見せぬ所は女大工

 道具箱には、錐・鉋・墨壺・さしがね。顔も三寸の見直し、中低なる女房。手足逞しき大工の上手にて、世を渡り、一條小反橋に住みけるとなり。
 「都は広く、男の細工人もあるに、何とて女を雇ひけるぞ。」「されば、御所方の奥局、忍び帰しのそこね、または窓の竹うちかへるなど、少しの事に、男は吟味も難しく、これに仰せ附けられける。」となり。
 折節は秋も末の女郎達案内して、かの大工を紅葉の庭に召されて、「御寝間の袋棚・恵比寿大黒殿まで、急いで打ちはなせ。」と申し渡せば、「いまだ新しき御座敷を、こぼち申す御事は。」と尋ね奉れば、「不思議を立つるも理なり。過ぎにし名月の夜更け行くまで、奥にも御機嫌よくおはしまし、御うたたねの枕近く、右丸・左丸といふ二人の腰元どもに琴の連れ弾き、この面白さ。座中、眠りを覚まして辺りを見れば、天井より四つ手の女、顔は乙御前の黒きが如し。腰、うす平たく、腹這ひにして、奥様の辺りへ寄ると見えしが、かなしき御声をあげさせられ、『守り刀を持て参れ。』と仰せけるに、お傍にありし蔵之助、取りに立つ間に、その面影消えて、御夢物語の恐ろし。
 「我が後ろ骨と思ふ所に大釘をうち込むと思し召すより、魂消ゆるが如くならせられしが、されども御身には何の子細もなく、畳には血を流してありしを、祇園に安部の左近といふ占ひ召して見せ給ふに、『この家内に、禍なすしるしのあるべし。』と申すによつて、残らず改むるなり。用捨なくそこらもうち外せ。」と、三方の壁ばかりになして、なほ明り障子まで外しても、何の事もなし。
 「心に掛かる物は、これならでは。」と、叡山より御祈念の札板おろせば、暫し動くを見ていづれも驚き、一枚づつ離して見るに、上より七枚下に、たけ九寸ばかりの屋守、胴骨を金釘に綴ぢられ、紙程薄くなりても生きてはたらきしを、そのまま煙になして、その後は何の咎めもなし。

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