蝸牛(くわぎう)(二番目 三番目)
▲シテ「《次第》{*1}大峯かけて葛城や、大峯かけて葛城や、我(わ)が本山に帰らん。
出羽の羽黒山(はぐろざん)より出でたる山伏、この度、大峯・葛城を致し、只今が下向道でござる。まづ、そろりそろりと参らう。誠に、山伏といふものは、野に伏し山に伏し、或ひは岩木を枕とし、難行苦行、捨身の行ひをするによつて、その奇特には、今眼の前を飛ぶ鳥も、祈り落とす程の行力(ぎやうりき)ぢや。いや、今朝(けさ)疾(と)う出たれば、いかう草臥(くたび)れた。暫く休らうで行きたいものぢやが。いや、あれに大きな藪がある。まづ、内へ入つて見よう。扨も扨も、渺々(べうべう)と打ち披いた藪ぢや。ちと、こゝに寝て参らう。えいえい。あゝ、楽やの、楽やの。
{と云ひて、脇座に寝る。主、出るなり。}
▲アト「この辺りの者でござる。某(それがし)、御寿命めでたい祖父御(おほぢご)を持つてござる。又、或る人の仰せらるゝは、蝸牛(かたつむり)は寿命の薬ぢや。と申す。太郎冠者を呼び出し、取りに遣はさうと存ずる。
{と云ひて、呼び出す。出るも常の如し。}
汝呼び出す、別の事でない。何と、こちの祖父御の様な、御寿命めでたい御方はあるまいなあ。
▲小アト「御意なさるゝ通り、御寿命と申し、御富貴といひ、何に不足のない祖父御様でござる。
▲アト「又、或る人の仰せらるゝは、蝸牛は御寿命の薬ぢや。と云ふ。汝は太儀ながら、蝸牛を取つて来てくれい。
▲小アト「畏つてござれども、蝸牛と申すものは、どこもとにあるものやら、又、どの様なものぢやも存じませぬ。
▲アト「いやいや。蝸牛といふものは、藪には沢山にあるものぢや。
▲小アト「はあ。藪には沢山にござりまするか。
▲アト「まづ、頭(かしら)の黒いもので、腰に貝を附けて、折々は角を出すものぢや。
▲小アト「あの、角を出しますか。
▲アト「大きなは、人程もあると云ふ。随分と念を入れて、大きな良い蝸牛を取つて来い。
▲小アト「その段は、そつとも御気遣ひなされまするな。
▲アト「急いで行(い)て、やがて戻れ。
{と云ひて、つめる、受ける。常の如し。}
▲小アト「これはいかな事。火急な事を仰せつけられた。まづ、急いで参らう。誠に、こちの祖父御様のやうな、御寿命めでたい御方はござるまい。これに、蝸牛とやらを用ゐさせられたならば、いよいよ御寿命御長遠にあらうと存ずる。いや、何かと云ふ内に、藪へ来た。まづ、内へ入つて見よう。扨も扨も、渺々とした藪ぢや。扨、かの蝸牛は、どこもとにある事ぢやぞ。この辺りに、その様なものは、何も見えぬが。頭の黒いものぢや。と仰せられたが。どこもとにある事ぢや知らぬ。
{と云ひて、探して、シテに行き当たり、}
はあ。あれに何やら、頭の黒いものが寝て居る。大方、あれであらう。何にもせよ、まづ、起こして様子を尋ねう。なうなう、そこな人、そこな人。ちよつと起きておくれあれ、起きておくれあれ。
{と云ひて、揺り起こす時、シテ、「むゝ」と云ひて起きる。}
▲シテ「むゝ。寝た事かな、寝た事かな。
▲小アト「早う起きておくれあれ。
▲シテ「今、身共を起こしたは、汝か。
▲小アト「成程、某でござる。
▲シテ「して、何の用で起こした。
▲小アト「卒爾ながら、もし、そなたは蝸牛殿ではござらぬか。
▲シテ「何ぢや。蝸牛ではないか。
▲小アト「中々。
▲シテ「身共を蝸牛とは、どうして見た。
▲小アト「頭の黒いものぢや。と承つてござる。見れば、こなたは頭が黒いによつて、蝸牛殿ではござらぬか。と申す事でござる。
▲シテ「して、蝸牛を尋ねて、何にするぞ。
▲小アト「さればの事でござる。某が頼うだ御方は、御寿命めでたい祖父御を持つてござる。又、蝸牛は御寿命の薬ぢや。と申すによつて、それ故、尋ねる事でござる。
▲シテ「謂はれを聞けば、尤ぢや。暫くそれに待て。
▲小アト「心得ました。
▲シテ「《笑》これはいかな事。世には、うつけた者がござる。山伏を見て、蝸牛ではないかと申す。路次すがら、なぶつて参らうと存ずる。なうなう、お居やるか。
▲小アト「これに居ります。
▲シテ「扨々、汝は仕合(しあは)せ者ぢや。身共は蝸牛ぢや。
▲小アト「扨は、蝸牛殿でござるか。
▲シテ「中々。
▲小アト「されば、私は仕合(しあは)せ者でござる。さりながら、蝸牛は、腰に貝を付けて居る。と仰(おつしや)りましたが、貝がござるか。
▲シテ「貝が見たいか。
▲小アト「見たうござる。
▲シテ「追つ付け見せう。そりあ、そりあ。
{と云ひて、腰なる貝を見せる。}
▲小アト「おゝ。誠に、貝が出ました。
▲シテ「何と、見事な貝であらうが。
▲小アト「見事な貝でござる。また、折々は角を出す。と仰(お)せありましたが、角がござるか。
▲シテ「何ぢや。角。
▲小アト「中々。
▲シテ「それに待て。
▲小アト「心得ました。
▲シテ「これはいかな事。この角に、ほうど困つた。何としたものであらうぞ。
{と云ひて、篠懸を見附く。}
いや、致し様がござる。やいやい。角が見たいか。
▲小アト「どうぞ、見せて下されい。
▲シテ「見せう程に、必ず人に仰(お)せあるな。
▲小アト「いかないかな。云ふ事ではござらぬ。
▲シテ「追つ付け、見せう。
▲小アト「早う、見せて下され。
▲シテ「そりあ、そりあ、そりあ。
▲小アト「おゝ。誠に、角が出ました。
▲シテ「何と、角が出ようが。
▲小アト「疑ひもない、蝸牛殿でござる。どうぞ、来て下され。
▲シテ「成程、行(い)てもやりたいものなれども、この中(ぢゆう)、方々(はうばう)の祖父御に、蝸牛を用ゐさせらるゝによつて、一向暇がない。え行くまい。
▲小アト「それは、気の毒でござる。こゝで逢うたこそ、幸ひであれ。どうぞ、来て下されい。
▲シテ「その様に云ふ事ならば、行(い)てはやらうが、歩いては、え行かぬ。汝に負はれて行かう。
▲小アト「いかないかな。私は、つゝと非力にござるによつて、中々、こなたを負ふ事はなりませぬ。どうぞ、歩いて来て下されい。
▲シテ「どうも、歩いては行かれぬ。それならば、囃子物に乗つて行かうか。
▲小アト「それは、難しい事でござるか。
▲シテ「いやいや。別に、難しい事ではない。雨も風も吹かぬにでざ、釜打ち破(わ)らう、釜打ち破らう。と仰(お)せあれ。身共は、でんでんむしむし。と云うて、浮きに浮いて行く事ぢや。
▲小アト「それは、心安い事でござる。まづ、申して見ませう。雨風も吹かぬにでざ、釜打ち破らう、釜打ち破らう。かうでござるか。
▲シテ「おゝ。さうぢや、さうぢや。早う囃せ。
▲小アト「心得ました。
{と云ひて、これより小アト、「雨も風も」を拍子に掛りて云ふ。シテも、「でんでんむしむし」を拍子に掛り、色々仕舞あり。太郎冠者、面白がり囃す。シテ、舞ふ。色々あるべし。何(いづ)れも仕様、口伝あり。}
▲アト「太郎冠者に、蝸牛を取りに遣はしてござるが、余り帰りが遅い。見に参らうと存ずる。これはいかな事。やいやい、太郎冠者。
▲小アト「やあ。
▲アト「蝸牛は、何とぢや。
▲小アト「只今、これへ連れて参りまする。
▲アト「これはいかな事。あれは、山伏ぢやぞよ。
{このセリフの内、シテ、仕舞あり。扨、見つけて、小アトの袖を引く。}
▲シテ「こりあ、こりあ。囃さぬかいやい。
▲小アト「心得た。
{と云ひて、また囃す。シテも舞ふ。アト、色々あせる。}
▲アト「これはいかな事。彼奴(きやつ)は、ぬかれ居つたさうな。やいやい、太郎冠者。汝は何をして居る。
▲小アト「只今、蝸牛を連れて参りまする。
▲アト「これはいかな事。あれは、山伏ぢやわいやい。
▲小アト「何を仰せらるゝ。あれが、蝸牛でござる。
▲シテ「こりあ、こりあ。囃さぬかいやい、囃さぬかいやい。
▲小アト「おゝ。心得た。
{と云ひて、囃す。同断。}
▲アト「どうでも、ぬかれ居つたさうな。やい、太郎冠者、太郎冠者。扨々、そちは、うつけた者ぢや。あれは、山伏で、売僧(まいす)ぢやわいやい。
▲小アト「扨は、売僧でござるか。
▲アト「おゝ。売僧ぢや程に、打擲をせい。
▲シテ「こりあ、こりあ。囃さぬかいやい、囃さぬかいやい。
▲小アト「やい、そこな奴。
▲シテ「何ぢや。
▲小アト「おのれは、山伏で売僧ぢやげな。
▲シテ「でんでん虫々。
▲小アト「あれあれ、角を出します。
▲アト「早う打擲をせい。
▲シテ「でんでん虫々。
▲小アト「あれ、御覧(ごらう)じませ。
▲シテ「でんでん虫々。
▲アト「早う打擲をせい。
{シテ、太郎冠者を吊りて、入れ違ふ。小アト、浮く。アト、気の毒がり、色々あせる。}
▲シテ「もそつと、なぶつてやらう。
{と云ひて、印を結ぶ。アト、太郎冠者の袖を引く。}
▲アト「やい、太郎冠者、太郎冠者。扨々、そちは、うつけた者ぢや。あれは山伏で、売僧ぢやわいわい。
▲小アト「扨は、売僧に極(きはま)りましたか。
▲アト「急いで打擲をせい。
▲小アト「おのれは憎い奴の。どれへやら参りました。
▲アト「何ぢや。どれへやら行(い)た。
▲小アト「左様でござる。
▲アト「それ見よ。それぢやによつて、最前から、打擲をせい。と云ふに。どれへ行(い)た事ぢや。
▲小アト「たつた今まで、これに居ましたが。
▲シテ「でんでん虫々。
{と云ひて、驚かす。驚き、こける。山伏、可笑しがり、入るなり。「うつけよ、うつけよ」と云ひて、入るなり。}
▲小アト「さればこそ、あれに居ります。
▲アト「ちやつと、捕らへ。
{と云ひて、常の如く、二人、追ひ込み入るなり。}
校訂者注
1:底本、ここから「我本山に帰らん」まで、傍点がある。
底本:『和泉流狂言大成 第三巻』(山脇和泉著 1918年刊 国会図書館D.C.)
蝸牛(クワギウ)(二番目 三番目)
▲シテ「《次第》大峯かけて葛城や大峯かけて葛城や、我本山に帰らん{*1}出羽の羽黒山より出でたる山伏、此度大峯葛城を致し、唯今が下向道で御座る、先づそろりそろりと参らう、誠に山伏と言ふ者は、野に伏し、山に伏し、或は岩木を枕とし、難行苦行捨身の行ひをするに依つて、其奇特には今眼の前を飛鳥も、祈り落す程の行力ぢや、いやけさとう出たればいかう草臥れた、暫く休らうで行きたい物ぢやが、いやあれに大きな藪がある、先づ内へ這入つて見よう、扨も扨もびやうびやうと打ち披いた{*2}藪ぢや、ちと爰に寝て参らう、えいえい、あゝ楽やの楽やの{と云ひて脇座に寝る主、出るなり}▲アト「此辺りの者で御座る、某御寿命目出度い祖父御を持つて御座る、又或人の仰せらるゝは、蝸牛は寿命の薬ぢやと申す、太郎冠者を呼出し取りに遣さうと存ずる{と云ひて呼び出す出るも如常}{*3}汝呼出す別の事でない、何とこちの祖父御の様な、御寿命目出度いお方はあるまいなあ▲小アト「御意なさるゝ通り、御寿命と申し御富貴といひ、何に不足のない祖父御様で御座る▲アト「又或る人の仰せらるゝは、蝸牛は御寿命の薬ぢやと言ふ、汝は太儀ながら蝸牛を取つてきて呉れい▲小アト「畏つて御座れども蝸牛と申す者は何処許にあるものやら、又どの様な物ぢやも存じませぬ▲アト「いやいや蝸牛といふものは藪には沢山にあるものぢや▲小アト「はあ藪には沢山に御座りまするか▲アト「先づ頭の黒いもので、腰に貝を附けて折々は角を出すものぢや▲小アト「あの角を出しますか▲アト「大きなは人程もあるといふ、随分と念を入れて大きなよい蝸牛を取つて来い▲小アト「その段はそつともお気遣ひなされまするな▲アト「急いでいて頓て戻れ{と云ひてつめるウケル如常}▲小アト「是は如何な事、火急な事を仰せつけられた、先づ急いで参らう、誠にこちの祖父御様のやうな、御寿命目出度いお方は御座るまい、是に蝸牛とやらを用ゐさせられたならば、愈々御寿命御長遠にあらうと存ずる、否や何彼と言ふ内に藪へ来た、先づ内へ這入つて見よう、扨も扨もびやうびやうとした藪ぢや、扨彼の蝸牛は何処許にある事ぢやぞ、此辺りに其様な者は何も見えぬが、頭の黒い者ぢやと仰せられたが、何処許にある事ぢや知らぬ{と云ひて探してシテに行き当り}{*4}はあ、あれに何やら頭の黒い者が寝て居る、大方あれであらう、何にもせよ、先をこして様子を尋ねう、喃々そこな人そこな人、一寸起きておくれあれ起きておくれあれ{と云ひて揺り起す時シテむゝと言ひて起きる}▲シテ「むゝ寝た事かな寝た事かな▲小アト「早う起きておくれあれ▲シテ「今身共を起したは汝か▲小アト「成程某で御座る▲シテ「して何の用で起した▲小アト「卒爾ながら若しそなたは蝸牛殿では御座らぬか▲シテ「何ぢや蝸牛ではないか▲小アト「中々▲シテ「身共を蝸牛とはどうして見た▲小アト「頭の黒い者ぢやと承つて御座る、見ればこなたは頭が黒いに依つて、蝸牛殿では御座らぬかと申す事で御座る▲シテ「して蝸牛を尋ねて何にするぞ▲小アト「さればの事で御座る、某が頼うだお方は、御寿命目出度い祖父御を持つて御座る、又蝸牛は御寿命の薬ぢやと申すに依つて夫故尋ねる事で御座る▲シテ「謂れを聞けば尤ぢや、暫く夫にまて▲小アト「心得ました▲シテ「《笑》是は如何な事、世にはうつけた者が御座る。山伏を見て蝸牛ではないかと申す、ろしすがら嬲つて参らうと存ずる、喃々お居やるか▲小アト「是に居ります▲シテ「扨々汝は仕合せ者ぢや、身共は蝸牛ぢや▲小アト「扨は蝸牛殿で御座るか▲シテ「中々▲小アト「されば私は仕合せ者で御座る、さりながら蝸牛は腰に貝を付けて居ると仰言りましたが、貝が御座るか▲シテ「貝が見たいか▲小アト「見たう御座る▲シテ「追付け見せう、そりあそりあ{と云ひて腰なる貝を見せる}▲小アト「おゝ誠に貝が出ました▲シテ「何と見事な貝であらうが▲小アト「見事な貝で御座る、また{*5}折々は角を出すとおせありましたが、角が御座るか▲シテ「何ぢや角▲小アト「中々▲シテ「夫にまて▲小アト「心得ました▲シテ「是は如何な事、此角にほうど困まつた、何とした物であらうぞ{と云ひて篠懸を見附く}{*6}いや致し様が御座る、やいやい、角が見たいか▲小アト「どうぞ見せて下されい▲シテ「見せう程に必ず人におせあるな▲小アト「いかないかな言ふ事では御座らぬ▲シテ「追付け見せう▲小アト「早う見せて下され▲シテ「そりあそりあそりあ▲小アト「おゝ誠に角が出ました▲シテ「何と角が出うが▲小アト「疑ひもない蝸牛殿で御座る、どうぞ来て下され▲シテ「成程行てもやりたいものなれども、此中方々{*7}の祖父御に、蝸牛を用ゐさせらるゝに依つて一向暇がない、得行くまい▲小アト「夫は気の毒で御座る、爰で逢ふたこそ幸ひであれ、どうぞ来て下されイ▲シテ「其様に言ふ事ならばいてはやらうが、あるいてはえ行かぬ、汝に負はれて行かう▲小アト「如何な如何な、私はつゝと非力に御座るに依つて、中々こなたを負ふ事はなりませぬ、どうぞ歩いて来て下されい▲シテ「どうも歩いては行かれぬ、夫ならば囃子物に乗つて行かうか▲小アト「夫は六かしい事で御座るか{*8}▲シテ「いやいや別に六ケ敷事ではない、雨も風も吹かぬにでざ釜打破らう釜打破らうとおせあれ、身共はでんでんむしむしと言ふて浮きに浮て行く事ぢや▲小アト「夫は心安い事で御座る、先づ申して見ませう、雨風も吹かぬにでざ釜打破らう釜打破らう、かうで御座るか▲シテ「おゝさうぢやさうぢや早うはやせ▲小アト「心得ました{と云ひて是より小アト雨も風もを拍子に掛りて云ふ、シテもでんでんむしむしを拍子に掛り色々仕舞あり、太郎冠者面白がり囃す、シテ舞、色々あるべし何れも仕様口伝有}▲アト「太郎冠者に蝸牛を取りに遣はして御座るが余り帰りが遅い、見に参らうと存ずる、是は如何な事、やいやい太郎冠者▲小アト「やあ▲アト「蝸牛は何とぢや▲小アト「唯今是へ連れて参りまする▲アト「是は如何な事、あれは山伏ぢやぞよ{此セリフの内シテ仕舞あり扨見つけて小アトの袖を引く}▲シテ「こりあこりあ、はやさぬかいやい▲小アト「心得た{と云ひてまた囃すシテも舞ふ、アト色々あせる}▲アト「是は如何な事、彼奴はぬかれ居つたさうな、やいやい太郎冠者、汝は何をして居る▲小アト「唯今蝸牛を連れて参りまする▲アト「是は如何な事、あれは山伏ぢやわいやい▲小アト「何を仰せらるゝ、あれが蝸牛で御座る▲シテ「こりあこりあはやさぬかいやい々々▲小アト「おゝ心得た{と云ひて囃す同断}▲アト「どうでもぬかれ居つたさうな、やい太郎冠者太郎冠者、扨々そちはうつけたものぢや、あれは山伏で売僧ぢやわいやい▲小アト「扨は売僧で御座るか▲アト「おゝ売僧ぢや程に打擲をせい▲シテ「こりあこりあ囃さぬかいやい囃さぬかいやい▲小アト「やいそこな奴▲シテ「何ぢや▲小アト「おのれは山伏で売僧ぢやげな▲シテ「でんでん虫々▲小アト「あれあれ角を出します▲アト「早う打擲をせい▲シテ「でんでん虫々▲小アト「あれ御らうじませ{*9}▲シテ「でんでん虫々▲アト{*10}「早う打擲をせい{シテ太郎冠者をツリテ入れ違ふ小アト浮くアト気毒がり色々あせる}▲シテ「もそつと嬲つてやらう{と云ひて印を結ぶアト太郎冠者の袖を引く}▲アト「やい太郎冠者太郎冠者、扨々、そちはうつけた者ぢや、あれは山伏で売僧ぢやわいわい▲小アト「扨は売僧に極りましたか▲アト「急いで打擲をせい▲小アト「おのれは憎い奴のどれへやら参りました▲アト「何ぢやどれへやらいた▲小アト「左様で御座る▲アト「夫見よ、夫ぢやに依つて最前から打擲をせいと言ふにどれへいた事ぢや▲小アト「たつた今迄是に居ましたが▲シテ「でんでんむしむし{と云ひて驚かす驚きこける、山伏おかしがり入るなりウツケヨ、ウツケヨと云ひて入るなり{*11}}▲小アト「さればこそあれに居ります▲アト「ちやつと、捕へ{と云ひて如常二人追ひ込み入るなり}
校訂者注
1:底本、ここに「▲小アト「」とある(「▲シテ「」の誤り。略す)。
2:底本は、「打ち広(ひら)いた」。
3:底本、ここに「▲アト「」がある(略す)。
4:底本、ここに「▲小アト「」がある(略す)。
5:底本は、「まだ」。
6:底本、ここに「▲シテ「」がある(略す)。
7:底本は、「八方(はう(二字以上の繰り返し記号))」。
8:底本は、「御座るが」。
9:底本は、「あれ御らうじせま」。
10:底本は、「▲小アト「早う打擲をせい」。
11:底本は、「入りになり」。
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