六地蔵

▲アト「これは此辺(このあたり)に住居(すまゐ)致す者で御ざる。頃日(このごろ)在所の者共寄(より)合ひ。宿外(しゆくはづれ)に堂を立てゝ御ざるが。これに六地蔵を作らせうと申(まをす)談合決(きま)つて御ざる。夫(それ)につき。某(それがし)に都へ上り。地蔵を調(とゝの)へて参れとさいて御ざる。急いで上らうと存ずる。
[道行]。やれやれ。都へ上つて御ざらば。これを序(ついで)に。茲処(こゝ)彼処(かしこ)をも見物致さうと存ずる。やア。程無うこれは都で御ざる。扨も扨も忘れた事が有る。仏師が何処許(もと)にあるやら。名を何といふも知(しら)ぬ。乍去(さりながら)都の様子を見るに。知らぬことは。呼(よば)はつて通ると知れると見えた。少(ちと)呼(よば)はつて廻らう。なうなう。其処許に仏師殿は御座らぬか。仏師屋は居りないか。地蔵を調(とゝのへ)たう御ざる。
▲シテ「罷出たる者は。都に住居(すまゐ)する。大水破(おほすつぱ)で御ざる。見れば田舎漢(もの)と見えて。何やら呼ばはる。少(ちと)彼(あれ)に当つて見やうと存(ぞんず)る。なうなう。これこれ其処な人。
▲ア「やアやア。此方(こち)のことで御ざるか。何事で御ざる。
▲シ「成程我御料(わごれう)のことぢや。此洛中を。何をわつぱとおしやるぞ。
▲ア「身共は田舎漢(もの)で御ざれば。聊爾なことは申さぬ。御免なれ。
▲シ「いやいや。其方(そなた)が粗相をおしやるでは無い。何を尋(たづ)にやるぞと云ふことぢや{*1}。
▲ア「身共。地蔵が求(もとめ)たさに。仏師殿を尋(たづね)ます。
▲シ「夫(それ)は仕合せぢや。身共がま仏師でおりやる。
▲ア「なうなう。可怖(こは)や可怖や。疾(とつ)と其方(そち)へ寄らせられ。身共は幼少より。蝮蛇(まむし)は嫌(きらひ)で御ざる。
▲シ「いやいや。それは其方(そなた)の聞きやうが悪い。都には運慶。湛慶。安阿弥(あんあみ)と云ふて。仏師が三流(みながれ)ある。中にも安阿弥の流(ながれ)ぢやに依つて。真(ま)仏師ぢやと云ふことでおりやる。
▲ア「扨は左様で御ざるか。夫(それ)ならば。六地蔵を頼みたう御ざるが。作りて下されうか。
▲シ「中々作(つくり)て遣らうが。其方(そなた)は六地蔵の由来(いはれ)をお知りやつたか。
▲ア「いや。何と御ざるも存ぜぬ。
▲シ「一々云ふて聞かさう。先(まづ)六地蔵と申(まをす)は。一躰(たい)はみやうい地蔵と申(まをし)て{*2}。錫杖を持(もつ)て。無間(むげん)地獄を救ひ給ふ。又一躰は。むに地蔵とて。本願を以て餓鬼道の苦患(くげん)を助け給ふ。一躰はしやうさん地蔵とて珠数を持(もつ)て。畜生道を助け玉ふ。一躰はそく地蔵とて。衣(ころも)を持(もつ)て。人道の苦患を救ひ給ふ。又一躰は鋒(ほこ)を持(もつ)て。修羅の苦患を助け玉ふ。一躰はふくりき地蔵とて手を合(あは)せて天道の苦患を祈り給ふ。されども同一躰なり。何(いづれ)の仏の願より勝(すぐれ)て難有いことぢや程に。いかにも六地蔵を作つておませう。扨お丈(たけ)は何程に致さう。
▲ア「されば何程が好う御ざらう。
▲シ「兎角身共の存(ぞんず)るは。某(それがし)がせいだけに作つて遣らう。
▲ア「中々それが好う御ざらう。して何時(いつ)頃出来ます。
▲シ「されば。急ぎなれば明日の今時分。急ぎでも無ければ。来年の今頃でおりやる。
▲ア「これは大きな違ひで御ざるが。何としたことで御ざる。
▲シ「されば最前も申(まをす)如く。某は安阿弥の流(ながれ)ぢやに依つて。弟子夥多(あまた)持(もつ)て居る。急ぎぢやとおしやれば。お手を作る者にはお手。御くしを作る者には御くしを作らせ。片端(かたはし)から身共が。膠(にかは)を以て。ちよつちよと付(つけ)て廻るに依つて。明日の今時分と申(まをす)。又急(いそぎ)でも無ければ。身共が一細工に。ぼつぼつ致すに依(よつ)て。それで来年の今時分と申(まをす)ことでおりやる。
▲ア「尤聞(きこ)えました。足下(こなた)の一細工が望(のぞみ)で御ざれども。其様に逗留もなりますまい。明日の今頃出来さして下され。
▲シ「心得た。出来(でか)して遣らう。
▲ア「して代物(だいもつ)は何程で御ざるぞ。
▲シ「万疋でなければ出来ませぬ。
▲ア「いかにも万疋で誂(あつら)へませう。何と御宿は何処許(どこもと)で御ざる。
▲シ「いやいや宿を云ふたりとも。お知りやるまい。五條の因幡堂を知つて居やるか。
▲ア「存じましたとも。
▲シ「彼(あ)の後(うしろ)堂に。新薦(あらこも)を垂れて置かう程に。明日(あす)今頃。彼(あれ)へおりやれ。
▲ア「中々参らう。
▲二人「さらばさらばさらば。
▲シ「やれやれ。田舎漢(もの)をまんまと賺(たら)して御ざる。身共は幼少の時分より。楊枝を一本削つたことが御ざらぬ。乍去(さりながら)。身共がせい(丈)だけと申(まをし)たも。下心あつて申(まをし)たことで御ざる。致(いたし)やうが御ざる。なうなう居りやるか。少(ちと)相談することが有る。出さしませ。
▲二人「何事でおりやるぞ。
▲シ「我御料(わごれう)達を喚(よ)び出すは。別のことでは無い。田舎漢(もの)が地蔵を誂(あつら)へたいといふて。町中(なか)を呼(よば)はつて廻つた程に。身共が言葉をかけ。仏師になつて。まんまと賺(たら)して。六地蔵を請取(うけとつ)た(請負(うけおふ)た){*3}。則(すなはち)代物(だいもつ)万疋に決(きはめ)た程に。首尾好う為果(しおほ)せたら。我御料達にも配分して遣らうぞ。地蔵にならしめ。
▲二人「いかにも配分しておこしやらば。地蔵に成らう。
▲シ「夫(それ)は一段ぢや。先(まづ)それに待(また)しませ。後(あと)から因幡堂へおじやれ。やうやう田舎漢(もの)が参る時分ぢや。因幡堂へ参らう。
▲ア「最早(もはや)地蔵の出来ます時分ぢや。急いで因幡堂へ参らう。やア仏師殿御ざるか。
▲シ「中々。御ざつたか。
▲ア「何と地蔵は出来ましたか。
▲シ「中々出来ました。後(うしろ)堂へ廻らせられ。新薦(あらこも)が垂(たれ)てある。
▲ア「心得ました。
▲シ「やア。何方(いづれ)も居りやつたか。さアさア。早う地蔵の身作(こしらへ)さしませ。我御料(わごりよ)は鋒(ほこ)と。其方(そなた)は錫杖。身共は数珠。これで好いぞ。面(めん)を先づ被(き)さしませ。
▲二人「心得た。
▲シ「好いぞ好いぞ。仏の様に。きつとして居やうぞ。
▲ア「参つて拝(をがみ)ませう。後堂の何処許(もと)ぢや知らぬ。や。茲処(こゝ)に藁薦(わらこも)が垂(たれ)てある。挙(あげ)て見やう。さらさらさら。扨も扨も好う出来た。早い事かな。残(のこり)の三躰は何処に在る知らぬ。仏師殿御ざるか。
▲シ「中々これに居ります。
▲ア「彼(あれ)は好う出来まして御ざる。残(のこり)の三躰の地蔵も。一緒に拝(をがみ)たう御ざる。何処に御ざる{*4}。
▲シ「されば処が狭(せば)さに。脇に置(おき)ました。此方(こち)へ廻らせられ。
▲ア「心得ました。
▲シ「扨も扨も忙しいことかな。復(また)地蔵にならずばなるまい。なうなう。早う地蔵の道具を拵(こしらへ)て持たしませ。拵(こしらへ)が出来たか。見付(つけ)られぬやうにせうぞ。
▲ア「扨も扨も此も好う出来た。あら難有や。南無地蔵大菩薩南無地蔵大菩薩。なうなう仏師殿御ざるか。
▲シ「中々。これに居ます。
▲ア「殊の外好う出来ましたが。如何(どう)御ざつても。一緒に六躰共に拝みたう御ざる。
▲シ「いや最前申(まをす)如く。処が狭(せば)さに。一緒に置(おき)ませぬことで御ざる。
▲ア「それなら是非に及びませぬ。も一度行(い)て拝(をがみ)ませう。
▲シ「これは扨。又地蔵にならずばなるまい。さアさア早う拵(こしらへ)やれ拵やれ。
▲二人「心得た。鋒が有るか。錫杖が見えぬ。
▲シ「それそれ。遅い遅い。
▲ア「これは最前とは違ふた。此(こ)りや仏師ぢや。
▲シ「否(いや)々仏ぢや。
▲ア「何(どれ)も皆人ぢや。扨は売僧(まいす)共ぢや。憎い奴の。やるまいぞやるまいぞ。
▲三人「あゝ免(ゆる)しやれ免しやれ。 
▲ア「やるまいぞやるまいぞやるまいぞ{*5}。

底本:『狂言全集 中巻 続狂言記』「巻の四 三 六地蔵
校訂者注
 1:底本のまま。
 2~4:底本に句点はない。
 5:底本は「あるまいぞ(二字以上の繰り返し記号二つ)」。