普選案賛成演説(大正十一年二月二十七日)
本員は今日は孤立無援の位置に立つて、中正不偏の説を述べんと欲するのである。随つて政友会諸君の賛成を得ることの難いのは無論のこと、恐らくは憲政会諸君の喝采を得ることもまた困難であらうと思ふ。一党一派に偏せず、単にこの問題それ自身を中心と致し、国家的見地より普通選挙そのもの、及び関係の問題を議せんと欲するのであります。第一に普通選挙問題が党派問題の如き色彩を帯び来たつたことは本員の最も遺憾とする点であります。(中略)元来政党なるものは本員の申すまでもなく、主義政見によつて離合集散し、一に良心の判断によつて進退去就を決すべきものである。しかるにかくの如き問題を党派の力を以て薪を束ぬるが如く、議員を結束致し、一方はことごとく賛成し、一方はことごとく反対するが如きは、実に醜体の甚だしきものであつて、欧米諸君の識者もしこの議場の有り様を見たならば――光景を見たならば、何と評するでありませう。日本の立憲政体なるものは尚あの幼稚なる程度に在るやと云ふ感想は、何人といへども起こさゞるを得ないのであります。
現にこれらの問題に対する立憲政治の模範国とも謂はるゝ所の英吉利もしくは亜米利加等における議事の模様は、諸君の疾くご承知の点であります。欧米いづれの所に、今日同様の振る舞ふが如き不思議なる振る舞ひを以て、かくの如き議事に当たる者がありますか。(中略)
しかるに諸君は何ぞや。党議一決すれば己の良心は賛成でも、これに対し……国家のためには反対の心を持つて居ても、党議に服従してこれに賛成する。一度議場に入る以上は、良心をばこゝに持参すべからずといふが如き状態になつて居る。ほとんど理解なき結束――甚だしきに至つては結束を以て政党の誇りとして居る。軍隊と政党を間違へて居るのではないかと思ふ。
元来議事なるものは、こゝに賛否の議を闘はし、互に事実を提供して、その結果国家のためにいづれが宜しいかといふ良心の判断によつて、初めて賛否を決するべきものでありますが故に、欧米立憲国においてはいかなる多数の党与を持つて居ても、議事終はるまでは勝敗の数を予め知ることが出来ない。あたかも相撲場における力競べの如きものであります。大体においては多数は少数に勝つに決まつて居る。力ある力士は比較的弱き者に勝つと決まつて居りますけれども、さて取り組んで見なければ、真正の勝敗は分からぬ。これが立憲国における議事なるものである。諸君の如きはその勝敗を事務所かどこかでちやんと決めて置いて、役者がこゝに出て芝居でもして居るが如く、この議事においてはどちらが勝ち、どちらが敗ける。甚だしきに至つては投票の差幾票で勝敗が決まるといふが如きまで、議事に掛からぬ先から決まつて居るではないか。国事を弄ぶも甚だしいと申さなければなりませぬ。今日は軍隊といへども、かくの如き無理解な結束は文明国にはありませぬ。昔支那人は江南の橘これを江北に移せば変じて枳となると言つたが、西洋の政党これを東洋に移せば、変じて軍隊の如くなつてしまふのである。唯結束ある事を知つて、良心あることを知らぬ。党派あることを知つて国家あることを解せぬ。かくの如きものが即ち現在の所謂政党なるものであるが、これは政党ではない。徒党である。朋党である。軍国化した団体である。口には軍閥を排し、軍国主義を排するといへども、そのなす所はことごとく軍国主義ならざるはなしと云ふのが、残念ながら今日の状態であります。
我が陸軍より派遣したる所の調査委員が、欧羅巴大戦争の結果を見て報告したる報告書があります。無理解な結束は、今日の軍隊を率ゐる所以でないと云ふのが、その根本の趣意である。(中略)しかるに現在我が国における政党を見れば軍隊を率ゐるよりも、なほ圧制なやり方をして、左右前後唯幹部の命ずる所に服従せよと云ふのが、現在我が国の政党ではないか。かやうなる間違ひたる政党であるからしてこの普選案が通過せぬのであります。もしこれを自由問題となし、良心の命ずる所によつて議させたならば、私は保証する。今夕この場において、普通選挙案は必ず通過する。本員はよく承知して居る。これに対して諸君の中には、その良心においては、賛成して居る所の公明なる諸君が幾人もあることを本員は承知して居る。或は憲政会の中にも反対者があるかも知れませぬ。皆良心の使命に従はず、唯束ねられて居るがために、結束せられて居るがために、軍隊の如く扱はれて居るがために、この選挙法が通過しないのである。(中略)
さらに転じて国会開設の――今やこの席を見渡した所国会開設の際に身命を賭して働いた人は残る所いくばくもないやうに見える。吾々不敏ながら諸先輩の後に随ひ、一身を賭して国会開設のために働いたのでありますが、吾々が国会の開設を求めたのは、唯善き政治を得、幸福なる生活を得たい、麺麭を豊か{*1}に得たいと云ふが如き考へで、国会開設のために働いたのではありませぬ。疑ふ人あらば河野広中氏に問へ。島田三郎君に質せ。(中略)もし善政と云ふならば、明治十年前後においては、上に鋭意治を図る所の 先帝陛下なほ春秋に富ませられて、日夜人民のために働かせ給ひ、これを援くるに三條、岩倉、木戸、大久保、その他の真に国士と称すべき賢宰相が働いて居つた。その当時としては、政治の善悪を言つたならば、残念ながら今日の内閣諸公らのなす所よりか尚善き政治があつたのであります。又、その心の用ゐ{*2}方―― 明治天皇陛下のご苦心の点、岩倉、木戸、大久保その他の人が国事に尽くす状態は、残念ながら吾々の朋友とも謂ふべき諸君の働きとは余程趣を異にして居つたと言はなければならぬ。故に単に善き政治の下に住みたいと云ふだけが、吾々及び先輩の目的であつたならば、必ずしも国会開設のために生命を捨てる必要はなかつたのであります。
吾々は善き政治の下に住みたいと云ふより外に、人間として生活したい、生殺与奪の全権を他人に持たれて居つては吾々人間たる本文が立たぬと云ふこともまた国会開設を求むる所の一大主眼であつた。故に命ある者は命に関する法律制定には参与しなければならない。財産あるものは租税徴課の法律には参与しなければならぬ。ご同様が納めた所の租税はその遣ひ払ひに至るまで、ことごとく人民に喙を容れるの権利――間接にか直接にかこれに参与するの権利を与へなければならぬ。得なければならぬと云ふのが憲法発布の大眼目であつた。即ち憲法はその通りに出来て居るのであります。一文の金も法律によらずんば取ることは相ならぬ。人の生命は無論、自由、{*3}権利は法律によるに非ずんば一切これを制限することは許さぬ。憲法は残る隈なく儼然としてその事を規定してありますが、(中略)選挙法の余り制限せられて居る結果、我が帝国臣民は依然として少数政治の下に苦しみ、生殺与奪の全権を少数者の手に握られて、今日もなほ依然として斬り捨て御免の世の中に生活して居るのであります。
今日吾々の生命を取り、吾々を監禁もしくは懲役に処する所の法律は誰が作るか。僅か二千人内外を代表する所の貴族院、僅か三百万人の人民に選まれたる所の衆議院、それが決議して上御一人の御裁可を得れば、残る五千何百万人は一言もそれに喙を容れずして生命も取られなければならぬ、租税も取られなければならぬと云ふ境遇に立つて居るのではないか。封建時代においては三百の諸侯、四十万の士族のために斬り捨て御免の権を握られて居つたのであるが、今日は貴族富豪と三百万の選挙人のために、全国の人民は皆斬り捨て御免の生活を営んで居るのであります。この原理が分からぬ以上は、立憲政体の根本は分かりませぬ。立憲政体は己の生命、己の財産は己の権利としてこれを運用せなければならぬと云ふ根拠の上に立つて居るのである。(中略)しかして現に三百万に足らない選挙民、及びそれに選ばれた議員が、我が国における政権――人民の代表の基礎となつて居るがために、その現れた所の弊害は、現に国家に痛く及んで居ります。(中略)
又もう一点切にご考慮を願ひたいのは、権利と義務とは均衡を保つべきものであります。たとひ{*4}仏蘭西の将帥が兵隊を馭するが如く、危険率を均等にせしめると云ふまでの親切心がなくとも、いやしくも国家を治める衝に当たつて居る者は、人民の権利と義務との均衡を得せしむるぐらゐの心掛けがなければならぬ。しかるに人民の義務中、生命を以て国家を衛るところの国防の義務は、明治六七年以来全国の壮丁に持たすることになつて居る。いざと言へば身命を国家に捧げると云ふ最も重大なる義務は持たして居るけれども、それと丁度並行すべく、盾の両面の如き関係を持つて居るところの選挙権、即ち生命権、財権の一部をばこれに与へて居らぬ。即ち普通選挙権を尚未だ実行せぬと云ふのは、義務を行ふの能力は明治六七年から発達して居るが、権利を行ふの能力は爾後ほとんど五十年を経たる今日も尚発達して居らぬ。尚早いと云ふに至つては、人民を愚弄するも、また甚だしいと申さねばならぬ。世の中にだんだん権利思想が発達し、不安状態の起こると云ふことも当たり前であります。(中略)
さらに転じて目下の国情より普通選挙問題を少しく論じて見ませう。善いとか悪いとかの議論の余地はあるが、善くとも悪くとも世界の大勢は先般の大戦争以来非常なる変化を致し、久しく婦人参政権の問題に反対した所の欧米列国は、この戦争の結果として、ほとんど優等国は全部婦人に選挙権を与へました。これが世界的形勢の変化である。保守家はこれを悪いと言ひ、進歩思想の者はこれを美事と云ふ。私は善いとも悪いとも今日は論ぜぬ。善くとも悪くとも、世界の大勢は、やはり大勢であつて、その大風は、我が帝国にも東西南北から吹き付けると云ふことだけは認めなければなりませぬ。悪くとも二百十日の風は防ぐことは出来ないが如く、善ければ尚防ぐことは出来ない。この大勢に対しどこで調和を取るかと云ふのが、政治家の問題であります。国家治乱の分かる所は、実に間髪を容れない。一歩誤れば、国家を乱し、一歩その道を得れば国家は治まる。その大勢の変化を認めずして、万一為政の道を誤つたならば、国家の前途は、未だどこに帰着するかほとんど分からぬのであります。(中略)
この国家内外の形勢が変化したる結果として、我が国の状態は確かに動揺を致して居ります。思想も大いに変らんとして居る。善いと悪いとは論ずる勿れ。善くとも悪くとも、随意にこれを予防することは出来ないのである。しかして思想的鎖国の行ふことの出来ないのは、貿易的鎖国を今日行ふことの出来ないのと同じ事であります。しかるに世の中には貿易上の鎖国は出来ないが、思想上の鎖国は出来ると考へて居るが如き政治家及び議員がかなりあるやうに見えますが、それは絶対に出来ませぬ。まだ貿易ならばこれを海関に防ぐ事も出来るが思想にはこれを防ぐべき関門がない。故に、思想的鎖国は到底出来ない。それが出来ないとすれば、今日全世界を風靡して居る所の大勢には、我が国情の許す限り、これに順応致して国家の安定を図るの道を講ぜざるを得ない。
しかしてその思想的鎖国の出来ない結果として、今日は色々の事が起こつて居ります。かつて戦争以前には余り多くの例を見なかつた所の労働者――工業労働の「ストライキ」小作人の紛擾、婦人参政権論者の活動、種々雑多の事が、今日現に出現して居ります。これは現に世界の影響が我が国に及んで居る証拠であります。その結果として今日の如き何でもない国家の中心問題――少しも危険性も何も帯びない普通選挙問題を議するに当たつてすらも、かの警察力かの兵力を以て議院を守るの必要を感ずるまでに、とにかく変態は起こつて居るのであります。しかして権利の思想、自由の思想は、教育の進むと共にますます増加して、ほとんど炎々として燃え、沸騰点に達する状態になつて居る。その沸騰は今後いよいよ激しくなるとも、決してその熱は冷めは致しませぬ。
この時にあたつて国家の治安を維持するの道は、唯いかに――どこに安全弁を開くかと云ふ唯々一事あるのみであります。安全弁を開けば、沸騰する所の国民の熱情はその安全弁を経て安全に漏れる。が安全弁を閉鎖すれば、結局爆発するより外、致し方はないことになる。私は普通選挙を万能膏とは考へませぬが、少なくとも安全弁の一つであると云ふ事を信じて居る。しかして外の安全弁はほとんど全部塞がれて居ります。およそ文明国において安全弁と認められて居るのは、結社の自由であり、言論の自由であり、選挙権の普及である。しかるに我が国においては集会結社法――治安警察法を以て、労働者の自由権利を束縛し、新聞紙法を以て言論を束縛し、選挙権を非常に制限して権利を与へず、婦人も人間扱ひに致さず、あらゆる安全弁は皆閉鎖致されて居る。その場合において炎々として燃ゆる所の熱度は加ふることあつて、減ずる所は少しもない。その上になほ過激運動取締法などゝ申す不思議なものを持ち出して、さらに安全弁を閉鎖し少しの息の漏れ口もない程に塞がうと云ふのでありますから、暴動内乱を上下こぞつて{*5}挑発すべき方針を執つて居ると言つても、差し支へない程の状況である。この場合においては一日も早く安全弁を開き、湯気の蓄積するはやむを得ぬが、爆発させぬやうにこれを言論に漏らし、集会に漏らして、爆発を予防するより外にいかなる大政治家なりといへども、今後長く治安を維持するの道はないのであります。
この場合において政治家及び立法に参与する所のご同様の最も努むべき事は、機先を制すると云ふ一事に在る。もう爆発するやうになつてから、驚いて手段方法をめぐらさんと欲しても既に遅い{*6}。一歩先手を打つて着々{*7}機先を制しますれば、大抵の形勢の変化は、これを順当に導くことが出来るのである。(中略)これらの事は是非とも国家のため――私は諸君の党派のために考へよとは言ひませぬ――国家のためにお考へを願ひたい。時あつては党派をば無論国家の犠牲に供するだけのお覚悟のある事を私も信ずる。今日は即ち党派を見ずして、国家を見なければならぬ、危険千万なる時期であります。
この危険なる噴火山頭に坐して百年の安きを貪るが如き、眼先の見えない事を致して居りますと、国家はいかなる状態に陥るか。一度幕末の歴史を繙けば、目下只今の形勢がいかによく似寄つて居るかと云ふことが分かる。幕末の政治家その宜しきを得なかつたために、万事後手に廻つて、内治外交ことごとく困難に陥り、帝国は遂に死地に陥つて、初めて{*8}王政維新の幕が開けたのでありますが、今日の日本も残念ながら内に在つては経済上の困難いよいよ甚だしくなり、外に向かつては外国との関係、ますます困難に赴き、内憂外患こもごも{*9}至るべき形勢は、あらゆる点において、既に備はつて居ります。この時にあたつてせめては国内の爆発だけでも、早く予防して行かなければ外に対する所の衝突に対して、いかにして国家を泰山の安きに置くことが出来るか。禍を内外に受ければ、いかなる大政治家ありといへどもいかんともすることが出来ない。今日の形勢は実に岌々乎として累卵の危ふき状態に陥つて居るのであります。
この国情を安全に処理する道としては、まず以て立憲政治の本旨に背く{*10}所の、党派的結束を緩められんことを希望致します。今日の如きやり方は全く憲政の本義に背いて{*11}居るのみならず、我が帝国憲法の正面より見ても大いなる欠点があります。議場における言論及び表決に対しては完全な自由を与へ、院外においてその責任を負はせぬと云ふのが、我が憲法の明文であるに拘らず、もし憲政会員、政友会員、いづれでもよいが、この普選問題につき、党議に背いて{*12}投票を入れて御覧なさい。恐らくは院外においてその議員にその党派は除名といふ制裁を与へるのでありませう。院外において絶対に責めを負はせぬと云ふこの憲法をたとひ正面から蹂躙せずとも、その精神においては今日の政党はこれを蹂躙致して居るのであります。
かくの如きは、いづれの国においても最も憂ふる事である――大戦以降に制定せられたる、列国の憲法を一読せられんことを望む。独逸連邦の憲法、普魯西の憲法、墺太利{*13}の憲法、チエツク・スロヴアキアの憲法をご覧になつても、戦後新たに出来た憲法には、一として、議員は良心の判断によつて、すべての言行をせなければならぬ。党派にも、選挙人にも拘束せらるべきものでないと云ふことを、憲法に明記して居るのであります。我が帝国憲法もやゝ{*14}それと同じ事が明記してあるにも拘らず、現在の政党員は政党の本質を解せざるがために、憲法の大精神を無視して、ほとんど軍隊的結束を政党に及ぼして居る。これが即ち普通選挙法案がこの議場を通過するに苦しむ所以である。自由にせよ。良心の働きを全うせしめよ。しからば本員は断言する。本夕この場において普通選挙法案は通過するのであります。これは実に憲法及び国家の大問題でありますが故に、諸君はどうぞ人を以てその言を廃せず、諸君の嫌ひな私の口から出たと云ふがために、この内外にわたつて摩滅すべからざる所の立憲政体の大精神、大骨髄を軽視するが如き事なく、虚心平気にご考慮の上、この問題について賛否の投票を決められんことを希望致します。
校訂者注
1:底本は、「裕」。
2:底本は、「用ひ」。
3:底本は、「自由。」。
4:底本は、「縦令」。
5:底本は、「挙つて」。
6:底本は、「晩い」。
7:底本は、「著々」。
8:底本は、「始めて」。
9:底本は、「交々」。
10:底本は、「反く」。
11・12:底本は、「背いて」。
13:底本は、「墺地利」。
14:底本は、「稍々」。
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