目近(めぢか)(脇狂言)
▲シテ「大果報の者。
{名乗り。「末広」の通り。「節(せち)に、嘉例で上座(しやうざ)にござる衆へ、目近・籠骨(こめぼね)を進ずる。両人の者呼び出して、尋ねう」と云うて、太郎冠者・次郎冠者を呼び出す。常の通り段々あつて、「二人、都へ登つて求めて来い」と云ふまで、この類の狂言、何(いづ)れも同じ事なり。}
太郎冠者は目近、次郎冠者は籠骨を、求めて来い。
▲二人「畏つてござる。
{常の如く、云ひ付くる。二人、しかじか云ひて廻り、都に着き、アトは「目近買はう」と云ふ。小アトは「こめ骨買はう」と云ふ。その内、買ひ手出る。イロイロあり。「末広」に同じ事。畢竟、一人言ふ事を、二人にて云ふなり。}
▲アト「扨、そなたは目近かこめ骨を、良う知つて居るか。
▲小アト「いや、身共はかつて知らぬが、そなたは知つてゐるか。
▲アト「いや、某(それがし)は、かつて知らぬ。
▲小アト「これはいかな事。そなたが心安うお請けを申したによつて、定めて良う知つてゐようと思うて、お請けを申して来た。
▲アト「いや、又身共は、そなたを頼りにして来たが、これはまづ、何としたものであらう。
▲小アト「遥々(はるばる)の所を、問ひには戻られまい。何としたものであらうぞ。やあやあ《笑》。これこれ、さすが都ぢや。
{これより後、また「末広」に同じ事。呼ばゝる。扨、心の直(すぐ)にない者出る。狂言、同じ事。段々あつて、「目近・こめ骨を見せう」と云ふなり。}
▲ウリテ「田舎者をまんまと騙してはござれども、何を目近・籠骨ぢやと云うて、売つてやらう物がござらぬ。こゝに古い扇が数多(あまた)ある。これを、面白可笑しう申して、売つてやらうと存ずる。
{と云ひて、太鼓座へ取りに入り、持ち出て、}
なうなう、米骨を買はうと云ふは、誰ぢや。
▲小アト「私でござる。
▲ウリテ「これこれ。
▲小アト「これをこめ骨と申すには、仔細がござらう。云うて聞かさつしやれ。
▲ウリテ「成程、殊の外の仔細がある。まづ、唐土(たうど)日本の塩ざかひに、ちくらが沖といふがある。この沖に生(は)ゆる米(よね)は、一粒(いちりふ)蒔(ま)けば万倍になり、万倍蒔けば万々倍になる。そのめでたい米(よね)を、この扇の骨にこめた物ぢやによつて、米骨でおりやる。
▲アト「謂(いは)れを聞けば、尤でござる。
▲アト「さあさあ、早う目近を見せて下され。
▲ウリテ「心得た。
{と云ひて、取りに太鼓座へ入る。持ち出て、扇をアトの鼻の先へつきやる。}
▲アト「これは、何とさつしやる。
▲ウリテ「あまり、お騒ぎあるな。同じくめでたい米を、この扇の骨にこめて、目近う見するによつて、目近と申す。
▲アト「すれば、ちくらが沖の米を、扇の骨にこめて、目近う寄せて進上致すによつて、目近でござるか。
▲ウリテ「成程、その通りぢや。
▲アト「尤でこそござれ。扨、代物(だいもつ)は何程でござる。
▲ウリテ「いづれも、万疋づゝでおりやる。
▲小アト「扨々、高直(かうぢき)な物でござる。もそつと負けて下されい。
{これより、セリフ色々。三條の大黒屋を云ひて、添へをする事を云ふ。囃子物教ふる。暇乞ひありて、しかじか云ひて戻り、主(しゆ)を呼び出すまで、悉く「末広」に同断。}
▲シテ「何と、目近・籠骨を求めて来たか。
▲アト「成程、求めて参りました。
▲シテ「それは出かいた。急いで見せい。
▲小アト「まづ、米骨からお目にかけませう。
▲シテ「早う見せう。
▲小アト「畏つてござる。
▲アト「早うお目にかけさしませ。
▲小アト「心得た。
{と云ひて、太鼓座より持て出て、見するなり。}
▲シテ「汝は都へ登つて。祇園に参詣したと見えて、御供米(おくま)を請(う)けて来たさうな。まづ、籠骨を見せい。
▲小アト「扨は、お前も御存じないさうにござる。これが米骨でござる。
▲シテ「何ぢや、これが籠骨ぢや。
▲小アト「成程、段々仔細を承つてござる。まづ、唐土日本の塩ざかひに、ちくらが沖と申すがござる。この沖に生ゆる米(よね)は、一粒(いちりふ)蒔けば万倍になり、万倍蒔けば万々倍になると申す。そのめでたい米(よね)を、この扇の骨にこめたによつて、米骨ぢやと申すが、何と、尤な事ではござりませぬか。
▲シテ「扨々、うつけたやつかな。知らずは、なぜに聞いて行かぬ。こめ骨といふは、常の扇の骨が拾本あれば、三本も五本も骨をこめて、骨数の多いをこそ、籠骨と云へ。その古い扇に米(よね)を包んだが、何になるものぢや。その上、いづれの米(よね)ぢやというて、一粒(いちりふ)蒔いて万倍にならぬ米があるものか。
▲小アト「でも、都の者が、これを米骨ぢやと申したによつて、求めて参りました。
▲シテ「まだぬかしをる。籠骨といふは、扇の骨の数の事ぢや。
▲小アト「それならばそれと、都へ登る時、仰せられたが良うござる。
▲シテ「まだぬかしをる。身が内には叶はぬ。出てうせう。まだそこにをるか、まだそこにをるか。
▲アト「まづ、御待ちなされませ。これは、御腹の立ちまするは、御尤でござる。私の求めて参つた目近を御目にかけて、御機嫌を直しませう。
▲シテ「早う見せい。
▲アト「畏つてござる。
{と云ひて、扇を太鼓座へ取りに行き、持て出、シテに突きつくる。シテ驚く。}
▲シテ「これは、何とする。
▲アト「いや、あまりお騒ぎなされますな。同じく、ちくらが沖の米(よね)を、扇の骨にこめまして、かやうに目近う寄せて進上致すによつて、目近でござる。
▲シテ「南無三宝。きやつも抜かれて来をつた。扨も扨も、苦々しい事かな。利口さうに、次郎冠者が事を何かと云ふによつて、誠の目近を求めて来たかと思へば、次郎冠者に重(ぢゆう)を越したうつけ者ぢや。心をしづめて良う聞け。目近といふも、扇の事で、常の扇の要(かなめ)より、近う打つたを目近と云ふ。何ぞや、古扇を人の目のはたへ寄せればとて、目近であらう事は。
▲アト「でも、都の者が、まさしくこれを目近ぢやと申したによつて、求めて参りました。
▲シテ「まだぬかしをる。目近といふは、扇の要の事ぢや。
▲アト「要の事なら要と、初めから云うたが良うござる。
▲シテ「推参千万な。おのれも身が内には置く事はならぬ。出て行け。
▲アト「あゝ。
▲シテ「まだそこにをるか、まだそこにをるか。扨も扨も、憎いやつかな。
▲アト「御許されませ、御許されませ。
▲小アト「やつと、参つたの。
▲アト「以ての外の事ではないか。
▲小アト「両人とも、したゝか抜かれた。
▲アト「都の者が弁口(べんこう)で、それぢやと思うたが、只今、頼うだお方の叱らるゝを聞いては、はや後へも先へも行かぬ事ぢや。これはまづ、何としたものであらう。
▲小アト「身共は途方に暮れてゐる。そち、良い様に思案をしてたもれ。
▲アト「いや、思ひ出した。さすが、都の者ぢや。抜かば、只も抜かいで、まづかうあらうと思うて、頼うだ人の御機嫌を直す囃子物を教へたが、覚えておゐやるか。
▲小アト「誠に、何とやら云ふ事であつたが。
▲アト「まづ、云うて見よう。
▲小アト「一段と良からう。
▲アト「千石の米骨。
▲小アト「万石の米骨。
▲アト「目近に持つて参りた。
▲小アト「これこれ御覧候へ。
▲二人「げにもさあり、やよがりもさうよの。
▲アト「かうであつた。追つ付け囃して、御機嫌を直さう。
▲小アト「一段と良からう。
▲アト「囃せ囃せ。
{と云ひて、囃子物にかゝる。大小太鼓等応答。シテうつり、色々ある所、「末広」に同断。}
▲シテ「《笑》両人の者が都で抜かれて来て、某の機嫌を直さうと思うて、面白い囃子物をする。これは、ちと出ずはなるまい。《イロ》いかにやいかに、太郎冠者、次郎冠者もよく聞け、抜かれたは腹が立てど、囃子物が面白い、千石の米も万石の米も、蔵にどうと納めて、まづ内へつゝと入つて、泥鰌の鮓(すし)をほ、頬張つて、諸白(もろはく)を呑めやれ、諸白を呑めやれ。《笑》
{「万石の米骨」より、二人囃す。シテうつるなり。}
▲シテ「とかくの事はいるまい、内へ入つて餅食へ。
{「げにもさあり」と囃しかゝる。三人、はしりごき{*1}にて廻り、「麻生」の通り、三人留めるなり。}
校訂者注
1:「はしりこぎ」は、「走りくらべ。かけくらべ」の意。
底本:『和泉流狂言大成 第一巻』(山脇和泉著 1916年刊 国会図書館D.C.)
目近(メヂカ)(脇狂言)
▲シテ{*1}「大果報の者{名乗末広の通りせちに嘉例で上座に御座る衆へ目近籠骨を進ずる両人の者呼出てたづねうと云うて太郎冠者次郎冠者を呼出す常の通り段々有つて二人都へ登つて求めて来いと云迄此の類狂言何も同事也}{*2}太郎冠者は目近次郎冠者は籠め骨を求めてこい▲二人「畏つて御座る{如常云付る二人しかじか云て廻り都につきアトは{*3}目近買ふと云ふ小アトはこめ骨買ふと云其内買手出るイロイロあり末広に同事畢竟一人言事を二人にて云ふなり}▲アト「扨てそなたは目近かこめ骨を、よう知つて居るか▲小アト「いや身共はかつてしらぬが、そなたは知つているか▲アト「いや某はかつて知らぬ▲小アト「是はいかな事、そなたが心安うお請けを申たに依つて、定てよう知つてゐやうと思うて、お請けを申して来た▲アト「いや又身共は、そなたを頼にして来たが、是は先何とした物で有う▲小アト「はるばるの所を、とひには戻られまい、何とした物で有うぞ、やあやあ《笑》{*4}、是々さすが都ぢや{是より後また末広同事よばはる扨心の直にない者出る狂言同事段々有つて目近籠骨を見せうと云ふなり}{*5}▲ウリテ「田舎者をまんまとだましては御座れ共、何を目近籠骨ぢやと云うて、売つてやらう物が御座らぬ、爰に古い扇があまたある、是を面白おかしう申て、売つてやらうと存ずる{ト云て太鼓座へ取に入持出て}{*6}なうなう米骨を買うといふはだれぢや▲小アト「私で御座る▲ウリテ{*7}「是々▲小アト「是をこめ骨と申には、仔細が御座らう、いうてきかさつしやれ▲ウリテ「成る程殊の外の仔細が有る、先唐土日本の塩ざかひに、ちくらが沖といふがある。此沖にはゆる米は、一粒まけば万倍になり、万倍まけば万々倍になる、其目出たいよねを、此扇の骨にこめた物ぢやに依つて、米骨でおりやる▲アト「謂をきけば尤もで御座る▲アト「さあさあ早う目近を見せて下され▲ウリテ「心得た{ト云て取に太鼓座へ入る持出て扇をアトの鼻の先へつきやる}▲アト「是は何とさつしやる▲ウリテ「余りおさわぎあるな同じく目出たい米を、此扇の骨にこめて、目近う見するに依つて目近と申す▲アト「すればちくらが沖の米を、扇の骨にこめて、目近うよせて進上致すに依つて、目近で御座るか▲ウリテ「成程其通りぢや▲アト「尤もでこそ御座れ、扨代物は何程で御座る▲ウリテ「いづれも万疋宛でおりやる、▲小アト「扨々高直な物で御座る、もそつとまけて下されい{是よりセリフイロイロ三條の大黒屋を云てそへをする事を云囃子物教る暇乞ありてしかじか云て戻り主を呼出す迄悉く末広に同断}▲シテ「何と目近籠骨を求めて来たか▲アト「成程求めて参りました、▲シテ「夫は出かいた急いで見せい▲小アト「先米骨からお目にかけませう▲シテ「早う見せう▲小アト「畏つて御座る▲アト「早うお目にかけさしませ▲小アト「心得た{ト云て太鼓座より持て出て見する也}▲シテ「汝は都へ登つて。祇園に参詣したと見得て、おくまを請て来たさうな、先籠骨を見せい▲小アト「扨はお前も御存じないさうに御座る、是が米骨で御座る▲シテ「何ぢや是が籠骨ぢや▲小アト「成程段々仔細を承はつて御座る、先唐土日本の塩ざかひに、ちくらが沖と申が御座る、此の沖にはゆる米は、一粒まけば万倍になり、万倍まけば万々ばいになると申す、其目出たい米を、此扇の骨にこめたに依つて、米骨ぢやと申が、何と尤な事では御座りませぬか▲シテ「扨々うつけたやつかな、しらずはなぜにきいてゆかぬ、こめ骨といふは、常の扇の骨が拾本あれば、三本も五本も骨をこめて、骨数のおほいをこそ籠め骨といへ、其の古い扇によねを包んだが、何に成者ぢや、其上いづれの米ぢやといふて、一粒まいて万倍にならぬ米が有者か▲小アト「でも都の者が是を米骨ぢやと申たに依て、求めて参りました▲シテ「まだぬかしをる、籠骨といふは扇の骨の事ぢや▲小アト「夫ならば夫と、都へ登る時仰られたがよう御座る▲シテ「まだぬかしをる、身が内には叶はぬ、出てうせう、まだそこにをるかまだそこにをるか▲アト「先お待被成ませ、是はお腹の立まするは御尤で御座る、私の求めて参つた目近を、お目にかけて御機嫌を直しませう▲シテ「早う見せい▲アト「畏つて御座る{ト云て扇を太鼓座へ取に行持て出シテにつきつくるシテ驚く}▲シテ「是は何とする▲アト「いや余りおさはぎなされますな、同じくちくらが沖の米を扇の骨にこめまして、加様に目近うよせて、進上致すに依つて、目近で御座る▲シテ「南無三宝、きやつもぬかれて来をつた扨も扨もにがにがしい事かな、利口さうに次郎冠者が事を何彼といふに依つて、誠の目近を求めて来たかとおもへば、次郎冠者に重を越したうつけ者ぢや、心をしづめてようきけ、目近といふも扇の事で、常の扇の要より、近ううつたを目近といふ、何ぞや古扇を、人の目のはたへよせれば迚目近で有う事は▲アト「でも都の者が、まさしく是を目近ぢやと申たに依つて、求めて参りました▲シテ「まだぬかしをる目近といふは扇の要の事ぢや▲アト「要の事ならかなめと始からいふたがよう御座る▲シテ「すいさん千万な、おのれも身が内にはをく事はならぬ出てゆけ▲アト「あゝ▲シテ「まだそこにをるか{*8}、まだそこにをるか、扨も扨も憎いやつかな▲アト「御ゆるされませ御ゆるされませ▲小アト「やつと参つたの▲アト「もつての外の事ではないか▲小アト「両人共したゝかぬかれた▲アト「都の者が弁口で、夫ぢやと思ふたが、唯今頼うだお方のしからるゝをきいては、はや跡へも先へもゆかぬ事ぢや、是は先何とした者で有う▲小アト「身共はとはうにくれている、そちよい様に思案をしてたもれ▲アト「いや思ひ出した、さすが都の者ぢや、ぬかば唯もぬかいで、まつかう有うと思て、頼うだ人の御機嫌を直す、囃子物を教たが、覚えておゐやるか▲小アト「誠に何とやらいふ事で有つたが▲アト「先云て見やう▲小アト「一段とよからう▲アト「千石の米骨▲小アト「万石の米骨▲アト「目近に持つて参りた▲小アト「是々御覧候へ▲二人「実もさありやよがりもさうよの{*9}▲アト「かうであつた、追付囃して御きげんを直さう▲小アト「一段とよからう、▲アト「はやせはやせ{ト云て囃子物にかゝる大小太鼓等応答シテうつりイロイロ有所末広に同断}▲シテ「《笑》両人の者が都でぬかれて来て、某の機嫌を直さうと思ふて、面白い囃子物をする、是はちと出ずは成るまい《イロ》いかにやいかに太郎冠者次郎冠者もよくきけ、ぬかれたは腹がたてど、囃子物が面白い、千石の米も万石の米も、蔵にとうどおさめて、先内へつゝと入つて、どじやうのすしをほ、ほうばつて、諸白をのめやれ諸白をのめやれ《笑》{*10}{万石の米骨より二人はやすシテうつるなり}▲シテ「とかくの事はいるまい内へ入つて餅くへ{実もさありと囃子かゝる三人はしりごきにて廻り麻生の通り三人とめるなり}
校訂者注
1:底本に、「▲シテ「」はない。
2:底本は、「▲シテ「太郎冠者は」。
3:底本は、「あとは」。
4:底本は、「やあやあ笑(わらふ)」。
5:底本は、「▲ウリテ「田舎者を」。
6:底本は、「▲ウリテ「なうなう」。
7:底本は、「▲ウリ手「是々」。
8:底本は、「またそこにをるか」。
9:「やよがりもさうよの」は、底本のまま。同様の表現は、前の「塗付」、後の「三本柱」等にもある。
10:底本は、「諸白をのめやれ(二字以上の繰り返し記号)笑」。
10:底本は、「諸白をのめやれ(二字以上の繰り返し記号)笑」。
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