置いた。』
久『雑物蔵だネ。』
伝『アノ本堂の東の方(かた)にある、アノ蔵か。』
久『そうだネ。』
伝『妙ナ事があるもんだナ。』
久『是は内々(ないない)の話だから、どうか他言をして貰いたくねエ。』
一番悪い奴に他言をしてしまった。
久『イヤ、飛んだ厄介になりました。さようなら。』
と、一両貰って久助は喜んで帰る。
跡に伝九郎、
伝『おかめ、聞いたか。』
かめ『東陽寺に居(い)るとは気が付かなかったネ。』
伝『ヨシ、おさとの居処が判った上は、今夜すぐに東陽寺へ踏み込んで、女(たま)を引っさらい、江戸屋の鼻をあかして遣ろう{*2}。』
博奕の終(しま)うのを待って、すぐに高木の処に参りまして、七之助に此の話をした。それから中川幸之助を連れ、三人揃って東陽寺を指して参りました。ちょうど其の夜(よ)の九ツ時分。
此方(こちら)は久助。酒の酔いに乗じて、一両貰ったばッかりに、ベラベラ此の事をしゃべってしまった。いい心持ちにフラリフラリと東陽寺を指して帰って参りました。今門に入った途端に、
〇『久助さん、今帰りか。』
久『ハイ。』
と振り向くと、江戸屋の金兵衛の乾児(こぶん)勘太郎。
勘『今和尚さんに親分の言伝をして、帰りだ。』
久『そうかネ。親分に宜しく言って下せエ。さようなら……今帰(けえ)りました。』
役僧の海念、
海『久助か。又酒を飲んで帰って来たナ。困る奴だナ。「葷酒不許入山門(ぐんしゅさんもんにいるをゆるさず)」という戒檀石が目に入らんか。たとえ僧侶でなくても、寺に居(お)れば酒位は謹んだら宜(よ)かろう。いつでもいつでも酔って参る。』
久『そんな事を言わねエもんだ。お前さんだッて此の間、酒飲んだではねエか。』
海『コレ、あれは酒ではない。般若湯だ。』
久『般若湯かネ。それに玉子喰ったでねエか。』
海『アレは玉子では無い。御所車だ。』
久『何で「御所車」で。』
海『「覗いて見ると君が居(い)る。」というので、御所車と申す。』
久『鰻の事が一と幕で、どじょうの事が踊り子、女が梵妻(だいこく)。寺にはいろいろな符号(ふちょう)があるものだ。和尚さんはどうしました。』
海『「お風邪をめした。」と言って、早くよりお寝(やす)みだ。お前も部屋へ往(い)って早く寝るが宜(よ)い。』
久『それでは御免なさいまし。』
久助は部屋に引き取って眠りました。
ちょうど九(ここ)のツ少し過ぐる頃に、玄関の戸を叩いて、
〇『御願い申します。もし、東陽寺様。』
〇『アイ。誰だ。』
〇『葬式を御願い申しますので出向きましたが、ちょっと御頼み申します。』
〇『アイ、御苦労様。只今あけます。』
納所の良全が立って来て玄関の戸をひらくと、提灯を持って三人立って居ります。中に一人女が居(い)る。「葬式の知らせならば二人だが、三人とは多い。」と思ったが、
〇『さア、此方(こちら)へ御上がり下さいまし。』
〇『高取の城内から参りました。和尚さんが御在(い)でなら、御目にかかりとうございます。』
良『ハイ。ちょっと御待ち下さいまし。』
是の事を和尚へ取り次ぐ。「城内。」と言えば、「植村の家来に不幸があった事。」と思いまして、住持の海全が珠数を爪繰りながら出て参りました。「御客は。」と見ると、女交じりで以上三人。
海『愚僧が海全でございます。』
〇『始めて御目にかかります。私は高取の土佐町に居ります伝九郎と申しまして、当時郡奉行の御用を聞いて居ります。ここに御在(い)でなさるは中川幸之助様と仰って、御城内の御武家様で、又ここに居(お)る女は私の女房(かかあ)でございます。』
聞いた和尚がギョとしたは、かねて金兵衛の話で承知したが、「此奴(こいつ)がお里を苦しめる蝮の伝九郎か。」
海『ハイ。』
伝『実は、和尚さん。今ばん参りましたのは、此方(こちら)に沢市の女房お里が居(お)るそうで、どうか彼女(あれ)を御渡しなすっておくんなさい。と言うは、御城内の高木様が大金を出して妾(めかけ)に抱えたのでございます。処が、其の金を踏み倒して行衛知れず。段々手分けをして探すと、此方(こちら)に居(お)るとの事。本来郡奉行の手で取り押さえて貰うのでございますが、そうなると、たとえ厭な事が無くとも、寺へ若い女を置いたとあって、和尚様の御身分にもかかわるだろうと存じまして、御奉行へは内々(ないない)で参ったのでございます。何にも言わず、お里を御渡しなすっておくんなさい。』
と、伝九郎の言葉の切れるを待って、中川幸之助が、
幸『イヤ、和尚。拙者は高木七之助殿より依頼を受け、お里を引き取りの為に参った。速やかに渡せ。もし不承知を申せば、此の事を公然(おもてむき)に致すがどうだ。それでは却って為になるまい。』
海『ハイ、何やらお里とかいう女の事で御見えなされたようじゃが、寺には女は禁物。さような者は居りませぬ。こりゃ、何やらの間違いでござる。』
伝『では「お里は居ねえ。」と、飽く迄も言いなさるか。』
海『知らん事じゃ故、どないに質(たず)ねられても「知らん。」と言うより他に、御答えのしようはないて。』
伝『よし。知らなければ、今女を見せてやる。全く知らねえナ。』
海『仏へ仕える出家には「妄語戒」と言うて、嘘を吐(つ)く事は堅く戒めてござりますじゃ。』
伝『ヤイ、坊主。此の寺に居(い)るというを承知で来たんだ。出さなければ此方(こっち)で出してやる。おかめ、汝(てめえ)ここにがんばって居ろ。』
かめ『アイ、承知だヨ。』
伝『ソレ。』
伝九郎は、かねて久助から聞いて置いた雑物蔵へ飛び込んで、中川と共に引き出して参りましたおさと。
さと『どうぞ勘弁して下さい。』
伝『此の女(あま)ア、よくもコンナ所に巣を造って居やアがった。サア、来い。』
と言いながら、和尚の前へ突き付けて
伝『ヤイ、坊主。是でも汝(うぬ)は「知らねえ。」と言うか。』
海全和尚、まさかに久助がしゃべったことは知らない。「雑物蔵へ隠匿(かくま)って置いたお里は、知れる気遣いはあるまい。」と、高をくくって居た処が、引き出されたので驚きましたが、ソコは禅家(ぜんけ)の坊さん。悟道に渡って居(い)るので、
海『ハア、居りましたかナ。どこから蔵へ入って来たか。』
伝『何。「どこから蔵へ入って来たか。」と。鼠だと思って居やアがる。さア、お里。来い。』
と、引き立てられて表へ出ると、一挺の山駕(かご)が下りて居(い)る。すぐに之へお里を載せて、飛ぶが如く高木七之助の下(もと)へ連れて行く。
東陽寺の役僧や納所は驚いて、
〇『和尚さん。アノ女は何だす。』
海『アレハ江戸屋から頼まれた預かり物じゃ。』
〇『愚納(わし)達は此寺(おてら)にアンナ女が居(お)るとは少しも気が付かんで居りました。しかし是から先、アレがえらい難儀する事でございましょう。』
海『是も前世の宿縁で仕方もないが。コレ、良全。ちょっと一走り、江戸屋へ知らして置け。』
良『ハイ。行(い)て参じます。』
納所の良全は、すぐに江戸屋を指して参りました。お里の身の上はいかが。ちょっとお仲入りをして。
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