二代目に破る扇の風
人の家に有りたきは、梅、桜、松、楓。それよりは、金銀、米、銭ぞかし。庭山にまさりて庭蔵の眺め、四季折々の買ひ置き、これぞ喜見城の楽しみと思ひ極めて、今の都に住みながら、四条の橋を東へ渡らず、大宮通より丹波口の西へ行かず。諸山の出家を寄せず、諸浪人に近付かず。少しの風気、虫腹には自薬を用ゐて、昼は家職を大事に勤め、夜は内を出でずして、若い時習ひ置きし小謡を、それも両隣を憚りて、地声にして我一人の慰みになしける。燈を受けて本見るにはあらず、覚えた通り。世の費え、一つもせざりき。
この男、一生の内、草履の鼻緒を踏み切らず、釘の頭に袖をかけて破らず。万に気を付けて、その身一代に二千貫目しこ溜めて、行年八十八歳。世の人、あやかり物とて舛掻を切らせける。されば限り有る命、この親仁、その年の時雨降る頃、憂への雲、立ち所を待たず。頓死の枕に残る男子、一人してこの跡を丸取りにして、二十一歳より生れ付きたる長者なり。
この倅、親にまさりて始末を第一にして、あまたの親類に所務分けとて箸片し散らさず、七日の仕揚げ。八日目より蔀、門口を開けて、世を渡る業を大事に掛けて、腹の減るを悲しみて、火事の見舞にも早くは歩まず。悋い穿鑿に年暮れて、明くれば、「去年の今日ぞ、親仁の祥月。」とて旦那寺に参りて、下向になほ昔を思ひ出して、涙は袖に余れる。
「この手紬の碁盤縞は命知らずとて、親仁の着られしが、思へば惜しき命。今十二年{*1}生き給へば、長百なり。若死あそばして大分損かな。」と、これにまで欲先立ちて帰るに、紫野の辺り、御薬苑の竹垣のもとにして、召し連れたる年切女、斎米入れし空き袋持ちし片手に、封じ文一通拾ひ上げしを、取りて見れば、「花川様参る。二三より。」と裏書き。そくひ付けながら、念を入れて印判押したる上に、「五大力菩薩」と、染め染めと筆を動かせける。
「これは、聞きも及ばぬ御公家衆の御名なり。」と、それより宿に帰り、人に尋ねければ、「これは、嶋原の局女郎の方へ遣るなるべし。」と読み捨てけるを、「これも、杉原反故一枚の徳。損のゆかぬ事。」とて、物静かに解き見しに、一歩一つころりと出しに、「これは。」と驚き、まづ付け石にて改め、その後、秤の上目にて一匁二分、りんとある事を喜び、胸の躍りを鎮め、「思ひ寄らざる仕合せは、これぞかし。世間へ沙汰する事なかれ。」と、下々の口を閉ぢて、さて、かの文を読みけるに、恋も情けも離れて、頭から一つ書きにして、「時分柄の御無心なれども、身に代へてもいとほしさのまま、春切り米を借り越し遣はし参らせ候。この内、二匁はいつぞやの諸分け、その残りは皆合力。年々積もりし借銭を済まし申さるべし。惣じて、人にはその分限相応の思はく有り。大坂屋の野風殿に西国の大臣、菊の節句仕舞ひにとて、一分{*2}三百贈られしも、我らが一角も、心入れは同じ事ぞかし。あらば何か惜しかるべし。」と、哀れ含みての文章。
読む程、不憫重なり、「いかにしても、この金子を拾うてはゐられじ。この存念も恐ろし。その男に返さんとすれば、住み所を知らず。先の知れたる島原に行きて、花川を尋ね、渡さん。」と、少しは鬢のそそけを作りて、宿を立ち出でし後、「この一分{*3}、只返すも、思へば惜しき」心ざし出て、五七度も分別変へけるが、程なく色里の門口に着きて、すぐには入りかね、暫く立ち休み、揚屋より酒取りに行く男に立ち寄り、「この御門は、断りなしに通りましても苦しうござりませぬか。」と言ひければ、かの男、返事もせず、おとがひにて教へける。
「さては。」と、編笠ぬぎて手に提げ、中腰にかがめて、やうやうに出口の茶屋の前を行き過ぎて、女郎町に入り、一文字屋の今唐土出掛け姿に近寄り、「花川様と申す御方は。」と尋ねけるに、大夫、遣り手の方へ顔を移して、「私は存じませぬ。」とばかり。遣り手、青暖簾の掛かる方に指さして、「どこぞ、そのあたりで聞き給へ。」と言へば、後なる六尺、目に角を立てて、「その女郎、連れておぢやれ。見てやらう。」と申せば、「連れ参る程なれば、御前様に御尋ねは申しませぬ。」と、後へ下がりて、あなたこなたに尋ね当たり、様子を聞けば、二匁取りの端傾城なるが、この二、三日気色悪しくて、引き籠り居らるる由、そこそこに語り出ければ、かの文届けず。
帰りさまに、思ひの外なる浮気おこりて、「元この金子、我が物にもあらず。一生の思ひ出に、この金子切りに今日一日の遊興して、老いての話の種にも。」と思ひ極め、揚屋の町は思ひも寄らず、茶屋にとひ寄り、藤屋彦右衛門といへる二階に上がり、昼のうち九匁の御方を呼びてもらひ、呑みつけぬ酒に浮かれて、これより手習ふ始め。情け文の取り遣りして、次第のぼりに、大夫残らず買ひ出し、時なるかな、都の末社四天王、願西、神楽、鸚鵡、乱酒に育てられ、まんまとこの道に賢くなつて、後には色作る男の仕出しもこれが真似して、「扇屋の恋風様」と言はれて吹き揚げ、人は知れぬものかな、見及びて四、五年このかたに、二千貫目、塵も灰もなく火吹く力もなく、家名の古扇残りて、「一度は栄え、一度は衰ふる」と身の程を謡うたひて、一日暮らしにせしを見る時聞く時、「今時は儲けにくい銀を。」と、身を持ち固めし鎌田屋の何がし、子供にこれを語りぬ。
【口訳】
人の家にありたい物は、梅、桜、松、楓などだが、それよりもなほまさつてゐるのは、金銀、米、銭だ。「庭山にまさつて、よいのは庭蔵の眺めで、これに四季折々の品物を買つて入れて置くのは、これぞ喜見城の楽しみだ。」と思ひ定めてゐる男があつた。この男、当世の都に住んでゐながら、四条の橋を東へ渡らず、大宮通りから丹波口の西へ行かず、両色里に足を入れない。又、諸寺の僧侶を寄せつけず、諸浪人に近付かず、少しの風気、虫腹には自薬を用ゐ、昼は家業を大切に勤め、夜は外出しないで、若い時習つておいた小謡を、それも両隣に遠慮して地声で謡ひ、我ひとりの慰みにした。燈の光を受けて本見るのではなく{*4}、かねて記憶してゐる通りにして、入費のかかる事は一つもしなかつた。
この男、一生の内に草履の鼻緒を踏み切つた事がなく、釘の頭に袖を引つ掛けて破つた事がなく、万事に気を付け、その身一代に二千貫目の大金を貯めて、行年八十八歳になつたが、世の人、これをあやかりものと羨んで、枡掻きを切らせた{*5}。しかるに、人の命には限りのあるもので、この親爺、時雨降る頃、心配な容態となられたかと思ふ内に、間もなく頓死なされたが、その枕頭に残つた男子が、一人でその遺産を丸取りにして、二十一歳から生まれながらの長者となつた。
この息子は、親にまして倹約を第一にし、多くの親類に対しても、形見分けと言つて箸一本だつて散らさず、初七日の忌を済ますや、はや八日目から蔀戸や門口を開け、渡世の業を大切に心掛け、腹の減るのを悲しんで、火事の見舞にも早くは歩まず、吝い事ばかりを気にかけて、その年も暮れ、翌年には、「去年の今日は、親爺の祥月命日だ。」というので旦那寺に参詣したが、帰途にはなお昔の親爺の事を思ひ出して、涙は袖にあふれた。
「この手紬の碁盤縞は、もちがよくて命知らず{*6}と言つて親爺が着られたが、思へば惜しい命。もう十二年生きてゐられれば、丁度百ぢや{*7}。若死あそばして、大分損をなさつたよ。」と、命にまで欲が先に立つて帰るに、紫野のほとり、御薬苑の竹垣のもとで、召し連れた年切り女が、斎米入れた空き袋を持つ片手に、封じ文一通拾ひ上げたのを、取つて見れば、「花川様参る。二三より{*8}。」とあつて、裏書きは、そくひを付け、更に念を入れて印判押した上に、「五大力菩薩」と、墨黒々と筆を染めてあつた。
「これは、聞いた事もない御公卿衆の御名だ。」とつぶやき、それから家に帰り、人に尋ねたところが、「これは、島原の局女郎{*9}の方へ遣る文だらう。」と言つて読み捨てたのを、「これも、杉原反故一枚の得。取つておいても損の行かぬ事だ。」と言つて、静かに封を解いてみると、一分金一つころりと出たので、「これはまあ。」と驚き、まづ附け石で調べ、しかる後、秤にかけて上目{*10}で見れば、一匁二分きちんとある事を喜び、胸の躍るのを落ち着け、「思ひ寄らぬ仕合せとは、この事だ。世間の人に話すな。」と召使ひ達に口止めして、さて、かの文を読んでみると、恋などは全くなく、始めから一つ書き{*11}にして、「時節柄の御無心だが、こちらも金の持ち合せがない。けれども身に替へてもそなたをかはゆく思ふから、春切り米{*12}を借り越して遣はします。この内二匁は、いつかの入費、その残りは皆そなたにあげるから、年々積もつた借銭をこれで済ましなさい。いったい、人にはその分際相応の考へがある。たとへば、大坂屋の大夫野風殿に九州の大尽が、菊の節句仕舞ひに使へとて、一分金三百箇贈られたのも、わしが今一角{*13}お前にあげるのも、心づかひは同じ事だよ。もつと金があらば、そなたの為に何で惜しからうぞ。」と、同情のこもつた文章だ。
読めば読むほど気の毒さが増し、「いかにしてもこの金子を拾つては置かれない。この人の存念に対しても恐ろしい。だが、その男に返さうとすれば、住所がわからない。いつその事、方角の知れた島原に行つて、花川を尋ねて渡さう。」と思案して、少しは鬢のほつれ毛をつくろひ、家を出たが、「この一分を只返すのも、思へば惜しい事だ。」といふ考へが出て、五七度も考へ直したが、間もなく色里の門口に着いた。だが、すぐには入りかね、暫く立ち止まつてゐると、揚屋から酒取りに行く男が来るので、これに近寄り、「この御門は、無断で通りましても差し支へござりませぬか。」と聞いた。かの男は返事もせず、あごで教へた。
「それでは差し支へないのだな。」と思ひ、編笠{*14}ぬいで手に提げ、中腰になつて、やうやう出口の茶屋の前を行き過ぎて、女郎町に入り、一文字屋の今唐土が道中姿となつて揚屋へ出掛けるのに近寄り、「花川様と申す御方はどちらで。」と尋ねたところが、大夫は、遣り手の方に顔を向けて、「私は存じませぬ。」と言つたばかり。そこで、遣り手は青暖簾の掛かつてある方を指さして、「どこぞ、その辺で聞きなされ。」と言へば、後に従ふ六尺{*15}、この男に怒つた目つきをして、「その女郎、連れておぢやれ。見てやらう。」と言へば、「連れ参る程なれば、御前様に御尋ねは申しませぬ。」と言つて後へ下がり、あなたこなたに立ち寄り、やつと尋ね当たつて、その家の人に様子を聞くと、花川といふのは二匁取りの端傾城であるが、この二、三日、気分が悪くて引き籠つて居られる由、忙しさうに語り出したので、かの文を届けず、帰る途中、思ひの外な浮気が起こつて、「元来、この金子は自分の物でもない。一生の思ひ出に、この金子限りで今日一日の遊興して、老後の話の種にもしよう。」と決心したが、揚屋の町で遊ぶのは高くかかるので、思ひも寄らないので、茶屋に尋ね寄り、藤屋彦右衛門といふ家の二階に上がり、「昼のうち九匁の御方を。」と言つて呼んで貰ひ、呑みつけぬ酒に浮かれたが、これから遊びの手習ひ始め、恋文の取り遣りして、端女郎から次第のぼりに大夫を残らず買ひ始めたが、時も時、都に「太鼓持ち{*16}の四天王」と言はれて、願西、神楽、鸚鵡、乱酒の四人が居たが、これらにおだてられ、まんまとこの道に偉くなつて、後には、ハイカラ男がめかすのも、この男の真似をするやうになり、「扇屋の恋風様」と言はれて金銀を遣ひ{*17}、人はわからぬものだ、目に留まつて四、五年このかたに、二千貫目の財産が塵も灰もなくなり、火吹く力さへもなく{*18}、家号に縁のある古扇ばかりが手に残つて、「一度は栄え、一度は衰ふる{*19}」と、今の身の上を謡うたつて{*20}その日暮らしにしてゐるが、これを見る時聞く時、「当世は儲けにくい銀を、あたら遣ひ果たして。」と、身を堅く持ち続けて来た鎌田屋の何がしが、子供らに右の話を語るのであつた。
【批評】
読者は本篇を読了して、身持ちを十分に慎むべき事を痛切に教へられるところがあるかと考へるに、さうでもない。
本編で最も興味の存在するところは、ウブな男が島原に初めて行つた光景である。惣門を入る時、「この御門は断りなしに通りましても苦しうござりませぬか。」と尋ねる事、大夫の出掛け姿に直接尋ねる事。この前後の描写は、フモールも漂つて、一篇中最も光つてゐる。又、金子を返さうとする同情と、遊里に立ち入る好奇心と欲念との葛藤も自然であり、更に、尋ねる遊女に終に会へず、拾つた一分金に目がくれ、一人よがりの分別して遊んでみたい気持ちになる心理の推移も、極めて自然で無理がなく、そぞろに読者を微笑させる。
極端に吝い心が、極端に遊蕩する心に変ずるのもまた、世間に実例のある事で、頷かされる。永代蔵から読者が得るところのものは、大方は致富の道ではなくて、作者の鋭敏軽妙な描写に魅せられて、興味を感ずる点に存在すると思ふのであるが、この一篇も又、その好例である。
校訂者注
1:底本は、「廿二年」。底本語釈に従い改めた。
2・3:底本は、「一歩(ぶ)」。底本語釈に従い改めた。
4:底本語釈に、「〇本見るにはあらず 小謡を謡ふのも、謡の本を見て吟ずるのではない。油が減るからである。」とある。
5:底本語釈に、「〇桝掻(ますかき) 桝に盛つた穀物を、桝の縁と平らかにならす為に用ゐる短い棒。升掻をきるとは、竹を切つて升掻を作ること。八十八歳は米寿と言ふ。そこで八十八歳の老翁を招待して升掻を切つて貰ひ、その仕合せにあやからうとする風習があつた。」とある。
6:底本語釈に、「〇命(いのち)しらず 非常に長持ちのする意。紬が元来強いのに、手織りだから一層頑丈である。」とある。
7:底本語釈に、「〇長(ちやう)百 長百は丁百銭の略で、丁銭(ちやうせん)とも言ひ、銭百文のこと。百歳を銭の算用の言葉で言ふのも、さすがに始末男である。」とある。
8:底本語釈に、「〇二三 にさん。これは、五兵衛などいふ名の替へ名で、替へ名を使ふ事は、遊客の風習であつた。」とある。
9:底本語釈に、「〇局(つぼね)上郎(らう) 最も下等な傾城。端(はし)女郎。島原では、大夫、天神、囲(かこひ)、局の順であつた。」とある。
10:底本語釈に、「〇上目(うはめ) 秤竿の上面にしるしてある目盛り。」とある。
11:底本語釈に、「〇ひとつ書(かき) 一つ、何々と、箇条書きのやうに書くこと。」とある。
12:底本語釈に、「〇春切米(はるぎりまい) 切米は扶持米を金銭に切り替へて給するもので、今日の給料に当たる。春季は二月、夏季は五月、冬季は十月を支給期とし、毎期、米の時価を標準として金銭に換算して支給した。」とある。
13:底本語釈に、「〇一角(かく) 一分金一枚のこと。一分金は長方形だから、かく言ふ。」とある。
14:底本語釈に、「〇編笠(あみがさ) 編笠をかぶつて門口を通るのが普通であるのに、この男はぬいで通る。」とある。
15:底本語釈に、「〇六尺 大夫の後ろから大きな日傘をさしかけて行く下僕。」とある。
16:底本語釈に、「〇末社(まつしや) 太鼓持ち。幇間。遊客に侍して酒興を助くる男。」とある。
17:底本語釈に、「〇吹揚(ふきあげ) 遊女などに金銀を使ひ尽くす事を入れあぐといふ。ここは恋風の風の縁から吹き揚げと書いた。」とある。
18:底本語釈に、「〇火吹力(ひふくちから)もなく 諺。一文もない身になつたこと。火吹き竹で竈の火を吹く力もないこと。」とある。
19:底本語釈に、「〇一度(たび)は栄(さか)へ一度(たび)は衰(おとろふ)る 謡曲杜若。」とある。
20:底本語釈に、「〇謡(うたひ)うたひて 謡うたひと称する乞食になつたこと。」とある。
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