解題
一名「金津」。田舎者、よき仏を求めに都へ上る。すつぱ、仏師なりとて、この子を地蔵になす。地蔵、飲食して遂に踊る。
金津地蔵(かなづぢざう)
▲ゐなか者「これはこのあたりの者。いづれも在所中寄合(よりあ)ひて、草庵を結び申した。都へ上り、何ぞよき仏を求めて参らうと存じ、只今我等の上り申する。都へさへ上り申したらば、何仏なりとも無いことはあるまい。程なう都ぢや。仏師がいづくに居らるゝも知らぬ。何としたものであらうぞ。さてさて、都ではあるぞ。知らぬ事、売り買ふ物をば、呼ばはつて通る。さらば某もこゝから呼ばはりまうせう。仏買はう仏買はう。仏師の宿はござらぬかござらぬか。仏買ひたいの。
▲すつぱ「都に隠れもないすつぱぢや。この中(ぢう)、さんざん仕合(しあはせ)がわるい。田舎の者が何事やら云うてありき申する。此者にあひまして、仕合を致さう。申し申し。
▲ゐなか者「こちの事か。
▲すつぱ「その方の事ぢや。広い都を何を云うてあるくぞ。
▲ゐなか者「某は田舎から上(のぼ)つたが、仏を買ひたい所で、呼ばはり申する。
▲すつぱ「その方、仕合人(しあはせびと)ぢやよ。
▲ゐなか者「それは何としたことぞ。
▲すつぱ「即ち仏つくりは某ぢや。仏がいるならば売りまうせう。それがしに会うたが仕合(しあはせ)よ。
▲ゐなか者「まことにまことに、其方(そのはう)が仏師なれば、よい所で会ひました。仕合(しあはせ)でござる。
▲すつぱ「いか様(やう)の仏が買ひたいぞ。
▲ゐなか者「在所中として、小庵を作り。未(いま)だ仏が無いところで、何なりともよい仏がほしい。
▲すつぱ「尤ぢや。仏もいろいろあれども、地蔵ほどよい仏はまれな。地蔵の作つたがある。売りませう。
▲ゐなか者「嬉しや嬉しや、地蔵を買ひませう。
▲すつぱ「もはや仕立(したて)するばかりぢや。明日(みやうにち)五條の因幡堂までたづねておぢやれ。渡しませう。
▲ゐなか者「とりにまゐらう。値段は何程ぞ。
▲すつぱ「五百疋にして進ぜう。
▲ゐなか者「代物どこで渡さうぞ。
▲すつぱ「即ち仏わたす所で受取りまうせう。
▲ゐなか者「明日かならずでかいて下されいや。
▲すつぱ「心得申した。
▲ゐなか者「さらばさらば。
▲すつぱ「仏を受取り、明日わたす筈ぢやが、悴(せがれ)を地蔵にこしらへやらうと思うて、受取り申した。かな法師ゐるか。
▲子「なんでござるぞ。
▲すつぱ「某は、あまり仕合(しあはせ)がわるい所で、田舎の者が、地蔵を買ひたいと云ふによつて、うけとり、汝を地蔵にこしらへてやらうと思ふ。行(い)てくれい。
▲子「いやいや、戻ることがなるまい。
▲すつぱ「それは、見あはせて、そつと逃げて来い。
▲子「まことに、よい隙(すき)を見て、ぬけて参らう。
▲すつぱ「やうやう昨日約束の時分ぢや。来い来い。
▲子「参る参る。
▲すつぱ「これこれ、腰かけて錫杖を持つて居よ。
▲子「心得ました。
▲ゐなか者「何と地蔵が出来たか。きのふ約束の時分ぢや。因幡堂へまゐらう。
▲すつぱ「田舎の人はおそいが、異なことの。
▲ゐなか者「仏師どの。
▲すつぱ「待ちかねてゐた。
▲ゐなか者「地蔵は出来申したか。
▲すつぱ「ござれござれ、これこれ。
▲ゐなか者「結構に出来ました。乃ち仏を負うて下りませう。代物も渡しまする。
▲すつぱ「代物受取つてござる。
▲ゐなか者「かたじけなうござる。さらばさらば。やれやれ嬉しや。皆々待ちかねてゐられう。この地蔵を見せたらば、喜ぶであらう。都は物の自由な所でござる。戻つた。地蔵様を庵へすゑませう。皆々ござるか。
▲在所の者ども四五人「何と帰られたか。
▲ゐなか者「帰り申した。即ち地蔵菩薩を買ひ取つて来ました。庵にすゑおいた。拝ましられい。
▲在所の者「さてさて、殊勝にござる。
▲ゐなか者「さらば香花を進ぜう。
▲在所の者「よからう。
▲ゐなか者「香花をお地蔵へ進ずる。
▲子「香花はいやで候。饅頭が食ひたい。
▲ゐなか者「まんぢう食はうと、お地蔵の、物言はしらるゝ。
▲在所の者「さあさあ、饅頭早う進じませう。
▲ゐなか者「お望(のぞみ)のまんぢうこそ進ずれ。
▲子「ようくれたようくれた。よい酒が飲みたいわ。
▲ゐなか者「よい酒を飲まうと仰せらるゝ。
▲在所の者「早う進ぜられい。
▲ゐなか者「おのぞみに任せて、よき酒を参らする。
▲子「よい酒をくれて満足した。皆々有徳にして取らせうぞ取らせうぞ{*1}。
▲ゐなか者「やれやれ、うれしやうれしや。皆々有徳にしてくれうと、お地蔵様の仰せらるゝ。めでたく皆々酒を飲まう。
▲在所の者「さあさあ、よからう。飲まう。ざゝんざ、はま松の音はざゝんざ。
▲ゐなか者「めでたいめでたい。
▲在所の者「いかい事飲うで酔ひ申した。
▲ゐなか者「目がちらつくやら、地蔵の動かるゝ。
▲在所の者「まことに生地蔵(いきぢざう)ぢや。ちとをどらしませう。
▲ゐなか者「よからう。
▲在所の者「さあさあ、はやさしめ。
▲ゐなか者「心得た。金津の地蔵の金津の地蔵の、お揺(ゆる)ぎやつた。見まいな見まいな。
▲子「ゆるぎたくもなけれども、檀那衆の望(のぞみ)ならば、ちとまたゆるごよ。
▲ゐなか者「かなづの地蔵の立たしました。見まいな見まいな。
▲子「立ちたくはおぢやらねど、檀那の願(ねがひ)ならば、さらばちとつつ立つた。
▲ゐなか者「金津の地蔵の踊らしました。見さいな見さいな。
▲子「をどりたくもなけれども、さらばちと踊ろよ踊ろよ。ほつぱい、ひうろ、ひい。
底本:『狂言記 下』「狂言記外編 巻の四 三 金津地蔵」
底本頭注
1:有徳(うとく)――仕合(しあはせ)よきこと。
2:金津――加賀国。
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