狐四天王
諸国の女の髪を切り、家々の焙烙を割らせ、万民を煩はせたる大和の源九郎狐がためには姉なり。年久しく播磨の姫路に住み慣れて、その身は人間の如く、八百八匹の眷属を使ひ、世間の眉毛思ふままに読みて、人をなぶる事自由なり。
ここに、本町筋に米屋して門兵衛といふ人、里離れの山蔭を通るに、白き小狐の集まりしに、何心もなく礫打ち掛けしに、自然と当たり所悪しく、そのまま空しくなりぬ。不憫とばかり思うて帰る。
その夜、門兵衛が屋敷の棟に何百人か女の声して、「御姫様、たまたま野遊びましますを、命を取りし者、そのままは置かじ。」と石を打つ事、雨の如し。白壁窓蓋まで打ち破れども、その礫一つもなし。家内、驚く。
明けの日の昼前に、旅の出家の来つて、「お茶一服賜はれ。」と申されけるに、下女に申し付けて参らせけるに、間もなく同心らしき大男二、三十人乱れ入りて、「御尋ねの出家を何とて隠し置きけるぞ。」と。その断り聞き入れず、亭主内儀を押さへて坊主になして後、かの出家も共に尾のある姿を顕はして逃げ帰る。是非もなき仕合はせなり。
又、門兵衛が嫁、息子の門右衛門、北国に行きて留守の内とて、里に帰りてありしに、かの門右衛門になりて、四、五人連れにて走り込み、女房を捕らへ、「我が他国の後にて、隠し男顕はれたり。命は許して。」と申しも敢へず頭を剃られ、「身に覚えのなき事ぞ。」と年月の恨みを言うて歎きぬ。「おのれ、証拠を見せん。」と女を引き立て、遥かの山中に行きて五人立ち並び、一人一人名乗りける。「これは、二階堂の煤助。」「鳥居越しの中三郎。」「隠れ笠の金丸。」「鶏喰ひの闇太郎。」「野荒らしの鼻長。」とて、「於佐賀部殿の四天王、一人武者、これなり。」と、形を変へてぞ失せける。この事、門兵衛に行きて深く歎くに、甲斐なし。
又その次の日{*1}午の刻に、大きなる葬礼を拵へて、導きの長老、幢天蓋を差し掛け、玉の輿、光をなし、孫に位牌を持たせ、一門白衣の袖を絞り、町衆は袴肩衣にて野墓の送る気色。門兵衛親里、五、六里離れしが、けはしく人遣はし、「夜前頓死致され候。御歎きあるべしと、少しも遅く御知らせ申すなり。すぐに墓へ御越しあれ。」と。この有様、哀れに煙となし、親類ばかり後に残り、「さてもさても夢の世や。若いを先に立て、面白き事もあるまじ。これにて法体ましませ。」と俄坊主になし、姫路に帰れば門兵衛・内儀も姿を変へてありし。様子聞きて悔やめども、髪は生へずして可笑し。
校訂者注
1:底本は、「次(つぎ)日。」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)脚注に従い改めた。
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