執心の息筋
継子も、生長しては掛かるものなるに、昔より世界の人心、これを憎む事、変はらず。
南部の町に仙台屋宇右衛門と申して、所久しき鉄の商人あり。仕合はせよろづに何の不足もなく、男子ばかり三人まで持ちしに、世の無常とて馴染み{*1}に別れ、万事をうち捨てしに、語る人々、世間をやめさせず。押し付けわざに又妻を持たせけるに、何に付けても思はしからねど堪忍して、はや五年余りも過ぎける。
宇右衛門も長々患ひて{*2}、今は浮世の限りの時、後妻を枕近く呼び寄せ、「我、相果てし後、また浮世を立て給はば{*3}、それがし息の通ふ内に、何にても欲しき物を取つて退き給へ。」と言ふ。女、涙に袖を浸し、「重ねて夫を持つべきや。」と黒髪を切れば、「さては頼もしき{*4}。」と三人の子どもを預け、よろづの宝を渡し、今は思ひ残する事もなく空しくなりぬ。
いまだ三十五日もたたぬに、子ども二人過ぎ行けば、人も不思議を立てける。十九歳になる兄息子にも、後ほど辛く当たれば、ぶらぶらと患ひつきて、「養生のため。」とて遠く借り座敷に出でけるに、万事かつがつにあてがへば{*5}、悲しき様子申せど、ある物を遣らず。「やうやう年も暮れ近し。銭金も取り集めたらば、遣はし申すべし。」と言ふ。「今日さへ送りかねしに。口惜しき仕方。」と思ひ極め、一言申し残すは、「我、これまで来る道にて、雪に遭ひし人ありて、『我が唐傘の下へ頼む。』と言ふ程に、『我が宿は、これより一里余りあり。それまで行きてから、持たして貸すべし。』と申せば、『その間には濡るる。』と申した。」と。これを最後の言葉にて過ぎ行く。
「今は我が物。」と、昔の如く継母、髪を伸ばし、悪戯を立て{*}世に栄ゆる時、継子の幽霊来つて、軒端より息吹きかくるに、母の頭に火炎燃え付き、色々消してもとまらず、形も残らずなりぬ。
校訂者注
1:底本は、「なしみ」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
2:底本は、「わつらひて。」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
3:底本は、「立(たて)たまはは。」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
4:底本は、「たのしき」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
5:底本は、「借座敷(かりざしき)におけるに。万事(ばんじ)かつ(二字以上の繰り返し記号)にあてかへば。」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
6:底本は、「いたづらを色。」。『新日本古典文学大系76』(岩波書店 1991)に従い改めた。
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