『能狂言』上 脇狂言11 えびすだいこく
▲アド「《次第》《謡》帰る嬉しき古郷に、帰る嬉しき古郷に、急いで妻子に逢はうよ。
これは、津の国芦屋の里の者でござる。某、比叡山三面の大黒天と西の宮の夷三郎殿へ、楽しうなして下されいと祈誓を掛けてござれば、吉日を選び勧請せよとの御示験でござる。則ち今日は吉日でござるによつて、注連を引き勧請致さうと存ずる。
《大臣柱より目付柱へ行く》
《大臣柱より目付柱へ行く》
一段と良うござる。
《サガリハにて、恵比須先、大黒後》
▲シテ「《謡》大黒と、大黒と、夷心合はせつゝ、多くの宝取り持つて、衆生にいざや与へん、衆生にいざや与へん。
▲アド「いや。これへ御機嫌良う出で立たせられたは、いかやうなお方でござる。
▲シテ「某をえ知らぬか。
▲アド「何とも存じませぬ。
▲シテ「これは、西の宮の夷三郎殿なるが、吉日を選び勧請せよと示験をおろいたれば、勧請したが優しさに、楽しうなして取らせうと思ひ、現れ出でゝあるぞとよ。
▲アド「はあ。これはありがたうござる。又、あれに立たせられたは、いかやうなお方でござる。
▲シテ「これは、比叡山三面の大黒なるが、三郎殿と我は一緒にあるものなれば、ともども楽しうなしてとらせうと思ひ、現れ出でゝあるぞとよ。
▲アド「はあ。ありがたうござる。まづ御両天ともに、かう御来臨なされて下されい。
▲シテ「心得た。床机をくれい。
▲アド「畏つてござる。はあ。御床机でござる。
▲シテ「これへ出い。
▲アド「畏つてござる。
▲シテ「奇特に歩みを運ぶなあ。
▲アド「はあ。扨、御両天の御由来が承りたうござる。
▲シテ「易い事。語つて聞かせう。よう聞け。
▲アド「畏つてござる。
▲シテ「《語》それ伊弉諾、伊弉冉の尊、天の岩倉の苔筵にて男女の語らひをなし給ひ、日神、月神、蛭子、素戔嗚尊をまうけ給ふ。天照大神より三番目の弟なればとて、西の宮の恵比須三郎殿とは斎はれたり。信仰せよ信仰せよ。楽しうなして取らせうぞ。
▲アド「これはありがたうござる。大黒天の御由来をも承りたうござる。
▲シテ「語つて聞かせう。よう聞け。
▲アド「はあ。
▲シテ「《語り。「大黒連歌」同断》心安う信仰せよ。楽しうなして取らせうぞ。
▲アド「はあ。かやうの御由来を初めて承つてござる。さあらば楽しうなして給はり候へ。
▲シテ「《謡》いでいで奇特を見せんとて。《舞、カケリ。大黒は一の松へくつろぐ》
いでいで奇特を見せんとて。
▲地「《謡》汝が望む金銀珠玉、いづれもいづれも欲しい物を、心の儘に釣り取る釣り針を、魚ながらこそは取らせけり。
▲シテ「《謡》その時大黒進み出で。《舞、カケリ》その時大黒進み出で。
▲地「《謡{*1}》一大三千大千世界の、宝をこれに入れ置きたる、袋を汝に取らせつつ、尚も宝を打ち出す、打出の小槌も汝に取らせ、これまでなりとて恵比須大黒、帰らんとせしが、尚も所の福天にならん、尚も所の福天にならんと、この所にこそ納まりけれ。
▲シテ{*2}「やあ。ゑいや。やあ。
校訂者注
1:底本、ここに「《謡》」はない。
2:底本、ここに「▲シテ「」はない。底本『能狂言 上』(笹野堅校 1942刊 国立国会図書館D.C.)
コメント