―― 三人の懸取来、屋財家財のせりを始める ――
流行唄になり、米屋・薪屋・家主、みなみないつもの懸け取りの拵えにて出て来たり。
(米)時に、杢兵衛さん。どこへお出でなされます。
(杢)イヤモゥ、今日はこれから沢市の処へ出かけ、白い黒いを分けるつもりじゃ。そうしてお前さんはどこへ。
(米)イヤ、私も沢市の処へゆくのじゃ。
(家)イヤ、同気相求めるとやら。私も沢市の処へ長々延びた家賃の滞り、今日はどうでも受け取るつもりじゃ。こう三人寄れば文殊の智恵じゃ。
(米)そんなら御一処に出かけましょう。
ト、三人本舞台へ。門口の前へ来て。
(三人)来たぞや、来たぞや。
ト、三人門口をあけて内へ這入る。
(里)コレはコレは、皆さんお揃いで。ようお出でなされました。
(家)イヤ、あまりよくも来ませんテ。時にお里坊や。毎度の事で、モゥ言うまいと思いますが、黙ってはいられぬ{*1}。家賃の滞り、どうするつもりじゃ。
(米)つもりじゃつもりじゃじゃない。積もってお米の代が壱両と二分二朱。いくら催促しても「モゥ四五日」「モゥ一両日」と、でたらめも聞き飽いた。今日はどうでも貰うて行くのだ。
(薪)さて、どん尻に控えたるは薪屋杢兵衛。薪杢コレサコレサ、ハハ。お二人方が言われた通り、あまり長過ぎるじゃないか。黙って居ては事が分からん。どうするのじゃ。今日はお金が出来ずば、屋財家財引きはづして、持て去ぬのじゃ。
ト、立ちかかる。
(里)アァ。もうし、お懸け取りさん。仰せは重々もっともには存じますれど、又かとの御叱りもござりましょうが、夫沢市も留守故、帰りましたらよう相談を致します程に、どうぞ今日の処、お待ち下されませ。
(家)イヤイヤ。成らん、成らん。今日は薪杢さんの言わしゃる通り、銭目の物から持て行こう。
(里)どうぞ、そればかりは。
ト、縋り付くを振舞い。
(家)サァサァ、市の始まり、始まり。
ト、諸道具を市売にかけるよろしく。ドト眼九郎が持て来た茶徳利まで、せりにかける。
―― 眼九郎、掛金を肩代わりして払う ――
(眼)ヤィヤィ、間抜け。何でおれの物を持て行きやがるのだ。
(三人)ヘィヘィ。
(眼)おれを知らんかい。
(三人)ヘィヘィ。一向存じません。
(眼)知らんか。知らなァ言うて聞かしてやる。おれはこの頃江戸から戻った眼九郎という遊び人だ。以後、見知ってもらいましょう。
(三人)ヘィヘィ。
(眼)コリャ、間抜け。ここの内の借りはいくらだ。
(米)ヘィ。大枚でござります。
(眼)大枚とはいくらだ。
(薪)ヘィ。大枚でござります。
(眼)大枚は分かって居るが、おれが払うてやる。相手はおれだ。分かって居るか、分かって居るか。
(家)ヘィヘィ。分かって居ります、分かって居ります。して、お前。イヤ、親分が払うて下さりますか。
(眼)エエが、相手はおれじゃ。分かってるか。払うてやると言うちゃ払うてやるのだ。全体いくらだ。
(米)ヘィヘィ。
ト、布嚢より算盤を出し、皆々可笑のこなし有って。
(米)私の分がコレコレ。家主さんはいくら。
(家)私は十八ヶ月滞りで一両二分一朱。薪屋さんは。
(薪)ヘィ。私は薪炭が四月分で壱両と三朱と、一寸金で取り替えが一分一朱でござります。
(眼)コリャ、〆ていくらに成るのじゃ。
(米)ヘィ。三人〆て四両二分。大枚でござります。
(眼)何じゃ。四両二分のはした金、大枚じゃと。
(米屋)コノ大枚をはした金だと。
(三人)ヘィヘィ。宜しうお頼申します。
(米)フン、大枚だと。サァ、取って置け。
ト、懐より鬱金財布を出し{*2}、小判五枚を出そうとする。
(里)アァ、もうし、もうし。それをお前に出してもろうては。
(眼)エエがなエエがな。相手はわしや。
ト、小判を懸け取りの前へ投げ出す。
(三人)ヘィヘィ。有難うござります。
(米)コレではお釣を出します。
(眼)何じゃ、釣。相手はおれじゃ。よいがな、取って置け。
(三人)重ね重ね有難うござります。左様なれば、親分。コレ、お里さん。こんな銀方が出来たからは、ドンドン品は送りますから、切れたものが有ったら、言うてお越しなされ。スグお届け申します。
ト、表へ出る。
(眼)懸け取り。待て。
(三人)ヘィヘィ。
(眼)コレ、間抜け。わりゃ、取るものは取って置いて、言い分はあるまいナァ。
(三人)ヘィヘィ。何で言い分がござりましょう。
(眼)そうだろう、そうだろう。わいらに言い分はあるまいが、コッチに言い分があるのだ。
(三人)ヘィ。
(眼)そこら、せり市しやがって、跡はどうするのじゃ。
(三人)ヘィヘィ。成程。コリャ、おもっともだ。
ト、皆々又内へ這入り、元の如く片付る件よろしく。
(米)そんなら親分。
(三人)有難うござります。
(米)しかし大家さん。薪屋さん。取れんと思う懸けは取れた上、二分余計に儲けたが、この金はどうしましょう。
(薪)されば、二分金二ツに割ったところがしようがないが、何ぞしようが有るまいか。
(米)いっそ、これで一杯やろうじゃないか。
(薪)それがよかろう。しかし二歩のポッキリでは。
(米)エエがな。相手はおれじゃ。
ト、可笑の件にて向うへ這入る。
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