夢路の風車

 世には面妖なる事あり。飛騨の国の奥山に、昔より隠れ里のありしを、所の人も知らず。
 或る時山人の、道もなき草木を分け入るを、奉行、見付けて後を慕ひ行くに、鳥も通はぬ峯を越え、谷あい二里程も過ぎて恐ろしき岩穴あり。かの山人、これに入りける。覗けば只暗うして、下には清水の流れ青し。目馴れし金魚多し。
 「我、これまで来て、この中見届けずに帰るも、侍の道にはあらず。」と思ひ定め、四、五丁くぐると思ひしが、「唐門階、五色の玉を撒き捨て、喜見城の。」とは今こそ見れ。これなるべし。折節は冬山を分け登り、落葉の霜を踏みて来りしに、ここの気色は春なれや。鴬雲雀の囀りて、生烏賊鰆売る声、おのづからのどやかに、暫し眺めける内に眠り出でて、これなる草枕して前後も知らず仮寝する。
 その夢心に女の商人二人来て、跡や枕に立ち寄り、我を頼みて申すは、「恥づかしながら、かかる面影をまみえ申すなり。みづからはこの都の傍らに、島絹を織りて世を渡りしに、何に不足なる事もなかりしに、連れたる人、風邪の心地とてかりそめの患ひ止む事なく、最後の形見に織り貯めし絹二千疋賜はり、『子もない者の事なれば、これを売りて年月を送りて、末々は出家にもなれ。』との名残の言葉に任せ、ここかしこの市に立ちて渡世とす。
 「いまだ一年もたたざりしに、我に執心の文を遣はしける。思ひも寄らぬ事なり。その男は谷鉄と申して、この国に住みし大力なり。その後、文の返しをせぬ事を恨み、或る夜忍び入り、二人の者を切り殺し、貯はへ置きし絹紬を盗りて帰り、死骸は野末に{*1}埋づみける。この事詮索あそばしけるに知れずして、今に谷鉄を浮世に置く事の口惜しや。殊に、『執心。』と申せしは偽りなり。只、絹を盗るべき謀り事なり。あはれ、国王へ申し上げられ、仇を取つて賜はれ。」と女の首、両方より袖にすがりて歎く。
「それこそ易き事なれども、何をかしるべに申し上ぐべき。たよりもなし。」と申せば、「それにこそ証拠あれ。」と懇ろに語る。「これより南にあたつて広野あり。常は木も草もなき所なり。我等を掘り埋めし後に、二股の玉柳の生えしなり。これ、しるしに。頼む。」との言葉もつい絶えて、夢は覚めける。
 不思議と思ひ、かの野に行けば、その里人集まり、「今までは見慣れぬ柳。」と驚く。「さては。」と、この事国王へ申し上ぐれば、あまたの人を遣はし、かの地を掘らせ見給ふに、夢に違はず女二人、昔姿変はらず首落としてありける。あらまし奏聞仕れば、谷鉄が住む家に大勢乱れ入りて搦め取り、「己が身より出でぬる錆なれば。」と、鉄の串刺しにして、ちまたに曝し給へり。
 その後、かの侍には御褒美とて、目慣れぬ唐織の島絹数々賜はりて、「汝、この国にては命短し。急いで故里に帰れ。」と、紅の風車に乗せられ浮雲取り巻きて、目ふる間に住み慣れし国に帰り、ありのままに申せば、「その所を探し出だせ。」と、数百人山入りして谷峯尋ね見れども、今に知れ難し。

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校訂者注
 1:底本は、「野末(のずへ)埋(うづ)みける。」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)脚注に従い改めた。