競が事

 あくる十六日、高倉の宮の御謀叛起させ給ひて、三井寺へ落ちさせ給ふぞやと申すほどこそありけれ、京中の騒動なのめならず。そもそもこの源三位入道頼政は、年来日頃もあればこそありけめ、今年いかなる心にて謀叛をば起されけるぞといふに、平家の次男宗盛の卿の不思議のことをのみし給ひけるによつてなり。されば人の世にあればとて、すゞろにいふまじきことをいひ、すまじき事をするは、よくよく思慮あるべき事なり。たとへばその頃三位入道の嫡子伊豆の守仲綱のもとに、九重に聞えたる名馬あり。鹿毛なる馬のならびなき逸物、乗り走り心むけ、世にあるべしとも覚えず。名をば木の下とぞいはれける。
 宗盛の卿使者を立てて、「聞え候名馬を賜はつて見候はばや。」とのたまひ遣はされたりければ、伊豆の守の返事には、「さる馬をば持つて候ひしを、この程あまりに乗りつからかして候程に、しばらくいたはらせんが為に、田舎へつかはして候。」と申されければ、さらんには力及ばずとて、その後は沙汰なかりけるが、多くなみゐたりける平家の侍ども、「あつぱれその馬は一昨日も候ひし、昨日も見えて候、けさも庭乗りし候ひつる。」など、口々に申しければ、「さては惜しむござんなれ{*1}、にくし、乞へ。」とて、侍して馳せさせ、文などして、一時が中に五六度、七八度など乞はれければ、三位入道これを聞き、伊豆の守に向つてのたまひけるは、「たとひ金を以てまるめたる馬なりとも、それほど人の乞はうずるに、惜しむべき{*2}やうやある。その馬速かに六波羅へつかはせよ。」とこそ宣ひけれ。伊豆の守力及ばず、一首の歌を書き添へて、六波羅へつかはさる。
  こひしくば来ても見よかし身に添ふるかげをばいかゞ放ちやるべき
 宗盛の卿、まづ歌の返事をばし給はで、「あつぱれ馬や、馬はまことに{*3}よい馬でありけり。されどもあまりに惜しみつるが憎きに、主が名乗を金焼にせよ。」とて、仲綱といふ金焼をして、厩にこそ立てられけれ。客人来つて、「聞え候名馬を見候はばや。」と申しければ、「その仲綱めに鞍おけ、引き出せ、乗れ、うて、はれ。」なんどのたまひける。伊豆の守この由を伝へ聞き給ひて、「身にかへて思ふ馬なれども、権威について取らるゝさへあるに、あまつさへ天下の笑はれぐさとならんずる事こそやすからね。」と大きに憤られければ、三位入道のたまひけるは、「なんでふ事のあるべきと思ひ侮つて、平家の人どもが、かやうのしれごとをするにこそあんなれ。この儀ならば命生きても何にかはせん、便宜を窺ふにこそあらめ。」とのたまへども、私には思ひも立たれず、高倉の宮を勧め申されけるとぞ、後には聞えし。
 これにつきても天下の人、小松の大臣の事をぞしのび申しける。ある時大臣参内のついでに、中宮の御方へ参らさせ給ふに、八尺ばかりありける蛇の、大臣の指貫の左の輪をはひまはりけるを、「重盛騒がば女房たちもさわぎ、中宮も驚かせ給ひなんず。」とおぼしめし、左の手にて尾をおさへ、右の手にて頭を取つて、直衣の袖の中へ引入れ、ちつとも騒がず、つい立つて、「六位や候、六位や候。」と召されければ、伊豆の守の仲綱、その時は未だ衛府の蔵人にて候はれけるが、「仲綱。」と名乗りて参られたるに、この蛇をたぶ。賜はつて弓場殿を経て、殿上の小庭に出でつゝ、御倉の小舎人を招いて、「これ賜はれ。」といはれければ、大きに頭を振つて逃げ去りぬ。伊豆の守力及ばず、わが郎等の競を召してこれをたぶ。賜はつて捨ててけり。
 そのあした小松殿より、よい馬に鞍おいて、伊豆の守のもとへ遣はすとて、「さても昨日のふるまひこそ、優にやさしう候ひつれ。これは乗一の馬で候ぞ。夕に及んで陣外より傾城の許へ通はれん時、用ゐらるべし。」とて遣はさる。伊豆の守、大臣の御返事なれば、「御馬畏まつて賜はり候ひぬ。さても昨日の御ふるまひは、還城楽にこそ似て候ひしか。」とぞ申されける。いかなれば小松殿はかやうに優なるためしもおはせしぞかし。この宗盛の卿はさこそなからめ、人の惜しむ馬乞ひ取つて、あまつさへ天下の大事に及びぬるこそうたてけれ。
 さる程に同じき十六日の夜に入つて、源三位入道頼政、嫡子伊豆の守仲綱、次男源大夫の判官兼綱、六條の蔵人仲家、その子蔵人太郎仲光以下、ひたかぶと三百余騎、館に火をかけ焼き上げて、三井寺へこそ参られけれ。こゝに三位入道の年頃の侍に、渡辺の源三競の滝口といふ者あり。馳せおくれて止まりたりけるを六波羅へ召して、「など汝は相伝の主三位入道が供をばせで、止まつたるぞ。」と宣へば、競畏まつて申しけるは、「日頃は自然の事も候はば、まつさきかけて命を奉らうとこそ存ぜしか、今度は如何候ひつるやらん、かうとも知らせられざりつる間、止まつて候。」と申す。宗盛の卿、「これにもまた兼参の者ぞかし。先途後栄を存じて、当家について奉公せんとや思ふ。また朝敵頼政法師に同心せんとや思ふ。ありのまゝに申せ。」とこそ宣ひけれ。競涙をはらはらと流いて、「たとひ相伝のよしみ候とも、いかんか朝敵となれる人に、同心をば仕り候べき。たゞ殿中に奉公致さうずる候。」と申しければ、大将、「さらば奉公せよ。頼政法師がしけん恩には、ちつとも劣るまじきぞ。」とて入り給ひぬ。朝より夕に及ぶまで、「競はあるか。」、「さふらふ。」、「あるか」、「さふらふ。」とて伺候す。
 日もやうやう暮れければ、大将出でられたり。競畏まつて申しけるは、「まことや三位入道は、三井寺にと聞え候。定めて夜討なんどもや向はれ候はんずらん。三位入道の一類、渡辺党、さては三井寺法師にてぞ候はんずらん。心にくうも候はず、まかり向つて撰り討ちなども仕るべきに、さる馬を持つて候ひしを、このほど親しい奴めに盗まれて候。御馬一匹下し預かり候はばや。」と申しければ、大将、「尤もさるべし。{*4}」とて、白葦毛なる馬の、南鐐とて秘蔵せられたりけるに、よい鞍おいて競にたぶ。賜はつて宿所に返り、「はや日の暮れよかし。三井寺へ馳せ参り、入道殿のまつさきかけて討死せん。」とぞ申しける。
 日もやうやう暮れければ、妻子どもをば、かしここゝに立ち忍ばせて、三井寺へと出で立ちける、心の中こそ無慙なれ。狂紋の狩衣の菊綴おほらかにしたるに、重代の著長緋縅の鎧著て、星白兜の緒をしめ、いかものづくりの太刀を佩き、二十四さいたる大中黒の矢負ひ、滝口の骨法忘れじとや、鷹の羽ではいだりける的矢一手さし添へたる。滋籐の弓持つて南鐐にうち乗り、乗替一騎うち具し、舎人男に持楯脇挟ませ、屋形に火かけ焼きあげて、三井寺へこそ馳せたりけれ。六波羅には競が屋形より火出で来たりとて犇めきけり。宗盛の卿いそぎ出て、「競はあるか。」、「候はず。」と申す。「すは奴めを手延にしてたばかられぬるは。あれ追つかけて討て。」とのたまへども、競はすぐれたる大力の剛の者、矢つぎばやの手きゝにてありければ、「二十四さいたる矢では、まづ二十四人は射殺されなんず。音なせそ。」とて、進む者こそなかりけれ。
 たゞ今しも三井寺には、渡辺党寄りあひて、競が沙汰ありけり。「いかにもしてこの競滝口をば、召し具せられ候はんずるものを。」と、口々に申されければ、三位入道競が心をよく知つて、のたまひけるは、「むげにその者捕へ搦められはせじ。入道に志深き者なれば、見よ、たゞ今参らうずるぞ。」とのたまひも果てぬに、競つと参りたり。「さればこそ。」とぞのたまひける。競畏まつて申しけるは、「伊豆の守殿の木の下がかはりに、六波羅の南鐐をこそ取つて参つて候へ。参らせ候はん。」とて奉る。伊豆の守なのめならず喜び給ひて、やがて尾髪を切り、金焼をして、その夜六波羅へつかはさる。夜半ばかりに門の内へ追ひ入れたりければ、厩に入つて、馬どもと噛ひあひければ、その時舎人驚きあひ、「南鐐が参つて候。」と申す。宗盛の卿いそぎ出でて見給ふに、「昔は南鐐、今は平の宗盛入道。」といふ金焼をこそしたりけれ。大将、「につくい競めを切つて捨つべかりけるものを、手延にしてたばかられぬる事こそやすからね。今度三井寺へ寄せたらんずる人々は、いかにもして競めを生捕にせよ。鋸で首斬らん。」と、躍り上り躍り上り怒られけれども、南鐐が尾髪も生ひず、金焼もまた失せざりけり。

山門への牒状の事

 さる程に三井寺には貝鐘鳴らいて、大衆僉議す。「そもそも近日世上の体を案ずるに、仏法の衰微、王法の牢篭、まさにこの時に当れり。今度入道の暴悪を戒めずば、いづれの日をか期すべき。宮こゝに入御の御事、正八幡宮の衛護、新羅大明神の冥助にあらずや。天衆、地類も影向を垂れ、仏力、神力も降伏を加へまします事、などかなからん。なかんづく北嶺は円宗一味の学地、南都は夏臈得度の戒場なり。牒奏の所になどか与せざるべき。」と、一味同心に僉議して、山へも奈良へも牒状をこそ遣はしけれ。
 まづ山門への状に曰く、「園城寺牒す。延暦寺の衙、ことに合力を致して、当寺{*5}の破滅を助けられんと思ふ状。右入道浄海、ほしいまゝに仏法を破滅し、王法を乱らんと欲す。愁歎きはまりなき所に、今月十五日の夜、一院第二の皇子{*6}不慮の難を遁れんが為に、ひそかに入寺せしめ給ふ。こゝに院宣と号して、出し奉るべき由、頻りに責めありといへども出し奉るに能はず。依つて官軍を放ち遣はすべき旨、その聞えあり。当寺の破滅、まさにこの時に当れり。諸衆何ぞ愁歎せざらんや。なかんづく延暦、園城両寺は、門跡二つに相分るといへども、学する所は、これ円頓一味の教門に同じ。譬へば鳥の左右の翼の如く、また車の二つの輪に似たり。一方欠けんにおいては、いかでかその歎きなからんや。ていれば殊に合力を致して、当寺の破滅を助けられば、早く年来の遺恨を忘れ、住山の昔に復せん。衆徒の僉議かくの如し。依つて牒奏件の如し。治承四年五月十八日、大衆等。」とぞ書いたりける。

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校訂者注
 1:底本は、「さては惜しむ、ござんなれ」。
 2:底本は、「惜しむべぎやうやある」。
 3:底本は、「馬は寔に」。
 4:底本、ここに「。」」はない。
 5:底本は、「当時」。
 6:底本は、「王子」。