解題
 出家、祈祷に来りて大般若を読む。神子、お竈の祓に来りて神楽を進ず。

大般若(だいはんにや)

▲出家「このあたりの出家でおりやる。御檀那へ祈祷にまゐらうと存ずる。そろそろ参らう。お案内。
▲だんな「案内は誰ぢや。えい御坊様。
▲出家「御祈祷にまゐつた。
▲だんな「さらば、お経をよましられい。
▲出家「心得た。よみまうせう。
▲だんな「頼みまする。
▲出家「大般若波羅みた大般若波羅みた{**1}。
《経よむ。》
▲神子「これは、このあたりに住居(すまひ)する神子でござる。いつものお旦那方へ、お竈の祓にまゐらう{*1}。申し申し、ござるか。
▲だんな「やあ。みこ殿おいでか。
▲神子「神楽を進じませう。
▲だんな「頼みまする。
▲神子「お神楽こそめでたう候へ。
《かぐらあり。住持経よむ。かぐらにうつりて、あと、しやぎりどめなり。》{*2}

底本:『狂言記 下』「狂言記外編 巻の五 七 大般若

前頁  目次  次頁

底本頭注
 1:お竈(かま)の祓(はらひ)――十二月下旬に、竈神を祭る巫女、その祈祷をなす。

校訂者注
 1:底本に句点はない。
 2:底本は簡略に過ぎ、全体によくわからない。『和泉流狂言大成 第二巻』(山脇和泉著 1917刊 国会図書館D.C.)所収「大般若」を見ると、某月晦日に神子と僧を旦那が祈祷に招くが、読経に障るから神楽を止めさせよと言う僧と、ならぬと言う神子が対立し、旦那の仲裁で折れた僧が、徐々に神楽を面白がり、読経をよそにして真似まで始め、最後は和解して終わるという流れの狂言であることがわかる。