『能狂言』中117 鬼山伏狂言 らくあみ

▲ワキ「《次第》《謡》羅斎に出づる門脇に、羅斎に出づる門脇に、犬の臥せるぞ悲しき。
これは、坂東方より出でたる僧にて候ふ。我、未だ伊勢大神宮へ参らず候ふ間、この度思ひ立ち、伊勢太神宮へと志し候ふ。《謡》
旅衣、猶しほれ行く往来の。《打ち切り》猶しほれゆく往来の、衾のなきぞ悲しき。《打ち切り》やうやう急ぎ行く程に、これぞ名に負ふ伊勢の国、べつぱうに早く着きにけり。《詞》
急ぎ候ふ程に、別方の松原に着いて候ふ。又、これなる松を見れば、札を打ち、短冊を下げ、尺八の様なる物をあまた切つて、掛けられて候ふ。いかさま、謂はれのなき事は候ふまじ。所の人に尋ねばやと存ずる。
所の人の渡り候ふか。
▲間「所の者とお尋ねは、いかやうなる御用にて候ふぞ。
▲ワキ「思し召し寄らざる尋ね事にて候へども、これなる松を見れば、札を打ち、短冊を下げ、尺八の様なる物をあまた切つて、掛けられて候ふ。いかさま、謂はれのなき事は候ふまじ。御存じに於いては教へて給はり候へ。
▲間「さん候ふ。あれは古へ、この所に楽阿弥と申す尺八吹きの候ひしが、つひに尺八を吹き死にゝせられて候ふ。則ち、土中に突き込め、印に植ゑ置いたる松にて候ふ。又、今日、命日にて候ふ間、札を打ち、短冊を下げ、尺八を切つて掛け申して候ふ。見申せば、お僧も尺八を遊ばすと見えて、懐に差させられて候ふ間、吹き鳴らし弔うて、御通りあれかしと存じ候ふ。
▲ワキ「御教へ、祝着申して候ふ。これは犬嚇しまでにて候へども、さあらば、逆縁ながら吹き鳴らし、弔うて通らうずるにて候ふ。
▲間「御用の事候はゞ、重ねて仰せ候へ。
▲ワキ「頼み申し候ふ。
▲間「心得て候ふ。
▲ワキ「扨は、これなるは、楽阿弥だぶの旧跡かや。《謡》
いざや、跡訪ひ申さんと、我も持つたる尺八を、懐よりも取り出し、この尺八を吹きしむる、この尺八を吹きしむる。ふう。
▲シテ「《一セイ》《謡》尺八の、あら面白の音色やな。おぬしを見れば双調切なり。
▲ワキ「不思議やな。ね取る枕の上を見れば、大尺八、小尺八、してき、半笛、両てきを差し。《謡》
我らが吹くを面白がるは。
いかなる人にてましますぞ。
▲シテ「これは古へ、尺八を吹き死にせし、楽阿つと云へる者なるが、御尺八の面白さに、これまで顕はれ出でゝ候ふ。
▲ワキ「《謡》これは不思議の御事かな。昔語りの楽阿弥だぶに。
言葉を交はすは不審なり。
▲シテ「何をか不審し給ふらん。あの宇治の朗安寺の尺八の頌にも、両頭を截断してより、尺八寸の内、古今に通ず。吹き起こす無常心の一曲。《謡》
三千里外に知音を絶すと作られたり。
▲ワキ「《謡》げにげに、これも理なり。昔語りの楽阿弥陀仏に。
言葉を交はすも尺八故。古今に通ずる心よ、なう。
▲シテ「をゝ。中々の事、我らも、坂東がたの人に馴れ申すも、尺八故。
▲ワキ「《謡》知音になるも。
▲シテ「《謡》尺八故。
▲ワキ「《謡》をゝ。
▲シテ「《謡》面白や。面白けれど、尺八の。《打ち切り》
▲地「《謡》面白けれど尺八の。我吹けば姦しゝとて、三千里の外、知音は隔つまじ。まづ我は差し置くなり。御尺八を吹き給へ。
▲ワキ「《謡》同じくは、連れ尺八。
▲シテ「《謡》いやいや。それは楽阿弥が、御尺八をよごすなりと。
▲地「《謡》云ふ声の下よりも、大尺八を取り出し、とらろらろらりいりい、とらろらろらあらろお。
▲シテ「《謡》ふう。あら、昔恋しや。暇申して帰るなり。
▲ワキ「《謡》あら、痛はしの御事や。最期を語りおはしませ。
▲シテ「《謡》いでいで、さらば語らん。《かけり。打ち上げて》いでいで、さらば語らん。
▲地「《謡》元より楽阿弥は、しゆつゝなるつら差しにて、かしこの旅人、こゝの茶屋、あそこの門に差し寄せ差し寄せ、機嫌も知らず尺八を吹き鳴らして、楽阿弥に代り一銭、尺八吹きには何もくれねば、腹立ちや腹立ちやと、あそここゝにて悪口すれば、尺八吹きめは図なしなり、不祥なり、当てよやとて、枴だめの三つ伏せに押し伏せられて。
▲シテ「《謡》縄だめ柱だめに。
▲地「《謡》焙つゝ踏んづ、捩ぢつ引かれつ、その古しへの尺八竹の、今に冥土の苦患となるを、助け給へや御僧よ。猶も輪廻の妄執は、この年までも好かぬさがらぬ、姥竹の恋しさは、我ながらうつ頬憎やと、かき消す様にぞ失せにける。

底本『能狂言 中』(笹野堅校 1943刊 国立国会図書館D.C.

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