解題
 一名「骨皮」。住持隠居し、新発意、寺を持つ。旦那三人、傘を借りに、馬を借りに、或は斎に招きに来る。返答、皆相違し、竟に住持と喧嘩す。

骨皮新発意(ほねかはしんぼち)

▲住持「この寺の出家ぢや。隠居して、新発意に寺遣らう{*1}。しんぼちしんぼち。
▲しんぼち「何事でござる。
▲住持「もはや愚僧は隠居する。この寺そなたへやる。好う、檀那のお参りに機嫌とつて、寺をよう持たしめ。
▲しんぼち「忝うござる。
▲住持「奥に隠居してゐる。問ひたき事は、問はしませ。
▲しんぼち「畏つてござる。
▲旦那市兵衛「このあたりの者、俄に雨が降りさうな。寺へ行き、からかさを借りまうせう。案内も。
▲しんぼち「誰(た)そ。
▲市兵衛「某ぢやが、俄に雨が降りさうな。からかさを貸して下されい。
▲しんぼち「やすい事、貸しませう。これこれ申し、某もこの寺を貰ひました。
▲市兵衛「めでたい事でござる。
▲しんぼち「今までの通(とほり)、参つて下されい。
▲市兵衛「御用があらば承りませう、さらばさらば。
▲しんぼち「この由隠居へ申さう。申し申し。
▲住持「何と。
▲しんぼち「只今市兵衛殿の、傘(からかさ)を借りにお出でござる。乃ち貸してござる。
▲住持「其方(そのはう)は、坊主の一本からかさは貸さぬものぢや。此中(このぢう)、外に干しましたれば、風が吹いて、骨は骨、紙は紙となつて、縄で紮(から)げて、そらへあげて{*2}、置いたと云うて貸さぬものぢや。
▲しんぼち「畏つた。
▲旦那次郎兵衛「このあたりに住居(すまひ)する者。さる方へまゐる。寺の馬をかりに参り、乗つて行かう。お案内。
▲しんぼち「誰(た)そ。
▲次郎兵衛「某でござる。山一つあなたへ行く、馬を貸して下されい。
▲しんぼち「されば、外に干して置き申したれば、風が吹いて、骨は骨、皮は皮となつて、縄で紮(から)げて、そらへうちあげておきました。なりますまい。
▲次郎兵衛「あゝ馬をや。
▲しんぼち「なかなか。
▲次郎兵衛「是非もない。帰りまうせう。さらばさらば。
▲しんぼち「今の通(とほり)、師匠へ申さう。申し申し、次郎兵衛殿の馬を借りにわせた所で、最前の如く申して、貸しませなんだ。
▲住持「わごりよは、馬を傘(からかさ)の如くに云うて、よいものか。
▲しんぼち「こなたの云へとおしらるゝ如く申した{*3}。
▲住持「馬など借りに来たらば、此中(このぢう)、青草につけましたれば、だぐるひをして{*4}、腰がたゝぬ所で、うまやに繋ぎおきまして、御用に立たぬと云ふものぢや。
▲しんぼち「あゝ、さやうに申さう。
▲旦那三郎兵衛「明日(みやうにち)は心ざしの日ぢや{*5}。寺の坊主衆を呼びに参らう。おあんないも。
▲しんぼち「また人が来た。誰ぢや。
▲三郎兵衛「某でござる。明日心ざしの日ぢや。老僧もこなたも、斎(とき)に来て下されい。
▲しんぼち「私は参らうが、老僧はならぬ。
▲三郎兵衛「なぜに。
▲しんぼち「此中、青草につけておいたれば、だぐるひをして、腰がぬけて、厩(うまや)につないでおいてござる。
▲三郎兵衛「老僧のだぐるひを。
▲しんぼち「なかなか。某ばかり参らう。
▲三郎兵衛「こなたばかりなりとも、おいで持ちまする。
▲しんぼち「心得ました。
▲三郎兵衛「さらばさらば。
▲しんぼち「この由申さう。三郎兵衛殿の、明日心ざしをする程に、老僧も某も、斎に来いと云うて、呼びにわせてござる。
▲住持「一段ぢや。行かうと云うたか。
▲しんぼち「なかなか。某ばかり参らう。老僧は此中、青草につけてござれば、だぐるひして、腰がぬけて、うまやに繋いでおいた。なるまいと申した。
▲住持「そなたは、その様なことを云ふものか。おれがだぐるひしたと云ふことがあるものか。
▲しんぼち「でも、云へとおしやつた所で、申した。
▲住持「やいやい、おのれそのつれ云ふものか。
▲しんぼち「そなたぢやと云うて、だぐるひした事もあらうぞ。
▲住持「憎いやつの。愚僧がだぐるひした事があるとは。
▲しんぼち「それそれ、いつやら門前の嬶(かゝ)が来たれば、そなた、奥へつれていて。知つたぞや。
▲住持「やい、それは物を縫うて貰うた。腹だちや。
▲しんぼち「物を縫うに、鳩のうめくやうに、ふゝうふゝうと云うて、ふたりながら、あせをかいて出た事を、よう知つてゐるぞ、よう知つてゐるぞ。
▲住持「おのれ、にくいやつぢや。腹だちや。
▲しんぼち「老僧ぢやと云うて、たゝかれ負けてゐるものか。
《来いと云うてねぢあひ、老僧うちこかし、》
▲しんぼち「お手つ。なるまいぞなるまいぞ。
▲住持「やいやい、おのれ。やるまいぞやるまいぞやるまいぞ。

底本:『狂言記 下』「狂言記外編 巻の四 二 骨皮新発意

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底本頭注
 1:新発意(しんぼち)――新たに発心せる人、小僧などのこと。
 2:そら――天井裏などのこと。
 3:おしらるゝ――「おつしやらるゝ」の約。
 4:だぐるひ――女馬を見て狂ふこと。
 5:心ざしの日――仏事を営む日。