解題
都のまんぢう売り、ゐなか者にだまされ、売り物の饅頭を皆自分にて食ひ了る。
饅頭食(まんぢうくひ)
▲まんぢう売「都にすまひする饅頭売(まんぢううり)ぢや。町へ売りに参らう。某も奉公人の果(はて)ぢやが{**1}、落ちぶれてまんぢう売いたす。まんぢうは、まんぢうは。
▲ゐなか者「遠国方(をんごくがた)の者。久々訴訟の事があつて、都にゐました。思ひのまゝに、訴訟調(とゝの)うて、近日国へ下る。町へ買物しに参らう。いろいろの物があるわ。どれから買ひませうぞ。茶の湯道具ぢや。子どものもてあそび物、雛、張子、起上小法師(おきあがりこぼし)、土で作つた犬までおりやるわ。何を買ひまうせうも、おれまゝ。これは何ぞ。
▲まんぢう売「饅頭でござる。
▲ゐなか者「まんぢうぢや。
▲まんぢう売「なかなか。上(うへ)つがたの、お菓子にあがり申するまんぢうはまんぢうは。
▲ゐなか者「まんぢうはぢや。
▲まんぢう売「ずんど旨い物でござる。買はせられい。
▲ゐなか者「旨いか。
▲まんぢう売「なかなか。めして下されい。
▲ゐなか者「まづ食うて見せたらば、買ひもせう。
▲まんぢう売「ふるまはせらるゝなら、食ひませう。
▲ゐなか者「ふるまふ。食(く)て見せい。そちが食うたらば、おれもくふことがあらう。
▲まんぢう売「おふるまひか。
▲ゐなか者「なかなか。
▲まんぢう売「かたじけなうござる。食ひませう。
▲ゐなか者「なにと旨いか。
▲まんぢう売「旨い事かな。
▲ゐなか者「まだ食へまだ食へ。
▲まんぢう売「いか程も食うて見せませう。
▲ゐなか者「さあさあ、食へ食へ。
▲まんぢう売「たべまするたべまする。皆くひました。
▲ゐなか者「おれも食はうもの。
▲まんぢう売「こしらへて進じませう。
▲ゐなか者「無ければよい。
▲まんぢう売「申し申し、今の代物(だいもつ)を下されい。
▲ゐなか者「代(かは)りとは。そちが食(く)た。おれは知らぬ。
▲まんぢう売「ふるまふほどに、食へと仰せられた。代物取らねばなりませぬ{**2}。
▲ゐなか者「憎いやつの。田舎者と思うてねだりごと云ふか。
▲まんぢう売「いやでもおうでも、代物おこさしめ。
▲ゐなか者「まだ推参な{*1}。
《刀に手をかけおどす。》
▲まんぢう売「申し申し、もはや取りますまい{**3}。
▲ゐなか者「にくいやつめの。
▲まんぢう売「これはいかな事。だまされた。せめてこの入物(いれもの)でも、持つて去にまうせう。
底本:『狂言記 下』「狂言記外編 巻の四 八 饅頭食」
底本頭注
1:推参――「無礼」。
校訂者注
1:底本は「果(はて)ぢやが 落ちぶれて」。
2:底本は「なりませぬ、」。
3:底本は「取りますまい、」。
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