家書二則
佐々木信綱
(一)
朝とく梅田の停車場をたちて茨城に下車いたし候{*1}。かの真田が古城趾、古曽部の入道伊勢御息所の墓、程近しと聞き候へど、又の折にとて、兼て待をられし田中義治氏の案内にて、旧友井上君を訪ひ候。君は昔ともに大学古典科に学びし人。先輩として、級中の秀才として重んぜられし人。大学をいでゝ仙台の高等学校に教鞭をとられしが、後思ふ所ありてこゝの中学校に静かに国文を教へをられ候。別れて相みざること十年。君の眼にも我眼にも露はやどり候。君が家は大いなる寺院の裏にあり。見渡しの田の面はるかに風吹き通ひて、園生の眺の広く清く静けき境に候。君はかゝる地にある事と歎ぜられ候へど、都門紅塵の中にまじりて当年の志空しく年をすごし候身といづれぞや。その清適の境遇羨ましき限に候。かへるに臨みて、わが為めにとて嵯峨の人形硯、宇治の木のめ人形などおくられ候。うれしきは旧友の情。わかれかねつゝ袂をわかち候。さて田中氏に導かれて砂白き某川の辺なる旗亭に暫し語らひ、午後京都に入り候。折から降いでし大雨にそぼぬれつゝ柳馬場なる市田氏のもとにつき候。あるじいもせの君が懇なるもてなしに旅のうさ忘れつゝ、小降を待ちて奥平伯山川氏を訪ひ、南禅寺なる市田氏の別墅に至り候。折しも雨やみて、ゆほびかなる庭は雨後のけしきあざやかに東山をのぞみ、右には松並木なみ立てるひまより、比叡あたご黒谷の塔眺められ候。庭にははるかに疏水の水をひきて{*2}、滝を流し、池をたゝへ、花畑あり、菜畑あり、芝生あり。雲間をもるゝ夕日の光に一しほの眺めをそへ候。谷鉄臣翁が撰ばれしこゝの山荘十二景の詩を見つゝ{*3}、あるじの翁と語りて夜をふかし候。
(二)
滝の音、かじかの声に夢さめ候。午前のうちは人々絶間なく来訪{*4}。市田翁の案内にて美術協会にものし候。十六飾は王朝時代おもひいでられ{*5}、我身はた狩衣きよそひたらむ心地いたし候。さて京都大学図書舘に島文チ士を訪ひ候{*6}。いとねもごろに案内せられ、古書くさぐさ示され候。中に珍らしく覚えしは、綾足が自筆の片歌集、また歌集類礎といへるは五句類句を顚倒したるものにて、文典の参考には欠くべからざるもの。その著者の労おもふべきに、編纂者の名なく候。片々たる小冊子にもことごとしう名署し候今の著述家をいましむるに足るべく存じ候。出でゝ法科の学生なる上小沢八田の二君と樹陰に語りあひ候。やがて別れて二條停車場にものし{*7}、まちをられし西山氏と共に乗車、嵯峨に下りて嵐山を訪ひ候。春の盛には人立こみたる川そひのさずきも今は影なく候。舟にて川上の温泉にものし、青葉の小倉山をながめて歌語りの興尽せず。夜にいりて漕ぎ帰り候に、汀の草むら蛍とびかひて眺め美しく候。かの人形硯、釈迦堂のほとりにうる家ありと聞て都の土産に求めまほしくさがし求めしも、昔はこゝに住みしが今は十数町おくの村にうつりぬときゝ{*8}、携さへし燭の火もおぼつかなく、終列車のいでむとする時も近づけるに思ひとまりて、汽車に、さて車にて南禅寺の宿に帰り候。
1:底本のまま。
2:「疏」、底本は[足偏に流の旁]。テキストになく、「疏」で代えた。
3:底本は「撰はれし」。誤植と見て訂正。
4:底本は「来訪 市田翁の」。カスレと見て句点を補った。
5:底本は「おもひいてられ」。誤植と見て訂正。
6:底本のまま。
7:底本は「やがで」。誤植と見て訂正。
8:底本は「きゝ携さへし」。脱と見て読点を補った。
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