弓矢太郎(ゆみやたらう)(三番目 四番目)

▲アト「この辺りの者でござる。今晩は、天神講の当に当たつてござる。それに付いて、太郎冠者を呼び出し、申し付くる事がござる。
{と云つて、呼び出す。出るも、常の如くなり。}
汝呼び出す、別の事でない。今晩は、天神講を勤むる。いづれもお出なされたらば、この方へ知らせ。
▲小アト「畏つてござる。
{詰める。常の如し。}
▲立頭「なうなう、孰(いづ)れもござるか。
▲立衆「これに居りまする。
▲立頭「今晩は、何某(なにがし)殿の方で、天神講の当を勤めらるゝ。もはや、時分も良うござるによつて、いざ、参りませうか。
▲立衆「これは、一段と良うござらう。
▲立三「いや、太郎殿が見えませぬぞや。
▲立頭「私が誘ひましたれば、又、いつもの通り、弓矢を帯(たい)して、どれへやら参られた。と申す事でござるによつて、先へ参りませう。
▲立二「それが良うござらう。
▲立頭「さあさあ、何(いづ)れもござれ。
▲立衆「心得ました。
▲立頭「物もう、案内もう。
▲小アト「表に案内がある。案内とは誰(た)そ。
▲立頭「身共等が来た通りを云へ。
▲小アト「その由申しませう。暫くそれにお待ちなされませ。申し上げます。
▲アト「何事ぢや。
▲小アト「何(いづ)れものお出でござる。
▲アト「かうお通りなされい。と云へ。
▲小アト「畏つてござる。かうお通りなされい。と申しまする。
▲立頭「心得た。お当めでたうござる。
▲立二「太郎冠者、来たわ。
▲小アト「ようお出なされました。
▲立二「お当めでたうござる。
▲アト「これはようお出下された。さあさあ、何(いづ)れもまづ、かうお通りなされい。
▲立衆「心得ました。
▲アト「やれやれ。これは、お揃ひなされてお出、忝うござる。
▲立頭「まづ以つて、今晩は、お当めでたうござる。
▲アト「これは、太郎殿が見えませぬぞや。
▲立頭「私が誘ひましたれども、又例の如く、弓矢を帯してどれへやら参られた。と申すこと故、先へ参りました。
▲アト「あの太郎殿は、毎日毎日、弓矢を帯して、どれへ参らるゝ事でござらうなう。
▲立頭「つひに、雀を一疋射られた。と申す事を、承つた事がござらぬ。
▲立二「いつ弓の稽古をせられた。と申す事を、承つた事がござらぬ。
▲立三「人が名を問へば、弓矢太郎ぢや。などゝ云うて徘徊せらるゝ。と承つてござる。
▲アト「又、私の承りましたは、太郎はつゝと臆病者で、人に嚇(おど)されまいために、あの様に弓矢を帯して徘徊せらるゝ。と承つてござる。
▲立頭「定めて、その様な事でござらう。
▲アト「何と思し召す。今宵見えたらば、何ぞ恐しい話を致して、太郎を嚇(おど)して見ませうか。
▲立衆「これは、一段と良うござらう。
▲アト「それならば、何(いづ)れも、何なりとも恐ろしい話を、思ひ出して置かせられい。
▲立衆「心得ました。
▲シテ「この辺りに住居(すまひ)致す、弓矢太郎と申す者でござる。某(それがし)の殺生は、自分の慰みではござらぬ。田畑(たばた)を荒す鳥獣(けだもの)を射て落とし、又は狼藉者を矢先に掛け、婦人老少の嘆きを除かんため、かやうに毎日、弓矢を帯して徘徊致す事でござる。又今晩は、誰殿の方で天神講を勤むる。某も連中でござるによつて、参らう。と存ずる。さりながら、宿元へ帰つて装束を改めてゐたらば、遅なはらうによつて、この儘参らう。と存ずる。物も、案内も。
▲小アト「表に案内がある。案内とは誰(た)そ。
▲シテ「身共が来た通りを云へ。
▲小アト「その由申しませう。暫くそれにお待ちなされませ。
▲シテ「心得た。
▲小アト「申し上げまする。
▲アト「何事ぢや。
▲小アト「太郎殿のお出でござる。
▲アト「かうお通りなされい。と云へ。
▲小アト「畏つてござる。かうお通りなされい。と申しまする。
▲シテ「心得た。
▲アト「ゑい、太郎殿。これは御苦労に、ようこそおいでゞござる。
▲シテ「今晩は、お当めでたうござる。
▲アト「これは、勇々(ゆゝ)しいお出立でござる。
▲シテ「今日も野辺へ狙いものに参つて、宿元へ帰つて装束を改めてゐたらば、遅なはらう。と存じて、この儘参つてござる。
▲アト「ちと、おくつろぎなされい。
▲シテ「いかさま、ちとくつろいで出ませう。
▲アト「良うござらう。
▲シテ「やいやい、太郎冠者。この弓矢を汝へ確かに預くるぞ。
▲小アト「畏つてござる。
▲アト「なうなう、何(いづ)れも。太郎殿が見えました。
▲立頭「見えましたか。
▲アト「必ず、ぬからせらるゝな。
▲立衆「心得ました。
▲シテ「ほう。これは、何(いづ)れもお揃ひでござるよ。
▲立頭「ゑい、太郎殿。こなたの方へ誘ひましたれども、又いつもの通り、弓矢を帯してどれやらお出なされた。と申すこと故、お先へ参りました。
▲立衆「何(いづ)れも、お先へ参りましてござる。
▲シテ「忝う存じまする。今日も野辺へ狙いものに参つて、宿元へ帰つて装束を改めてゐたらば、遅なはらう。と存じて、この儘すぐに参りました。
▲立頭「それは、御尤でござる。
▲アト「扨、太郎殿には、毎日毎日弓矢を帯して、どれへやらお出なさるゝ。定めて良いお慰みでござらう。
▲シテ「いかないかな。私の殺生は、自分の慰みではござらぬ。田畑を荒す鳥獣を射て落とし、狼藉物を矢先に掛け、婦人老少の嘆きを除かんために、かやうに毎日毎日、弓矢を帯して徘徊致す事でござる。
▲立頭「これは、尤な事でござる。
▲シテ「聞かせられい。今日(けふ)も東の山端(やまばな)を通りましたれば、大きな猪(ゐ)の獅子(しゝ)が麦作(ばくさく)を荒して居ましたによつて、例の弓矢をおつ取つて、猪の獅子の前臑(ずね)をほうど射ましたれば、大きな奴がころりと倒れました。
▲立頭「扨々、それはお手柄な事でござつた。
▲アト「なうなう、太郎殿。東の山端(やまばな)へも猪(ゐ)の獅子(しゝ)が出ますか。
▲シテ「いや、猪の獅子には限らぬ。獅子・猿・狼・狐・狸、何でも出まする。
▲アト「はあ。扨は、狐が出ても、射させらるゝか。
▲シテ「おゝおゝ。狐が出ても、射まするとも。
▲アト「狐を射る事は、よしにさせられたが、良うござらう。
▲シテ「それは、どうした事ぢや。
▲アト「あれは、つゝと執心の恐ろしいものぢやによつて。なう、孰(いづ)れも。
▲立頭「それそれ。
▲アト「狐を射る事は、よしにさせられい。
▲シテ「何を云はつせあるやら。あれぢやと申して、四疋(よつひき)でござる。私は、見付け次第に射て取ります。
▲アト「いやいや、狐ばかりは、よしにさせられい。それに付いて、狐の執心の恐ろしい昔物語があるを、語つて聞かせませう。
▲立頭「これは、良うござらう。
▲アト「太郎殿も、よう聞かせられ。
▲シテ「心得た。
▲アト「昔、鳥羽の院の御時、玉藻の前といふ上童(うへわらは)がござつた。
▲シテ「なう。その、うへ童とは、何の事ぢや。
▲アト「お上(かみ)に使はせらるゝ女中の事ぢや。
▲シテ「ふう。
▲アト「それが、根本、狐であつたとの。
▲シテ「これはいかな事。
▲アト「或る時、禁中に御歌合(あは)せがあつて、御管絃の有りし時、永祚の大風吹き来つて、御殿の灯(ともしび)は一灯も残らず消えてござる。その時、玉藻の前が身より光を出し、御殿は申すに及ばず、御庭の真砂(まさご)の数までも輝(て)らした。と申す。その後、奈須野の原へ落ちて参つたを、武士(ものゝふ)に仰せ付けて御退治なされたれども、その執心が残つて、今に人を取る。と申す。かゝる執心の恐ろしいものぢやによつて、狐ばかりはよしにさせられい。
▲シテ「こなたは、愚かな事を云はつせある。それは、昔物語と云うて、昔はその様な事もあつたさうな。今時(いまどき)の狐に、その様なは、一疋もをらぬによつて、私は、見付け次第に射て捕りまする。
▲アト「いやいや。狐といふものは、通を得た者ぢやによつて、いつ何時、何に化けてゐる様も知れませぬ。今宵の座敷にも、狐が化けて居まいものでもござらぬ。なう、何(いづ)れも。
▲立衆「その通りでござる。
▲シテ「訳もない事を云はつせある。今宵の座敷には、亭主を始めとして、誰々、誰々、太郎冠者。狐らしい者は、一人もないぞや。
▲アト「いや。昔も、灯(ひ)を消したれば、狐の正体をあらはした。と申す。何と、今宵も灯(ひ)を消して、狐が居るか居ぬかを見ませうか。
▲立頭「これは、良うござらう。
▲アト「さあさあ、ござれ。
▲立衆「心得ました。
▲シテ「あゝ。まづ、お待ちあれ、お待ちあれ。
▲アト「何と待てとは。
▲シテ「扨々、こなた衆は、むさとした事を仰(お)せある。まづ、ものは、よう思案をしてお見あれ。総じて、月の光は何程隈なうても、日の光には劣つたものぢや。その上、夜は灯(ひ)を明(あ)かうして遊んでこそ面白けれ。まして、闇の夜に灯を消して遊ばう。などゝいふ様な、無分別な事があるものか。その上、今宵の座敷はいかう暗い。亭主、もそつと灯を明かうして遊んだら良からう。
▲アト「いか様、今宵の座敷は、いかう暗うござる。別して、太郎殿の後ろが光る様にござる。
▲立衆「化け物が出さうにござる。
▲シテ「己は、ちと座を替へう。
▲アト「矢張り、それに御座らいで。
▲シテ「あゝ。今宵の噺は、面白うない噺ぢや。何ぞ、もそつと面白い噺はないかなう。
▲立頭「その、光るについて、思ひ出しました。
▲シテ「まだ、何ぞあるか。
▲立頭「私は、宿願の仔細があつて、北野の天神へ丑の刻(とき)詣(まう)でを致いてござる。丑の刻には早うござつたによつて、老松(おいまつ)の木陰に休んで居ましたれば、何やら上が、ごそ、ごそ、致すによつて、気味の悪い事ぢや。と存じて、そつと仰向いて見ましたれば。なう、恐ろしや。
▲シテ「何とした。
▲立頭「鬼が出ました。
▲シテ「何ぢや、鬼が出た。
▲立頭「その丈(たけ)一丈(ぢやう)ばかり、目は明星の如く光り輝き、口は耳せゝまで切れ、六尺ばかりあらう毛の生(は)えた腕を、ぬつと出しました。
{と云つて、右の手をシテの鼻の先へ出すなり。シテ、目を廻す。恐ろしがる所、口伝なり。}
▲シテ「あゝ。
▲アト「太郎が目を廻しました。
{と云つて、皆笑ふ。}
▲アト「気を付けませう。
▲立頭「良うござらう。
▲各「なうなう、太郎、太郎。
▲アト「あの顔を見さつせあれ。
{と云つて、皆々可笑しがり、再び笑ふなり。}
▲シテ「あゝ、これこれ。そなた衆は、何が可笑しい。
▲アト「今、目を廻したが、可笑しい。
▲シテ「どこに目を廻した。
▲アト「はて。今、鬼の噺に目を廻したではないか。
▲シテ「今の鬼の噺か。
▲アト「中々。
▲シテ「それは、物ぢや。
▲アト「物とは。
▲シテ「今の鬼の噺は、あまり面白かつたによつて、聞いてゐる内にとろりとろりと眠気がさいて、たつたひと寝入りしたのぢや。
▲アト「あの口をきかつせあれ。
{と云つて、皆々笑ふ。}
▲シテ「いや。これ、誰。
▲立頭「何ぢや。
▲シテ「あゝ。そなたは、卑怯者ぢや。
▲立頭「卑怯者とは。
▲シテ「その時、なぜに身共に知らせぬ。身共に知らしたれば、例の弓矢をよつ引いて、鬼の胴腹を射抜いてくれうものを。扨々、残り多い事ぢや。
▲立頭「まだ、あの空腕(そらうで)だてを聞かつせあれ。
{と云つて、皆笑ふ。}
▲アト「なうなう、太郎。
▲シテ「何ぢや。
▲アト「扨は、そなたは真実、恐ろしうないか。
▲シテ「又、何の恐ろしからう。
▲アト「それならば、天神の森へ往(い)ておりあれ。
▲シテ「往(い)たらば、何と召さる。
▲アト「褒美として、鳥目百貫やらうぞ。
▲シテ「褒美として、鳥目百貫くれう。
▲アト「中々。
▲シテ「こりあ、面白い。行(い)て来う。
▲アト「あゝ。まづ、お待ちあれ。
▲シテ「何と待てとは。
▲アト「只行(い)ては、証拠がない。この扇をやらう程に、これを天神の森の、松の一の枝に掛けておりあれ。掛けておりあつたらば、褒美として鳥目百貫やらうず。又、え掛けて来ずば、一生、譜代にして召し遣はうぞ。
▲シテ「何と仰(お)せある。この扇を天神の森の松の一の枝に掛けて来たらば、褒美として鳥目百貫くれうず。又、え掛けて来ずば、一生譜代にして召し遣はう。と仰(お)せあるか。
▲アト「その通りぢや。
▲シテ「なうなう、何(いづ)れも。この扇を天神の森の松の枝に掛けて来たらば、褒美として鳥目百貫取るぞや。
▲立頭「いかにもやらう。
▲シテ「その時、嫌。と仰(お)せあるなや。
▲各「合点ぢや。
▲シテ「あら、嬉しや。まづ、急いで天神の森へ参らう。
{と云つて、中入りする。}
▲アト「太郎が参りました。
▲立頭「何(いづ)れ、参りました。
▲アト「何と、参りませうか。
▲立頭「参つたらば、生きては帰りますまい。
▲アト「さりながら、こゝに大事の思案がござる。きやつは、繰りの早い者ぢやによつて、もし、人を雇うてやるまいものでもござらぬ。
▲立頭「いかさま。これは、知れませぬ。
▲アト「その時、鬼の形がなうてはなりますまいによつて、某が鬼になつて参り、太郎が来たらば、嚇(おど)さう。と存ずるが、何とござらう。
▲立頭「これは、一段と良うござらう。
▲アト「左様ならば、幸ひ、近所に存じた者がござるによつて、これへ参つて身拵へを致しませう。何(いづ)れも、後(あと)から見え隠れに来て下されい。
▲各「心得ました。
▲アト「太郎冠者も、見え隠れに来い。
▲小アト「畏つてござる。
▲アト「さあさあ、ござれ、ござれ。
▲立衆「心得ました。
▲アト「何とこれは、変つた事が出来ました。
▲各「その通りでござる。
{色々、しかじか云うて、皆々、中入りするなり。}
▲シテ「これは、蓬莱の島の鬼でござる。毎夜、天神の森へ出て、丑の刻(とき)詣(まう)でする者を、捕つてぶくする。今宵も参らう。と存ずる。誠に、この丑の刻詣でといふは、女の嫉妬、人を呪ふの願、皆、いたづら者のなす業(わざ)でござるによつて、その様な者は、見付け次第にとつてぶくする事でござる。何かと云ふ内に、これは早(はや)、天神の森ぢや。扨も扨も、暗い夜かな。我が身ながらも、空(そら)恐ろしい。その上、丑の刻には、まだ早さうな。暫くこの所に休んでゐよう。と存ずる。
▲アト「これは、蓬莱の島の鬼でござる。毎夜、天神の森へ出て、丑の刻詣(まう)でする者を、捕つてぶくする。今宵も参らう。と存ずる。誠に、この丑の刻詣でと云ふは、女の嫉妬、人を呪ふの願、皆いたづら者のなす業でござるによつて、その様な者は、見付け次第に捕つてぶく致す事でござる。いや、何かと云ふ内に、天神の森ぢや。扨も扨も、暗い夜かな。今宵の様な暗い夜はあるまい。
▲シテ「はて、異な事の。俄(には)かに人声がする。
▲アト「はて、異な事の。俄かに人声がする。
▲シテ「あれあれ。
▲アト「あれあれ。
▲シテ「但しは、参詣か。
▲アト「但しは、参詣か。
▲シテ「丑の刻詣(まう)でか。
▲アト「丑の刻詣でか。
▲シテ「こだまか。
▲アト「こだまか。
▲シテ「しきりに近う聞こゆる。
▲アト「あゝ、気味の悪い事ぢや。
▲二人「あゝ。
{と云つて、互に傍に寄り、目を廻し、二人ともこける。}
▲シテ「なうなう、恐ろしや、恐ろしや。夕べ、誰方で、天神の森に鬼がゐるかゐぬかを見て来い。見て来たらば、褒美として鳥目百貫くれう。と申したによつて、帰つて女共に相談をしたれば、何の、天神の森に鬼が居るものぢや。それは、こなたが臆病なによつて、何(いづ)れもが、嚇(おど)さるゝのぢや。早う行(い)て、褒美の百貫をとれ。と申したれども、あまり恐ろしかつたによつて、鬼の面(めん)を着て行(い)たれば、噺に違はぬ鬼が出た。その丈(たけ)一丈(ぢやう)ばかり、目は明星の如く光り輝き、口は耳せゝまで切れて、六尺ばかりもあらう毛の生えた腕を、ぬつと出した。欲も得も、命には替へられぬ。まづ、急いで帰らう。やあ、あれから大勢、松明を灯(とも)して人音がする。見付けられてはなるまい。まづ、この木陰に隠れう。
▲立頭「さあさあ。何(いづ)れも、ござれ、ござれ。
▲立衆「心得ました。
▲立頭「何と、太郎は参りませうかの。
▲立二「何の、参りませう。
▲立三「仰せらるゝ通り、合点が参りませぬ。
▲立頭「参つたらば、定めて目を廻すでござらう。
▲立衆「その通りでござる。
▲立頭「わあ。これに、鬼がゐる。
▲立二「もし。当屋(たうや)ではござらぬか。
▲立三「誰殿ではないか。
▲立頭「太郎冠者、面をぬがせ。
▲小アト「畏つてござる。
▲立頭「さればこそ、誰ぢや。
▲立二「気を付けさせられい。
▲立衆「誰殿、誰殿、誰殿。
▲アト「ゑい。これは、何(いづ)れも、ようこそ来て下された。
▲立頭「これはまづ、何とした事でござる。
▲アト「扨も扨も、恐ろしい目に遭ひました。
▲立頭「それは、何事でござつた。
▲アト「最前、これへ参ると、噺に違はぬ鬼が出ました。
▲立頭「これはいかな事。
▲アト「その丈(たけ)一丈(ぢやう)ばかり、目は明星の如く光り輝き、口は耳せゝまで切れて、六尺ばかりもあらう毛の生えた腕を、ぬつと出しました。こゝへ、どの様に打ち倒れたやら、覚えませぬ。
{と云つて噺す内、シテ、そつと立ち聞きして、仕方、噺に合(あは)せてする。口伝なり。}
▲立頭「扨々、それは、合点の行かぬ事でござる。夜前のは、太郎を嚇(おど)さんがため、作り噺でござる。して、太郎は、参りましたか。
▲アト「いかないかな。太郎が参つたやら参らぬやら、覚えはござらぬ。
▲シテ「とつて噛まう、とつて噛まう。
▲アト「そりや、鬼が出た。
▲立頭「ちやつと逃げさせられい。
▲各「なう、恐ろしや、恐ろしや。
▲シテ「とつて噛まう、とつて噛まう。
{と云つて、追ひ込み入るなり。仕様、色々。口伝。}

底本:『和泉流狂言大成 第四巻』(山脇和泉著 1919年刊 国会図書館D.C.

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弓矢太郎(ユミヤタロオ)(三番目 四番目)

▲アト「此辺りの者で御座る、今晩は天神講の当に当つて御座る、夫に付いて太郎冠者を呼出し、申し付くる事が御座る{ト云つて呼び出す出るも常の如くなり}{*1}汝呼び出す別の事でない、今晩は天神講を勤むる、いづれもお出なされたらば此方へ知らせ▲小アト「畏つて御座る{つめる常の如し}▲立頭「なうなう孰れも御座るか▲立衆「是に居りまする▲立頭「今晩は何某殿の方で天神講の当を勤めらるゝ、最早時分もよう御座るに依つて、いざ参りませうか▲立衆「是は一段とよう御座らう▲立三「いや太郎殿が見えませぬぞや▲立頭「私がさそいましたれば、又いつもの通り弓矢をたいして、どれへやら参られたと申す事で御座るに依つて、先へ参りませう▲立二「夫がよう御座らう▲立頭「さあさあ何れも御座れ▲立衆「心得ました▲立頭「物もう案内もう▲小アト「表に案内がある、案内とはたそ▲立頭「身共等が来た通りをいへ▲小アト「其由申しませう、しばらく夫におまちなされませ{*2}申し上げます▲アト「何事ぢや▲小アト「何れものお出で御座る▲アト「かうお通りなされいといへ▲小アト「畏つて御座る、かうお通りなされいと申しまする▲立頭「心得た、お当目出たう御座る▲立二「太郎冠者来たわ▲小アト「ようお出なされました▲立二「お当目出たう御座る▲アト「是はようお出下された、さあさあ何れも先づかうお通りなされい▲立衆{*3}「心得ました▲アト「やれやれ是はお揃ひなされてお出忝う御座る▲立頭「先以つて今晩はお当目出たう御座る▲アト「是は太郎殿が見えませぬぞや▲立頭「私がさそいましたれ共、又例の如く、弓矢を帯{*4}してどれへやら参られたと申す事故、先へ参りました▲アト「あの太郎殿は、毎日々々弓矢を帯{*5}してどれへ、参らるゝ事で御座らうのう▲立頭「ついに雀を一疋射られたと申す事を承つた事が御座らぬ▲立二「いつ弓の稽古をせられたと申す事を承つた事が御座らぬ▲立三「人が名を問へば、弓矢太郎ぢや抔{*6}と云うて徘徊せらるゝと承つて御座る▲アト「又私の承りましたは、太郎はつゝと臆病者で、人におどされまい為にあのやうに弓矢を帯{*7}して、徘徊せらるゝと承つて御座る▲立頭「定めて其やうな事で御座らう▲アト「何と思召す、今宵見えたらば、なんぞ恐しい話を致して、太郎をおどして見ませうか▲立衆「是は一段とよう御座らう▲アト「夫ならば何れも何成共恐ろしい{*8}話を、思ひ出して置かせられい▲立衆「心得ました▲シテ「此辺りに住居致す、弓矢太郎と申す者で御座る、某の殺生は自分の慰みでは御座らぬ、田ばた{*9}をあらす鳥けだものを射て落し、又は狼藉者を矢先に掛け、婦人老少のなげきをのぞかん為、斯様に毎日弓矢を帯{*10}して徘徊致す事で御座る、又今晩は誰殿の方で天神講を勤むる、某も連中で御座るに依つて、参らうと存ずる乍去、宿元へ帰つて装束を改めてゐたらば、おそなわらうに依つて、此儘参らうと存ずる、物も案内も▲小アト「表に案内がある、案内とはたそ▲シテ「身共が来た通りをいへ▲小アト「其由申しませう、暫く夫にお待ちなされませ▲シテ「心得た▲小アト「申し上げまする▲アト「何事ぢや▲小アト「太郎殿のお出で御座る▲アト「かうお通りなされいといへ▲小アト「畏つて御座る、かうお通りなされいと申しまする▲シテ「心得た▲アト「ゑい太郎殿、是は御苦労にようこそおいでゞ御座る▲シテ「今晩はお当、目出たう御座る▲アト「是は勇々しいお出立で御座る▲シテ「今日も野辺へ狙い者に参つて、宿元へ帰つて装束を改めてゐらば、おそなはらうと存じて、此儘参つて御座る▲アト「ちとおくつろぎなされい▲シテ「いかさまちとくつろいで出ませう▲アト「よう御座らう▲シテ「やいやい太郎冠者、此弓矢を汝へ慥に預るぞ▲小アト「畏つて御座る▲アト「なうなう何れも、太郎殿が見えました▲立頭「見えましたか▲アト「必ずぬからせらるゝな▲立衆「心得ました▲シテ「ほう、是は何れもお揃ひで御座るよ▲立頭「ゑい太郎殿こなたの方へさそいましたれ共、又毎もの通り弓矢を帯{*11}して、どれやらお出なされたと申す事故、お先へ参りました▲立衆「何れもお先へ参りまして御座る▲シテ「忝う存じまする、今日も野辺へ狙い者に参つて、宿元へ帰つて装束を改めてゐたらば、おそなはらうと存じて、此儘すぐに参りました▲立頭「夫は御尤で御座る▲アト「扨太郎殿には毎日々々弓矢を帯{*12}して、どれへやらお出なさるゝ、定めてよいお慰みで御座らう▲シテ「いかないかな私の殺生は自分の慰みでは御座らぬ、田畑をあらす鳥獣を射て落し、狼藉物を矢先に掛け、婦人老少のなげきをのぞかん為に、斯様に毎日々々弓矢を帯{*13}して徘徊致す事で御座る▲立頭「是は尤な事で御座る▲シテ「聞かせられい、今日も東の山ばなを通りましたれば、大きな猪の獅子が麦作をあらして居ましたに依つて例の弓矢をおつ取つて、猪の獅子の前ずねをほうど射ましたれば、大きな奴がころりとたほれました▲立頭「扨々夫はお手柄な事で御座つた▲アト「なうなう太郎殿、東の山端へも猪の獅子が出ますか▲シテ「いや猪の獅子には限らぬ、獅子猿狼狐狸何でも出まする▲アト「はあ扨は狐が出ても射させらるゝか▲シテ「おゝおゝ、狐が出ても射まする共▲アト「狐を射る事はよしにさせられたがよう御座らう▲シテ「夫はどうした事ぢや▲アト「あれはツツと執心の恐ろしい物ぢやによつてのう孰れも▲立頭「それそれ▲アト「狐を射る事はよしにさせられい▲シテ「何をいはつせあるやら、あれぢやと申して四疋で御座る、私は見付け次第に射て取ります▲アト「いやいや狐ばかりはよしにさせられい、夫に付いて狐の執心の恐ろしい昔物語があるを語つて聞せませう▲立頭「是はよう御座らう▲アト「太郎殿もよう聞かせられ▲シテ「心得た▲アト「昔鳥羽の院の御時、玉藻の前と云ふ上童が御座つた▲シテ「なう其うへ童とは何の事ぢや▲アト「お上に使はせらるゝ女中の事ぢや▲シテ「ふう▲アト「夫が根本狐であつたとの▲シテ「是はいかな事▲アト「或時禁中に御歌合せがあつて、御管絃の有りし時、永祚の大風吹き来つて、御殿の灯は一灯も残らず消えて御座る、其時玉藻の前が身より光を出し、御殿は申すに及ばず、御庭の真砂の数までも輝したと申す、其後奈須野の原へ落ちて参つたを、武士に仰せ付けて御退治なされたれ共、其執心が残つて、今に人を取ると申す、かゝる執心の恐ろしい者ぢやに依つて、狐ばかりはよしにさせられい▲シテ「こなたはおろかな事をいはつせある、夫は昔物語と云うて、昔は其様な事もあつたさうな、今時の狐に其様なは一疋もおらぬに依つて、私は見付け次第に射て捕りまする▲アト「いやいや狐と云ふ者は通を得た者ぢやに依つて、いつ何時何にばけてゐるやうも知れませぬ、今宵の座敷にも、狐がばけて居まいものでも御座らぬのう何れも▲立衆「其通りで御座る▲シテ「訳もない事をいはつせある、今宵の座敷には亭主を始めとして、誰々々誰太郎冠者、狐らしい者は一人もないぞや▲アト「いや昔も灯を消したれば狐の正体をあらはしたと申す、何と今宵も灯をけして、狐が居るか居ぬかを見ませうか▲立頭「是はよう御座らう▲アト「さあさあ御座れ▲立衆「心得ました▲シテ「あゝ先づお待ちあれお待ちあれ▲アト「何とまてとは▲シテ「扨々こなた衆はむさとした事をおせある、先づ物はよう思案をしておみあれ、総じて月の光は何程くまなうても、日の光りにはをとつた物ぢや、其上夜は灯をあかうして遊んでこそ面白けれ、まして闇の夜に灯を消して遊ばう抔{*14}と云ふ様な、無分別な事がある者か、其上今宵の座敷はいかうくらい、亭主最卒度灯をあかうして遊んだらよからう▲アト「いか様今宵の座敷はいかうくらう御座る、別して太郎殿のうしろが光るやうに御座る▲立衆「化物が出さうに御座る▲シテ「己はちと座を替う▲アト「矢張夫に御座らいで▲シテ「あゝ今宵のはなしは面白うないはなしぢや、なんぞ最卒度面白い噺はないかのう▲立頭「其光るに就て思ひ出しました▲シテ「まだなんぞあるか▲立頭「私は宿願の仔細があつて、北野の天神へ丑の時詣を致て御座る、丑の時には早う御座つたに依つて、老松の木陰に休んで居ましたれば、何やら上が、ごそ、ごそ、致すに依つて、気味の悪い事ぢやと存じて、そつと{*15}仰向いて見ましたればのう恐ろしや▲シテ「何とした▲立頭「鬼が出ました▲シテ「何ぢや鬼が出た▲立頭「其丈一丈ばかり、目は明星のごとく光り輝き、口は耳せゝ迄きれ六尺ばかりあらう毛のはえた腕を、ぬつと出しました{ト云つて右の手をシテの鼻の先へ出すなりシテ目を廻す、恐ろしがる所口伝なり}▲シテ「あゝ▲アト「太郎が目を廻しました{ト云つて皆笑ふ}▲アト「気を付けませう▲立頭「よう御座らう▲各「なうなう太郎太郎▲アト「あの顔を見さつせあれ{ト云つて皆々おかしがり二度笑うなり}▲シテ「あゝ是々、そなた衆は何がおかしい▲アト「今目を廻したがをかしい▲シテ「どこに目を廻した▲アト「果今鬼の噺に目を廻したではないか▲シテ「今の鬼の噺か▲アト「中々▲シテ「夫は物ぢや▲アト「物とは▲シテ「今の鬼の噺はあまり面白かつたに依つて、聞いてゐる内にとろりとろりとねむけがさいて、たつたひと寝入したのぢや▲アト「あの口をきかつせあれ{ト云つて皆々笑ふ}▲シテ「いや是誰▲立頭「なんぢや▲シテ「あゝそなたは卑怯者ぢや▲立頭「卑怯者とは▲シテ「其時なぜに身共に知らせぬ、身共に{*16}知したれば、例の弓矢をよつ引て{*17}、鬼の胴腹を射ぬいて{*18}くれう物を、扨々残りおゝい事ぢや▲立頭「まだあの空腕だてを聞かつせあれ{ト云つて皆笑ふ}▲アト「なうなう太郎▲シテ「何ぢや▲アト「扨はそなたは真実恐ろしうないか▲シテ「又何の恐ろしからう▲アト「夫ならば天神の森へ往ておりあれ▲シテ「往たらば何と召さる▲アト「ほうびとして鳥目百貫やらうぞ▲シテ「ほうびとして鳥目百貫くれう▲アト「中々▲シテ「こりあ面白い、いてこう▲アト「あゝ先づお待あれ▲シテ「何とまてとは▲アト「唯いては証拠がない、此扇をやらう程に、之を天神の森の、松の一の枝に掛ておりあれ、掛けておりあつたらばほうびとして鳥目百貫やらうず、又得掛けてこずば{*19}一生譜代にして召し遣はうぞ▲シテ「何とおせある、此扇を天神の森の松の一の枝に掛けて来たらば、ほうびとして鳥目百貫くれうず、又得かけてこずば、一生譜代にして召し遣はうとおせあるか▲アト「其通りぢや▲シテ「なうなう何れも、此扇を天神の森の松の枝に掛けて来たらば、ほうびとして鳥目百貫取るぞや▲立頭「いかにもやらう▲シテ「其時いやとおせあるなや▲各「合点ぢや▲シテ「荒嬉しや、先づ急いで天神の森へ参らう{ト云つて中入する}▲アト「太郎が参りました▲立頭「何れ参りました▲アト「何と参りませうか▲立頭「参つたらばいきては帰りますまい▲アト「去乍爰に大事の思案が御座る、きやつはくりのはやい者ぢやに依つて、もし人を雇うてやるまい者でも御座らぬ▲立頭「いかさま是は知れませぬ、▲アト{*20}「其時鬼の形がなうては成りますまいに依つて、某が鬼に成つて参り、太郎が来たらばおどさうと存ずるが、何と御座らう▲立頭「是は一段とよう御座らう▲アト「左様ならば幸ひ近所に存じた者が御座るに依つて、是へ参つて身拵を致しませう、何も跡から見えがくれに来て下されい▲各「心得ました{*21}▲アト「太郎冠者も見え隠れにこい{*22}▲小アト「畏つて御座る▲アト「さあさあ御座れ御座れ▲立衆「心得ました▲アト「何と是は変つた事が出来ました▲各「其通りで御座る{色々しかじか云うて皆々中入するなり}▲シテ「是は蓬莱の島の鬼で御座る、毎夜天神の森へ出て、丑の時詣する者を捕つてぶくする、今宵も参らうと存ずる、誠に、此丑の時詣と云ふは、女の嫉妬、人をのろう{*23}の願、皆いたづら者のなすわざで御座るに依つて、其様な者は見付次第にとつてぶくする事で御座る、何彼と云ふ内に、是ははや天神の森ぢや扨も扨もくらい夜かな、我身ながらも空恐ろしい、其上丑の時にはまだ早さうな、しばらく此所に休んでゐやうと存ずる▲アト「是は蓬莱の島の鬼で御座る、毎夜天神の森へ出て、丑の時詣する者を捕つてぶくする、今宵も参らうと存ずる、誠に、此丑の時詣と云ふは女の嫉妬、人をのろう{*24}の願、皆いたづら者のなす業で御座るに依つて、其様な者は見付け次第に捕つてぶく致す事で御座る、いや何彼と云ふ内に天神の森ぢや、扨も扨もくらい夜かな、今宵の様なくらい夜はあるまい▲シテ「果いな事の、俄に人声がする▲アト「果異な事の、俄に人声がする▲シテ「あれあれ▲アト「あれあれ▲シテ「但しは参詣か▲アト「但しは参詣か▲シテ「丑の時詣か▲アト「丑の時詣か▲シテ「こだまか{*25}▲アト「こだまか{*26}▲シテ「しきりに近うきこゆる▲アト「あゝ気味の悪い事ぢや▲二人「あゝ{ト云つて互にそばにより目を廻し二人ともこける}▲シテ「なうなう恐ろしや恐ろしや、夕辺誰方で天神の森に鬼がゐるかいぬかを見てこい、見て来たらばほうびとして鳥目百貫くれうと申したに依つて、帰つて女共に相談をしたれば、何の天神の森に鬼が居る物ぢや、夫はこなたが臆病なに依つて、何れもがをどさるゝのぢや、早ういてほうびの百貫をとれと申したれ共、あまり恐ろしかつたに依つて、鬼の面をきていたれば、話に違はぬ鬼が出た、其丈一丈ばかり、目は明星のごとく光りかゝやき、口は耳せゝ迄きれて、六尺斗もあらう毛のはえた腕をぬつと出した、欲も得{*27}も命にはかへられぬ、先づ急いで帰らう、やあ、あれから大勢、松明{*28}をともして人音がする、見付けられては成るまい、先づ此木陰に隠れう▲立頭「さあさあ何れも御座れ御座れ▲立衆「心得ました▲立頭「何と太郎は参りませうかの▲立二「何の参りませう▲立三「仰らるゝ通り合点が参りませぬ▲立頭「参つたらば定めて目を廻すで御座らう▲立衆「其通りで御座る▲立頭「わあ是に鬼がゐる▲立二「もし当やでは御座らぬか{*29}▲立三「誰殿ではないか▲立頭「太郎冠者面をぬがせ▲小アト「畏つて御座る▲立頭「さればこそ誰ぢや▲立二「気を付けさせられい▲立衆「誰殿誰殿誰殿▲アト「ゑい是は何れもようこそ来て下された▲立頭「是は先づ何とした事で御座る▲アト「扨も扨も恐ろしいめにあひました▲立頭「夫は何事で御座つた▲アト「最前是へ参ると、噺しに違はぬ鬼が出ました▲立頭「是はいかな事▲アト「其丈一丈ばかり、目は明星のごとく光り輝、口は耳せゝ迄きれて、六尺ばかりもあらう毛のはえた腕を、ぬつと出しました、爰へどのやうに打たをれたやら覚えませぬ{ト云つて噺す内シテそつと立聞して仕方噺に合てする口伝なり}▲立頭「扨々夫は合点のゆかぬ事で御座る、夜前のは太郎をおどさんが為め作り噺しで御座る、して太郎は参りましたか▲アト「いかないかな、太郎が参つたやら参らぬやら覚えは御座らぬ▲シテ「とつてかまうとつてかまう▲アト「そりや鬼が出た▲立頭「ちやつと逃させられい▲各「のうおそろしやおそろしや▲シテ「とつてかまうとつてかまう{ト云つて追込入るなり仕様色々口伝}

校訂者注
 1:底本、ここに「▲アト「」がある(略す)。
 2:底本、ここに「▲小アト「」がある(略す)。
 3:底本は、「▲衆「」。
 4・5・7・10~13:底本は、「対」。
 6・14:底本は、「杯」。
 8:底本は、「恐らしい」。
 9:底本は、「田ばく」。
 15:底本は、「密(そつ)と」。
 16:底本は、「身共知したれば」。
 17:底本は、「よつ引(ぴい)で」。
 18:底本は、「射ぬいで」。
 19:底本は、「こずは」。
 20:底本、ここに「▲アト「」はない。
 21:底本は、「心得ましだ」。
 22:底本は、「見え隠れこい」。
 23:底本は、「人を呪詛(のらう)」。
 24:底本は、「人をのらう」。
 25・26:底本は、「こたまか」。
 27:底本は、「徳」。
 28:底本は、「明松(たいまつ)」。
 29:底本は、「もし当やでは御座らぬ」。