提灯に朝顔
野は菊萩咲きて、秋の景色ほどしめやかに面白き事はなし。心ある人は、歌こそ和国の風俗なれ。何によらず、花車の道こそ一興なれ。
奈良の都の東町{*1}にしをらしく住みなして、明け暮れ茶の湯に身をなし、興福寺の花の水を汲ませ、隠れもなき楽助なり。或る時、この里の小賢しき者ども、朝顔の茶の湯を望みしに、かねがね日を約束して、よろづに心を付けて、その朝七つより拵へ、この客を待つに、大かた時分こそあれ、昼前に来て案内を言ふ。
亭主腹立して、客を露地に入れてから、提灯を灯して迎ひに出づるに{*2}、客はまだ合点行かず、夜の足もとするこそをかしけれ。主、面白からねば、花入れに土つきたる芋の葉を生けて見すれども、その通りなり。とかく心得ぬ人には、心得あるべし。亭主も客も、心一つの数寄人にあらずしては{*3}、楽しみも欠くるなり。
昔、功者なる、茶の湯を出だされしに、庭の掃除もなく、梢の秋の景色をそのままにして置かれしに、客も早、心を付けて、「いかさま、珍しき道具出づベき。」と思ふに、案の如く、掛け物に「八重葎茂れる宿」の古歌を掛けられける。
又、或る人に漢の茶の湯を望みしに、諸道具皆、唐物を飾られしに{*4}、掛け物ばかり阿倍仲麿が詠みし「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも。」の歌を掛けられたり。いづれも感ずるに、「この歌は仲麿、唐土から古里を思うて詠みし歌なり。」と、暫く亭主の作の程を眺めけるとなり。「客もかかる人こそ、この道を好かるる甲斐あれ。」と、或る人の語りし。
校訂者注
1:底本は、「ひかし町」。『新釈日本文学叢書 第十巻』(日本文学叢書刊行会 1929)に従い改めた。
2:底本は、「むかひに遣るに、」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
3:底本は、「あらすしては、」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
4:底本は、「かざれしに、」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
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