『能狂言』下161 右之外書上珍敷狂言五番 まつゆづりは

▲アド「これは、丹波の国のお百姓でござる。毎年、み年貢と致いて、上頭へ、正月の御飾りになるゆづり葉を捧げまする。又、当年も持つて上らうと存ずる。
《道行、常の如く、上下の街道へ着き、休む》
▲シテ「これは、津の国のお百姓でござる。毎年、御年貢と致いて、うへとうへ、正月の御飾りのどうかいになる、根延びの松を捧げまする。又、当年も持つて上らうと存ずる。
《道行、常の百姓狂言{*1}同断。扨、アド、言葉を掛けてよりは、「餅酒」等の如く、アド、丹波なれども、「まづ、こゝの者ぢや」と云ふ事はなし。扨、都へ着いてから、アドより御年貢を納むる。奏者、常の如く、両国ともに御年貢を納めて、伺ひ、呼び出し、「餅酒」等の如く、「両国ともに、国を隔てゝあるが、同じ日の同じ時に持つて参る事、神妙に思し召す。さうあれば、折節、御歌の会に持つて参り合はせたによつて、両国の御年貢によそへ、歌を一首づゝ詠めとの御事ぢや。急いでお受けを申せ」。アドは、「迷惑」と云ひ、シテは、「ありがたい」と云ふ事、「餅酒」同断。奏者、「一人はありがたいと云ひ、今一人は迷惑と云ふが、まづ、汝は何と聞いたぞ」と云うて、アド、奏者の云ふ通り云ひ、シテは、「餅酒」の如く云ふ。扨、この後も「餅酒」と同断。アドより歌を詠み、シテ、「歌と申すものは、あの様なものでござるか」と云うて、アドの歌を云ふ。奏者、「汝が御年貢によそへて詠め」と云ふ事も、「餅酒」同断。扨、歌をシテも詠みてから、直々御通りを下さるゝ。三献づゝたべて、「洛中を舞ひ下りにせい」と云ふ事、常の通り。扨、御暇を下されて、常の如く、「和歌を上げう」と云うて、和歌上げ、三段の舞、後、謡にて、常の通り》{*2}
▲シテ「《和歌》君が代の、久しかるべき例には。
▲両人「《和歌》かねてぞ植ゑし住吉の松。
《三段の舞。打ち上げて》
▲両人「《謡》やらやら、めでたや、若松の、今年よりも、所領の日記を譲り得て、殿も徳若、民も豊かに、松もろともに千代かけて、松もろともにゆづり葉の君の、千歳の春こそめでたけれ。《「栄ゆる御代こそめでたけれ」とも》
やあ。ゑいや。やあ。
《アドの歌「今年より蔵代官を譲り得て殿も徳若民も豊かに」》
《シテの歌「君が代の久しかるべきためしにはかねてぞ植ゑし住吉の松」。この歌を詠む時、奏者、「古歌なれども、時に取つて一段とよう申し上げた」と云ふべし》

校訂者注
 1:底本は、「百姓同断」。
 2:ここ以降、底本の書き方が、これまでと変わっている。これまでの書き方に準じる形に変更を加えた。

底本『能狂言 下』(笹野堅校 1945刊 国立国会図書館D.C.

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