富士松(ふじまつ)(二番目)
▲アト「この辺りの者でござる。
{これよりしかじか、呼び出すまで「文蔵」の通り。但し、富士詣でしたる。と云ふなり。}
扨、汝は富士松を取つて来た。と云ふ事ぢやが、定(じやう)か。
▲シテ「いや、何も取つては参りませぬ。
▲アト「いやいや。嘘を云はぬ人が仰せられた。隠さずとも、ありやうに云へ。
▲シテ「扨は、お聞きなされてござるか。
▲アト「成程、聞いた。
▲シテ「成程、取つては参りましたれども、あれは、人の預かり松でござる。
▲アト「その預かり松を見る事はならぬか。
▲シテ「お目にかけまする分は、苦しうござらぬ。かう、お通りなされませ。
▲アト「心得た。
{シテ、正面へ出て、「ざらざら」と云ふ。戸をあける仕方あるべし。}
▲シテ「この松でござる。
▲アト「むゝ。この松か。
▲シテ「左様でござる。
▲アト「扨々、聞き及うだより、良い松ぢやなあ。
▲シテ「つゝと、木(こ)いきの良い松でござる。
▲アト「何と、この松を身共にくるゝ事はならぬか。
▲シテ「最前も申す通り、人の預かり松でござるによつて、進ずる事はなりませぬ。
▲アト「誠に、預かり松ぢや。と云うたなあ。
▲シテ「左様でござる。
▲アト「それならば何ぞ、打ち物{*1}にはせまいか。
▲シテ「物によつて、致しませうか。
▲アト「何ぢや。物によつてせう。
▲シテ「はあ。
▲アト「暫くそれに待て。
▲シテ「畏つてござる。
{主、立ち、向かうへ出て云ふなり。}
▲アト「大方、きやつの口も知れた。致し様がござる。やいやい、太郎冠者。それならば、何と替へたものであらうなあ。
▲シテ「されば、何が良うござりませうぞ。
▲アト「秘蔵の鷹と替へうか。
▲シテ「これは結構な替へ物ではござれども、先の人が、鷹を遣ふ様な人ではござらぬ。これは、なりますまい。
▲アト「それならば、黒の馬と替へうか。
▲シテ「これも結構な替へ物ではござれども、先の人が、馬に乗る様な人ではござらぬ。これも、なりますまい。
▲アト「いや、こゝなやつが。最前から、何と替へう、彼(か)と替へう。といへども、あれもならぬ、これもならぬ。と云ふ。身共は、もはや帰るぞ。
▲シテ「あゝ。まづ、お待ちなされませ。
▲アト「何と、待てとは。
▲シテ「富士の御酒(みき)がござる。上がりませぬか。
▲アト「それは良からう。急いで出せ。
▲シテ「畏つてござる。
{と云つて、橋掛かりへ向かひ、}
▲シテ「やいやい。頼うだお方が、御酒(ごしゆ)を上がらうと仰せらるゝ。急いで出せ。何ぢや、ない。ない。と云うては済むまい。身共が袷(あはせ)なりとも持つて行(い)て、取つて来い。念なう早かつた。
{と云ひて、扇をひろげて出る。シテ、つぐなり。}
▲アト「居ながら、富士の御酒(みき)を戴けば、禅定の心地がするなあ。
▲シテ「左様でござる。
▲アト「聞けば、そちは附け合(あひ)をするげな。この盃の上で一句、以て参らう。付けたらば松を取るまいし、付けねば松を取る程に、さう心得い。
▲シテ「これは、迷惑でござる。
▲アト「迷惑ともに、持つて参らう。手に持てる。
▲シテ「手に持てる。
▲アト「土器(かはらけ)色の古袷(ふるあはせ)。
▲シテ「お燗を加へて参りませう。
▲アト「ともかくも、せい。
▲シテ「畏つてござる。
{と云ひて、橋掛かりへ行き、}
やいやい、ものを声高(こわだか)に云ふな。最前の袷(あはせ)の事をお聞きなされて、はや御句になされた。以来をたしなめ。ゑい。
{と云ひて又、扇にて受けて、}
お燗を加へて参つてござる。
▲アト「どれどれ、これへつげ。
▲シテ「畏つてござる。
▲アト「扨、最前のは、付くかよ。
▲シテ「何とやら仰せられました。
▲アト「手に持てる。
▲シテ「手に持てる。
▲アト「土器(かはらけ)色の古袷(ふるあはせ)。
▲シテ「かうもござらうか。
▲アト「何と。
▲シテ「酒事にある注ぎ目なりけり。
▲アト「裂け毎にある、継ぎ目なりけり。これは、いかう出来たわいやい。
▲シテ「さうもござらぬ。
▲アト「いや。今日(けふ)は、山王の縁日ぢや。参らう程に、さう心得い。
▲シテ「私も、お供致しませうか。
▲アト「又、供をせいでならうか。道すがら、附け合(あひ)をする。付けたらば松を取るまいし、付けねば松を取る程に、さう心得い。
▲シテ「これは、こはものでござる。
▲アト「こはものともに、持つて参らう。後(あと)なる者よしばし止(とゞ)まれ。
▲シテ「はあ。
▲アト「太郎冠者、付くかよ。付けねば松を取るぞよ。太郎冠者。やい、太郎冠者。
▲シテ「やあ。
▲アト「汝は、それに何をして居る。
▲シテ「後なる者よしばしとゞまれ。と仰せられたによつて、これに止(とゞ)まつて居ります。
▲アト「これはいかな事。これは、句ぢやわいやい。
▲シテ「はあ。扨は、御句でござるか。
▲アト「中々。
▲シテ「句なら句と仰せられいで。疾(と)う附けませうものを。
▲アト「急いで附けい。
▲シテ「かうもござらうか。
▲アト「何と。
▲シテ「ふたりとも。
▲アト「ふたりとも。
▲シテ「渡れば沈む浮き橋を、後なる者よしばしとゞまれ。
▲アト「句は出来たが、その吟ずる事を置け。
▲シテ「畏つてござる。
▲アト「山吹の。
▲シテ「山吹の。
▲アト「花すり衣主(ぬし)は誰(た)そ。
▲シテ「問へど答へず梔子(くちなし)にして。
▲アト「緑青(ろくしやう)塗りし仏とぞ見る。
▲シテ「蓮の葉の。
▲アト「蓮の葉の。
▲シテ「青きが上の青蛙。
▲アト「飛ぶ白鷺は雪にまがへり。
▲シテ「年寄りの。
▲アト「年寄りの。
▲シテ「白髪にまがふ綿帽子、飛ぶ白鷺は雪にまがへり。
▲アト「その吟ずる事を置け。
▲シテ「心得ました。
▲アト「黒き物こそ三(み)つ並びけれ。
▲シテ「何が三つ並うだぢやまで。
▲アト「何が三つ並ばうと、句は身共が儘ぢや。急いで付けい。
▲シテ「中は子か。
▲アト「中は子か。
▲シテ「両の端(はた)なる親烏、黒き物こそ三つ並びけれ。
▲アト「その仕方を置け。
▲シテ「心得ました。
▲アト「上もかたかた下もかたかた。
▲シテ「空木(うつほぎ)の。
▲アト「空木(うつほぎ)の。
▲シテ「本末(もとすゑ)叩く啄木鳥(けらつゝき)、上もかたかた下もかたかた。
▲アト「はて扨、その仕方を置け。
▲シテ「はあ。
▲アト「下もかたかた上もかたかた。
▲シテ「それは、最前の御句でござる。
▲アト「最前のは、上もかたかた下もかたかた。これは、下もかたかた上もかたかた。ぢや。
▲シテ「扨は、最前のを引つくり返したやうなものでござるか。
▲シテ「引つくり返さうと、もんどり打たさうと、句は身共が儘ぢや。急いで付けい。
▲シテ「三日月の。
▲アト「三日月の。
▲シテ「水に移ろふ影見れば、下も片々上も片々。
▲アト「又、その仕方を置け。と云ふに。
{と云ひて、扇にてシテの肩を打つ。}
▲シテ「はあ。
▲アト「おのれが様なやつは、難句を持つて参らう。
▲シテ「これは、迷惑でござる。
▲アト「奥山に。
▲シテ「奥山に。
▲アト「舟漕ぐ音の聞こゆるは。
▲シテ「四方(よも)の木の実や熟(う)み渡るらん。
▲アト「西の海。
▲シテ「西の海。
▲アト「千尋(ちひろ)の底に鹿啼きて。
▲シテ「ちと、申し上げたい事がござる。
▲アト「何事ぢや。
▲シテ「最前の奥山の舟を、西の海で漕がせまして、西の海の鹿を、奥山で啼かせましたらば、良い句になりませう。
▲アト「山の上で舟を漕がせうと、海の底で鹿を啼かせうと、句は身共が儘ぢや。急いで付けい。
▲シテ「かうもござらうか。
▲アト「何と。
▲シテ「鹿子斑(かのこまだら)に打つは白浪。
▲アト「鹿の子まだらに打つは白浪。これはいかう出来た。
▲シテ「さうもござらぬ。
▲アト「いや。何かと云ふ内に、山王へ参り着いた。
▲シテ「誠に、お参り着きなされてござる。
▲アト「前の鳥居について、一句、以て参らう。
▲シテ「一段と良うござらう。
▲アト「山王の。
▲シテ「山王の。
▲アト「前の鳥居に丹を塗りて。
▲シテ「赤きは猿の面(つら)ぞ可笑しき。
▲アト「しさりをれ。
▲シテ「はあ。
▲アト「扨々、憎いやつの。身が呑まうとも云はぬ酒を、富士の造酒(みき)ぢや。などゝぬかしをつて、色見上戸の顔の赤いが、それ程可笑しいか。
▲シテ「これは、迷惑でござる。最前から、五色を御句になさるゝによつて、随分と付けてござる。又、猿は山王の使者でもござれば、お猿殿の顔の事こそ申せ。全く、御前(おまへ)のお面の義ではござりませぬ。
▲アト「ものを、憎体(にくてい)にぬかしをる。つゝと、これへ寄りをらう。
{と云ひて叩く。}
▲シテ「これは、あて句をなされまするか。
▲アト「向かうの一本薄(ひともとすゝき)へ行き着かぬ間に、早句を以て参らう。
▲シテ「一段と良うござらう。
▲アト「はつと云ふ。
▲シテ「はつと云ふ。
▲アト「声にもおのれ怖(お)ぢよかし。
▲シテ「螻蛄(けら)腹立つれば鶫(つぐみ)悦ぶ{*2}。
▲アト「何でもない事。しさりをれ。
{と云ひて、常の如く、留めて入るなり。}
校訂者注
1:「打ち物」は、物々交換すること。
2:「螻蛄(けら)腹立つれば鶫(つぐみ)悦ぶ」は、(ツグミの餌にけらを与える事から)一方が怒れば他方が喜ぶたとえ。
底本:『和泉流狂言大成 第三巻』(山脇和泉著 1918年刊 国会図書館D.C.)
富士松(フジマツ)(二番目)
▲アト「此辺りの者で御座る{是よりしかしか呼出す迄文蔵の通り但し富士詣したると云ふなり}{*1}扨汝は富士松を取つて来たといふ事ぢやが定{*2}か▲シテ「いや何も取つては参りませぬ▲アト「いやいやうそをいはぬ人が仰せられた、かくさず共あり様にいへ▲シテ「扨は御聞き被成て御座るか▲アト「成程聞いた▲シテ「成程取つては参りましたれ共、あれは人の預り松で御座る▲アト「其預り松を見る事はならぬか▲シテ「お目にかけまする分は苦敷う御座らぬ、かうお通り被成ませ▲アト「心得た{シテ正面へ出てざらざらと云ふ戸をあけるし方あるべし}▲シテ「此松で御座る▲アト「むゝ此松か▲シテ「左様で御座る▲アト「扨々聞き及うだよりよい松ぢやなあ▲シテ「つつと木いきのよい松で御座る▲アト「何と此松を身共にくるゝ事はならぬか▲シテ「最前も申す通り人の預り松で御座るに依つて、進ずる事はなりませぬ▲アト「誠に預り松ぢやといふたなあ▲シテ「左様で御座る▲アト「夫ならばなんぞ打物にはせまいか▲シテ「物に依つて致しませうか▲アト「何ぢや物によつてせう▲シテ「はあ▲アト「暫く夫にまて▲シテ「畏つて御座る{主立ち向ふへ出て云也}▲アト「大方きやつの口も知れた、致し様が御座る、やいやい太郎冠者、夫ならば何とかへたもので有らうなあ▲シテ「されば何がよう御座りませうぞ▲アト「秘蔵の鷹と替へうか▲シテ「是は結構な替物では御座れ共、先の人が鷹を遣う様な人では御座らぬ、是はなりますまい▲アト「夫ならば黒の馬と替へうか▲シテ「是も結構な替物では御座れ共、先の人が馬に乗る様な人では御座らぬ、是もなりますまい▲アト「いや爰なやつが、最前から何と替へうかと替へうといへ共、あれもならぬ是もならぬといふ、身共は最早帰るぞ▲シテ「あゝまづおまち被成ませ▲アト「何とまてとは▲シテ「富士の御酒が御座る、あがりませぬか▲アト「夫はよからう急いで出せ▲シテ「畏つて御座る{と云つて橋掛へ向い}▲シテ「やいやい頼うだお方が御酒を上らうと仰せらるゝ、急いで出せ、なんぢやない、ないといふてはすむまい、身共があはせ成共持つていて取つてこい、念なう早かつた{と云て扇をひろげて出るシテツグ也}▲アト「居ながら富士の御酒をいたゞけば禅定の心地がするなあ▲シテ「左様で御座る▲アト「きけばそちは附合をするげな、此盃の上で一句もつて参らう、付けたらば松を取るまいし、付けねば松を取る程に、さう心得い▲シテ「是は迷惑で御座る▲アト「めいわく共に持つて参らう、手にもてる▲シテ「手にもてる▲アト「かわらけ色のふるあはせ▲シテ「おかんを加へて参りませう▲アト「兎も角もせい▲シテ「畏つて御座る{と云ひて橋掛へ行き}{*3}やいやい、物を声高に云ふな、最前のあはせの事をお聞なされて、はや御句に被成た、以来をたしなめ、ゑい{と云て亦扇にてうけて}{*4} おかんをくはへて参つて御座る▲アト「どれどれ是へつげ▲シテ「畏つて御座る▲アト「扨最前のはつくかよ▲シテ「何とやら仰せられました▲アト「手にもてる▲シテ「手にもてる▲アト「かわらけ色のふるあはせ▲シテ「かうも御座らうか▲アト「何と▲シテ「さけ事にあるつぎめなりけり▲アト「酒事にあるつぎめなりけり、是はいかう出来たわいやい▲シテ「さうも御座らぬ▲アト「いや今日は山王の縁日ぢや、参らう程にさう心得い▲シテ「私もお供致しませうか▲アト「又供をせいでならうか、道すがら附け合をする、付たらば松を取るまいし、付ねば松を取る程に、さう心得い▲シテ「是はこは物で御座る▲アト「こは物共に持つて参らう、跡なる者よしばし止まれ▲シテ「はあ▲アト「太郎冠者付かよ、付ねば松を取るぞよ、太郎冠者やい太郎冠者▲シテ「やあ▲アト「汝はそれに何をして居る▲シテ「跡なる者よしばしとゞまれと仰せられたに依つて、是に止まつてをります▲アト「是はいかな事、是は句ぢやわいやい▲シテ「はあ扨は御句で御座るか▲アト「中々▲シテ「句なら句と仰られいで、とう附ませう物を▲アト「急で附けい▲シテ「かうも御座らうか▲アト「何と▲シテ「ふたり共▲アト「ふたりとも▲シテ「わたればしづむうきはしを、跡なる者よしばしとゞまれ▲アト「句は出来たが其吟ずる事をおけ▲シテ「畏つて御座る▲アト「山吹の▲シテ「山吹の▲アト「花すり衣ぬしはたそ▲シテ「とへどこたへず口なしにして▲アト「ろくしようぬりし仏とぞ見る▲シテ「はすの葉の▲アト「はすの葉の▲シテ「青きが上の青蟇▲アト「飛しら鷺は雪にまがへり▲シテ「年寄の▲アト「年寄の▲シテ「しらがにまがう綿ぼうし、飛白鷺は雪にまがへり▲アト「其吟ずる事をおけ▲シテ「心得ました▲アト「黒き物こそ三つならびけれ▲シテ「何が三ツならうだぢやまで▲アト「何が三ツならばうと、句は身共が儘ぢや、急いで付けい▲シテ「中は子か▲アト「中は子か▲シテ「両のはたなる親烏、黒き物こそ三ツならびけれ▲アト「其仕形をおけ▲シテ「心得ました▲アト「上もかたかた下もかたかた▲シテ「うつほぎの▲アト「うつほぎの▲シテ「もとすゑたゝくけらつゝき上もかたかた下もかたかた▲アト「果扨其仕形をおけ▲シテ「はあ▲アト「下もかたかた上もかたかた▲シテ「夫は最前の御句で御座る▲アト「最前のは上もかたかた下もかたかた、是は下もかたかた上もかたかたぢや▲シテ「扨は最前のを引くり返したやうな物で御座るか▲シテ「引くり返さうともんどりうたさうと、句は身共が儘ぢや、急いで付けい▲シテ「三日月の▲アト「三日月の▲シテ「水にうつらう影見れば、下も片々上も片々▲アト「又其仕形をおけと云ふに{と云ひて扇にてシテの肩を打つ}▲シテ「はあ▲アト「おのれが様なやつは、難句を持つて参らう▲シテ「是は迷惑で御座る▲アト「奥山に▲シテ「奥山に▲アト「舟こぐ音のきこうるは▲シテ「四方の木の実やうみ渡るらん▲アト「西の海▲シテ「西の海▲アト「ちひろの底に鹿なきて▲シテ「ちと申上げたい事が御座る▲アト「何事ぢや▲シテ「最前の奥山の舟を、西の海でこがせまして、西の海の鹿を奥山でなかせましたらば{*5}、よい句に成ませう▲アト「山の上で舟をこがせうと、海の底で鹿をなかせうと、句は身共が儘ぢや、急いで付けい▲シテ「かうも御座らうか▲アト「何と▲シテ「かのこまだらに打は白浪▲アト「鹿の子まだらにうつは白浪、是はいかう出来た▲シテ「さうも御座らぬ▲アト「いや何かといふ内に山王へ参りついた▲シテ「誠にお参りつき被成て御座る▲アト「前の鳥居について、一句持つて参らう▲シテ「一段とよう御座らう▲アト「山王の▲シテ「山王の▲アト「前の鳥居に丹をぬりて▲シテ「赤きは猿のつらぞおかしき▲アト「しさりをれ▲シテ「はあ▲アト「扨々憎いやつの、身が呑まうともいはぬ酒を、富士の造酒ぢや抔とぬかしをつて、色見上戸の顔の赤いが夫程おかしいか▲シテ「是は迷惑で御座る、最前から五色を御句に被成るゝに依つて、ずい分とつけて御座る、又猿は山王の使者でも御座れば、お猿殿の顔の事こそ申せ、全くお前のおつらの義では御座りませぬ▲アト「物を憎ていにぬかしをる、つツと是へ寄りをらう{と云ひてたゝく}▲シテ「是はあて句を被成まするか▲アト「向うのひともとすゝきへゆきつかぬ間に、早句を持つて参らう▲シテ「一段とよう御座らう▲アト「はつといふ▲シテ「はつといふ▲アト「声にもおのれおじよかし▲シテ「けら腹たつればつぐみ悦ぶ▲アト「なんでもない事、しさりをれ{と云ひて如常留て入るなり}
校訂者注
1:底本、ここに「▲アト「」がある(略す)。
2:底本は、「誠(じやう)」。
3・4:底本、全て「▲シテ「」がある(全て略)。 5:底本は、「ながせましたらば」。
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