六地蔵(ろくぢざう)(三番目 四番目)
▲アト「この辺りの者でござる。この在所の老若、心を合(あは)せて、今世(こんぜ)・後生のため、六地蔵堂を建立致した。堂は、思ふ儘に出来てござれども、未だ仏がござらぬ。この度、都へ上り、六体地蔵を安置致さうと存ずる。
{と云つて、しかじか云つて廻り、都へ着き、仏師を尋ぬる。「心の直になき者」に、シテ出て、色々あり。この類、何(いづ)れも同じ意(こゝろ)。「真仏師」のこと。これまでせりふ、「仏師」に同断、少しも違はざるなり。}
談(はなし)を聞けば、尤でござる。扨、仏が求めたうござるが、作つて下さるゝか。
▲シテ「何なりとも、好ましめ。作つてやらうぞ。
▲アト「この度、一在所として、六地蔵堂を建立致してござる。則ち、六地蔵を安置申したうござる。
▲シテ「これは、大願を起こされた。何の志願によつて、六地蔵堂を建立召された。
▲アト「功徳が深いと承つた程に、老若、心を合(あは)せ、思ひ立つてござる。
▲シテ「その功徳の深い仔細を、お知りあつたか。
▲アト「たしかな事は存ぜねども、あらまし承りましたは、まづ一体は、妙悲地蔵とて、錫杖を以て無間の苦を救ひ給ふ。一体は、鉾を以て修羅の苦患を助け給ふ。又一体は、珠数を以て畜生道の苦を救ひ、又一体は、無二地蔵と申して、宝珠を以て餓鬼道の苦しみを救ひ、一体は、手を合(あは)せ、天道の苦患を助け、又一体は、衣(ころも)を以て人道万事の苦を救ひ給ふとやら、かやうに承りました。
▲シテ「扨々、長い事を、奇特によう覚えさしました。難しい仏なれども、作つてやらう。
▲アト「扨、いつ頃出来ませう。
{これよりシテ、「三年三月九十日」「あすの今時分」を云ふ。「代物(だいもつ)」を問ふ。「万疋」を云ふ。「三條大黒屋」を云ふ。これまで悉く、「仏師」の通りに同断、少しも違はざるなり。}
扨、仏はどこ元で渡させらるゝ。
▲シテ「あの、向うに見ゆるは、因幡薬師の御堂(みだう)ぢや。あのうしろ堂に作つて置かう。身共も、その辺りに居よう程に、用があらば、仰(お)せあれ。
{これより、「明日、今時分出来る」の約束、暇乞ひして別る。「仏師」の通り。}
田舎者を、まんまと騙してはござれども、遂に、楊枝一本削つた事がない。又こゝに、いたづら者の同類がござる。これ等を呼び出し、相談を致さうと存ずる。なうなう、居さしますか。
▲立衆「何事ぢや、何事ぢや。
▲シテ「ちと、相談する事がある程に、まづこれへ御出あれ。
▲二人「心得た。
▲シテ「さる田舎者が、六地蔵を求めたいと云ふによつて、きやつにたづさはつて、則ち、某(それがし)が仏師ぢやと云うて、まづ、仏は受け取つて置いた{*1}。明日、出来させて、因幡堂の内で渡さうと云うて極めたが、良い仕合(しあはせ)ではないかいやい。
▲二人「これは、出かいた。
▲小アト「扨、その地蔵は何とする。
▲シテ「身共が思ふは、とかく、こち衆が地蔵に真似て、代物さへとつたならば、散り散りに立ち退(の)かうと思ふわ。
▲ツレ「もつとも良からうが、六地蔵を三人では済まぬが、何とする。
▲小アト「何(いづ)れ、今三人あれば良いが。
▲シテ「いやいや。仲間の者どもを大勢集めては、折角骨を折つても、金銀の配分が少なうなる。これは、物とせう。まづ、三体拝ませて、残りの三体はと云うたらば、面白可笑しう云うて、所を変へて拝ませう。
▲小アト「これは良からう。扨、印像は何とせうと思ふ。
▲シテ「それに就いて、幸ひの事がある。最前、田舎者に、何と思うて六地蔵を安置するぞと問うたれば、六地蔵の功徳の深い事を委(くは)しう話した。それを、あらましに聞き覚えて置いた。とかく、まづ、珠数を持つが一体。錫杖を持つが一体。衣を持つの、手を合せてゐるの、宝珠を持つの、鉾を持つの、都合六体を二度に分けて、三体づゝ拝ませうと思ふ事ぢや。
▲小アト「扨々、難しい事を、よく聞き覚えさしました。
▲ツレ「二度に分けて、三体づゝ拝ませるが良からう。
▲シテ「やうやう時分も良い。いざ、拵へう。まづ、こちへ寄らしませ。
{と云つて、楽に拵へる。小アト二人、肩衣取り、強師頭巾を着せる。面を着、水衣を着る。この処、しかじか云ふ。扨、小アト二人、宝珠と錫杖持つ。シテ、珠数持つなり。しかじか、色々あるべし○これ、小アト三人なれば、三人とも水衣着て、面を持ち、脇正面へ並び居る。シテ、錫杖・宝珠・珠数を小アト三人へ渡し、持ち様など教へ、篤(とく)と拵へ置きて、扨、大小の前に、シテ、座に着き居るも良し。}
さあさあ、拵へが良くば、御出あれ。
▲立衆「心得た。
▲シテ「云ふまではないが、必ず見付けられぬ様にしたが良いぞ。
▲立衆「心得た、心得た。
▲アト「やうやう、仏師と約束の時分ぢや。参らう。則ち、この御堂のうしろ堂に置くと仰(お)せあつた。さればこそ、これにある。扨も扨も、殊勝に出来させられた。
{と云つて、扇子を広げて拝む。}
何(いづ)れ、仏師と云ふものは、上手な事でござる。一日一夜(いちにちいちや)の内に、この様に作り上げるといふ事があるものか。いや、これは三体ぢや。六体地蔵の約束ぢやに、合点の行かぬ事ぢや。仏師もこの辺りにゐると仰しやつた。様子があらう。呼び出して尋ねて見ようと存ずる。なうなう、仏師殿。ござるか。
▲シテ「これに居まする。
▲アト「扨々、早う出来ました。
▲シテ「何と、拝ませられたか。
▲アト「成程、拝みました。
▲シテ「気に入りましたか。
▲アト「三体は良う出来させられたが、残り三体は、何とでござる。
▲シテ「されば、存じの外、大きい仏ぢやによつて、所が狭うて一緒に置かれぬ。窮屈に思し召せば、願人に罰(ばち)が当たる。それ故、残り三体は、鐘楼(しゆらう)堂の脇に置いた。あれへ行(い)て、拝ましめ。
▲アト「それならば、追つ付け参らう。
{と云つて行く。その内、三人、橋掛りへ行(い)て、立つてゐる。鉾・衣・手を合(あは)す。シテ、色々仕様あるべし。口伝。}
扨も扨も、様子を聞いて、安堵した。残り三体は、何とあるぞ。
{と云ふ。しかじか云つて廻り、橋掛りを見て、}
これは、殊勝な事かな。悉く、御印像も宜(よ)い。さらば、これから本堂へ参つて、最前の三体を拝まう。扨も扨も、様子を見る程、仏師といふ者は、上手な事ぢや。一日一夜に六体地蔵が出来させられた。
{と云ふ内、又三人、大鼓座の道具を持ち替へて、又脇座へ戻るなり。}
いや、これは鐘楼堂の三体の方より、良う出来た。さらば、これから両方一度に見比べう。
{三人又、橋がゝりへ行き、道具を持ち替へるなり。}
わあ。これは、最前のとは御印像が違うた。本堂の仏を、も一度見比べう。
{と云つて行く。三人とも又、舞台へ出る。うろたへて、面を横に着つ、歪めつ、後向けつ、うろうろする。アトに行き当たりなどするなり。}
やあ。おのれ等を仏かと思へば。色々に真似て、某をたぶらかすか。あの横着者。やるまいぞ、やるまいぞ。
{と云つて追ひ込み、皆々逃げて入るなり。但し、シテ、別に入る時は、アト、シテを度々呼び出すなり。「御印像違ふ」などゝ云ふ時、シテ、色々文句・心持ちあるなり。段々うろたへる時、一人、名家座に片膝つきゐるに、二人は脇座にゐる。シテ、外し、橋がゝりに行(い)て、顔をしかめなどして、苦々しがる。アト、追ひ込まうとする時、シテ、舞台の真ん中へ出て、「仏ぢや、仏ぢや」と云ふ。アト、「何の仏」と云つて、皆々、一度に追ひ入る。シテ、後より逃げて入る。アト、扇抜き、常の如く追ひ込み入るなり。右は、人数次第にて、右の通りにも勤むるなり。この外、文句、色々あるなり。口伝。}
校訂者注
1:「受け取る」は、「注文を引き受ける」意。
底本:『和泉流狂言大成 第二巻』(山脇和泉著 1917年刊 国会図書館D.C.)
六地蔵(ロクヂゾヲ)(三番目 四番目)
▲アト「此辺りの者で御座る、此在所の老若心を合せて今世後生の為、六地蔵堂を建立致した、堂は思ふ儘に出来て御座れども、未だ仏が御座らぬ、此度都へ上り、六体地蔵を安置致さうと存ずる{と云てしかしか云て廻り都へ着き仏師を尋る心の直になき者にシテ{*1}出て色々あり此類何も同意{*2}真仏師のこと是までせりふ仏師に同断少しもたがはざる也}{*3}談を聞けば尤で御座る、扨仏が求めたう御座るが、作つて下さるるか▲シテ「何なりとも好ましめ作つてやらうぞ▲アト「此度一在所として、六地蔵堂を建立致して御座る、則六地蔵を安置申したう御座る▲シテ「是は大願を起された、何の志願に依つて、六地蔵堂を建立めされた▲アト「功徳が深いと承はつた程に、老若心を合せ思ひ立て御座る▲シテ「其功徳の深い仔細をお知りあつたか▲アト「慥な事は存ぜねども、あらまし承はりましたは、先一体は妙悲地蔵とて錫杖を以て無間の苦を救ひ給ふ、一体は鉾を以て修羅の苦患を助け給ふ、又一体は珠数を以て畜生道{*4}の苦を救ひ、又一体は無二地蔵と申して宝珠を以て餓鬼道の苦しみを救ひ、一体は手を合せ天道の苦患を助け、又一体は衣を以て人道万事の苦を救ひ給ふとやら、加様に承りました▲シテ「扨々永い事を、奇特{*5}によう覚えさしました、六ツかしい仏なれども作つてやらう▲アト「扨いつ頃出来ませう{是よりシテ三年三月九十日あすの今時分を云ふ代物を問ふ万疋を云ふ三條大黒屋を云ふ是迄悉く仏師の通りに同断少しもたがはざるなり}{*6}扨仏はどこ許で渡させらるゝ▲シテ「あの向に見ゆるは因幡薬師の御堂ぢや、あのうしろ堂に作つて置かう、身共も其辺りに居よう程に、用があらばおせあれ{是より明日今時分出来るの約束暇乞して別る仏師の通り}{*7}田舎者をまんまとだましては御座れども、遂に楊枝一本けづつた事がない、又爰にいたづら者の同類が御座る、是等を呼出し、相談を致さうと存ずる、なうなう居さしますか▲立衆「何事ぢや何事ぢや▲シテ「ちと相談する事がある程に、先是へお出あれ▲二人「心得た▲シテ「去る田舎者が、六地蔵を求めたいと云ふに依つて、きやつにたづさはつて、則某が仏師ぢやと云ふて、先仏は請取て置いた、明日出来させて、因幡堂の内で渡さうと云ふて極めたが、よい仕合ではないかいやい▲二人「是は出かいた▲小アト「扨其地蔵は何とする▲シテ「身共が思ふは、兎角こち衆が地蔵に真似て、代物さへとつたならば、散り散りに立退かうと思ふわ▲ツレ「尤よからうが、六地蔵を三人ではすまぬが何とする▲小アト「何れ今三人あればよいが{*8}▲シテ「いやいや仲間のもの共を大勢集めては、折角骨を折つても、金銀の配分が少なう成る、是は物とせう、先三体拝ませて、残りの三体はと云ふたらば、面白おかしう云ふて、所を変へて拝ませう▲小アト「是はよからう、扨印像は何とせうと思ふ▲シテ「夫に就て幸ひの事がある、最前田舎者に、何と思ふて六地蔵を、安置するぞと問ふたれば、六地蔵の功徳の深い事を、委はしうはなした、夫をあらましに聞覚えて置いた、兎角先珠数を持つが一体、錫杖を持つが一体、衣を持つの、手を合せてゐる{*9}の、宝珠を持つの、鉾を持つの、都合六体を二度に別けて、三体づゝ拝ませうと思ふ事ぢや▲小アト「扨々六ツケ敷い事をよく聞覚えさしました▲ツレ「二度に別けて三体づゝ拝ませるがよからう▲シテ「漸時分もよい、いざ拵へう先こちへよらしませ{と云て楽に拵る小アト二人肩衣{*10}取り強師頭巾をきせる面をき水衣をきる此処しかしか云ふ扨小アト二人宝珠と錫杖もつシテ珠数もつなり{*11}しかしか色々あるべし○此小アト三人なれば三人共水衣着て面を持ワキ正面へならびいるシテ錫杖宝珠珠数{*12}を小アト三人へ渡し持ち様抔おしへとくと拵置て扨大小の前にシテ{*13}座に着いるも吉}{*14}さあさあ拵へがよくばお出あれ▲立衆「心得た▲シテ「云ふ迄はないが、必ず見付られぬ様にしたがよいぞ▲立衆{*15}「心得た心得た▲アト「漸仏師と約束の時分ぢや参らう、則此御堂のうしろ堂に置くとおせあつた、去ればこそ是にある、扨も扨も殊勝に出来させられた{と云て扇子を広げておがむ}何れ仏師と云ふものは上手な事で御座る、一日一夜の内に、此様に作り上げると云ふ事が有る物か、いや是は三体ぢや、六体地蔵の約束ぢやに、合点のゆかぬ事ぢや、仏師も此辺りにゐるとおつしやつた、様子が有らう、呼出して尋ねて見やうと存ずる、なうなう仏師殿御座るか、▲シテ「是に居まする▲アト「扨々早う出来ました▲シテ「何と拝ませられたか▲アト「成程拝みました▲シテ「気に入ましたか▲アト「三体はよう出来させられたが、残り三体は何とで御座る▲シテ「されば存じの外大きい仏ぢやに依つて、所がせまうて一所に置れぬ、窮屈に思召せば願人にばちが当る、夫故残り三体は、しゆらう堂のわきに置いた、あれへいて拝ましめ▲アト「夫ならば追付{*16}参らう{と云て行其内三人橋掛りへ{*17}行て立ている鉾衣手を合すシテ色々仕様有べし口伝}{*18}扨も扨も様子を聞て安堵した、残り三体は何とあるぞ{と云しかしか云て廻り橋掛りを見て}{*19}是は殊勝な事かな、悉く御印像も宜い、さらば是から本堂へ参つて最前の三体を拝まう、扨も扨も、様子を見る程、仏師と云ふ者は上手な事ぢや、一日一夜に六体地蔵が出来させられた{と云内亦三人大鼓座の道具を持かへて亦脇座へ戻る{*20}なり}{*21}いや是はしゆらう堂の三体の方よりよう出来た、さらば是から両方一度に見くらべう{三人亦橋かゝりへ行道具を持かへるなり}{*22}わあ是は最前のとは御印像が違うた、本堂の仏を最一度見くらべう{と云て行く三人共亦舞台へ出るうろたへて面を横にきつゆがめつ後向つうろうろするアト{*23}に行当り抔するなり}{*24}やあおのれ等を仏かと思へば、色々に真似て某をたぶらかすか、あの横着者、やるまいぞやるまいぞ{と云て追込み皆々逃て入るなり但しシテ別に入る時はアトシテを度々呼出すなり御いん像違ふ抔と云ふ時シテ色々文句心持あるなり段々うろたへる時一人名家座に片ひざつきいるに二人はワキ座にゐる{*25}シテはづし橋がゝりにいて顔をしかめ抔してにがにがしがるアト追込ふとする時シテ{*26}舞台の真中へ出て仏じや仏じやと云ふアト何の仏と云て皆々一度に追入るシテ跡より逃て入るアト扇ぬき常の如く追込入るなり右は人数次第にて右の通りにも勤る{*27}なり此外文句色々有也口伝}
校訂者注
1:底本は、「心の直になき者にして出て」。
2:「同意」は、底本のまま。同じ表現が後の「宝の槌」にもある。
3:底本は、「蓄生道」。
4:底本は、「▲アト「談を聞けば尤で御座る」。
5:底本は、「寄特」。
6:底本は、「扨仏はどこ許で渡させらるゝ」。
7:底本は、「▲アト「田舎者をまんまとだましては」。
8:底本は、「あればよいか」。
9:底本は、「手を合せてぬるの」。
10:底本は、「拵るアト二人扇衣取り」。
11:底本は、「扨小アト二人宝珠と錫杖してもつ珠数小アトもつなり」。
12:底本は、「錫杖宝珠珠珠数を」。
13:底本は、「前にして座に」。
14:底本は、「▲シテ「さあさあ拵へがよくばお出あれ」。
15:底本は、「▲衆「心得た心得た」。
16:底本は、「押付(おつゝけ)」。
17:底本は、「橋掛りて行て」。
18:底本は、「▲アト「扨も扨も様子を聞て安堵した」。
19:底本は、「▲アト「是は殊勝な事かな」。
20:底本は、「亦脇座へ迎るなり」。「迎」は或いは「戻」か「廻」の誤か。
21:底本は、「▲アト「いや是はしゆらう堂の」。
22:底本は、「▲アト「わあ是は最前のとは」。
23:底本、「あとに行当り」。
24:底本、「▲アト「やあおのれ等を仏かと思へば」。
25:底本は、「二人はワキ座に入る」。
26:底本は、「シテシテ」。
27:底本、「通」「勤」の二字、不鮮明。或いは別字か。
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