筑紫奥(つくしのおく)(脇狂言)

▲アト「筑紫の奥のお百姓でござる。毎年(まいねん)、御嘉例として、上頭(うへとう)へ御年貢に唐物(からもの)を捧ぐる。当年も相変らず、持つて登らうと存ずる。誠に、毎年毎年相変らず、御年貢を納むると申すは、めでたい事でござる。何とぞ、当年も首尾よう納めて参れば、ようござるが。いや、これまで来たれば、いかう草臥(くたび)れた。しばらく此所(こゝ)に休らうで、似合はしい者も通らば、言葉を掛けて、同道致さうと存ずる。
▲シテ「丹波の国のお百姓でござる。毎年、御嘉例として、上頭へ御年貢に柑類(かうるゐ)を捧ぐる。当年も、相変らず、今持つて登らうと存ずる。誠に、戸鎖(ざ)さぬ御代と申すは、今この時でござる。天下治まり、めでたい御代なれば、上々(うへうへ)の御事は申し上ぐるに及ばず、下々(したじた)までも、存ずる儘の、めでたい折柄でござる。
▲アト「いや、これへ一段の者が参つた。言葉を掛けう。なうなう、これこれ。
▲シテ「この方(はう)の事でおりやるか。
▲アト「成程、そなたの事ぢや。和御料(わごれう)は、どれからどれへお行きある。
▲シテ「身共は、用を前に当てゝ、後(あと)から前(さき)へ行く者でおりやる。
▲アト「これはいかな事。誰あつて、用をうしろに当てゝ、前(さき)から後へ行く者はない。真実は、どれからどれへお行きある。
▲シテ「まづ、和御料(わごれう)は、どれからどれへお行きある。
▲アト「身共は、筑紫の奥のお百姓でおりやる。毎年御嘉例として、上頭へ御年貢に唐物を捧ぐる。当年も相変らず、今持つて登る事でおりやる。
▲シテ「して、その荷物は、何と召された。
▲アト「二百駄ばかり馬に附けて、先へ登しておりやる。
▲シテ「扨々、それは、おびたゞしい荷物でおりやる。
{と云ひて、苞をうしろへ隠して、腰にさす。}
▲アト「扨、和御料(わごれう)は、どれからどれへお行きある。
▲シテ「身共は、丹波の国のお百姓ぢや。毎年御嘉例として、上頭へ御年貢に柑類を捧ぐる。当年も相変らず、今持つて登る事でおりやる。
▲アト「扨、その荷物は、何と召された。
▲シテ「荷物は二百駄ばかり、牛に附けて先へ登しておりやる。
▲アト「言葉をかくるも別の事ではない。何と、同道召さるまいか。
▲シテ「幸ひ、独りで、つれ欲しう存じた。成程、同道致さう。
▲アト「それならば、いざ、お行きあれ。
▲シテ「何が扨、そなたが先(せん)ぢや。そなたからお行きあれ。
{これより同道して行く。都に着く。奏者出る。色々ありて、戻りにも最前の所まで同道せうなどゝ云ふ。ざれ事を果さぬ、など云ひて、御年貢納むる。シテ、苞持ち、出る。奏者、披露する。橋掛りにて、二人せり合ふ。奏者、呼ぶ。二人、出る。まで、この類、百姓狂言「餅酒」の通りなり。}
▲小アト「両国のお百姓に、筑紫と丹波は、海川山を隔てたに、同じ日の同じ時に持ちて登つたとあつて、御感に思し召す。さりながら、両人、共に御年貢の数が多いによつて、お白洲へ廻つて、直(ぢき)に申し上げいとの御事ぢや。さあさあ、急いで申し上げい。
▲シテ「畏つてはござれども、私どもは、異体(いてい)な者でござるによつて、これは、御奏者へお願い申し上げまする。
▲小アト「いやいや、御前(ごぜん)から仰せ出された事ぢやによつて、違背はならぬ。さあさあ、早う申し上げい。
▲アト「畏つてござる。
▲シテ「あゝ、これこれ。和御料(わごれう)は、みごと申し上ぐるか。
▲アト「又、申し上げいでは。 
▲シテ「はて、よい覚えぢやなう。
▲アト「《イロ》筑紫の奥より参る物、参る物とて参る物、これらは皆唐物。金襴・鈍子(どんす)、どんきん・唐絵、香箱・沈香、したん・きりん、樟脳・豹(へう)の皮・虎の皮、齢(よはひ)久しき薬物(やくもつ)を、悍馬(かんば)ぱかり負ぶせて、{*1}この御舘へぞ参りける、この御舘へぞ参りける。
▲小アト「一段と申し上げた。あゝゝゝ、汝も急いで申し上げい。
▲シテ「私は、物覚えが悪うござるによつて、も一度見ましてから、申し上げませう。
▲小アト「ともかくも、せい。
{シテ、立つて、苞を見て、}
▲シテ「とてもの事に、左右、小拍子にかゝつて申しませう。
▲小アト「一段とよからう。
▲シテ「《イロ》丹波の国より登る物、登(のんぼ)る物とて登る物、これらは皆、柑類。柚子・柑子(かうじ)、橘・ありの実、柘榴・けんの実、櫟(いちい)・椽柴(かしいしば)の実、扨は栗の枝折(えだをり)、{*2}野老(ところ)なんども参りたりや、野老なんども参りた。
▲小アト「一段と申し上げた。両国のお百姓、かくの通り。はあ、はあ。やいやい、時のお笑草に仰せ出されたを、一段と出かいたとあつて、御感に思し召す。さうあれば、万雑公事(まんざふくじ)を御赦免なさるゝ。
▲二人「それは、ありがたう存じまする。
▲小アト「悦ベ悦ベ。
▲二人「はあ。
{笑ふ なり。}
▲アト「心がはれりとした。
▲シテ「心がはれりとした。
{と云ひて、二人、大きに笑ふ。奏者、叱る。}
▲小アト「やいやい、御前近いに、何を声高(こわだか)に云ふ。はあ、はあ。さればこそ、申さぬ事か。あまり汝等が、大きな声をして笑ふによつて、百姓どもは、田を何反作る。一反について、一笑(ひとわら)ひづゝ笑へ、とのお事ぢや。急いで笑いませい。
▲二人「畏つてござる。
▲アト「あゝ、和御料(わごれう)が、あまり大きな声をして笑ふによつてぢや。
▲シテ「何を云ふ。あまり汝が、大きな声で、くわくわらめくによつてぢや。
▲アト「はて、和御料(わごれう)ぢや。
▲シテ「はて、和御料(わごれう)ぢや。
{と云ひて、せり合ふ。}
▲小アト「やいやい、両人どもに、論は無益(むやく)。急いで笑へ。
▲アト「畏つてござる。
{と云ひて、アト、二声大きく笑ふなり。}
▲小アト「はあ、扨は、汝は田を二反作るか。 
▲アト「左様でござる。
▲小アト「あゝゝゝ、汝も笑へ。
▲シテ「笑ひついでに、太儀ながら、そなた、笑うてくれい。
▲アト「これはいかな事。和御料(わごれう)が、田を何反作るやら、知つてこそ。
▲シテ「口ついでに、笑うてくれい。
▲小アト「これはいかな事。その様な事があるものか。さあさあ、汝、笑へ。
▲シテ「私は何ぞ、をかしい事を思ひ出さねば、笑はれませぬ。
▲小アト「どうなりともして、早う笑へ。
▲シテ「畏つてござる。何とでござりませうぞ。
{と云ひて、しばらく思案をして、大きく一声半笑ふ。但し、笑ひ様、心持、あるべきなり。}
▲小アト「やいやい、その笑ひさいたは、何ぢや。
▲シテ「私は、田を一反段半(きだなか)作りまする。
▲小アト「扨は、今、半分笑うたは、段半(きだなか)の所か。
▲シテ「左様でござる。
▲小アト「扨も扨も、汝は律義によう笑うた。前世(ぜんぜ)、下された事はなけれども、お流れを下さるゝ。これへ寄つて、頂戴せい。
▲二人「それは、ありがたう存じまする。
▲小アト「汝等は、冥加に叶うた者どもぢや。
{と云ひて、つぐ。二人呑む。この類、「餅酒」の通り。}
▲小アト「扨、両人ども。お暇(いとま)を下さるゝ程に、勝手次第に立ちませい。
▲シテ「左様ならば、もはや、御暇申しませう。
▲アト「私もお暇申しまする。
▲小アト「両人、共によう来た。 
▲二人「はあ。
{と云ひて、二人とも、一の松へ行く。奏者、その儘居るなり。}
▲シテ「何とよい首尾ではなかつたか。
▲アト「重畳の首尾であつた。
▲シテ「扨、最前、身共等に笑へと仰せられたは、お上(かみ)からではあるまい。定めて、お奏者の心入れであらうと思ふは。
▲アト「大方、その様な事であらう。
▲シテ「何と思ふ。身共等ばかり笑うて、お奏者にも笑はさいでは口惜しい。いざ、戻つて笑はせう。
▲アト「いや、こゝな者が。その様な慮外な事が成るものか。
▲シテ「身共次第にして、来さしめ。
▲アト「あゝ、止(よ)しにせいでな。
▲シテ「申し上げまする。
▲小アト「百姓共は、まだ行かぬか。
▲シテ「追つ付け参りまするが、ちと、お奏者へお願ひがござりまする。
▲小アト「それは、何事ぢや。
▲シテ「最前、私どもばかり笑ひまして、お奏者のお笑ひなされぬは、何とやら、心掛かりにござりまする。どうぞ、お奏者にも、お笑ひなされて下さりませ。
▲小アト「いや、こゝな奴が。汝等は、お流れは下さるゝ、御年貢は首尾よう納むる、機嫌のよい余りに笑うた。身共は、今朝から冷え板を温めてゐるによつて、笑ふ機嫌はないわいやい。
▲シテ「左様に仰せられずとも、ちと、お笑ひなされて下されい。
▲小アト「これは何とする。
▲アト「ちと、お笑ひなされませ。
{と云ひて、二人、左右よりこそぐる心持なり。}
▲小アト「あゝ、まづ待て待て。それならば、何事も三神相応(さんじんさうおう)といふ程に、三人一度にどつと笑はう。づゝとこれへ寄れ。
▲二人「畏つてござる。
▲小アト「さあ笑へ。
▲シテ「まづ、笑ひなされませ。
▲小アト「まづ、笑へ。
▲アト「まづ、お笑ひなされませ。
▲小アト「まづ。
▲シテ「まづ。
▲小アト「まづ。
▲アト「まづ。
▲三人「まづまづまづ。
{と云ひて、三人一度に大きく笑ひ留めて、奏者より入る。}

校訂者注
 1:底本、ここから科白最後の「参りける」まで、傍点がある。
 2:底本、ここから科白最後の「参りた」まで、傍点がある。


底本:『和泉流狂言大成 第一巻』(山脇和泉著 1916年刊 国会図書館D.C.

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筑紫奥(ツクシノオク)(脇狂言)

▲アト「筑紫の奥のお百姓で御座る、毎年御嘉例として、上頭へ御年貢に唐物を捧る、当年も相かはらず、持つて登らうと存ずる、誠に、毎年毎年相かはらず、御年貢を納ると申すは目出たい事で御座る、何卒当年も首尾よう納て参ればよう御座るが、いや是迄来たればいかう草臥た、しばらく此所に休らうで、似合しい者も通らば、言葉を掛て同道致さうと存ずる▲シテ「丹波の国のお百姓で御座る、毎年御嘉例として上頭へ御年貢に柑類を捧る、当年も相かはらず今持て登らうと存ずる、誠に戸ざゝぬ御代と申すは今此時で御座る、天下おさまり目出たい御代なれば上々の御事は申上るに及ばず、下々迄も存ずる儘の、目出たい折柄で御座る、▲アト「いや是へ一段の者が参つた言葉を掛う、なうなう、是々▲シテ「此方の事でおりやるか▲アト「成程そなたの事ぢや和御料はどれからどれへ御ゆきある▲シテ「身共は用を前にあてゝ後から前へ行く者でおりやる▲アト「是はいかな事誰有つて用をうしろにあてゝ、さきから後へゆく者はない真実はどれからどれへおゆきある▲シテ「先和御料は、どれからどれへおゆきある▲アト「身共は筑紫の奥のお百姓でおりやる、毎年御嘉例として上頭へ御年貢に唐物を捧る、当年も相かはらず今持つて登る事でおりやる▲シテ「して其荷物は何とめされた▲アト「二百駄ばかり馬に附て先きへ登しておりやる▲シテ「扨々夫はおびたゞしい荷物でおりやる{ト云て苞をうしろへかくして腰にさす}▲アト「扨和御料はどれからどれへお行きある▲シテ「身共は丹波の国のお百姓ぢや、毎年御嘉例として、上頭へ御年貢に柑類を捧る、当年も相かはらず、今持つて登る事でおりやる▲アト「扨その荷物は何とめされた▲シテ「荷物は二百駄ばかり、牛に附けて先へ登しておりやる▲アト「言葉をかくるも別の事ではない、何と同道めさるまいか、▲シテ「幸ひ独りでつれほしう存た、成程同道致さう▲アト「夫ならばいざお行あれ▲シテ「何が扨そなたがせんじや、そなたからおゆきあれ{是より同道して行、都に着、奏者出る、色々ありて戻りにも最前の所まで同道せう抔と云ざれ事を果さぬなどゝ云て{*1}御年貢納るシテ苞持出る、奏者披露する、橋掛りにて二人せり合ふ、奏者呼二人出る迄此るい百姓狂言餅酒の通りなり}▲小アト「両国のお百姓に、筑紫と丹波は、海川山を隔たに、同じ日のおなじ時に持て登つたとあつて御感に思しめす、乍去、両人共にお年貢の数がおほいに依つて、お白洲へ廻つて直きに申上いとのお事ぢや、さあさあ急いで{*2}申上い▲シテ「畏つては御座れ共、私共は異体な者で御座るに依つて、是は御奏者へおねがい申上まする▲小アト「いやいや、御前から仰出された事ぢやに依つて違背はならぬ、さあさあ早う申上い▲アト「畏つて御座る▲シテ「あゝ是々、和御料はみごと申上るか▲アト「又申上いでは▲シテ「はてよい覚ぢやなう▲アト「《イロ》筑紫の奥より参る物、参る物とて参る物、是等は皆唐物、金らん、鈍子、どんきん、唐絵、香箱、沈香、したん、きりん、樟脳、へうの皮、虎の皮、よはひ久しき薬物をかんばぱかりおふせて、此御舘へぞ、参りける此御舘へぞ、参りける▲小アト「一段と申上た、あゝゝゝ汝も急いで申上い▲シテ「私は物覚えがわるう御座るに依つて、最一度見ましてから申上ませう▲小アト「兎も角もせい{シテ立つて苞を見て}▲シテ「迚もの事に、左右小拍子にかゝつて申ませう▲小アト「一段とよからう▲シテ「《イロ》丹波の国より登る物、のんぼる物迚登る物、是等は皆柑るい、柚子柑子、橘、ありの実、柘榴、けんの実、櫟、椽柴の実{*3}、扨は栗の枝折、ところなんども参りたりや野老なんども参りた{*4}▲小アト「一段と申上た、両国のお百姓かくの通り、はあ、はあ、やいやい、時のお笑草に仰出されたを、一段と出かいたとあつて御感に思し召さうあれば万ぞう公事を御赦免被成るゝ▲二人「夫は有難う存じまする▲小アト「悦ベ悦ベ▲二人「はあ{笑ふ なり}▲アト「心がはれりとした▲シテ「心がはれりとした{ト云て二人大きに笑ふ奏者しかる}▲小アト「やいやい、御前近いに何をこわ高にいふ、はあ、はあ、さればこそ申さぬ事か、あまり汝等が大きな声をして笑ふに依つて、百姓共は田を何ん反作る、一反について一と笑ひづゝ笑へとのお事ぢや、急いで{*5}笑いませい▲二人「畏つて御座る▲アト「あゝ和御料があまり大きな声をして笑ふに依つてぢや▲シテ「何を云ふ、あまり汝が大きな声でくわくわらめくに依つてぢや▲アト「はて和御料{*6}ぢや▲シテ「はて和御料ぢや{ト云てせり合}▲小アト「やいやい、両人共に論は無益急いでわらへ▲アト「畏つて御座る{ト云てアト二声大きく笑ふなり}▲小アト「はあ扨は汝は田を二反作るか▲アト「左様で御座る、▲小アト「あゝゝゝ汝もわらへ▲シテ「笑ひついでに、太儀ながらそなた笑ふてくれい▲アト「是はいかな事、和御料が田を何ん反作るやらしつてこそ▲シテ「口ついでに笑ふてくれい▲小アト「是はいかな事、其様な事がある物か、さあさあ汝わらへ▲シテ「私は何んぞ、おかしい事を思ひ出さねば笑はれませぬ▲小アト「どうなり共して早う笑へ▲シテ「畏つて御座る何とで御座りませうぞ{ト云てしばらく思案をして大きく一ト声半笑ふ但し笑ひ様心持あるべきなり}▲小アト「やいやい、其笑ひ割たは何んぢや▲シテ「私は田を一反きたなか作りまする▲小アト「扨は今半分笑ふたはきたなかの所か▲シテ「左様で御座る▲小アト「扨も扨も汝は律義によう笑ふた、前世下された事はなけれ共、お流を下さるゝ是へよつて頂戴せい▲二人「夫は有難う存じまする▲小アト「汝等は冥加に叶ふた者共ぢや{ト云てつぐ二人呑此るい餅酒の通り}▲小アト「扨両人共お暇を下さるゝ程に、勝手次第に立ませい▲シテ「左様ならば最早御暇申ませう▲アト「私もお暇申しまする▲小アト「両人共によう来た▲二人「はあ{ト云て二人共一の松へ行く奏者其儘居るなり}▲シテ「何とよい首尾ではなかつたか▲アト「重畳の首尾であつた▲シテ「扨最前身共等に笑へと仰せられたは、おかみからではあるまい、定めてお奏者の心入で有うと思ふは▲アト「大方其様な事で有らう▲シテ「何と思ふ、身共等ばかり笑ふて、お奏者にも笑はさいでは口おしい、いざ戻つて笑はせう▲アト「いや爰な者が、其様な慮外な事が成者か▲シテ「身共次第にして来さしめ▲アト「あゝよしにせいでな▲シテ「申上まする▲小アト「百姓共はまだゆかぬか▲シテ「追付参りまするが、ちとお奏者へお願が御座りまする▲小アト「夫は何事ぢや▲シテ「最前私共ばかり笑ひまして、お奏者のおはらひ被成ぬは、何とやら心掛りに御座りまする、どうぞお奏者にも、お笑ひ被成て下さりませ▲小アト「いや爰なやつが、汝等はお流れは下さるゝ、御年貢は首尾よう納る、機嫌のよいあまりに笑ふた、身共は今朝からひへ板をあたゝめているに依つて、笑ふ機嫌はないはいやい▲シテ「左様に仰られず共、ちとおわらひ被成て下されい▲小アト「是は何とする▲アト「ちとお笑ひ被成ませ{ト云て二人左右よりこそぐる心持なり}▲小アト「あゝ先まてまて、夫ならば、何事も三神相応といふ程に、三人一度にどつと笑はう、つゝと是へよれ▲二人「畏つて御座る▲小アト「さあわらへ▲シテ「先笑ひ被成ませ▲小アト「先わらへ▲アト「先お笑被成ませ▲小アト「まづ▲シテ「先▲小アト「まづ▲アト「先▲三人「先々先{ト云て三人一度に大きく笑留めて奏者より入}

校訂者注
 1:底本は、「ざれ事を果さぬなど云て」。
 2:底本は、「急いて」。
 3:「椽柴の実」は、底本のまま。「椽柴」は、不詳。
 4:「参りた」は、底本のまま。
 5:底本は、「急いて」。
 6:底本は、「和御紏ぢや」。