【翻字】
遂翁(すいおう)和尚
うかうかと 月日を 過(すご)す 修行者(しゆぎやうじや)を 井づゝの上の 茶椀(ちやわん)とやみん
〇師名は元盧(げんろ)号は𨗉翁下総の 人也白隠(はくいん)和尚の輪下(りんか)に有て参究(さんきう) 功を積(つむ)一日桑名(くわな)を渡るに風あらく 舟覆(ふねくつがへつ)て乗人悉(のるひとことごと)く溺死(できし)す師(し) 一人漂海(ひやうかい)の底(そこ)に座禅して動(うご) かず水さらに眼耳鼻口(がんにびこう)に入事(いること) なししかふして余船(よせん)の救(すく)ひに遇(あふ) て恙(つゝが)なき事を得たり是より 其名諸方(そのなしよはう)に聞(きこ)へて道徳(どうとく)ある 事を称す白隠和尚の法を嗣(つぎ)て 同(おなじ)く松蔭寺に住せらる寛政元年十 二月廿日化す寿七十三 勅して 宥恵妙顕(ゆうゑめうけん)禅師と諡す
遂翁和尚
うかうかと 月日を過ごす 修行者を 井筒の上の 茶椀とや見ん
〇師、名は元盧、号は𨗉翁、下総の人なり。白隠和尚の輪下に有りて、参究、功を積む。一日、桑名を渡るに、風荒く、舟、覆つて、乗る人、悉く、溺死す。師、一人、漂海の底に座禅して、動かず。水、さらに眼・耳・鼻・口に入る事なし。しかふして、余船の救ひに遇ふて、恙なき事を得たり。是より、その名、諸方に聞こへて、道徳ある事を称す。白隠和尚の法を嗣ぎて、同じく松蔭寺に住せらる。寛政元年十二月廿日、化す。寿、七十三。勅して、宥恵妙顕禅師と諡す。
【語釈】
白隠:白隠慧鶴(本書48)。江戸中期の臨済宗の僧。
輪下:不詳。「指導下」の意か。
参究:仏前に静座し、悟りを求め、真理を究明すること
桑名を渡る:熱田-桑名間の「七里の渡し」
道徳:学道を修めた人の徳
松蔭寺:現静岡県沼津市の臨済宗寺院
寛政元年:1790年
輪下:不詳。「指導下」の意か。
参究:仏前に静座し、悟りを求め、真理を究明すること
桑名を渡る:熱田-桑名間の「七里の渡し」
道徳:学道を修めた人の徳
松蔭寺:現静岡県沼津市の臨済宗寺院
寛政元年:1790年
【解説】
49人目は遂翁元盧です(「遂」は、正しくは「遂」の旁に穴冠がある字ですが、表示・印刷の都合上「遂」としました)。紹介文には略歴の他、霊異譚に近い逸話があります。
歌は難解です。「井筒の上の茶椀」が何を比喩しているのか、判然としません。
歌は難解です。「井筒の上の茶椀」が何を比喩しているのか、判然としません。

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