不思議の足音
唐土の公冶長は諸鳥の声を聞き分け、本朝の安部の師泰は人の五音を聞く事を得給へり。この流れとや申すべし、夏に伏見の豊後橋の片蔭に、篠垣を結び、心を行く水の如くにして世を暮らしぬる盲人あり。捨てし身の昔残りて只人とは見えず。常に一節切吹きて、万の調子を聞き給ふに、違ふ事稀なり。
或る時に、問屋町の北国屋の二階座敷にて、九月二十三夜の月を待つ事ありて、宵よりこの所の若い者の集まりて、おみき機嫌の小唄浄瑠璃、日待ち月待ち、いづくも同じ騒ぎぞかし。旦那山伏の多聞院、めでたき事どもを語れば、主、嬉しさの余りに、「何によらず、御遊興を御好み次第。」客方より、「かの一節切を聞く事ならば。」との望み。亭主、近付きとて、やがて呼び寄せける。
まづ、吉野の山を所望して、吹く時、茶の通ひする小坊主、箱階子を上がる、聞きて、「油こぼすよ。」と申されける。大事にかけて油差し持ちしに、外し置きたる杉戸こけ掛かり、思はぬ怪我を致しける。各々、「これは。」と横手を打つて、「只今大道を行く者は、何びとぞ。」と申せば、足音の調子を聞き合はし、「これは、老女の手を引き、男は物思ひして行く。顔つき、足取のせはしさ。取り揚げ婆なるべし。」。「それか。」と人をつけて聞かすに、「かの男が申すは、『しきりが参つたら、腰は我らでも抱きますが、とてもの事に息子を産めば仕合はせ。』」と申す。
大笑ひして、又その次に通る者を聞くに、「二人じやが、一人の足音。」と。見せにやれば、下女、小娘を負うて行く。
その後に通る者を、「何。」と聞くに、「これは正しく鳥類なるが、おのが身を大事がる。」といふ。又見に行くに、行人、鳥足の高足駄を履きて、道を静かに歩み行く。さてもさても、争はれぬ事どもなり。
「とても慰みに、今一度聞き給へ。」と、いづれも虫籠を開けて待つに、道筋も見えかね、初夜の鐘の鳴る時、旅人の下り舟に乗り遅れじと急ぐ風情、二階の灯し火に映りて見ゆるに、一人は刀脇指を差して、黒き羽織に菅笠をかづき、今一人は挟み箱に酒樽を付けて、後に続きて行く。「あれを。」と問へば{*1}、「二人連れなり。一人は女、一人は男。」と言ふ。「宵からの中に、こればかりが違ひぬ。我々見とめて、成程、大小まで差して侍衆ぢや。」と申す。「異な事や。女にてあるべし。各々の目違ひはなき。」と申せば、また人を遣はし様子を聞かせけるに、樽持つたる下人にささやくは、「夜舟にてその樽、心掛けよ。酒にはあらず。皆、銀なり。夜道の用心に、かく男の風俗して大坂へ買物に行く。」と申す。よくよく聞けば、五條のおかた米屋とかや。
校訂者注
1:底本は、「あれをとへば、」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)脚注に従い改めた。
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