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【翻字】
白隠(はくいん)和尚
山居せば よし 野(の)の 奥(をく)よ それよりは 隻(かた)手の声(こゑ)や ふかきかくれ家(が)
〇師名は恵鶴(ゑくわく)号は白隠駿 州原(はら)の人なり幼(いとけ)なきとき 僧の地獄(ぢごく)の苦患(くげん)を説(とく)を聞(きい)て 心大に恐怖(ぎやうふ)し是より出離(しゆつけ)を求(もと) むる心あり遂(つい)に邑の松蔭寺に 入て出家すしつかしより東西 に奔走(ほんそう)ししきりに耆徳(ぎとく)の門 をうかゞふのち信州の正受(しやうじゆ) 老人に見(まみへ)て身心(しんじん)を打失(だしつ)す悟(ご) 後(ご)の修(しゆ)を修して大に宗風(しうふう)を 振(ふる)ひ箆下(へいか)に十余員(よゐん)の知識(ちしき) を得(え)たり実に近世の活僧(くはつそう)也 明和五年十二月十一日寂す寿 八十四 勅して神機独妙(しんきどくみやう)禅師 と諡す

【校訂本文】
 白隠和尚
 山居せば 吉野の奥よ それよりは 隻手の声や 深き隠れ家
 〇師、名は恵鶴、号は白隠、駿州・原の人なり。幼けなき時、僧の、地獄の苦患を説くを聞いて、心、大いに恐怖し、是より、出離を求むる心あり。遂に、村の松蔭寺に入りて、出家す。しつかしより、東西に奔走し、しきりに、耆徳の門を伺う後、信州の正受老人に見へて、身心を打失す。悟後の修を修して、大いに宗風を振るひ、箆下に十余員の知識を得たり。実に、近世の活僧なり。
 明和五年十二月十一日、寂す。寿、八十四。 勅して、神機独妙禅師と諡す。

【語釈】
隻手の声:白隠が参禅者を指導する際に常用した禅宗の公案の一。両手で鳴らす音は誰でも聞こえるが、耳では聞きとれない片手で鳴らす音を心の耳によって聞かねばならないとして、絶対的真理のあり方を示す。
松蔭寺:現静岡県沼津市原の臨済宗寺院
耆徳:徳望の高い老人
正受:道鏡慧端。江戸前期の臨済宗の僧。
身心を打失す:身心脱落。身と心の束縛から自由になり、真に無我になりきった悟りの状態。
悟後の修:いったん悟りを得た後も修行して、悟りを追求し続けること
宗風:一宗(ここでは臨済宗)の風儀
箆下:「指導(の)下」の意。「箆」は「竹箆(禅宗で坐禅のときに参禅者の指導に使用する竹製の道具)」
知識:仏道に教え導く指導者
明和五年:1769年

【解説】
 48人目は白隠恵鶴です。紹介文はその略歴です。
 歌は、禅を究めることが世俗を離れる究極である、と詠んでいます。