千切木(ちぎりき)(二番目 四番目)

▲アト「この辺りの者でござる。若い衆と、初心講を結んで、連歌を致す。則ち今日(こんにち)は、某(それがし)が当(たう)に当たつてござる。もはや、時分も良うござるによつて、太郎冠者を呼び出し、何(いづ)れもへ、呼びにつかはさうと存ずる。
{と云つて、呼び出す。出るも常の如し。}
汝は、何(いづ)れもへ行(い)て、もはや時分も良うござるによつて、御出なされいと云うて、行(い)て来い。
▲小アト「畏つてござる。
▲アト「又、存ずる仔細があるによつて、太郎が方(かた)へは行くな。
▲小アト「心得ました。
{と云つて、アト、つめる。常の如し。}
扨、これは、何方(どなた)へ参らうぞ。いや、誰殿が近い。まづ、あれへ参らう。
{と云つて、楽屋向いて、案内乞ふ。出るも常の如し。}
頼うだ者、申しまする。もはや、時分も良うござる。御出なされて下されいと、申し越してござる。
▲立頭「何(いづ)れも、御出なされうとあつて、身共が方にお揃ひぢや。
▲小アト「や。すれば、御銘々参るには及びませぬか。
▲頭「銘々行くには及ばぬ。汝は先へ行け。
▲小アト「それならば、お先へ参りまする。追つ付け、御出なされませ。
▲頭「心得た。
▲小アト「申し上げまする。
▲アト「何事ぢや。
▲小アト「只今、誰殿へ参つてござれば、何(いづ)れもあれにお揃ひで、追つ付け、これへ御出でござる。
▲アト「御出なされたらば、この方(はう)へ知らせ。
▲小アト「畏つてござる。
▲頭「なうなう、何(いづ)れもござるか。
▲衆「これに居まする。
▲頭「只今、誰殿から、人が参りました。いざ、参りませう。
▲衆「一段と良うござらう。
▲頭「さあさあ、ござれ。
▲衆「心得ました。
{と云つて、案内乞ふ。常の如し。}
▲頭「身共等が来た通りを云へ。
▲小アト「その由、申しませう。暫くそれに、お待ちなされませ。
▲頭「心得た。
▲小アト「申し上げまする。
▲アト「何事ぢや。
▲小アト「何(いづ)れもの御出でござる。
▲アト「かうお通りなされいと云へ。
▲小アト「畏つてござる。かうお通りなされませ。
▲頭「心得た。お当、めでたうござる。
▲アト「良う御出なされました。
▲衆「太郎冠者、来たわ。
{立衆、各(おのおの)挨拶する。アトも、受けて会釈する。}
▲アト「何(いづ)れも、良う御出なされたれ。まづ、下にござれ。
▲衆「心得ました。
▲アト「扨、いつも太郎が参れば、連歌の邪魔になりまするによつて、わざと人を遣はしませなんだ。
▲頭「私共も、さう心得て、寄りませなんだ。
▲アト「もし聞きつけて参つたりとも、何(いづ)れも、構はせられな。
▲衆「心得ました。
▲アト「扨、今日の御発句は、何方(どなた)でござる。
▲頭「ちと珍らしう、御亭主からなされませ。
▲アト「いやいや。客発句に亭主脇と申す事がござる。矢張り、各の内からなされませ。
▲頭「それならば、出合(であひ)に致しませう。
▲各「これは、一段と良うござらう。
▲アト「まづ、何(いづ)れも、案じて見させられい。
▲衆「心得ました。
▲シテ「この辺りに住居(すまひ)致す、太郎と申す者でござる。今日(こんにち)は、誰方で連歌の会を勤むる。某(それがし)も連中なれども、なぜにやら、身共が方(かた)へ人をよこさぬ。察する所、某を嫌ふと見えた。その様に嫌ふ処へは、猶参らう。あれらばかり寄つて、何と、連歌がなるものぢや。ほう。こりや、何(いづ)れもお揃ひぢやの。
▲各「しい。
▲シテ「なう、亭主。聞けば、今日(けふ)は連歌の会を召さるげな。おれも連中ぢやに、なぜ、身共が方へ人をよこさぬ。但し、おれが来れば、何ぞ邪魔になる事があるか。いや、又、亭主は取り込うで、忘れまいものでもないが、わごりよ達は、同じ来る道を、なぜに、身共が処へ誘はぬぞ。但し、おれが来いでも、連歌の会が勤まるか。あゝ、合点の行かぬ衆ぢや。はあ。掛け物を掛けられた。あれは、亭主の自慢の、布袋の川渡り。あゝ。歪うだり、歪うだり。物には、三寸の見直しといふ事があれども、あれは、七寸も八寸も歪うである。何と、何(いづ)れも目に見えぬか。はあ、花を生けられた。あれは定めて、つかみざしといふ心でかなあらうが、あの様な事をして置かうより、藁でぐるぐると束ねて、放(ほ)り込うで置いたが良い。あれでも、花を生けると云うて、ひけらかすであらう。
{と云つて、笑ふ。アト、小アト招き呼んで、「往(い)なせ」といふ事を、顔にて教ふる。小アト、立つてシテの傍へ行くなり。}
▲小アト「畏つてござる。太郎殿、太郎殿。
▲シテ「何ぢや。
▲小アト「ちよつとおりやれ。
▲シテ「何ぢや。
▲小アト「ちよつとおりやれ。
▲シテ「何ぢや。
▲小アト「そなたが来れば、何(いづ)れも、連歌の邪魔になると仰せらるゝ。お帰りあれ。
▲シテ「いや、こゝなやつが。おれも、連中なればこそ来れ。おのれが何を知つて。すつ込うで居をらう。いや、小差し出たやつの。
▲アト「又、太郎が参りました。
▲衆「その通りでござる。
▲アト「必ず、構はつしやるな。
▲衆「心得ました。
▲シテ「あれあれ。又、硯文台の置き所が違うてある。あれは、前(ぜん)の月も云うて聞かせたに、まだ覚えぬか。扨々、物覚えの悪い衆ぢや。
▲アト「太郎、太郎。
▲シテ「何でござる。
▲アト「ちよつと来い。
▲シテ「何でござる。
▲アト「用がある。ちよつと来い。
▲シテ「何でござる。
▲アト「わごりよが来れば、何(いづ)れも、連歌の邪魔になると仰せらるゝ。料理が出来たらば、呼びにやらう程に、往(い)ね。
▲シテ「何ぢや。料理が出来たらば呼びにやらう程に往(い)ね。
▲アト「中々。
▲シテ「いや。これ、誰殿。
▲アト「何ぢや。
▲シテ「おれも、連中なればこそ来れ。料理を食ひには来ませぬぞや。常々、そなたは人選みをすると云うて、世間の取り沙汰が悪い。ちと、お嗜みあれ。
▲アト「推参な事を云ふ。すつ込うで居をらう。
▲シテ「これは、何とする。
▲アト「なうなう、何(いづ)れも。この度、太郎が出をつたらば、皆寄つて、踏みませう。
▲衆「良うござらう。
▲シテ「金言耳に逆ふと云ふが、この事ぢや。良い事を云うて聞かせば、腹を立つる。我を悪いとは、かつて思はぬさうな。おれが来いで、この当が勤むるものか。さあさあ、今日(けふ)の発句は誰ぢや。発句を仰(お)せあれ、聞かうぞや。
{と云つて、皆々、目くばせし、立ち寄り、打ちこかし踏むなり。}
▲各「おのれは憎いやつの。覚えたか、覚えたか。
▲シテ「あゝ痛々。なう、助けて下されい、助けて下されい。
▲女「やあやあ、何と云ふ。太郎が踏まるゝ。それは定(ぢやう)か。なう、腹立ちや、腹立ちや。何者が踏みをるぞ。こちの人は、どれにゐるぞ。さればこそ、こゝに居る。なう、こゝな人、こちの人。妾(わらは)でござる、妾でござるわいなう。
▲シテ「いや。も、重ねては来ますまい。命を助けて下されい、助けて下されい。
▲女「これはいかな事。気をはつたりとお持ちやれ。妾でござるわいなう。
▲シテ「えい、女共。そちは、何として駈けつけた。
▲女「何としてと云ふ事があるものか。こなたが踏まるゝと聞いたによつて、身も世もあられいで、駈けつけました。これはまづ、誰(た)が踏まれたぞい、やいやい。
▲シテ「何ぢや、踏まれた。
▲女「おゝ、扨。踏まれたげな。
▲シテ「いや、こゝなやつが。男が踏まれて良いものか。
▲女「やい、そこなやつ。
▲シテ「何ぢや。
▲女「おのれ、踏まれたればこそ、その足跡は何ぢや。
▲シテ「むゝ。この足跡が、不審なか。
▲女「おゝ、扨。
▲シテ「これは、物ぢや。
▲女「物とは。
▲シテ「何(いづ)れもが、太郎の定紋は何ぢやと、仰(お)せあつたによつて、いまだ定まる紋もござらぬと云うたれば、紛れぬ様にと云うて、草履の紋をつけておくれあつたが、何と、良う似合うたか。
▲女「何ぢや。似合うたか。
▲シテ「中々。
▲女「えゝ、腹立ちや、腹立ちや。おのれ、付けう紋も多からうに、草履の紋といふ事があるものか。踏まれて、その分では居られぬ。行(い)て、果たして来い、果たして来い。
▲シテ「あの、踏まるれば、果たさねばならぬか。
▲女「おのれ、果たさいで、堪忍がなるものか。
▲シテ「踏まるゝ度に果たさうならば、そりや、ぢごがない{*1}。
▲女「扨は、この度ばかりかと思へば、度々踏まるゝか。
▲シテ「再々の事ぢや。
▲女「えゝ、腹立ちや、腹立ちや。その様な事を聞いて、何と堪忍がなるものぢや。まづ、これへ寄れ。
▲シテ「これは何とする。
▲女「まづ、これを差せ。
▲シテ「迷惑な事ぢや。
▲女「この棒を持つて、果たして来い、果たして来い。
▲シテ「やいやい。汝は女ぢやによつて、何も知らぬ。果たすと云へば、ことによると、身共が命がないぞよ。
▲女「おのれ、又、生きてゐようと思ふか。
▲シテ「すれば、身共は、死んでも大事ないか。
▲女「おゝ。死んでも大事ない。
▲シテ「《笑》わゝしい女は、夫を喰ふと云ふが、おぬしの事ぢや。身共は、どの様に踏まれても、死にたうはない。死んで良くば、そなた、名代(みやうだい)に行(い)てくれい。
▲女「まだそのつれを云ふか。こゝへ来い。まづ、なまぬるいこの肩も脱げい。
▲シテ「これは何とする。
▲女「その根性ぢやによつて、踏まれをる。これも差せ。
▲シテ「これは迷惑な事ぢや。
{と云つて、素袍の右の肩脱がせ、髪ほどき、小さ刀を差させ、右に棒を持たせて、}
▲女「この棒を持つて、果たしに行け。果たして来ねば、内へは寄せぬぞ。
▲シテ「何ぢや。果たしに行かねば内へは寄せぬ。
▲女「おゝ、扨。寄せぬ。
▲シテ「南無三宝。進退、こゝに極(きはま)つた。この、内へ寄せぬに、ほうど困つた。それならば、果たしに行かうが、何と、おぬしも来てくるゝか。
▲女「おゝおゝ。そなたばかりでは、心元ない。妾も行きませう。
▲シテ「それならば、安堵した。
▲女「して、今日(けふ)の当家(たうや)は、誰でござつた。
▲シテ「今日(けふ)の当家は誰であつた。
▲女「さあさあ。その、誰が方へ行かせられい。
▲シテ「心得た。扨、あの誰は、日頃、心易うする者ぢやに、何と思うてやら、したゝかに踏みをつた。
▲女「心易いと云うて、それが、あてになるものではござらぬ。
▲シテ「どうでも、亭主ぶりにか、したゝか踏みをつた。
▲女「扨々、それは憎い事でござる。
▲シテ「こゝぢや、こゝぢや。
▲女「こゝか。さあさあ、踏み込め、踏み込め。
▲シテ「その様に、喧(かしま)しう仰(お)せあるな。まづ、つゝと、そちへ退(の)いておゐあれ。ものも。案内も。
▲女「やい、そこなやつ。今果たすに、もの申(も)ところか。踏み込め、踏み込め。
▲シテ「そちは女ぢやによつて、何も知らぬ。男は時宜に余れと云ふわいやい。
▲女「まだそのつれを云ふか。時宜も作法もいるものか。踏み込んで、果たせ果たせ。
▲シテ「さりとては、喧(かしま)しい。そなたはつゝと退(の)いておゐあれ。
▲女「えゝ、もどかしいやつぢや。
▲シテ「誰、内にか。
▲アト「留守。
▲シテ「何ぢや、留守か。
▲女「これこれ、何と云ひました。
▲シテ「留守ぢや、留守ぢや。
▲女「扨々、残り惜しい事ぢや。
▲シテ「二つどり{*2}には留守が良い。やい、誰の卑怯者。留守が定(ぢやう)なら、出て見をれ。出をる所をこの棒で、打つて打つて、打ち殺してやらうぞいやい。
▲女「おゝ、お出かしあつた、お出かしあつた。
▲シテ「何と、出かしたものであらうが。
▲女「扨、この次は、誰ぢや。
▲シテ「この次は誰ぢや。
▲女「さあさあ、その、誰が方へお行きあれ。
▲シテ「大勢の事ぢやによつて、ことごとく行かいでも、大事ありそむない事ぢや。
▲女「いやいや。ことごとく行かねばならぬ。
▲シテ「それならば、さあさあ、おりやれ。
▲女「心得ました。
▲シテ「扨、身共も、大抵の者に負ける事ではなけれども、あの誰は、大力(だいりき)ぢや。身共が小腕(こがひな)を捩ぢ上げて置いて、したゝかに踏みをつた。
▲女「きやつが面(つら)が、常々見たむないと思うてゐるに、その様に踏みをりましたかいなう。
▲シテ「こゝぢや、こゝぢや。
▲女「こゝか。さあさあ、踏み込め、踏み込め。
▲シテ「合点ぢや、合点ぢや。そなたはつゝと、退(の)いておゐあれ。
▲女「もどかしい事かな。
▲シテ「何某(なにがし)様、御宿にござりまするか。
▲女「やい、そこな者。
▲シテ「何ぢやぞいやい。
▲女「今打ち果たすに、様(さま)とは何の事ぢや。めとぬかせ、めとぬかせ。
▲シテ「めと云うたら、腹を立てうぞよ。
▲女「腹を立てゝも苦しうない。
▲シテ「めと云うても、大事ないか。
▲女「おゝ。大事ない。
▲シテ「めと云うたら、腹を立てうが。め、内にか。
▲立頭「留守。
▲アト「又、留守か。
▲女「何と云ひました。
▲シテ「又、留守ぢや、留守ぢや。
▲女「扨も、残り惜しい事ぢや。
▲シテ「留守こそ良けれ。やい、誰の卑怯者。留守が定なら、出て見をれ。出をる所をこの棒で、眉間をほうど突いたらば、仰(あを)のけにこけうによつて、やがて両の足をとらへ、五丁も十丁も、引いて引いて、引きずり殺してやらうぞいやい。
▲女「おゝ、お出かしあつた、お出かしあつた。
▲シテ「何と、強いものか。
▲女「扨、この次は、誰であつた。
▲シテ「この次は誰ぢや。
▲女「さあさあ、そこへ行け、そこへ行け。
▲シテ「いや。これは、止(よ)しにせう。
▲女「なぜに。
▲シテ「そなたは知らぬか。あれは、見かけに似合(にあは)ぬ短気者で、聞かぬといへば、矢も楯もたまるやつではない。あの様な所は已(や)めにして、もそつと外の所へ行かう。
▲女「いやいや。その様な所へは、猶、行かねばならぬ。
▲シテ「何ぢや。猶、行かねばならぬか。
▲女「おゝ、扨。早う行け、早う行け。
▲シテ「これは、迷惑な事ぢや。そなたさへ了簡すれば、浪風立たずに済むことぢやに。
▲女「まだその様な卑怯な事を云ふ。その根性ぢやによつて、踏まれをるわいやい。
▲シテ「あゝ、苦(にが)しい事かな。
▲女「早う行け、早う行け。
▲シテ「こゝぢや、こゝぢや。
▲女「さあさあ、踏み込め、踏み込め。
▲シテ「まづ、待て待て。
▲女「何と、待てとは。
▲シテ「さりとては、こゝは大事の思案所(しあんどころ)ぢや。最前からの様に、留守なれば良けれども、ひよつと内に居合(ゐあは)せた時は、矢も楯もたまるものではない。これまで来たれば、意趣は晴れた。足元の明(あか)い内に、いざ、戻らう。
▲女「えゝ、腹立ちや。所詮、おのれではなるまい。その棒をこちへ寄こしをらう。
{と云つて、無理に棒を引つ取り行く。シテ、退(の)きて、シテ柱の陰に隠れる。}
やい、何某(なにがし)。内に居るか。
▲衆二「留守。
▲女「何ぢや。留守ぢや。
▲シテ「これこれ、女共。何と云うた。
▲女「又、留守でござる。
▲シテ「何。又、留守か。
▲女「中々。
▲シテ「あゝ。留守が定なら、おぬしではなるまい。その棒を、こちへおこしをらう。いや。女の小差し出た、すつ込うでゐよ。やい、誰の卑怯者。留守が定なら、出て見をれ。出をる所を、胸板をほうど食わいたらば、ひよろひよろとせう。その時、腰の刀をするりと抜いて、両の腕(かひな)を討ち落とし、諸足(もろあし)を薙いだらば、手も足もない、見たむないものであらうなあ。
▲女「おゝ、見たむないものでござらうとも。
▲シテ「その時、腹の上へ飛び上がつて、十も二十も踏んで踏んで、踏み殺してやらうぞいやい。
▲女「おゝ。お出かしあつた、お出かしあつた、お出かしあつた。
▲シテ「何と、出かしたであらうが。
▲女「お出かしあつたとも。
▲シテ「扨、何と思ふ。この様に、皆が皆まで留守ではあるまいけれども、両人の威勢に恐れて、留守を遣ふと見えた。この様な時は、いざ、どつと和歌を上げて、戻らう。
▲女「一段と良うござらう。
▲シテ「{*3}こゝを訪へども、留守と云ふ。かしこを訪(と)へども、留守と云ふ。これかや、事のたとへにも、いさかい果ての契り木とは、いさかい果ての契り木とは、かゝる事をや申すらん。
ゑいゑい、をう。
▲女「なう、愛しい人、こちへござれ。
▲シテ「心得た、心得た。

校訂者注
 1:「ぢごがない」は、不詳。或いは「きりがない」という意か。
 2:「二つどり」は、「二者択一」の意。
 3:底本、ここから「かゝる事をや申すらん」まで、傍点がある。

底本:『和泉流狂言大成 第二巻』(山脇和泉著 1917年刊 国会図書館D.C.

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千切木(チギリキ)(二番目 四番目)

▲アト「此辺りの者で御座る、若い衆と初心講を結んで、連歌を致す、則ち今日は某が、当{*1}に当つて御座る、最早時分もよう御座るに依つて、太郎冠者を呼出し、何れもへ呼につかはさうと存ずる、{ト云つて呼出す出るも如常}{*2}汝は何れもへいて、最早時分もよう御座るに依つて、お出で被成いといふていてこい▲小アト「畏つて御座る▲アト「又存ずる仔細が有るに依つて、太郎が方へはゆくな▲小アト「心得ました、{ト云つてアトつめる如常}{*3}扨是は何方へ参らうぞ、いや誰殿がちかい、先あれへ参らう、{ト云つて楽やむいて案内乞出るも如常}{*4}頼うだ者申しまする最早時分もよう御座る、お出でなされて下されいと、申越して御座る▲立頭「何れもお出でなされうとあつて、身共が方にお揃ぢや▲小アト「やすれば御銘々{*5}参るには及びませぬか▲頭「めいめいゆくには及ばぬ、汝は先へゆけ▲小アト「夫ならばお先へ参りまする、追つ付{*6}お出でなされませ▲頭「心得た▲小アト「申上げまする▲アト「何事ぢや▲小アト「唯今誰殿へ参つて御座れば、何れもあれにお揃で、追つ付{*7}是へお出で御座る▲アト「お出なされたらば、此方へしらせ▲小アト「畏つて御座る▲頭「なうなう何れも御座るか▲衆「是に居まする▲頭「唯今誰殿から人が参りました、いざ参りませう▲衆「一段とよう御座らう▲頭「さあさあ御座れ▲衆「心得ました{ト云つて案内乞如常}▲頭「身共等が来た通りをいへ▲小アト「其由申しませう、しばらく夫にお待被成ませ▲頭「心得た▲小アト「申上げまする▲アト「何事ぢや▲小アト「何れものお出で御座る▲アト「かうお通りなされいといへ▲小アト「畏つて御座る、かうお通り被成ませ▲頭「心得た、お当目出たう御座る▲アト「ようお出なされました▲衆「太郎冠者来たわ、{立衆各あいさつするアトもうけて会釈する}▲アト「何れもようお出なされたれ、先下に御座れ▲衆「心得ました▲アト「扨いつも太郎が参れば、連歌の邪魔に成りまするに依つて、わざと人を遣はしませなんだ▲頭「私共もさう心得て、寄ませなんだ▲アト「もしきゝつけて参つたり共、何れも構はせられな▲衆「心得ました▲アト「扨今日の御発句は、何方で御座る▲頭「ちと珍らしう、御亭主からなされませ▲アト「いやいや客発句に、亭主脇と申す事が御座る、矢張り各の内からなされませ▲頭「夫ならば出合に致しませう▲各「是は一段とよう御座らう▲アト「先何れも案じて見させられい▲衆「心得ました▲シテ「此辺りに住居致す、太郎と申す者で御座る今日は誰方で、連歌の会を勤むる、某も連中なれ共、なぜにやら身共が方へ人をよこさぬ、察する所某をきらうと見えた、其様にきらう処へは猶参らう、あれら斗り寄つて、何と連歌がなる者ぢや、ホウ、こりや何れもお揃ぢやの、▲各「しい▲シテ「なう亭主、きけばけうは連歌の会をめさるげな、おれも連中ぢやに、なぜ身共が方へ人をよこさぬ、たゞしおれがくれば、何ぞ邪魔に成る事があるか、いや又亭主は取込ふで、わすれまい者でもないが、わごりよ達はおなじ来る道を、なぜに身共が処へ誘はぬぞ、但しおれがこいでも、連歌の会が勤るか、あゝ合点のゆかぬ衆ぢや、ハアかけ物を掛られた、あれは亭主の自慢の、布袋の川渡り、アゝゆがうだりゆがうだり、物には三寸の見直しといふ事があれ共、あれは七寸も八寸もゆがうである、何と何れも目に見えぬか、はあ花を生けられた、あれは定めて、つかみざしといふ心でかなあらうが、あの様な事をしておかうより、わらでぐるぐるとたばねて、ほりこうでおいたがよい、あれでも花を生けるといふて、ひけらかすであらう、{ト云つて笑アト小アトまねきよんでいなせと云ふ事をかほにておしゑる小アト立つてシテのそばへゆく也}▲小アト「畏つて御座る、太郎殿々々▲シテ「何ぢや▲小アト「ちよつとおりやれ▲シテ「何ぢや▲小アト「ちよつとおりやれ▲シテ「何ぢや▲小アト「そなたがくれば、何れも連歌の邪魔に成ると仰せらるゝ、おかへりあれ▲シテ「いや爰なやつが、おれも連中なればこそくれ、おのれが何をしつて、すつこうで居をらう、いやこさしでたやつの▲アト「又太郎が参りました▲衆「其通りで御座る▲アト「かならず構はつしやるな▲衆「心得ました▲シテ「あれあれ又硯文台の置き所が違ふてある、あれは前の月も、いふてきかせたにまだおぼえぬか、扨々物覚えのわるい衆ぢや▲アト「太郎々々▲シテ「何で御座る▲アト「ちよつとこい▲シテ「何で御座る▲アト「用があるちよつとこい▲シテ「何で御座る▲アト「わごりよがくれば、何れも連歌の邪魔に成ると仰せらるゝ料理が出来たらば、呼にやらう程にいね▲シテ「何ぢや料理が出来たらば呼にやらう程にいね▲アト「中々▲シテ「いや是誰殿▲アト「何ぢや▲シテ「おれも連中なればこそくれ、料理をくひには来ませぬぞや、常々そなたは人えらみをするといふて、世間の取沙汰がわるい、ちとおたしなみあれ▲アト「推参な事をいふ、すつこうで居をらう▲シテ「是は何とする▲アト「なうなう何れも、此度太郎が出をつたらば、皆よつてふみませう▲衆「よう御座らう▲シテ「金言耳にさかふといふが此事ぢや、よい事をいふてきかせば腹をたつる、我をわるいとは曽て思はぬさうな、おれがこいで此当が勤むる者か、さあさあけふの発句は誰ぢや、発句をおせあれ聞うぞや、{ト云つて皆々目くばせし立より打こかしふむなり}▲各「おのれは憎いやつの覚えたか覚えたか▲シテ「あゝいたいた、なうたすけて下されいたすけて下されい▲女「やあやあ何といふ、太郎が踏るゝ夫は定{*8}か、なう腹立や腹立や、何者が踏みをるぞ、こちの人はどれにゐるぞ、さればこそ爰に居る、なう爰な人こちの人、わらはで御座るわらはで御座るわいのう▲シテ「いやも重ねては来ますまい、命を助けて下されい助けて下されい▲女「是はいかな事、気をはつたりとおもちやれ、妾で御座るわいのう▲シテ「えい女共、そちは何としてかけつけた▲女「何としてといふ事がある者か、こなたが踏るゝときいたに依つて、身も世もあられいで{*9}かけつけました、是は先たが踏れたぞいやいやい▲シテ「何ぢや踏れた▲女「おゝ扨ふまれたげな▲シテ「いや爰なやつが、男が踏れてよい者か▲女「やいそこなやつ▲シテ「何ぢや▲女「おのれ踏れたればこそ、其足跡は何ぢや▲シテ「むゝ此足跡がふしんなか▲女「おゝ扨▲シテ「是は物ぢや▲女「物とは▲シテ「何れもが太郎の定紋は何ぢやと、おせあつたに依つて、いまだ定る紋も御座らぬといふたれば、まぎれぬ様にといふて、草履の紋をつけておくれあつたが、何とよう似合ふたか▲女「何ぢや似合ふたか▲シテ「中々▲女「えゝ腹立や腹立や、おのれ付う紋もおほからうに、草履の紋といふ事がある物か、踏れて其分ではゐられぬ、いてはたしてこいはたしてこい▲シテ「あの踏るれば果さねばならぬか▲女「おのれ果さいで、堪忍がなる者か▲シテ「踏るゝ度に果さうならば、そりやぢごがない▲女「扨は此度斗りかと思へば、度々踏るゝか▲シテ「さいさいの事ぢや▲女「えゝ腹立や腹立や、其様な事をきいて、何と堪忍がなる者ぢや、先是へ寄れ▲シテ「是は何とする▲女「先是をさせ▲シテ「迷惑な事ぢや▲女「此棒を持つて、果してこい果してこい▲シテ「やいやい汝は、女ぢやに依つて何もしらぬ果すといへば、殊に寄と、身共が命がないぞよ▲女「おのれ又いきてゐようと思うか▲シテ「すれば身共は、死んでも大事ないか▲女「おゝ死んでも大事ない▲シテ「《笑》わゝしい女はおつとを喰ふといふが、おぬしの事ぢや、身共はどの様に踏れても、死たうはない、死んでよくば、そなた名代にいてくれい▲女「まだ其つれをいふか、爰へ来い、先なまぬるい此肩もぬげい▲シテ「是は何とする▲女「其根性{*10}ぢやに依つて、踏れをる是もさせ▲シテ「是は迷惑な事ぢや{ト云つて素袍の右の肩ぬがせ髪ほどき小さ刀をさゝせ右に棒をもたせて}▲女「此棒を持つて果しにゆけ果してこねば内へはよせぬぞ▲シテ「何ぢや、果しにゆかねば内へはよせぬ▲女「おゝ扨よせぬ▲シテ「南無三宝、進退{*11}爰にきはまつた、此内へよせぬにほうど困つた、夫ならば果しにゆかうが、何とおぬしもきてくるゝか▲女「おゝ々々そなた斗りでは心許ない、わらはも行きませう▲シテ「夫ならば安堵した▲女「してけふの当家は誰で御座つた▲シテ「けふの当家は誰であつた▲女「さあさあ其誰が方へゆかせられい▲シテ「心得た扨あの誰は、日頃心易うする者ぢやに、何と思ふてやら、したゝかに踏をつた▲女「心安いといふて、夫があてに成る物では御座らぬ▲シテ「どうでも亭主ぶりにか、したゝか踏をつた▲女「扨々夫は憎い事で御座る▲シテ「爰ぢや爰ぢや▲女「爰かさあさあ踏みこめ々々▲シテ「其様にかしましうおせあるな、先つゝとそちへのいておゐあれ{*12}ものも案内も▲女「やいそこなやつ、今果すに物も所か、踏みこめ踏みこめ▲シテ「そちは女ぢやに依つて、何もしらぬ、男は時宜にあまれといふわいやい▲女「まだ其つれをいふか、時宜も作法もいる者か、踏みこんで果せ果せ▲シテ「さり迚はかしましい、そなたはつゝとのいてお居あれ▲女「えゝもどかしいやつぢや▲シテ「誰内にか▲アト「留守▲シテ「何ぢや留守か▲女「是々何といひました▲シテ「留守ぢや留守ぢや▲女「扨々残りおしい事ぢや▲シテ「二つどりには留守がよい、やい誰の卑怯者、留守が定{*13}なら出て見をれ、出をる所を此棒で、打て打て打殺して、やらうぞいやい▲女「おゝおでかしあつたおでかしあつた▲シテ「何と出かした者で有らうが▲女「扨此次は誰ぢや▲シテ「此次は誰ぢや▲女「さあさあ其誰が方へおゆきあれ▲シテ「大勢の事ぢやに依つて、ことごとくゆかいでも、大事有そむない事ぢや▲女「いやいやことごとくゆかねばならぬ▲シテ「夫ならばさあさあおりやれ▲女「心得ました▲シテ「扨身共も、大抵の者に、負ける事ではなけれ共、あの誰は大力ぢや、身共が小がいなをねぢあげておいて、したゝかに踏みをつた▲女「きやつがつらが、常々見たむないとおもふてゐるに、其様に踏みをりましたかいのう▲シテ「爰ぢや爰ぢや▲女「爰かさあさあ踏みこめ踏みこめ▲シテ「合点ぢや合点ぢや、そなたはつゝとのいておゐあれ▲女「もどかしい事かな▲シテ「何某様お宿に御座りまするか▲女「やいそこな者▲シテ「何ぢやぞいやい▲女「今打ち果すに様とは何の事ぢや、めとぬかせめとぬかせ▲シテ「めといふたら腹を立てうぞよ▲女「腹を立ても苦敷うない▲シテ「めといふても大事ないか▲女「おゝ大事ない▲シテ「めといふたら腹を立てうが、め、内にか▲立頭「留守▲アト「又留守か▲女「何と云ひました▲シテ「又留守ぢや留守ぢや▲女「扨も残りおしい事ぢや▲シテ「留守こそよけれ、やい誰の卑怯者、留守が定{*14}なら出て見をれ、出をる所を此棒で、みけんをほうどついたらば、あをのけにこけうに依つて、頓て両の足をとらへ、五丁も十丁も、ひいてひいて引ずり殺してやらうぞいやい▲女「おゝおでかしあつたおでかしあつた▲シテ「何と強い者か▲女「扨此次は誰であつた▲シテ「此次は誰ぢや▲女「さあさあそこへゆけそこへゆけ▲シテ「いや是はよしにせう▲女「なぜに▲シテ「そなたはしらぬか、あれは見かけに似合ぬ短気者で、きかぬといへば{*15}、矢もたてもたまるやつではない、あの様な所はやめにして、もそつと外の所へ行かう▲女「いやいや其様な所へは、猶ゆかねばならぬ▲シテ「何ぢや猶ゆかねばならぬか▲女「おゝ扨早うゆけ早うゆけ▲シテ「是は迷惑な事ぢや、そなたさへ了簡すれば、浪風たゝずに済むことぢやに▲女「まだ其様な卑怯な事をいふ、其根性{*16}ぢやに依つて、踏れをるわいやい▲シテ「あゝにがしい事かな▲女「早うゆけ早うゆけ▲シテ「爰ぢや爰ぢや▲女「さあさあ踏こめ踏こめ▲シテ「先まてまて▲女「何とまてとは▲シテ「さりとては、爰は大事の思案所ぢや、最前からの様に、留守なればよけれ共、ひよつと内に居合せた時は、矢もたてもたまる者ではない、是迄来たれば意趣ははれた、足元のあかい内に、いざ戻らう▲女「えゝ腹立や、所詮おのれではなるまい、其棒をこちへよこしをらう、{ト云つて無理に棒を引とり行シテ退てシテ柱のかげにかくれる}{*17}やい何某内に居るか▲衆二「留守▲女「何ぢや留守ぢや▲シテ「是々女共何といふた▲女「又留守で御座る▲シテ「何又留守か▲女「中々▲シテ「アゝ留守が定{*18}ならおぬしではなるまい、其棒をこちへおこしをらう、いや女の小差出たすつこうでゐよ、やい誰の卑怯者、留守が定{*19}なら出て見をれ、出をる所を胸板を、ほうどくわいたらば、ひよろひよろとせう、其時腰の刀をするりと抜いて、両のかいなを討落し、諸足をないだらば、手も足もない、みたむない者であらうなあ▲女「おゝ見たむない者で御座らう共▲シテ「其時腹の上へ飛上つて、十も二十も、踏で踏で踏殺してやらうぞいやい▲女「おゝお出かしあつた、お出かしあつたお出かしあつた▲シテ「何と出かしたで有らうが▲女「お出かしあつた共▲シテ「扨何と思ふ、此様に皆が皆迄、留守ではあるまいけれ共、両人の威勢に恐れて、留守を遣ふと見えた、此様な時はいざどつと、和歌を上げて戻らう▲女「一段とよう御座らう▲シテ「爰をとへ共留守といふ、かしこをとへども留主といふ、是かや事のたとえにも、いさかい果ての契木とはいさかい果ての契木とは、かゝる事をや申すらん{*20}ヱイヱイヲウ▲女「なういとしい人こちへ御座れ▲シテ「心得た心得た。

校訂者注
 1:底本は、「頭(たう)」。
 2:底本は、「▲アト「汝は何れもへいて」。
 3:底本は、「▲小アト「扨是は何方へ参らうぞ」。
 4:底本は、「▲小アト「頼うだ者申しまする」。
 5:底本は、「御銘々々」。
 6・7:底本は、「押(お)つ付(つけ)」。
 8・13・14・18・19:底本は、「誠(ぜう)」。
 9:底本は、「身も世もあられいて」。
 10・16:底本は、「根生(こんぜう)」。
 11:底本は、「身体爰にきはまつた」。
 12:底本は、「▲シテ「ものも案内も」。
 15:底本は、「見かけに似合短気者、ぬできかぬといへば」。
 17:底本は、「▲女「やい何某内に居るか」。
 20:底本は、「▲シテ「ヱイヱイヲウ」。