箕被(みかづき)(二番目)

▲シテ「この辺りの者でござる。明日は、某(それがし)が宅にて、連歌の会を致す。女共を呼び出し、万事、相談を致さうと存ずる。
{と云つて、呼び出す。女出るも、常の如し。}
そなたを呼び出すは、別の事でない。この中(ぢゆう)、発句を出かした。聞いてたもれ。
 春 今日(けふ)こそは花咲かぬ松も吉野山
 夏 涼しさを袖に迎ふる草もがな
 秋 山鳥も声せん月の高根かな
 冬 薄雪の下行く松の嵐かな
何と、面白いか。
▲アト「それは、結構な事でござる。
▲シテ「身共が連歌を出かしたに、そなたは余り、嬉しうないか。
▲アト「何の、別に嬉しい事がござらう。
▲シテ「それについて、明日は、連歌の会があるぞや。
▲アト「どこでござる。
▲シテ「最前の発句が出来た、その発句披(ほつくびら)きに、各(おのおの)、身共が方へ御出ぢや。
▲アト「なうなう、うるさやの、うるさやの。朝夕(あさゆふ)の煙も立てかぬる身で、連歌をさせらるゝさへ、うるさうござる。人を呼うで、何を振舞ふものぢや。とかく、断りを云うて、やめさせられい。
▲シテ「もはや、一順を再々遍まで廻いて、今更、変改(へんかい)もならぬ。いや。余り、苦に召されな。発句が出来たによつて、料理は、麁相にして置かしめ。
▲アト「麁相にも結構にも、内に何があつて、振舞ふものぞ。とかく、勝手不如意な身分で、まづ、連歌事を已(や)めさせられい。
▲シテ「さもしい事を云ふ。余の者が云はゞ、げにとも思ふが、おぬしが親も、型の如くの連歌好きではないか。その娘として、身共に連歌をなしそ{*1}ならば、そなたの親にも、連歌をな召されそと仰(お)せあれ。
▲アト「それとは、いかう違うた事でござる。
▲シテ「何が違うた。
▲アト「妾(わらは)が父(とゝ)様は、勝手、兎(と)も斯(か)うもなさるゝによつて、連歌をし、会をなされても、そつとも大事ござらぬ。
▲シテ「まだ、卑しい事を云ふ。この道を嗜むに、貧福がいるものか。是非ならずば、家財なりとも、或いは、そなたが一重(ひとへ)の物なりとも、売代(うりしろ)なして勤めたが良い。
▲アト「その様な、愚かな事を仰せらるゝ。妾が嫁入をして来てからこの方、朝夕の事さへ不自由なによつて、妾が身の周りは、疾(と)うに売代なして、もはや何もござらぬ。
▲シテ「そなたは、いつぞやの会の時も、その様に仰(お)せあつたれども、料理も相応に出来たではないか。
▲アト「されば、いつぞやも、是非、会をせねばならぬと仰せらるゝ。内には何もなく、親里へ、塩・味噌・薪までも頼うでやつて、やうやうと調(とゝの)へました。
▲シテ「これは、良い事を聞いた。又、今度も、頼うでやつておくれやれ。
▲アト「いかに親ぢやと云うて、その様に、再々無心が云うてやらるゝものでござるか。
▲シテ「いや。余の事を無心は云はぬ。連歌の会の入用ぢやと云うたらば、そなたの親は連歌が好きぢや程に、悦うで、何もかもおこさるゝであらう。
▲アト「こち衆の勝手にならぬこそ、常に苦にして居らるれ。連歌の会を、何の、悦ばるゝものでござる。とかく、連歌を已めさせられい。已めさせらるゝ事がならずば、妾に暇を下され。
▲シテ「女といふものは、当座の事ばかり気がついて、後(あと)の事を思はぬ。こゝに、昔物語がある。語つて聞かせう。良う聞かしめ。
《語》唐土(もろこし)の朱買臣といふ者は、始めは殊の外貧しうして、薪を売つて世を渡られた。されども、学問に心を寄せ、商ひの事はおろそかにして、道すがらも書物を読うだり、詩を謡うてばかり居られたによつて、朱買臣の妻が腹を立てゝ、朝夕の煙も立てかぬる身で、その詩を謡ふ事を、まづお已みあれ。と云うて、そなたが身共の意見する如く、云うて叱つた。朱買臣の云ひ分には、今こそ貧ありとも、この道を絶えず勤めてさへ居たらば、富貴になるまいものでもない。と云うて、いよいよ詩を謡ふ事が募つた。女房、猶々腹を立てゝ、そなたの様な人は、餓死をこそ召されうずれ。その心得で、何とて富貴におなりあらう。所詮、隙(ひま)をおくれあれ。と云うて、終に離別致した。案の如く、その後、朱買臣は、漢の帝(みかど)に召し出されて、会稽の太守になられた。錦の袂を会稽山に翻へすといふも、この事ぢや。とかく、我(わ)が好き好む一芸を、怠らず勤めてさへ居れば、立身せいで叶はぬものぢや。その上、簡斎{*2}が詩にも、句を得るは官を得るに勝(まさ)れり。と云うて、名句をした。悦びは、官位に上るよりも増つたと思ひ、我が朝の頼実は、住吉の明神の祈誓をかけて、五年の命に代へて、秀歌を一首詠まれたと云ふ。富貴にも一命にも代へて嗜むは、この道ぢや。惣じて、連歌といふものは、心の月を種として、妄執の雲を打ち払ひ、一座の間、余念を已めて、友を助け、人を憎しと思はぬ所を、得脱の種ぢやとあれば、未来のためにもならうは、この道ではおりないか。
▲アト「それは、唐土の聖人とやら、唐人(たうじん)とやらは、さうでもござらうが、そなたの貧しい形(なり)で、連歌を已むる事がならずば、是非とも暇をくれさしめ。
▲シテ「すれば、それ程までに、思ひつめたか。
▲アト「中々。
▲シテ「是非に及ばぬ。今更、連歌を已むる事はならぬ。それならば、暇をやるぞ。
▲アト「暇の印(しるし)を下され。
▲シテ「それに及ぶ事ではあるまい。
▲アト「いやいや。妾も又、外へ行くまいものでもござらぬ。塵を結んでなりとも、暇の印をくれさしめ。
▲シテ「余り、他所(よそ)へ他所へと云うて、恩に着せたりとも。その顔で外へ行くとも、格別の事もあるまい。
▲アト「それにはお構(かま)やつそ。とかく、印をくれさしめ。
▲シテ「何をがな、やらうぞ。
▲アト「いか程、お見あつたりとも、もはや、内には何もござるまい。
▲シテ「何(いづ)れ、これは、内がいかう淋しうなつた。いや、良い物がある。これこれ。これは、そなたの朝夕手馴れた箕ぢや。暇の印に、これをやらう。
▲アト「なうなう、恥づかしや、恥づかしや。この様な物が、何と、持つて行かるゝものでござる。
▲シテ「持たせてやらうにも、人はなし。大儀ながら、手に捧げてなりとも、お行きやれ。
▲アト「手には提げられまい。被(かづ)いてなりとも、往(い)にませう。
▲シテ「それは、どうなりとも召され。扨これは、厭(あ)きも厭かれもした事ではない。相対(あひたい)の上、暇をやる事なれば、又この辺を通らるゝならば、寄つて、茶でも飲うで行かしめ。
▲アト「さらば、参りませう。
{と云つて、箕をかづきて行く。}
▲シテ「はゝあ。あの箕を被(かづ)いた所は、珍しい、面白いものぢや。これは何とぞ、ありさうなものぢやが。いや、思ひ出した。なうなう。
▲アト「いや。戻りはしますまい。
▲シテ「往(い)なせまいではない。親の処へ言伝(ことつた)へるものがある。
▲アト「何でござる。
▲シテ「わごりよが行く後ろ姿を見て、発句をした。三日月の、出づるも惜しき、名残かな。そなたの親も、連歌好きぢや。この通りを云うてたもれ。
▲アト「心得ました。
{シテ、吟じ、悦び、下にゐるなり。}
惣じて、人に歌を詠みかけられて返歌をせねば、口ない虫に生まるゝ、と申す。この脇をせずに戻つたらば、我が子の様にもない、と云うて、叱らせられう。立ち戻つて、脇を致さう。なうなう、ござるか。
▲シテ「はて、珍しい声ぢやが。ゑい。何として、お帰りあつたぞ。
▲アト「今の脇をせうと思うて、戻りました。
▲シテ「あの、見事、そなたが脇を召さるか。
▲アト「かうもござらうか。
▲シテ「何と。
▲アト「あきのかたみにくれて行く空。
▲シテ「扨も、出来た。天神(てんじん)も上覧あれ。扨々、面白き事かな。
▲アト「もう、かう参りまする。
▲シテ「まづ、お待ちやれ。扨々、今までは、連歌をする術(すべ)も知らず、只ふつゝかに、某が連歌を已むるとばかり思うた。今、脇を召されたを聞いては、渡世の事を大事に思うて、意見召されたであらう。近頃、面目ない。この上は、連歌をなしそならば、せまい。何事も、そなたの仰(お)せある通りにせう。機嫌を直して、元の様に添うてくれさしませ。
▲アト「いや。暇の印まで取つた上に、戻りはしますまい。
▲シテ「それは、曲がない。元の女房に仲人(ちゆうにん)なしと云ふ。是非とも、かう通らしませ。
▲アト「それならば、今までの通り、添ひませうぞ。
▲シテ「嬉しや、嬉しや。この上は、五百八拾年、万々年。祝うて、盃をせう。それに待たしめ。
{盃を持ち出す。}
この様な時は、呑うで、差すものぢや。呑うで、差さしめ。
▲アト「心得ました。
{と云つて、立つて、差す。シテ、頂きて、相応の応答あり。呑んで又、アトに差すなり。}
▲シテ「{*3}深き契りは、頼もしや、頼もしや。
▲アト「妾が納めませう。
▲シテ「めでたう、舞ひ納めう。その箕を貸しておくれやれ。
▲アト「心得ました。
▲シテ「{*4}浜の真砂は読み尽くし、尽くすとも、この道は尽きせめや。只もて遊べ。名にし負ふ、難波のうらみ、うち被(かづ)けて、ありし契りに還り会ふ、縁こそ嬉しかりけれ。
▲アト「なう、愛(いと)しい人、こちへわせい。
▲シテ「心得ました。

校訂者注
 1:「なしそ」は、「するな」の意。
 2:「簡斎」は、宋の詩人・陳与義。「書生得句勝得官」という詩句が、詩「送王周士赴発運司」に見える。
 3:底本、「帰かき契りは、頼母しや頼母しや」に、傍点がある。
 4:底本、ここから「縁こそ嬉しかりけれ」まで、傍点がある。

底本:『和泉流狂言大成 第二巻』(山脇和泉著 1917年刊 国会図書館D.C.

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箕被(ミカヅキ)(二番目)

▲シテ「此辺りの者で御座る、明日は某が宅にて連歌の会を致す、女共を呼出し万事相談を致さうと存ずる{ト云つて呼出す女出るも如常}そなたを呼出すは別の事でない、此中発句を出かした、聞いてたもれ
 春 けふこそは花さかぬ松も吉野山
 夏 涼しさを袖にむかふる草もがな{*1}
 秋 山鳥も声せん月の高根かな
 冬 うす雪の下ゆく松の嵐かな
何と面白いか▲アト「夫は結構な事で御座る▲シテ「身共が連歌を出かしたに、そなたは余り嬉しうないか▲アト「何の別に嬉しい事が御座らう▲シテ「夫について明日は連歌の会があるぞや▲アト「どこで御座る▲シテ「最前の発句が出来た其発句披きに、各身共が方へ御出ぢや▲アト「のうのううるさやのうるさやの、朝夕の煙もたてかぬる身で、連歌事をさせらるゝさへうるさう御座る、人を呼うで何を振舞う物ぢや、兎角断りを云ふてやめさせられい▲シテ「最早一順をさいざい遍迄まはいて、今更変改もならぬ、いや余り苦にめされな、発句が出来たに依つて料理は麁相にしておかしめ▲アト「麁相にも結構にも内に何があつて振舞う者ぞ、兎角勝手不如意な身分で先連歌を止めさせられい▲シテ「さもしい事をいふ、余の者がいはゞ実とも思ふが、おぬしが親もかたの如くの連歌ずきではないか、其娘として身共に連歌をなしそならば、そなたの親にも連歌をなめされそとおせあれ▲アト「夫とはいかう違うた事で御座る▲シテ「何が違うた{*2}▲アト「わらはがとゝ様は勝手ともかうもなさるゝに依つて、連歌をし会をなされても、そつとも大事御座らぬ▲シテ「まだいやしい事を云ふ、此道をたしなむに貧福がいる者か、是非ならずば家財なりとも、或は其方がひとへの物なりとも、売代なして勤めたがよい▲アト「其様なおろかな事を仰せらるゝ、妾が嫁入をして来てから此方、朝夕の事さへ不自由なに依つて、わらはが身のまはりは遠に売代なして最早何も御座らぬ▲シテ「そなたはいつぞやの会の時も、其様におせあつたれ共、料理も相応に出来たではないか▲アト「さればいつぞやも是非会をせねばならぬと仰せらるゝ、内には何もなく、親里へ塩味噌薪迄も頼うでやつて、漸と調へました▲シテ「是はよい事を聞いた、又今度{*3}も頼うでやつておくれやれ▲アト「いかに親ぢやと云ふて其様に、再々無心が云ふてやらるゝ者で御座るか▲シテ「いや余の事を無心は云はぬ、連歌の会の入用ぢやといふたらば、そなたの親は連歌がすきぢや程に、悦うで何も彼もおこさるゝで有らう▲アト「こち衆の勝手にならぬこそ常に苦にしてゐらるれ、連歌の会を何の悦ばるゝ者で御座る、兎角{*4}連歌を止めさせられい、止めさせらるゝ事がならずばわらはに暇を下され▲シテ「女といふ者は当座の事ばかり気がついて、後の事を思はぬ、爰に昔物語がある、語つて聞かせうようきかしめ《語》唐土の朱買臣と云ふ者は、始めは殊の外貧しうして、薪を売つて世を渡られた、され共学問に心をよせ、商の事はおろそかにして、道すがらも書物を読うだり、詩を謡ふて計りゐられたに依つて、朱買臣の妻が腹を立てゝ朝夕の煙も立てかぬる身で、其詩を謡ふ事をまづお止みあれといふて、其方が身共の意見する如くいふて叱つた、朱買臣の云ひ分には、今こそ貧ありとも、此道を絶えず勤めてさへゐたらば、富貴に成るまい者でもないと云ふて、弥々詩を謡ふ事がつのつた、女房猶々腹を立てゝ、其方の様な人は餓死をこそめされうづれ、其心得で何迚富貴におなりあらう、所詮隙をおくれあれと云ふて終に離別致した、案の如く其後朱買臣は、漢の帝に召出されて、会稽の太守になられた、錦の袂を会稽山に翻へすといふも此事ぢや、兎角我がすき好む一芸をおこたらず勤めてさへゐれば、立身せいで叶はぬ者ぢや、其上簡斎が詩にも、句を得るは官を得るにまされりといふて名句をした、悦びは官位に上るよりも増つたと思ひ、我朝の頼実は住吉の明神の祈誓をかけて、五年の命にかへて、秀歌を一首よまれたと云ふ、富貴にも一命にもかへてたしなむは此道ぢや、惣じて連歌といふ者は、心の月を種として、妄執の雲を打ちはらひ、一座の間余念を止めてともをたすけ、人を憎しと思はぬ所を、とくだつの種ぢやとあれば、未来のためにもならうは此道ではおりないか▲アト「夫は唐土の聖人とやら唐人とやらはさうでも御座らうが、そなたのまづしいなりで連歌を止むる事がならずば、是非共暇をくれさしめ▲シテ「すれば夫程迄に思ひつめたか▲アト「中々▲シテ「是非に及ばぬ、今更連歌を止むる事はならぬ、夫ならば暇をやるぞ▲アト「暇の印を下され▲シテ「夫に及ぶ事ではあるまい▲アト「いや々々わらはも亦、外へ行くまいものでも御座らぬ、ちりを結んでなりとも暇の印をくれさしめ▲シテ「余り他所へ他所へと云ふて、おんにきせたりとも、其顔で外へゆく共、格別の事もあるまい▲アト「夫にはおかまやつそ、兎角印をくれさしめ▲シテ「何をがなやらうぞ▲アト「いか程お見あつたり共最早内には何も御座るまい▲シテ「何れ是は内がいかう淋しうなつた、いやよい物がある、是々是はそなたの朝夕手馴た箕ぢや、暇の印に是をやらう▲アト「のうのう恥しや恥しや此様な物が何と持て行かるゝもので御座る▲シテ「もたせてやらうにも人はなし、大儀ながら手に捧げてなり共お行きやれ▲アト「手にはさげられまいかづいてなり共いにませう▲シテ「夫はどうなり共めされ、扨是はあきもあかれもした事ではない、相対の上暇をやる事なれば、又此辺を通らるゝならばよつて、茶でも呑うでゆかしめ▲アト「さらば参りませう{ト云つて箕をかづきて{*5}行}▲シテ「はゝあ{*6}あの箕をかづいた所は、珍らしい面白いものぢや、是は何卒ありさうな者ぢやが、いや思ひ出したのうのう▲アト「いや戻りはしますまい▲シテ「いなせまいではない、親の処へ言伝へる物がある▲アト「何で御座る▲シテ「わごりよが行くうしろ姿を見て発句をした三日月の出るも惜しき名残かな、そなたの親も連歌ずきぢや、此通りを云ふてたもれ▲アト「心得ました{シテぎんじ悦下にゐる{*7}なり}{*8}惣じて人に歌を読みかけられて返歌をせねば、口ない虫に生るゝと申す、此脇をせずに戻つたらば、我子の様にもないと云ふて叱らせられう、立戻つて脇を致さう、のうのう御座るか▲シテ「ハテ{*9}珍らしい声ぢやが、ゑい何としてお帰りあつたぞ▲アト「今の脇をせう{*10}と思ふて戻りました▲シテ「あの{*11}見ごとそなたが脇をめさるか▲アト「かうも御座らうか▲シテ「何と▲アト「秋の形見にくれてゆくそら▲シテ「扨も出来た天神も上覧あれ、扨々面白き事かな▲アト「最うかう参りまする▲シテ「先お待ちやれ、扨々今迄は連歌をするすべも知らず、唯ふつゝかに某が連歌{*12}を、止むると計り思ふた、今脇をめされたを聞いては、渡世の事を大事に思ふて、意見めされたであらう、近頃面目ない、此上は連歌をなしそならば{*13}せまい、何事もそなたのおせある通りにせう、機嫌を直して元の様にそうてくれさしませ▲アト「いや暇の印までとつた上に、戻りはしますまい▲シテ「夫は曲がない、元の女房に仲人なしといふ、是非共かう通らしませ▲アト「夫ならば今迄の通りそいませうぞ▲シテ「嬉しや嬉しや、此上は五百八拾年万々年、祝うて盃をせう、夫にまたしめ、{盃を持出}{*14}此様な時は呑うでさす者ぢや、呑うでさゝしめ▲アト「心得ました、{ト云つて立てさすシテ頂きて相応の応答あり呑んで又アトに指なり}▲シテ「婦かき{*15}契りは、頼母しや頼母しや▲アト「わらはが納めませう▲シテ「目出たう舞納めう、其箕をかしておくれやれ▲アト「心得ました▲シテ「浜の真砂はよみつくしつくすとも、此道はつきせめや、唯もてあそべ名にしおふ{*16}、難波のうら箕うちかづけて、有し契りにかへりあふ、縁こそ嬉しかりけれ▲アト「のういとしい人こちへわせい▲シテ「心得ました。

校訂者注
 1:底本は、「草もかな」。
 2:底本は、「何か違うた」。
 3:底本は、「又此度(こんど)」。
 4:底本は、「兎斯(とかく)」。
 5:底本は、「かつきて」。
 6:底本は、「はゝ何(なん)あの箕を」。
 7:底本は、「下に入る」。
 8:底本は、「▲アト「惣じて人に歌を」。
 9:底本は、「▲シテ「シテ珍らしい声ぢやが」。
 10:底本は、「今の脇させうと思ふて」。
 11:底本は、「何の見ごと」。
 12:底本は、「某が進歌」。
 13:底本は、「ならはせまい」。
 14:底本は、「▲シテ「此様な時は呑うで」。
 15:底本は、「帰かき契りは」。
 16:底本は、「名にしあふ」。