解題
 三人の男、仏詣にとて倶に行く。途中、くたびれて寝たる一人の男を坊主になす。その男、別れて、他の二人の女房を坊主になす。竟に男女六人、まことの坊主となる。

六人僧(にんそう)

▲シテ「罷出でたる者は、この辺(あたり)に住居(すまひ)致す者でござる。此中(このぢう)思ひ立つて、仏詣(ぶつけい)致さうと存ずる。某(それがし)ばかりでもなし、一両人申し合うた方がござる程に、これを誘うて、同道致さうと存ずる。参る程にこれでござる。誰殿御宿(おやど)にござるか。
▲アド「どなたでござるぞ。
▲シテ「いや、某でござる。
▲アド「何と思うて出させられた。
▲シテ「その事でござる。今日は日もよくござるほどに、内々(ないない)申し合うた如く、仏詣致さうと存じて、これへ参つてござる。
▲アド「ようこそござつたれ。誰殿もこれにござる。それへなりとも参つて、誘ひませうと存じてござる。さらば追付(おつつ)けまゐりませう。
▲シテ「さらばござれ。
▲アド「まづござれ。
▲シテ「参らうか。
▲アド「なかなかござれ。
▲シテ「かやうに同道致すからは、自然腹の立つことがござるとも、互に堪忍を致いて、同道致さう{**1}。
▲アド「仰せらるゝ通(とほり)、長(なが)の旅ぢやほどに、戯事(ざれごと)をもせいでも叶はぬ事ぢや。如何(いか)やうの事があるとも、堪忍を致いて、同道致さう。
▲シテ「や、殊の外草臥(くたび)れてござる。折節これに辻堂がござる。まづ腰をかけて休みませう。あゝ、いかう草臥れてござる。ちと某はまどろみませう。
▲アド「あの人は殊の外草臥れたと見えた。
▲後アド「かしまだちぢや程に{*1}、さうもおぢやらう。
▲アド「ちとこれへござれ。まをし、よう寝入つたと見えた。それにつき最前あの人が、何事をしたりとも、腹を立てまいと云はれた程に、ちと嬲(なぶ)つて見ませう。
▲後アド「まことに、かたがた口固(くちがた)めをせられた程に{*2}、嬲らうが、何としてよからうぞ。
▲初アド「あの人はねごい程に{*3}、こかいても知られまい。いざ、坊主になさう。
▲後アド「それは余りぢやが。
▲初アド「いやいや、何事も腹を立てまいと云ふからは、苦しうあるまい。その上腹を立てたらば、その時の様子によらう。そなたは、剃刀をお持(も)たちやつたか。
▲後アド「いや持ちませぬ。
▲初アド「不嗜(ぶたしな)みな人ぢや。自然鬚を剃(す)らうと思うて、某は剃刀をたしなうだ。さらばお揉みやれ。
▲後アド「心得た。
《そのうちに、剃刀手合をして、剃りかゝる。》
▲初アド「まづ一方(ぱう)は剃つたが、何とせうぞ。思ひ出した。耳へ水を入るれば、寝返るものぢやと聞いた。
《というて、剃刀の柄で、耳へ一雫落す真似をする。そこで寝返る。又揉うで剃る。頭巾被せて、肩衣取り、衣著せて、》
いざ、ちとまどろまう。
▲後アド「よからう。
《というて、二人ながらぬる。坊主目を覚し、衣、頭の様子見て驚き、二人の者を起し、二人ながら起きて、》
▲初アド「やあ、其方(そなた)は何と思うて法体(ほつたい)したぞ。
▲シテ「何と思うてとは聞(きこ)えぬ。この様な事をするものが、そなた達ならではせまい。
▲後アド「いや、聞(きこ)えぬ事を云ふ。それほどに思ひよつたらば、ちと某等(ら)にも知らせいで。
《殊の外腹を立て、二人を叱る。》
▲初アド「その事ぢや。たとへば、われ等がしたにもせよ、最前何事にてもあれ、腹立てずく無しと{*4}、約束した上は、それ程に云はうことではない。
▲シテ「尤なれども、ことによつたものぢや。この如くに、坊主になつてよいものか。
《というて、散々に言葉からかひして、坊主は戻る。二人は行く。坊主太鼓打の側に居る。》
▲二人「扨々聞えぬ人ぢや。いざ参らう。
《というて、大臣柱の側に坐して居る。》
▲シテ坊主「《立て》
扨々腹の立つ事でござる。この返報を致したい。や、思ひよつた事がござる。まづ宿へ戻らう。誰の{*5}、内におぢやるか。又誰のも、おりやるか。お出でやれ。
▲女「《二人ながら出る》
なうそれの声ぢやが、何として帰らせられたぞ。これは如何な事。それは何としたなりでござるぞ。
▲シテ坊主「さればされば、そなた達に逢うても面目ない。
▲女「まづ何事でござるぞ。妾(わらは)がところのは、何とめされてござるぞ。お帰りやりませぬか。
▲シテ「まづかう通らしめ。そなた達に逢うて、云はうとは思へど、涙に咽(むせ)んで云はれぬ。
▲女「さやうに仰せらるれば、いよいよ聞きたうござる。早う仰せられい。
▲シテ「それならば、隠いてもいらぬこと。云はう。まづ三人同道して参つた。所を云うても合点がいくまい。道に大きな川があつた。二人は渡らうといふ。某は深さうなほどに、まづ様子を見て、渡らしませと云うたれど、聞かいで、手と手と取り合(よ)うて渡つた程に、真中(まんなか)で、深い処へはまつて、二人ながら、棒やなどを振る如くに、ぶらりぶらりと流れて死んだ。
▲女「扨も扨も、苦々しい事でござる。
▲又女「それはまことでござるか。
《というて、二人の女さめざめと泣く。》
▲シテ「某も不便(ふびん)に思うて、この如くに様(さま)を変へて、高野(かうや)へ登るが、そなた達が知るまい程に、知らせうと思うて、これへ立ち寄つた。
▲女「扨はまことでござるか。此中(このぢう)夢見が悪かつたと思うてござる。この上は川へなりとも、身を投げて死なう。
▲又女「妾(わらは)も自害してなりとも死にませう。
《というて歎く。》 
▲シテ「それ程に思(おも)やらば、死んでいらざること。頭(つむり)を剃つてなりとも、念仏を申して、お弔(とむら)やれ。
▲女「まことにさやうに致いて、後世を弔(とむら)ひませう。
▲シテ「それは一段ぢや。さやうにめされい。
▲女「誰頼まう人もないほどに、こなた剃つて下され。
▲シテ「真実さやうに思やるか。それならば剃つておませう{*6}。
《二人して、われ先と剃らする。剃りてから綿帽子被せ、》
▲シテ「某は最前も云ふ如く、これから高野へ参るほどに、序(ついで)に、この髪を高野へ納めておませう。
▲女「如何(いか)やうにもなされて下され。
▲シテ「二人ながら、比丘尼なりが好い{*7}。さらばさらば。一段の事をした。まだこれでは腹がいぬ。かの者どもが、遠いへは行くまい。追つついて、致しやうがござる。
《というて行く。二人は立ち、》
▲二人「かの者は、在所へもえ戻るまいぞ。
《そこで互に見て、》
▲シテ「そなた達は誰ぢや。
▲アド「誰とは何事を云ふぞ。誰々ぢや。
▲シテ「声を聞けば、正(まさ)しう誰々ぢやが、不思議な事ぢや。
▲アド「何事を云ふぞ。
▲シテ「その事ぢや。某儀在所へ戻つたれば、誰が云うたやら、二人ながら、川へはまつて死んだと云うて、在所では泣き歎く。
▲アド「やれ、その様な事はな云ひそ。かの返礼に云ふものであらう。なおかまやつそ。
▲シテ「いや、さう云はゞば云へ。女房衆が、生きても死んでもと云うて、自害して死んだ。
▲アド「やれ、だまされはせまいぞ。 
▲シテ「それなれば是非もない。さりながら、証拠がある。
▲アド「それは何事ぞ。
▲シテ「これこれ、この髪を見さしませ。これは其方(そなた)の女房衆の、又、これはわごりよのお内儀のぢや。覚(おぼえ)はないか。
《二人ながら手に取り見て、》
▲アド「これは如何な事。髪が短うて赤い。
▲又一人は「鬢が縮(ちゞ)うである。扨はまことか。
▲シテ「なかなか、何の偽(いつはり)があらう。其方(そなた)達が知るまいと思うて、これまで来て知らせた。
▲アド「まことに思ひ合はすることがある。女どもが常々云うたは、自然の事があらば、生きては居まいと云うたが、一定(ぢやう)ぢや。情(なさけ)ない事ぢや。
《というて、二人ながらさめざめと泣く。》
▲シテ「それ程に思(おも)やらば、後世を弔(とむら)うておやりやれ。
▲アド「何としてよからうぞ。いざ、様(さま)を変へて、高野へ参らう。
▲又アド「一段好からう。其方(そなた)剃つてくれさしませ。
▲シテ「心得た。
《二人ながら剃りて頭巾被せ、肩衣とり、衣著てよし。》
法師なりもよいわ。いざ参らう。さりながら、まづ在所へ戻つてからの事に致さう。
▲アド「さうも仕(つかまつ)らう。
▲シテ「参る程にこれぢや。誰々の女房衆お出やれ。
《二人の女出る。》
▲シテ「某をこの様にしたがよいか。
《四人ながら腹を立て、》
▲四人「これは如何なこと。何としてよからうぞ。あのわろの女房衆も{*8}、喚(よ)び出して剃らう。
▲シテ「それは免(ゆる)してくれい。
▲四人「なんの免せ。
《といふまゝ、喚び出して剃り、綿帽子被せ、六人ながら舞台へ出で、》
▲シテ「昔からも、強戯(こはざれ)はせぬ事ぢやと云ふが{*9}、このことぢや。さりながら、これは只事であるまい。後世を願へとあるお告げであらうぞ。
▲アド「まことに短い命を持つて、徒(いたづら)に暮(くら)さうことでないほどに、これを菩提の種として{*10}、後生(ごしやう)を願はう。
▲シテ「それならば、某音頭をとつて申さう。なまうだ。
▲三人「なまうだ。
▲比丘「なまうだ。
▲皆々「なまうだなまうだなまうだなまうだ。とつぱい、ひやろ、ひ。

底本:『狂言記 上』「続狂言記 巻の三 九 六人僧

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底本頭注
 1:かしまだち云々――「旅の初めにて、歩行になれねば」云々の意。
 2:口固(くちがた)め――「堅き約束」。
 3:ねごい――熟睡の癖あること。
 4:腹立てずく――「ずく」は「相談ずく」など云ふ語法に同じ。
 5:誰の――朋輩の妻を呼ぶ。
 6:おませう――「進ぜう」。
 7:比丘尼なり――「尼となれる姿」。
 8:わろ――「汝」。
 9:強戯(こはざれ)――「過度の悪戯」。
 10:菩提の種――「発心の動機」。

校訂者注
 1:底本に句点はない。