解題
 住持に戒められ、新発意、住持の留守に花見の者に酒をすゝめられて、殊の外酔ひ、遂に花を折りてやる。

花折(はなをり)

▲住持「これは、当庵の住持でござる。新発意あるか。
▲しんぼち「お前に。
▲住持「やい、けふはさる方へ行くほどに、留守をせい。又、花を見物にござらうとも、禁制ぢやと云うて見せな。やがて戻らう。 
▲しんぼち「はあ。
▲花見の者「これはこのあたりの者でござる。昨日は、東山の花を見物致したほどに、今日は、西山へ参らうと存ずる。さあさあござれ。
▲つれ「心得ました。
▲花見「いつも、このやうに参るは、うれしい事ではござらぬか。
▲つれ「さやうでござる。
▲花見「いや、これでござる。いざ、弁当をひらきませう。
《小うたひうたふ。》
▲しんぼち「いや、なうなう、そこで花を見たより、これでは何とござらう。
▲花見「さてさて、それはかたじけなうござる。
▲しんぼち「さあさあござれ。
▲花見「心得ました。はあ、見事なことでござる。
▲つれ「さやうでござる。
《又うたひうたふ。》
▲花見「御坊も御酒(ごしゆ)まゐらぬか。
▲しんぼち「なるほどようござらう。なうなう、一つ受持つたほどに、肴が望(のぞみ)でござる。
▲つれ「心得ました。
《小舞あり。》
▲しんぼち「戻しませう。
▲花見「いたゞきませう。御新発意ひとつうけてこざる。何ぞまはせられい。
▲しんぼち「心得ました。
《しんぼちまひ。》
▲花見「えいや。
▲しんぼち「さてさて、殊の外酔ひました。
▲花見「もはやおいとま申します。
▲しんぼち「それならば、花を進上いたしませう。
▲花見「かたじけなうござる。
《しんぼち、酒に酔ひてねてゐる。》
▲住持「只今罷帰(まかりかへ)りてござる{**1}。これはいかなこと。みどもが大事の花を折りをつた。これはいかな事。やい、そこなやつそこなやつ。
▲しんぼち「まだ、花がほしいか。これこれ。
▲住持「あの、横著者(わうちやくもの)め。やるまいぞやるまいぞ。
▲しんぼち「ゆるさつしやれゆるさつしやれ。

底本:『狂言記 下』「狂言記外編 巻の三 十 花折

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底本頭注
 1:肴――こゝは舞のことを云ふ。

校訂者注
 1:底本は「ござる これは」。