三本柱

▲シテ大名（真中(まんなか)にて名乗る）「此辺(このあたり)に隠れない大名某(それがし)。頃日(このごろ)思ふまゝに普請の致して。悉く出来済(すま)した。是程嬉しい事は御坐らぬ。それに就き。まだ銀蔵(かねくら)を建(たて)うと思うて。材木を見立てて。山に三本伐らせて置いた。のさ者共を呼(よび)出し。今日は取(とり)に遣(つかは)さうと存ずる。やいやい。太郎冠者(くわじや)在るかやい。
▲太「はア。御前に居ります。
▲シテ「汝を呼(よび)出す事。別の事でない。少し云(いひ)付くる事がある。次郎冠者三郎冠者も呼べ。
▲太「畏つて御坐る。喃(なう)々。次郎冠者。三郎冠者。居りやるか。
▲二人「中々。これに居るわ。何事ぞ。
▲太「たのうだ人の召すわ。おりやれ。
▲二人「心得た。
▲三人「三人共に。御前に詰めまして御坐る。
▲シテ「念無う早かつた。汝等を呼出す事。別の事でない。汝等も。此間は精を出して働いたに依つて。某の普請が思ふ様に出来済して。是程嬉しい事は無い。嘸(さぞ)汝等も。此間は草臥(くたび)れたであらう。
▲太「御意なされます通り。思召すまゝに御普請が出来まして。我々も喜ばしう存じます。
▲シテ「先(まづ)は目出度いなア。
▲三人「左様で御坐ります。
▲シテ「それに就き。又銀蔵(かねくら)を建(たて)うと思うて。木を見立てゝ。山に三本伐らせて置いた程に。汝等三人いて取つてこい。
▲三人「畏つて御座る{*1}。
▲シテ「山へいたらば。三本ある木を。汝等三人して二本宛(づゝ)持つてこい。
▲三人「畏つて御坐る。
▲シテ「最早(もはや)行くか。
▲三人「参ります。
▲シテ「いたらば能(よ)う取つて来い。
▲三人「はア。
▲シテ「えい。
▲三人「はア。
▲太「喃(なう)々。何と思(おも)やる。頼うだ御方は何事もわつさりとして。御奉公が致しよいの。いざ山へいて。材木を取つてこう。
▲二人「中々。参らう。
▲太「此方(こち)へおりやれおりやれ。
▲二人「心得た。
▲太「何と思はしますぞ。頼うだ御方は{*2}。御身代はよし。御子息達は持(もた)せられ。此如(かくのごと)くに材木の出(いづ)る山迄有る事なれば。果報な目出度い御方ではないか。
▲二人「中々。仰しやる通りでおりやる。
▲太「やア兎角と申す中(うち)に。これが山ぢや。何処もとに材木が在るぞ。
▲次「されば。何処にあるぞ。三郎冠者も見さしませ。
▲三「心得ておりやる。
▲太「やア是に在るわ。
▲二人「まことに爰(こゝ)に在るわ。
▲太「さあさあ。担(かた)げて帰らう。我御料(わごれう)達も持たしませ。
▲二人「心得ておりやる。
▲太「やア先(まづ)待たしませ待たしませ。
▲二人「何事ぞや。
▲太「いやいや。少し様子がある。下に置きやれ。
▲二人「心得た。
▲太「誠に失念した事がある。頼うだ人の仰せらるゝは。三本ある柱を。三人の者共に。一人して二本宛(づゝ)持つて来いと仰せられたでは無いか。
▲二人「誠に左様でおりやる。迂闊(うつかり)と心得た。如何様(どう)した物であらう。
▲次「仕様があるぞ。身共次第にしやれ。さアさア。これへ寄つて担(かた)げやれ担(かた)げやれ。
▲太「いやいや。これでは無い。先(まづ)下に置きやれ。何としたらば。二本宛(づゝ)持たれやうぞ。やア。思ひ出した。仕様があるぞ。身共次第にしやれ{*3}。（茲(こゝ)にて柱を△如此(かくのごとく)置きて）さアさア。此角(かど)々をこれへ寄つて担(かた)げやれ。それでは一人して二本宛(づゝ)になるわ。
▲二人「誠に左様ぢや。いざ担(かた)げて参らう。
▲太「是は好いわ。喃(なう)々。何と思(おも)やるぞ。是は頼うだ人が。我々の智恵を試さうと思うて。云(いひ)付けられたもので有らう。
▲二人「左様(さう)でおりやろ。
▲太「何と目出度い折柄ぢや。いざ。とてもの事に囃物して帰らう。
▲二人「一段よかろ。何と云ふて囃(はや)す。
▲太「兎角知れた通りに。三本の柱を三人の者共が。二本宛(づゝ)持つたり。持つたりや持つたり。と云うて囃(はや)さう。
▲二人「是は一段好からう。さアさア。囃(はや)しやれ囃(はや)しやれ。
▲三人{*4}「三本の柱を三人の者共に。二本宛(づゝ)持つたり。是々御覧候へ。実にもさあり。やよ実にもさうよのさうよの。
▲シテ「是はいかな事。三人の者共が智恵を見やうと思うて。いひ付(つけ)たれば。囃物して帰つた。出ずばなるまい。
▲シテ[色詞]「如何(いか)にや如何にや。太郎冠者三人ともに能(よ)う聞け。三本の柱を三人の者共に。二本宛(づゝ)持てとは。智恵の程を見ん為。
▲三人{*5}「持つたりや持つたりや。げにもさあり。
▲シテ{*6}「何かの事は入まい。つうと内へ持ちこめ。実にも左ありやよ。実にもさうよのさうよの。

底本：『狂言全集　下巻　狂言記拾遺』「巻の一　一　三本柱」

校訂者注
　1：底本に句点はない。
　2：底本は「頼うた御方は」。
　3：底本に句点はない。
　4～6：底本はここの最後まで傍点がある。