解題
 検校・座頭ども、寄り合ひて鞠をなぐさむ。鞠に鈴をつける。使いの者、来かかりてなぶる。

鞠蹴座頭(まりけざとう)

▲検校「このあたりの検校(けんげう)。みな検校たち、座頭ども寄り合ひ、鞠をなぐさみに蹴(け)ます。今日は某が所へ皆々おいでぢや。きく一。
▲きく一「お前に{**1}。
▲検校「いづれも様、おいでならば、こちへ云へ。
▲きく一「畏つた。
▲検校「かゝりの掃除をも云ひつけい{**2}。
▲きく一「はあ。
▲山岡検校「このあたりに住む山岡検校ぢや。皆座頭衆おぢやるか。
▲ざとう「皆々ゐまする。
▲山岡「内々の通(とほり)、鞠を蹴に参るまいか。
▲ざとう「一段ようござらう。
▲山岡「さあさあ、ござれござれ。
▲ざとう「まゐるまゐる。
▲山岡「よい慰(なぐさみ)ぢやの。
▲ざとう「その通(とほり)ぢや。
▲山岡「まゐる程にこれぢや。案内乞ひまうせう。
▲ざとう「よからう。
▲山岡「お案内も。
▲きく一「どなたでござる。
▲山岡「内にござるか。
▲きく一「おいででござる。その通申さう。
▲山岡「急いで皆々同道で参つたと云へ。
▲きく一「畏つた。いづれも様お出なされました。
▲検校「通しませい。
▲きく一「心得てござる。お通りなされい。
▲山岡「心得た。皆々通りませう。
▲検校「御出かたじけなうござる。追付(おつつけ)まりを始めまうせう。
▲山岡「ようござらう。
▲検校「きく一、まり持つてこい。
▲きく一「畏つた。
▲山岡「さらば、きく一から蹴て出せ。
▲きく一「けまする。
▲検校「ありあり{*1}。
▲ざとう「ありあり。
▲きく一「ありあり。
▲検校「これではあたりが知れぬ。思ひだし申した。鞠に鈴をつけて蹴ませう。
▲山岡「それはようござらう。
▲検校「きく一。まりに鈴をつけい。
▲きく一「畏つた。鈴つけてござる。
▲検校「またきく一から蹴てだせ。
▲きく一「心得ました。けまする。
▲検校「ありあり。
▲ざとう「ありあり。
▲きく一「ありあり。
▲使の者「使(つかひ)の者でござる。急いでまゐらう。これはいかな事。座頭どもが{**3}、目も見えぬに鞠を蹴まする。見物仕(つかまつ)らう。
▲検校「ありあり。
▲ざとう「ありあり。
▲使の者「かしこいものぢや。まりに鈴をつけた。ちとなぶつて遊びまうせう。
《まりとつて、あちらこちちへ行き、鈴ならす。》
▲ざとうども「ありありありあり。
《がくやのかたへ、まりの鈴ならして、はいる。鈴について、皆々ありありありありありありと云うて、ざとう、がくやへはいるなり。》

底本:『狂言記 下』「狂言記外編 巻の四 七 鞠蹴座頭

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底本頭注
 1:ありあり――鞠を蹴る時の掛け声。

校訂者注
 1・2:底本に句点はない。
 3:底本は「座頭どもが 目も」。