三浦郡[東西南ノ三方ハ皆海ニ瀕ス]

　　　〇田越川

郡ノ北ニ在リ沼間村ノ谷間ヨリ出テ西流シテ桜山村ニテ海ニ入ル

　承久記ニ建久五年八月鎌倉将軍河辺遊覧ノ事アリ〇文覚流罪ノ後六代此川辺ニテ害セラル此故ニ古ハ最後川トモ唱ヘリ{**1}〇承久ノ乱三浦九郎胤義勤王シ軍敗ルノ後{**2}胤義カ子五人アリ十一、九、七、五、三ナリ皆斬ラルヘキ定メトナル伯父義村此事ヲ伝フ祖母ノ尼十一ヲ止メテ九七五三ヲ出セリ因テ手越ノ河端ニ下シ置キタレハ九七五ハ乳母ニ取付テ泣キ悲ム三ハ何心モナク乳母ノチブサニ取スサミシヲ四人ト共ニ斬リニケリ嘉禄元年九月弁僧正定豪ヲシテ河原ニ許多ノ石塔ヲ建テシメラレシトソ

　△六代御前墓[六月廿六日]

　田越川辺小名ハ柳作ニアリ塚ノ高五間上ニ槻樹アリ樹陰ニ碑ヲ建テ六代御前墓ト銘ス水府臣斎藤仁左衛門ノ建ル所ナリ六代ハ小松中将惟盛ノ嫡男ナリ文治元年十一月二十一日北條時政ニ虜セラレ{*1}已ニ誅セラルヘキヲ文覚師弟ノ昵ミアルヲ以テ請フテ赦サル是ヨリ高雄山ニ剃髪シテ三位禅師ト号シ法名妙覚ト云文覚流罪ノ後又召捕ラレテ当所ニテ誅セラル{*2}事ハ平家物語ニ詳ナリ

　　　〇鐙摺古城

堀内村小名鐙摺(アブスリ)ニアリ（土人ノ伝ニ頼朝三浦ニ遊覧ノ時山路狭ク乗馬ノ鐙ヲスリ往来自由ナラス故ニ此名起ルト云フ今ハサル嶮難ノ地ニアラス）海岸ノ孤山ナリ今軍見山或ハ旗立山ト云東麓ヲ木戸際ト唱フ三浦義澄ノ城跡ト伝フ

　源平盛衰記治承四年三浦畠山小坪阪合戦條曰小太郎叔父{*3}ノ別当ニ云ケルハ其レニハ東地ニ懸リテアブスリニ垣楯カキテ待給ヘリシコハ窟竟ノ小城ナリ{**3}敵左右ヨリ寄カタシ義盛ハ平ニ下テ戦ハンニ敵弱カラバ両方ヨリ差ハサミ中ニ取籠メテ畠山ヲ討タンニ最安(ヤス)シ若又味方弱ラハ義盛モアブスリニ引籠リテ一所ニテ軍セント云フ別当然ルヘキトテ百騎ヲ引分テ後ノアブスリニ陣ヲ取テ左右ヲ見ルサル程ニアブスリノ城固メタル三浦別当義澄此ニテ待モ心苦シ小坪ノ戦キビシキナリツゝケ者共トテ道ハ狭シ二騎三騎ツゝ打チ下ル

　　　〇森戸明神社{*4}

小名森戸ノ海浜ニアリ頼朝豆州配流ノ日三嶋神ニ源家再興ヲ祈リ遂ニ志ヲ得タリ故ニ治承中{**4}頼朝三島神ヲ此ニ勧請スト云祭神ハ大山祇命神体ハ鏡面ニ鋳出セシ像ナリ

　△御殿蹟

　社後ノ海浜ヲ御殿原ト云フ相伝フ頼朝別舘ノ跡ナリト将軍頼朝実朝頼経ノ諸公屡此地ニ遊覧ノ事東鑑ニ見ユ此所海岸ノ眺望絶佳ナリ

　　　〇久明親王廟

沼間村神武寺山上ノ洞中ニアリ五輪塔ナリ親王嘉暦三年十月十四日京師ニ於テ薨ゼラル然ラハ此廟ハ守邦親王ノ造立セラレシナラン

　　　〇三浦道香墓

逗子村延命寺ニアリ五輪塔ナリ{*5}道香ハ道寸ノ弟ナリ永正十年七月七日道香北條氏綱ト此地ニ戦ヒ軍破レ此寺ニ入リテ自害セリト云フ又道香カ一族ノ墓六基アリ

　　　〇和田義盛塚

本和田村{*6}三崎道ノ東ニアリ和田義盛ノ墓ナリトイヘト由来伝ヘス又本和田村ノ属ニ殿屋敷ト唱フル所アリ是義盛ノ宅跡ナラン

二行割書注

　1：時ニ十二{**5}（〇田越川　△六代御前墓）

　2：時ニ二十九（〇田越川　△六代御前墓）

　3：和田小太郎義盛ハ義澄兄義宗ノ子ナリ（〇鐙摺古城）

　4：東鑑ニ杜戸ト記ス葉山郷ノ総鎮守ナリ（〇森戸明神社）

　5：高三尺許（〇三浦道香墓）

　6：保無和太牟良（〇和田義盛塚）

校訂者注

　1：『新編相模国風土記稿』「三浦郡巻之二　桜山村　田越川」に、「此故ニ古ハ御最後川トモ唱ヘシナリ」とある。

　2：『新編相模国風土記稿』「三浦郡巻之二　桜山村　田越川」に、「軍敗ルゝノ後」とある。

　3：『新編相模国風土記稿』「三浦郡巻之二　鐙摺古城」に、「アブスリニ垣楯カキテ待給ヘカシコハ究竟ノ小城ナリ」とある。

　4：底本は「承治中」。

　5：底本は「時二十ニ」。