越後聟(ゑちごむこ)(脇狂言)

▲アト「これは、能登の国に住居(すまひ)致す、有徳な者でござる。某(それがし)、娘を数多(あまた)持つてござるが、この中(ぢゆう)、一人(いちにん)越後へ縁につけてござる。今日は最上吉日なれば、聟が見ゆる筈ぢや。まづ、太郎冠者を呼び出し、申し付くる事がござる。
{と云うて、呼び出す。出るも、常の如し。}
汝呼び出す、別の事でない。かねて申し付けた通り、今日(けふ)は、越後の聟が見ゆる筈ぢや。何と、その用意は良いか。
▲小アト「成程、用意致いてござる。
▲アト「それは、出来(でか)いた。それにつき、姉聟の勾当殿も、見ゆるであらう。見えたらば、この方へ云へ。
▲小アト「畏つてござる。
{詰める。常の如し。}
▲勾当「何某(なにがし)勾当でござる。今日は最上吉日なれば、越後より聟が見ゆるによつて、某も、近付きのため、参る様にと、舅の方から申し越してござる。幸ひ今日(けふ)は、天気も良うござるによつて、参らう。と存ずる。
{案内乞ふ。常の如し。}
▲小アト「どれどれ、私がお手を取りませう。
▲勾当「おゝ、頼むぞ。
▲小アト「勾当様でござる。
▲勾当「今日(けふ)は、越後の聟殿が見ゆるとござつて、太郎冠者を下され、忝う存じます。
▲アト「その事でござる。今日(けふ)は日柄も良うござるによつて、越後の聟に、お近付きのため、申し入れてござる。ようこそお出なされました。
▲勾当「して、聟殿は見えましたか。
▲アト「もはや、見ゆるでござらう。まづ、奥へ御出なされ。緩(ゆる)りと御話しなされい。
▲勾当「左様ならば、奥へ行(い)て、待ちませう。
▲アト「太郎冠者、御案内を申せ。
▲小アト「畏つてござる。さあさあ、かう御通りなされませ。
▲勾当「これは、太儀ぢや。
{勾当、主の座につく。}
▲シテ「これは、越後の国に住居(すまひ)する者でござる。某、能登の国より妻を迎へてござる。それにつき、未だ聟入を致さぬ。今日は最上吉日なれば、聟入を致す様にと、舅の方から申し越したによつて、聟入を致さう。と存ずる。まづ、急いで参らう。誠に、疾(と)うにも参る筈なれども、山道でござるによつて、一日一日と遅なはつた事でござる。定めてあの方には、待ち兼ねて居らるゝであらう。いや、何かと云ふ内に、これぢや。まづ、これはこゝに置いて。まづ、案内を乞はう。
{樽苞を板着に置き、案内乞ふ。太郎、受ける。常の如し。}
越後の聟が参つた。と、仰(お)せあれ。
▲小アト「やれやれ。ようこそお出なされました。その由、申し上げませう。暫くそれにお待ちなされませ。
▲シテ「心得た。
{太郎、舅に云ふ。常の如し。}
▲小アト「聟様でござる。
▲アト「ゑい、聟殿。初対面にござる。
▲シテ「不案内にござる。私も、疾(と)う参る筈でござつたれども、何かと遅なはりました。
▲アト「こなたのお隙(ひま)のないは、聞き及びました。扨、勾当の聟殿も、御近付きのため、最前から待つて居られます。
▲シテ「成程、かねて承つてござる。
▲アト「やい、太郎冠者。勾当殿を呼びまして来い。
▲小アト「畏つてござる。いや、申し申し。越後の聟様のお出でござる。
▲勾当「何、ござつたか。
▲小アト「左様でござる。
▲勾当「心得た。
{と云うて、真ん中に座す。}
▲シテ「はあ。これは、勾当殿でござるか。
▲アト「左様でござる。
▲シテ「今日(けふ)は、最上吉日でござる。
▲勾当「日柄も良うて、めでたうござる。又、聟入をなされうとござつたによつて、最前から待つて居りました。
▲シテ「それは、忝うござる。
▲アト「やい、太郎冠者。お盃を持て。
▲小アト「心得ました。
▲アト「扨、この後は、心安う、節々(せつせつ)お出なされい。
▲シテ「成程、節々、お見舞ひ申しませう。
▲勾当「成程、仰せらるゝ通り、互に心安う致すでござらう。
▲小アト「お盃、持ちました。
{舅、挨拶、常の如し。聟へさす。聟、受けて、舅へ戻す。舅より勾当へさす。勾当より聟へ結ぶ。舅、肴謡ふ。}
▲アト「聟殿、御肴を致さう。
▲シテ「それは、忝うござる。
{舅、小謡あり。}
はあ、めでたう存じます。
{勾当もしかじか。}
今のお肴で、ゆるりと下されてござる。
▲アト「お気に入つたらば、もう一つまゐれ。
▲シテ「左様ならば、もう一つ、下されませう。
▲アト「太郎冠者、恰度(ちやうど)注げ。
▲小アト「畏つてござる。
▲勾当「聟殿には、酒がなつて、良い事でござる。
▲アト「その通りでござる。
▲シテ「いや、もう、ひと息には参りませぬ。
▲アト「静かに参れ。扨、御坊。
▲勾当「やあ。
▲アト「こなたも、幼少からの盲目でもござらぬ。今日は、めでたい折柄ぢや。ひと指し舞はせられ。
▲勾当「これは、思ひも寄らぬ事でござる。成程、舅殿の仰せらるゝ通り、目の見えた時は、好きで舞ひましたが、今は、思ひ出した事もござらぬ。これは、許させられ。
▲アト「いやいや。確かに承つた事もござる。是非ともひと指し、舞はせられい。
▲勾当「誰が、その様な事を申しました。やい、太郎冠者。そちは、何も云はぬか。
▲小アト「私は何も存じませねども、この中(ぢゆう)、おなあさまより、舞を舞はせらるゝ事を、頼うだお方へ仰せられました。
▲勾当「《笑》その様な事ぢやもの。左様ならば、めでたい折柄でござる程に、そと舞うても見ませうが、必ず、笑はせられな。
▲アト「何の、笑ひませう。
▲勾当「越後の聟殿にも、必ず笑ひなされな。
▲シテ「それは、忝う存じます。
{勾当、「海道下り」、独吟にて舞ふ。}
▲アト「良いや、良いや。
{聟も、同じく褒めるなり。}
▲勾当「恥づかしや、恥づかしや。必ず、沙汰ばしさせられな。
▲アト「中々、面白い事でござつた。
▲シテ「只今のお骨折りに、これを勾当殿へ進じませう。
▲勾当「戴きませう。
{聟、しかじか。太郎、持ちて行く。呑む。}
▲アト「扨、越後の聟殿にも、何ぞ、お肴をさせられ。
▲シテ「成程、最前より、はつたと失念致しました。
{と云うて、橋掛りへ、樽苞を両手にて、舅の前へ置く。}
▲シテ「これは、私の手造りでござる。又、この苞は、干肴(ひざかな)でござる。お慰みになされて下され。この牡丹は、余り見事に咲いてござつたによつて、ひと枝、折り添へてござる。
▲アト「やれやれ。それは、忝うござる。はあ。これは、見事な牡丹の花でござる。
▲勾当「はあ。何、富貴草でござるか。
▲アト「左様でござる。
▲勾当「これはひとしほ、めでたい花でござる。
▲アト「いや。この花を見て、思ひ出しました。聟殿の国は、獅子舞が上手ぢや。と承りました。今日(けふ)は、獅子の一曲を、学(まな)うで見せさせられい。
▲勾当「これは、善い事を思ひ出された。何とぞ、御所望でござる。
▲シテ「成程。越後獅子と申して舞ひますが、これは、幼少者の所作事で、中々私は、何も存じませぬ。ご許されませ。
▲アト「いやいや。これは、かねて子供までよう存じた事なれば、御存じない。とは申す事はござりますまい。平(ひら)に一曲、舞はせられ。
▲勾当「いや、聟殿。最前、身共も、いや。と云ふものを、無理に御所望で、恥をかきました。何の、御斟酌に及びませう。その上、獅子虎でんの舞楽。と申して、今日(けふ)の御祝儀には、取り分け、めでたい事でござる。平(ひら)に舞はせられ。
▲シテ「扨々、これは、迷惑でござるが。左様ならば、幼き者が舞ひまする真似の様な事ならば、舞うても見ませうか。
▲アト「それは、忝うござる。
▲シテ「それならば、何ぞ、獅子頭(しゝがしら)を取り繕うて参りませう。暫く待つて下され。
▲アト「ゆるりと拵へをさせられ。
{聟、舅の前にある牡丹の花を持ちて、楽屋へ入るなり。}
▲勾当「やれやれ。これは、珍しい事でござるの。
▲アト「これは、面白うござらう。
▲勾当「あゝ。これを、目があつて見ましたらば、良い楽しみでござらう。
▲アト「いや、御坊。お盃を戴きませう。
▲勾当「ほ、忘れて居りました。それへ進じませう。
{太郎冠者に渡す。舅へ持ちて行く。}
▲アト「これへ注げ。
▲小アト「畏つてござる。
▲アト「扨、御坊に、またお願ひがござる。久しう平家を承りませぬ。何とぞ一句、お聞かせなされて下され。
▲勾当「それは、安い事でござる。左様ならば、聟殿の拵への内に、一句語りませう。
▲アト「それは、忝うござる。
{勾当、平家を語る。}
良いや、良いや。
▲勾当「さぞ、御退屈なされたでござらう。
▲アト「いやいや。久し振りで承りましたが、いつもながら、面白い事でござる。
{この内に、太郎冠者、一の松にて楽屋の様子を考へ、舞台へ来て、}
▲小アト「申し上げます。早、獅子の御用意が出来たさうにござります。
▲アト「それは、一段ぢや。
▲勾当「どれどれ。身共も、片脇ヘ寄つて居ませう。
▲アト「さあさあ、これへ寄らせられい。
{獅子舞。口伝。}
▲シテ「{*1}酒宴中端の獅子の曲。
▲地「酒宴中端の獅子の曲。指す盃も度重なれば。日も山の端にかゝりければ。猶も所の繁昌と。一の幣立て。二の幣立て。三に黒駒信濃を通れ。船頭殿こそ勇健なれ。泊まり泊(ど)まりを眺めつゝ。
▲シテ「これ又獅子と申すには。
▲地「百才国にて普賢文殊の召されたる。猿と獅子とは御使者の者。これをば御代に納めつゝ。なほ千秋や万歳と。俵を重ねて面々に。俵を重ねて面々に。舞ひ納むるこそめでたけれ。
{と、舞ひ止めて入るなり。後より、皆々入る。但し、杖を太郎より勾当に渡す。}

校訂者注
 1:底本、ここから最後まで、全て傍点がある。

底本:『和泉流狂言大成 第四巻』(山脇和泉著 1919年刊 国会図書館D.C.

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越後聟(ヱチゴムコ)(脇狂言)

▲アト「是は能登の国に住居致す有徳な者で御座る、某娘を数多持つて御座るが、此中一人越後へ縁につけて御座る、今日は最上吉日なれば、聟が見ゆる筈ぢや、先づ太郎冠者を呼び出し、申し付くる事が御座る{ト云ふてよび出す出るも如常}{*1}汝呼び出す別の事でない、予て申し付けた通り、今日は越後の聟が見ゆる筈ぢや、何と其用意はよいか▲小アト「成程用意致いて御座る▲アト「夫は出来いた、夫につき姉聟の勾当殿も見ゆるであらう、見えたらば此方へいへ▲小アト「畏つて御座る{つめる{*2}如常}▲勾当「何某勾当で御座る、今日は最上吉日なれば、越後より聟が見ゆるに依つて、某も近付の為参る様にと、舅の方から申し越して御座る、幸ひ今日は天気もよう御座るに依つて参らうと存ずる{案内乞如常}▲小アト「どれどれ、私がお手を取りませう▲勾当「おゝ頼むぞ▲小アト「勾当様で御座る▲勾当「今日は越後の聟殿が見ゆると御座つて、太郎冠者を下され忝う存ます▲アト「其事で御座る、今日は日柄もよう御座るに依つて、越後の聟にお近付の為申し入れて御座る、ようこそお出なされました▲勾当「して聟殿は見へましたか▲アト「最早見ゆるで御座らう、先づ奥へ御出なされ、緩りと御咄なされい▲勾当「左様ならば奥へいて待ちませう▲アト「太郎冠者御案内を申せ▲小アト「畏つて御座る、さあさあ斯う御通りなされませ▲勾当「是は太儀ぢや{勾当主の座につく}▲シテ「是は越後の国に住居する者で御座る、某能登の国より妻を迎へて御座る、夫につき未だ聟入を致さぬ、今日は最上吉日なれば、聟入を致す様にと舅の方から申し越したに依つて、聟入を致さうと存ずる、先急で参らう、誠に、とうにも参る筈なれども、山道で御座るに依つて、一日一日と遅なはつた事で御座る、定めてあの方には待兼ねて居らるゝであらう、いや何彼といふ内に是ぢや、先づ之は爰に置て、先づ案内を乞う{樽苞を板着に置き案内乞ふ太郎うける如常}{*3}越後の聟が参つたとおせあれ▲小アト「やれやれようこそお出なされました、其由申し上げませう、暫く夫にお待ちなされませ▲シテ「心得た{太郎舅に云ふ如常}▲小アト「聟様で御座る▲アト「ヱイ聟殿初対面に御座る▲シテ「不案内に御座る、私もとう参る筈で御座つたれども、何彼とおそなはりました▲アト「こなたのお隙のないは聞き及びました、扨勾当の聟殿も御近付の為、最前から待つて居られます▲シテ「成程予て承つて御座る▲アト「やい太郎冠者、勾当殿を呼びましてこい▲小アト「畏つて御座る、いや申し申し、越後の聟様のお出で御座る▲勾当「何御座つたか▲小アト「左様で御座る▲勾当「心得た{ト云ふて真中に座す}▲シテ「ハア是は勾当殿で御座るか▲アト「左様で御座る▲シテ「今日は最上吉日で御座る▲勾当「日柄もようて目出度う御座る、又聟入をなされうと御座つたに依つて、最前から待つて居りました▲シテ「夫は忝う御座る▲アト「やい太郎冠者お盃を持て▲小アト「心得ました▲アト「扨此後は心易う節々お出なされい▲シテ「成程節々お見舞申しませう▲勾当「成程仰せらるゝ通り、互に心易う致すで御座らう▲小アト「お盃持ちました{舅挨拶如常聟へさす聟受て舅へ戻す舅より勾当へさす勾当より聟へ結舅肴謡}▲アト「聟殿御肴を致さう▲シテ「夫は忝う御座る{舅小謡あり{*4}}{*5}ハア目出度う存じます{勾当もしかしか}{*6}今のお肴でゆるりと下されて御座る▲アト「お気に入つたらば最一つまゐれ▲シテ「左様ならば最一つ下されませう▲アト「太郎冠者恰度注げ▲小アト「畏つて御座る▲勾当「聟殿には酒がなつてよい事で御座る▲アト「其通りで御座る▲シテ「いや最一ト息には参りませぬ▲アト「静に参れ、扨御坊▲勾当「ヤア▲アト「こなたも幼少からの盲目でも御座らぬ、今日は目出度い折柄ぢや、一ト指し舞はせられ▲勾当「是は思ひもよらぬ{*7}事で御座る、成程舅殿{*8}の仰せらるゝ通り、目の見えた時は好で舞ひましたが、今は思ひ出した事も御座らぬ、是はゆるさせられ▲アト「いやいや慥に承つた事も御座る、是非とも一ト指舞はせられい▲勾当「誰が其様な事を申しました、やい太郎冠者、そちは何も云はぬか▲小アト「私は何も存じませね共{*9}、此中おなあさまより舞をまはせらるゝ事を、頼うだお方へ仰せられました▲勾当「《笑》其様な事ぢや物、左様ならば目出度い折柄{*10}で御座る程に、そと舞うても見ませうが、必ず笑はせられな▲アト「何の笑ひませう▲勾当「越後の聟殿にも必ず笑ひなされな▲シテ「夫は忝う存じます{勾当海道下り独吟にて舞う}▲アト「よいやよいや{聟も同じくほめるなり}▲勾当「恥かしや恥かしや、必ず沙汰ばしさせられな▲アト「中々面白い事で御座つた▲シテ「唯今のお骨折に、之を勾当殿へ進じませう▲勾当「戴きませう{聟しかしか太郎持て行く呑む}▲アト「扨越後の聟殿にも、何ぞお肴をさせられ▲シテ「成程最前よりはつたと失念致しました{ト云ふて橋掛りえ樽苞を両手にて舅の前へをく}▲シテ「之は私の手造りで御座る、又此苞は干肴で御座る、お慰になされて下され、此牡丹は、余り見事に咲いて御座つたに依つて、一ト枝折添へて御座る▲アト「やれやれ夫は忝う御座る、ハア是は見事な牡丹の花で御座る▲勾当「ハア何富貴草で御座るか▲アト「左様で御座る▲勾当「是は一入目出度い花で御座る▲アト「いや此花を見て思ひ出しました、聟殿の国は、獅子舞ひが上手ぢやと承りました、今日は獅子の一曲をまなうで見せさせられい▲勾当「是は善い事を思ひ出された、何卒御所望で御座る▲シテ「成程越後獅子と申して舞ひますが、是は幼少者の所作事で、中々私は何も存じませぬ御ゆるされませ▲アト「いやいや是は予て子供までよう存じた事なれば、御存じないとは申す事は御座りますまい、平に一曲舞はせられ▲勾当「いや聟殿、最前身共もいや{*11}と云ふ物を、無理に御所望で恥をかきました、何の御斟酌に及びませう、其上獅子虎でんの舞楽と申して、今日の御祝儀には、取分目出度い事で御座る、平に舞はせられ▲シテ「扨々是は迷惑で御座るが、左様ならば幼き者が舞ひまする、真似の様な事ならば、舞うても見ませうか▲アト「夫は忝う御座る▲シテ「夫ならば何ぞ獅子頭を取り繕らうて参りませう、暫く待つて下され▲アト「ゆるりと拵をさせられ{聟舅の前にある牡丹の花を持て楽屋へ入るなり}▲勾当「やれやれ是は珍らしい事で御座るの▲アト「是は面白う御座らう▲勾当「アゝ是を目があつて見ましたらば、よい楽みで御座らう▲アト「いや御坊、お盃を戴きませう▲勾当「ホ忘れて居りました、夫へ進じませう{太郎冠者に渡す{*12}舅へ持てゆく}▲アト「之へ注げ▲小アト「畏つて御座る▲アト「扨御坊にまたお願が御座る、久しう平家を承りませぬ、何卒一句お聞かせなされて下され▲勾当「夫は安い事で御座る、左様ならば聟殿の拵の内に一句語りませう▲アト「夫は忝う御座る{勾当平家を語る}{*13}よいやよいや▲勾当「嘸御退屈なされたで御座らう▲アト「いやいや久し振りで承りましたが、いつもながら面白い事で御座る{此内に太郎冠者一の松にて楽屋の様子を考へ舞台へきて}▲小アト「申し上げます早獅子の御用意が出来たさうに御座ります▲アト「夫は一段ぢや▲勾当「どれどれ身共も片脇ヘ寄つて居ませう▲アト「さあさあ是へ寄らせられい{獅子舞口伝}▲シテ「酒宴中端の獅子の曲。▲地「酒宴中端の獅子の曲。指す盃も度重なれば。日も山の端にかゝりければ。猶も所の繁昌と。一の幣立て。二の幣立て{*14}、三に黒駒信濃を通れ。船頭殿こそ勇健なれ。とまりどまりをながめつゝ。▲シテ「此又獅子と申すには▲地「百才国にて普賢文殊の召されたる。猿と獅子とは御使者の者。是をば御代に納めつゝ。猶千秋や万歳と。俵を重ねてめんめんに。俵を重ねてめんめんに。舞納るこそ。目出度けれ{ト舞止めて入るなり後より皆々入る但し杖を太郎より勾当に渡す}

校訂者注
 1・13:底本、全て「▲アト「」がある(全て略)。
 2:底本は、「つめ如常」。
 3・5・6:底本、全て「▲シテ「」がある(全て略)。
 4:底本は、「舅小謡あるあり」。
 7:底本は、「思ひもよろぬ」。
 8:底本は、「聟殿」。
 9:底本は、「存じませぬ共」。
 10:底本は、「折抦(をりから)」。
 11:底本は、「辞(いや)」。
 12:底本は、「太郎冠者舅に渡す」。
 14:底本は、「一の閉立、二の閉立」。