解題
一名「塗附」。歳暮の礼に出かけし二人の男、塗師屋に遭ひ、著(き)ながら早漆を塗らす。二人、綴ぢつく。
早漆(はやうるし)
▲男「人の御存じの者。年の暮ぢや。歳暮に参らう。申し、ござるか。
▲つれ「何事でござるぞ。
▲男「歳暮の礼に、いざござるまいか。
▲つれ「なかなかお供申さう。
▲男「さあさあ、ござれござれ。
▲つれ「参る参る。
▲ぬしや「このあたりに住む塗師屋ぢや。町へ参らう。早うるし、日本一の早漆々々。
▲男「申し。ぬしやが参つた。こなたの烏帽子も某がゑぼしもはげた。いざ談合して塗らしませう。
▲つれ「一段ようござらう。
▲男「これこれ。
▲ぬしや「何でござるぞ。
▲男「この烏帽子をぬりたいが、何と、ならうか。
▲ぬしや「某は日本一の早漆でござる。塗り直して進じまうせう。
▲男「何と。早う出来申するか。
▲ぬしや「そのまゝ、著(き)ながら塗り直して進じまうせう。
▲男「さらば両人ながら頼みたい。
▲ぬしや「心得ました。これへ寄らしられい。
▲つれ「さあさあ塗つてたもれ。
▲ぬしや「任さしられい。塗りまする。少しの内、風呂へ入れまうする。
▲男「何と、手間がいるか{**1}。
▲ぬしや「只今の内に干まする。
▲男「いかう窮屈なことぢや。
▲ぬしや「少しの内でござる。
▲つれ「何と、まだか。
▲ぬしや「もはやようござる。はあ、漆は干ましたが、綴ぢ附き申した。
▲男「これでは何ともならぬ。離してたもれ。
▲ぬしや「囃し物で、離さずはなりますまい{**2}。
▲つれ「いかやうともして、早うはなしくれさしめ。
▲ぬしや「追付(おつつけ)はやしもので、はなしまうせう。
▲男「早う早う離してたもれ。
▲ぬしや「日本一のはや漆、塗ることは塗つたれども、はなすやうを知らいで、はやし物で、はないた。げにもさあり。やよ。げにもさうよの。
《四五返もはやして、二人のなかへ棒をいれ、いろいろしまひして、ほつばいひうろひと云うて、三方へこくる。》
底本:『狂言記 下』「狂言記外編 巻の二 六 早漆」
校訂者注
1:底本は「手間がいるか、」。
2:底本のまま。
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