釣針(つりばり)(三番目 四番目)

▲アト「この辺りの者でござる。某(それがし)、未だ定まる妻がござらぬ。又、西の宮の夷三郎殿は、御利生あらたかにござる。参詣致して、申し妻を致さうと存ずる。
{と云つて呼び出す。シテ出る。名乗りの通り云つて、西の宮へ参る。「伊文字」同断。}
何とぞ、似合(にあは)しい妻を授けて下さるれば良いが。
▲シテ「信心に御祈誓なされたらば、御利生のないと申す事はござりますまい。扨、私も、いつがいつまで、独り身でも居られませぬ。憚りながら、頼うだ御方と一緒に、申し妻を致したうござる。
▲アト「成程、尤ぢや。汝も祈誓を申せ。
▲シテ「畏つてござる。
▲アト「何かと云ふ内に、神前に着いた。
▲シテ「誠に、お参り着きなされてござる。
▲アト「さらば、御前(おまへ)へ向かはう。
{と云つて、アト、下にゐて、扇を広げて拝む。}
只今参る事、余の儀でござらぬ。某、未だ定まる妻がござらぬ。何とぞ、似合(にあは)しい妻をお授けなされて下され。蛭子(ひるこ)の明神、蛭子の明神。
▲シテ「私にも、似合(にあは)しい妻を授けて下され。蝦子(えびす)三郎殿、蝦子三郎殿。
▲アト「今宵は、これに籠らう。汝も、それでまどろめ。
▲シテ「畏つてござる。
▲アト「はあ、はあ。あら、ありがたや。扨も扨も、忝い事かな。
{と云つて、拝むなり。}
やい、太郎冠者。あらたな御夢想を蒙つた。西門(さいもん)に釣針を置く、その釣針で妻を釣れ。との事ぢや。
▲シテ「扨々、あらたな事でござる。
▲アト「追つ付け、西門へ行かう。
{と云ふ内、鏡の間より幕を潜らし、橋がゝりへ釣針を投げ出すなり。}
何と思ふぞ。この様にあらたな事と知つたらば、もそつと以前にも参らうものを。油断であつた。
▲シテ「何(いづ)れ、ちと御油断でござりました。
▲アト「さりながら、某が日頃、正直に神仏を信心するによつて、この様な御利生もあつたと思ふ。
▲シテ「御尤でござる。
▲アト「何かと云ふ内に、西門ぢや。何と、釣針があるか、見よ。
▲シテ「畏つてござる。
{と云つて、釣針を尋ぬる内、しかじかあるべし。}
申し申し。これに釣針がござりました。
▲アト「扨々、ありがたい事ぢや。
▲シテ「まづ、お戴きなされませい。
▲アト「心得た。扨、追つ付け下向せう。さあさあ、来い来い。
▲シテ「はあ。
▲アト「誠に、神仏(かみほとけ)の事を、あだおろそかに存ぜう事ではない。その針を以て、某が妻を釣りおほせたらば、後(あと)は、身共が家の重宝にして置かうぞ。
▲シテ「成程、御家の宝物になされて、恥づかしうない御道具でござりまする。
▲アト「何かと云ふ内、私宅ぢや。さあさあ、早う妻を釣つてくれい。
▲シテ「これは、御前の奥様でござる。御自身、お釣りなされたらば、良うござりませう。
▲アト「それが、恥づかしうて、何と釣らるゝものぢや。そちを頼む。釣つてくれい。
▲シテ「それならば、御名代に私が釣りませう。
{と云つて、釣る。「釣ろよ釣ろよ」と、色々に拍子・仕舞、仕様あり。口伝なり。}
いや。これは、見目(みめ)の良いを釣りませうか。但し、大見目なを釣りませうか。
▲アト「こゝな者が云ふ事は。大見目なが、何の役に立つ。良いが上にも良いのを釣つてくれい。
▲シテ「私も左様に存じてはござれども、念のためにお尋ね申してござる。追つ付け釣つて、御目にかけませう。《カゝル》釣ろよ釣ろよ、見目の良いを釣ろよ。
{と云つて、拍子・仕舞、色々あるべし。}
御年は、おいくつばかりに致しませうぞ。
▲アト「されば、いくつばかりが良からうぞ。
▲シテ「十四五歳は、何とござらう。
▲アト「それは、余り年若にあらう。もそつと年の行(い)たのにせう。
▲シテ「左様ならば、四拾余り。
▲アト「これはいかな事。それは又、余り老(ふ)け過ぎて悪い。もそつと若いのを、釣つてくれい。
▲シテ「何(いづ)れ、余り老け過ぎたも、いかゞでござる。と申して、御年の参らぬは、物事にしどろなうて、悪うござる。それなれば、十七八は、何とでござらう。
▲アト「これは一段と良からう。十七八を釣つてくれい。
▲シテ「畏つてござる。
{と云つて、拍子にのる。一人出て、かゝるなり。}
申し申し。かゝりました。
▲アト「かゝつたか、かゝつたか。
▲シテ「扨々、めでたい事かな。まづ、かうお通りなされませ。
{と云つて、脇座へ連れて行き、葛桶を出して、}
まづ、これに御腰を掛けられませ。扨、御召し使ひがなうては、御不自由にござらう。とてもの事に、御腰元を釣りませうか。
▲アト「一段と良からう。とてもの事に、二三人も釣つてくれい。
▲シテ「畏つてござる。
{と云つて又、拍子、二の行。仕舞、前の通り。口伝。}
釣ろよ釣ろよ、御腰元を釣ろよ、二三人も釣ろうよ、二三人も釣ろうよ。
{立衆の女、出て、かゝる。}
又、大勢かゝりました。
▲アト「誠に、大勢かゝつた。
▲シテ「扨も扨も、奇特な事かな。何(いづ)れも、つゝと通らしめ、通らしめ。扨も扨も、おめでたい事でござる。扨、最前も申し上げまする通り、この様な結構な針序(はりついで)はござりませぬ。どうぞ、私が妻も釣りたうござりまするが、何とでござりませう。
▲アト「成程、幸ひの事ぢや。許す程に、急いで釣れ。
▲シテ「それは、ありがたう存じまする。扨、私が妻ぢやと存じますれば、何とやら、釣竿が重いやうにござる。
▲アト「それは、良い妻を儲けうといふ事であらう。
▲シテ「これはどうやら、恥づかしうござる。
▲アト「何の、恥づかしい事があらう。信をとつて、早う釣れ。
▲シテ「それならば、思ひ切つて釣りませう。
▲アト「急いで釣れ。
▲シテ「畏つてござる。
{と云つて、かゝる。仕舞・拍子、前に同断。}
釣ろよ釣ろよ、おれが妻を釣ろよ、見目の良いを釣ろよ、見目の良いを釣ろよ、見目の良いを釣ろよ、釣ろよ、釣ろよ、釣ろよ。
{乙(おと){*1}、出て、かゝるなり。}
かゝりました、かゝりました。
▲アト「かゝつたか、かゝつたか。
▲シテ「扨々、ありがたい事でござる。
▲アト「でかいた、でかいた。
▲シテ「まづ、これに居さしめ。
▲アト「これへ通せ。
▲シテ「それは、慮外でござる。
▲アト「苦しうない。平(ひら)に、かう通せ。
▲シテ「それならば、これへ来さしめ。
{と云つて、目附柱の方へ連れて行き、下に置くなり。}
扨、今日(こんにち)は、最上吉日でござる。その上、善は急げと申す事がござる。奥へ御出なされて、御祝儀をお仕舞ひなされたらば、良うござりませう。
▲アト「これは尤ぢや。それならば、身共は奥へ行く程に、汝、良い様にはからへ。
▲シテ「畏つてござる。
{アト、切戸より入るなり。}
さあさあ。奥様も、御出なされませ。
{さゝやく体(てい)をするなり。}
お恥づかしいは、御尤でござる。さあさあ。そなた達も、奥様についてお行きあれ。必ず、御傍を離れまいぞ。寝る事はならぬぞ。
{女、立ち、皆々切戸より入る。}
扨も扨も、嬉しい事かな。この年月(としつき)の念願、成就した。
{と云つて、女を見て笑ふなり。心持ち、うぢうぢする。}
扨、言葉をかけたいものぢやが。
{と云つて、うぢうぢして、笑ふ。}
物を云はうと思へども、恥づかしうて、どうも物が云はれぬ。誰(た)そ、来よかし。引き合(あは)せて貰ひたいものぢや。いやいや。この様な事を云うてゐては、埒があかぬ。思ひ切つて、言葉をかけう。なうなう。そなたと身共とは、蝦子三郎殿のお引き合(あは)せの妻ぢやによつて、五百八拾年、万々年も、連れ添ひませうぞや。
{女、うぢつく。シテ、喜び笑ふ。}
五百八拾年、万々年も連れ添ふと云へば、うむ、うむ。
{と云つて、笑ふ。}
扨、追つ付け、対面致さう。その衣(きぬ)をとらしめ。
{女、「嫌」と、かぶり振るなり。}
嫌ぢや。それは定めて、恥づかしいといふ事であらう。ありやうは、身共も恥づかしい。さりながら、まづ、窮屈にもあらうず。平(ひら)にとらしめ。
{又、かぶり振る。}
これはいかな事。某如きの妻が、いつまでその様にしてゐるものぢや。早うとらしませ。
{かぶり振る。}
それならば、身共がとるぞ。嫌と云うて、いつまでその様にしてゐるものぢや。
{と云つて、かぶり振るを、無理に帛をぬがせ、肝をつぶす。}
これは、興(きやう)がつた者ぢや。
▲乙「なうなう。どれへ行かつしやる。
▲シテ「どれへも参りは致さぬ。これは、夷三郎殿も、どうよくな。あれと、何と添はるゝものぢや。
▲乙「これこれ。そなたと妾(わらは)とは、夷三郎殿のお引き合(あは)せぢやによつて、五百八拾年、万々年も連れ添ひませう。
{と云つて取り付くを、振り放す。又、しがみ付くを、やうやう打ちこかして、}
▲シテ「長者になるというて、あの様な者に、何と添はるゝものぢや。
▲乙「なう。どこへ行かつしやる、どこへ行かつしやる。
{と云つて取り付く。シテ、肝をつぶして逃ぐるを、乙、追ひ込み入るなり。}

校訂者注
 1:「乙(おと)」は、「乙御前(おとごぜ)」の略。狂言で使う、不器量な若い女の面。また、その面を付けた女。

底本:『和泉流狂言大成 第二巻』(山脇和泉著 1917年刊 国会図書館D.C.

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釣針(ツリバリ)(三番目 四番目)

▲アト「此辺りの者で御座る、某未だ定まる妻が御座らぬ、又西の宮の夷三郎殿は御利生あらたかに御座る、参詣致して申し妻を致さうと存ずる、{ト云つて呼出すシテ出る名のりの通り云つて西の宮へ参る伊文字同断}{*1}何卒似合しい妻をさづけて下さるればよいが▲シテ「信心に御祈誓なされたらば、御利生のないと申す事は御座りますまい、扨私もいつがいつ迄、独り身でもをられませぬ憚ながら頼うだお方と一所に申し妻を致したう御座る▲アト「成程尤ぢや、汝も祈誓を申せ▲シテ「畏て御座る▲アト「何彼といふ内{*2}に神前についた▲シテ「誠にお参りつき被成て御座る▲アト「さらば御前へ向はう、{ト云つてアト下にゐて扇を広げて拝む}{*3}唯今参る事余の儀で御座らぬ、某未だ定まる妻が御座らぬ何卒似合しい妻をおさづけ被成て下され、ひるこの明神々々▲シテ「私にも似合しい妻をさづけて下され、蝦子三郎殿蝦子三郎殿▲アト「今宵は是に籠らう、汝も夫でまどろめ▲シテ「畏つて御座る▲アト「ハアハア、荒有難や、扨も扨も忝ない事かな、{ト云つておがむなり}{*4}やい太郎冠者、あらたな御夢想を蒙つた、西門に釣針を置く、其釣針で妻をつれとの事ぢや▲シテ「扨々あらたな事で御座る▲アト「追付{*5}西門へ行かう{ト云ふ内鏡の間より幕をくゞらし橋がゝりへ釣針をなげ出すなり}{*6}何と思ふぞ、此様にあらたな事としつたらば、最卒つ度以前にも参らう者を、油断であつた▲シテ「何れちと御油断で御座りました▲アト「去ながら、某が日頃{*7}正直に神仏を信心するに依つて、此様な御利生もあつたと思ふ▲シテ「御尤で御座る▲アト「何彼といふ内に西門ぢや、何と釣針が有るか見よ▲シテ「かしこまつて御座る、{ト云つて釣針を尋る内シカシカある可し}{*8}申し申し是に釣針が御座りました▲アト「扨々有難い事ぢや▲シテ「先お戴被成ませい▲アト「心得た、扨追付け下向せう、さあさあこいこい▲シテ「ハア▲アト「誠に、神仏の事をあだおろそかに存ぜう事ではない、其針をもつて、某が妻を釣をほせたらば、跡は身共が家の重宝にして置うぞ▲シテ「成程お家の宝物に被成て、恥かしうないお道具で御座りまする▲アト「何彼といふ内{*9}私宅ぢや、さあさあ早う妻を釣つてくれい▲シテ「是はお前の奥様で御座る、御自身お釣り被成たらばよう御座りませう▲アト「夫が恥かしうて何とつらるゝ者ぢや、そちを頼む釣つてくれい▲シテ「夫ならば御名代に私が釣りませう{ト云つてつるつろよつろよと色々に拍子仕舞仕様有口伝也}{*10}いや是は見めのよいを釣りませうか、但し大見めなを釣ませうか▲アト「爰な者がいふ事わ、大見めなが何の役に立つ、よいが上にもよいのを釣つてくれい▲シテ「私も左様に存じては御座れども、念の為にお尋ね申して御座る、追付釣つて御目にかけませう《カゝル》つろよ々々見めのよいをつろよ、{ト云つて拍子仕舞色々あるべし}{*11}お年はおいくつばかりに致しませうぞ▲アト「さればいくつ計がよからうぞ▲シテ「十四五歳は何と御座らう▲アト「夫は余り年若に有らう最卒つ都年のいたのにせう▲シテ「左様ならば四拾あまり▲アト「是はいかな事、夫は又あまりふけ過てわるい、最卒つ都若いのを釣つてくれい▲シテ「何れあまりふけ過たも如何で御座る、と申して、お年の参らぬは物事に、しどろなうてわるう御座る、夫なれば十七八は何とで御座らう▲アト「是は一段とよからう、十七八を釣つてくれい▲シテ「畏つて御座る、{ト云つて拍子にのる一人出てかゝるなり}{*12}申し申し、かゝりました▲アト「かゝつたかかゝつたか▲シテ「扨々目出たい事かな、先かうお通り被成ませ、{ト云つて脇座へつれて行葛桶を出して}{*13}先是にお腰を掛られませ、扨お召つかひがなうては御不自由に御座らう、迚もの事にお腰元を釣りませうか▲アト「一段とよからう、迚もの事に二三人も釣ツてくれい▲シテ「畏つて御座る、{ト云つて亦拍子二の行{*14}仕舞前の通り口伝}{*15}つろよつろよ、お腰元をつろよ、二三人もつろうよ二三人もつろうよ、{立衆の女出てかゝる}{*16}又大勢かゝりました▲アト「誠に大勢かゝつた▲シテ「扨も扨もきどくな事かな、何れもつゝと通らしめ通らしめ、扨も扨もお目出たい事で御座る、扨最前も申上げまする通り、此様な結構な針ついでは御座りませぬ、どうぞ私が妻も釣りたう御座りまするが、何とで御座りませう▲アト「成程幸ひの事ぢや、ゆるす程に急いでつれ▲シテ「夫は有難う存じまする、扨私が妻ぢやと存じますれば何とやら釣竿がおもいように御座る▲アト「夫はよい妻を、まふけうといふ事であらう▲シテ「是はどうやら恥かしう御座る▲アト「何の恥かしい事が有らう、信をとつて早うつれ▲シテ「夫ならば思ひ切ツて釣りませう▲アト「急いでつれ▲シテ「畏ツて御座る、{ト云つてかゝる仕舞拍子前に同断}{*17}つろよつろよ、おれが妻を釣ろよ見めのよいを釣ろよ、見めのよいを釣ろよ見めのよいを釣ろよ、釣ろよ釣ろよ釣ろよ{乙出てかゝるなり}{*18}かゝりましたかゝりました▲アト「かゝつたかかゝつたか▲シテ「扨々有難い事で御座る▲アト「でかいたでかいた▲シテ「先是にいさしめ▲アト「是へ通せ▲シテ「夫は慮外で御座る▲アト「苦敷うない、ひらにかう通せ▲シテ「夫ならば是へ来さしめ{ト云つて目附柱の方へつれて行き下におくなり}{*19}扨今日は最上吉日で御座る、其上善は急げと申す事が御座る、奥へ御出なされて、御祝儀をお仕舞なされたらば、よう御座りませう▲アト「是は尤ぢや、夫ならば身共は奥へ行く程に、汝よい様にはからへ▲シテ「畏ツて御座る、{アト切戸より入るなり}{*20}さあさあ奥様も御出でなされませ、{さゝやく体をするなり}{*21}お恥かしいは御尤で御座る、さあさあそなた達も奥様についておゆきあれ、かならずおそばをはなれまいぞ、寝る事はならぬぞ、{女立ち皆々切戸より入る}{*22}扨も扨も嬉しい事かな、此年月の念願成就した、{ト云つて女を見て笑ふなり心持ウヂウヂする}{*23}扨言葉をかけたいものぢやが{ト云つてウヂウヂして笑ふ}{*24}物を言はうと思へども、恥かしうてどうも物がいはれぬ、たそ来よかし、引合せて貰ひたい者ぢや、いや々々、此様な事を言ふてゐては、埒があかぬ、思ひ切ツて言葉をかけう、なうなう、そなたと身共とは、蝦子三郎殿のおひき合せの妻ぢやに依つて、五百八拾年万々年も、つれそいませうぞや{女うぢつくシテよろこび笑ふ}{*25}五百八拾年万々年も、つれそふといへば、うむうむ{ト云つて笑ふ}{*26}扨追付対面致さう、其きぬをとらしめ{女いやとかぶりふるなり}{*27}いやぢや、夫は定めて恥しいと云ふ事で有らう、有様は身共も恥かしい、去ながら先窮屈{*28}にも有らうず、ひらにとらしめ{亦かぶりふる}{*29}是はいかな事、某如きの妻がいつまで、其様にしてゐる者ぢや、早うとらしませ{かぶりふる}{*30}夫ならば身共がとるぞ、いやといふていつまで其様にしてゐる者ぢや{ト云つてかぶりふるを無理に帛{*31}をぬがせ肝をつぶす}{*32}是はきやうがつた{*33}者ぢや▲乙「なうなうどれへゆかつしやる▲シテ「どれへも参りは致さぬ、是は夷三郎殿もどうよくな、あれと何とそはるゝ者ぢや▲乙「是々そなたとわらはとは、夷三郎殿のおひき合せぢやに依つて、五百八拾年万々年もつれ添ひませう{ト云つて取付を振放す亦しがみ付を漸打ちこかして}▲シテ「長者になるといふて、あの様なものに何とそはるゝ者ぢや▲乙「のうどこへゆかつしやるどこへゆかつしやる{ト云つて取付くシテ肝をつぶして逃るを乙追込いるなり}

校訂者注
 1:底本は、「▲アト「何卒似合しい妻を」。
 2・9:底本は、「何彼といふ中」。
 3:底本は、「▲アト「唯今参る事」。
 4:底本は、「▲アト「やい太郎冠者」。
 5:底本は、「押付(おつゝけ)」。
 6:底本は、「▲アト「何と思ふぞ」。
 7:底本は、「日比(ひごろ)」。
 8・10~13・15~27・29・30・32:底本、全て「▲シテ「」がある(全て略)。
 14:底本、「亦拍子二の行」、意味が取り難い。或いは乱れがあるか。
 28:底本は、「究屈」。
 31:底本は、「箔」。
 33:底本は、「是はきやうかつた者ぢや」。