世は欲の入れ札に仕合せ{*1}
用心し給へ。国に盗人、家に鼠。後家に入り聟、急ぐまじき事なり。今時の仲人、頼もしづくにはあらず。その敷銀に応じて、たとへば五十貫目付けば五貫目取る事と言へり。この如く、十分一銀出して嫁呼ぶ方へ遣はしけるは、内証、心もとなし。一代に一度の商ひ事、この損、取り返しのならぬ事。よくよく念を入るべし。
世の風義を見るに、手前よき人、表向き軽う見せるは稀なり。分際より万事を花麗にするを、近年の人心よろしからず。嫁取り時分の息子ある人は、まだしき家普請、部屋造りして、諸道具の拵へ、下人下女を置き添へて富貴に見せ掛け、嫁の敷銀を望み、商ひの手だてにする事、心根の恥づかしき。世の外聞ばかりに、送り迎ひの乗り物、一門縁者の奢りくらべ。無用の物入り重なりて、程なく穴のあく屋根をも{*2}葺かず、家の破滅とはなれり。
或ひは又、娘持ちたる親は、おのれが分限より過分に先の家を好み、身代の外、聟の生まれ付き、諸芸ありて人の目立つ程なるを聞き合はせけるに、小鼓打てば博奕打ち、若い者ぶりすれば傾城狂ひ止まず、「一座の公儀ぶりよき人。」と人の誉むれば、野郎遊び{*3}に金銀を費しぬ。
これを思ふに、「男よくて身すぎに賢く世間にうとからず、親に孝ありて人に憎まれず世の為になる人、聟に取りたき。」とて尋ねても、有るべきや。よい事過ぎて、かへつて難儀あるものぞかし。上つ方にさへ不祥は{*4}あるもの。ましてや下つ方の人、十に五つは見許し、小男なりとも禿頭なりとも、商ひ口利きて親の譲り銀を減らさぬ人ならば、縁組すべし。
「あれは何屋の誰殿の聟ぞ。」と、五節句に袴肩衣ためつけ、紋付の小袖に金拵への小脇差、後より小者、若い者、挟み箱持ちつれたる当世男。見よげにして、娘の母親喜ぶ事なり。それも分散にあへば、衣類、刃物も皆人手に渡りて、悪しき男の紬を花色小紋に染めて着、或ひは又、裏付きの木綿{*5}袴着たるよりは劣れり。嫁も、高人の家は格別、民家の女は、琴の代りに真綿{*5}をひき、伽羅の煙よりは薪の燃えしさるをばさしくべたるがよし。それぞれに似合ひたる身持ちするこそ見よけれ。
世間体ばかり皆偽りの世の中に、時雨{*6}降り行く奈良坂や、春日の里に晒布の買ひ問屋して、有徳人松屋の何がしとてありしが、昔は今の秋田屋、榑屋にまさりて世盛りの八重桜、ここの都に花をやつて春を豊かに暮らされ、所酒の辛口、鱶の刺身を好み、その身栄花に明かし、この家次第に衰へ、天命を知る年になりて平生の不養生にて頓死をせられける。妻子に大分の借銭を残し、これを譲られける。人の身代、死なねば知れぬものぞかし。
この後家、今年三十八にして小づくりなる女。殊更きめ細かにして色白く、うち見には二十七、八。人の好める当流女房、跡を忘れて又の縁にも付きかねざる風俗なりしに、若年の子供を憐れみ、人の疑はぬ程に髪切つて、白粉絶えて紅の唇色さめ、男模様の着る物。帯も細きを好み、才覚、男にまされど、女の鍬も使はれず。柱の根継ぎも手細工には及び難く、いつとなく軒漏る雨にしのぶ草茂りて、野を内に見る鹿の声、ふだん聞くよりは悲しく、恋慕の外に連れ合ひの事ゆかしく、女ばかりも世を立て難き事、今ぞ身におぼえける。
今時の後家立つるは、その死に跡に過分の金銀家督ありて、欲より女の親類異見して、いまだ若盛りの女に無理やりに髪を切らせ、心にも染まぬ仏の道を勧め、命日を弔はせける。必ず浮き名立て、家久しき若い者を旦那にする事、所々にこれを見及びける。かくあらんよりは、外への縁組、人の笑ふ事にはあらず。かの松屋後家こそ世の人の鑑なれ{*7}。
いろいろの渡世して、心任せにかなはず、昔の借銀済むべき調法もならず。次第に貧しくなる時、一生一大事の分別出し、「住宅を借り方の衆中に渡すべき。」と申せば、人皆憐れみて、「今取るべき。」と言ふ者一人もなし。借銀五貫目、この家売れば三貫目より内なり。後家、町中に歎き、この家を頼母子の入れ札にして売りける。一人に銀四匁づつ取りて、突き当たりたる方ヘ家を渡すなれば、「てんぽにして銀四匁」と札を入れける程に、三千枚入りて、銀十二貫目請け取り、五貫目の借銀払ひ、七貫目残りて、後家、再びこれより分限になりぬ。人に召し使はれし下女、札に突き当たりて、四匁にて家持ちとなれり。
【口訳】
用心し給へ。世話に「国に盗人、家に鼠。」と言ふが、後家に入り聟するのも急ぐ要はなく{*8}、念入れたがよい。今時の媒人は、親切本位で世話するのではない。その持参金に応じて、例へば銀五十貫目付けば、五貫目を世話料として取るのだと言ふ。このやうに、持参金の一割も出して嫁呼ぶ家に娘を遣はすのは、その娘呼ぶ家の資産が気づかはしく思はれる。縁組は一代に一度の商ひ事で{*9}、もしこれで損をしたらば、取り返しのならぬ事であるから、よくよく念を入れたがよい。
世間の人のやり方を見るに、資産の豊かな人が、外観を貧乏らしく見せるのは稀である。分際以上に万事を立派にするのが近年の人の心で、これはよろしくない。嫁取り時分の息子のある家では、まだするに及ばない家普請や部屋造りをし、諸道具を新調し、下男下女を増加して富裕に見せかけ、その実は嫁の持参金を望み、商売の手だてに使用するのである。この根性は汚いものだ。ただ世間への見栄の為に嫁送迎の乗り物を仕立てたり、一族親類が祝言について互に華美を競つたりして、無益の入費が重なり、まもなく身代に穴があいて、雨漏る屋根も葺く事ができず、家の破滅となるのだ。
或いは又、娘を持つてゐる親は、自分の分際以上に先方の家の立派なのを好み、財産の外に、聟の性質がよく、諸芸があつて人の目に立つ程のものを問ひ合はせてみると、小鼓打つ者は博奕を打ち、実直な手代ぶりするのは遊女狂ひが止まず、「一座の社交ぶりがよい人だ。」と人が誉めるのは、野郎遊びに金銀を費す者であつたりする{*10}。
これを思ふに、「男ぶりがよくて家業に抜け目がなく、世間の事に疎くなく、親に孝行で人に憎まれず、世の為になる人を聟に取りたい。」と言つて尋ね探しても、そんな完全な男があらうや。よい事が過ぎれば、かへつて困る事があるものだ。上つ方にさへ欠点はあるもので、まして下々の人は{*11}、十に五つの不満の点は見許し、小男であつても禿げ頭であつても、お客への商ひぶりが上手で{*12}親の遺産を減らさぬ人ならば、縁組してもよからう。
「あれは何屋の誰殿の聟だよ。」と評判され、五節句に肩衣袴をきちんと着、紋付の小袖に金拵への小脇差を差し、後から小者、若い者、挟み箱持ちなどを連れた有様は、あつぱれ当世男で、見る目も立派で、娘の母親が喜ぶ事である。だがその男も、一旦身代限りにあへば、衣類や刃物も皆他人の手に渡つて、ブ男が紬を花色小紋に染めて着、或いはまた裏付きの木綿袴を着たのよりも、見劣りがする。嫁も、身分の高い家は特別だが、普通の町人の女は、琴の代りに真綿をひき{*13}、伽羅を焚くよりは薪の燃えしざるのをば、さしくべたがよい。それぞれに分相応な身持ちをするのが見よいものだ。
世間体ばかりを皆ごまかして暮らし行く世の中に、時雨のみは時節を違へず正直に降つて行く、楢の葉に縁のある奈良坂越えて春日の里に{*14}、晒し布の買ひ問屋をしてゐる福人、松屋の何がしと言つて住んでゐたが、以前は今の秋田屋、榑屋にもまさつて、九重の八重桜の如く栄え、ここの都に楽しく{*15}、幾年もの間豊かに暮らされ、地酒の辛口に鱶の刺身を好み、その身を栄耀に明かし暮らして居られたが、この家、次第に衰へ、五十歳になつて、平生の不養生の為、俄に亡くなられた。妻子に沢山の借銭を残して、これを譲られた。人の資産は死なねばわからぬものだ。
この後家は今年三十八で、小作りな女だが、殊にきめが細かで色白く、ちよつと見には二十七、八と思はれ、人好きのする当世向きの女房で、夫の死後の仕事を忘れて再縁もしかねない程の容姿であつたが、まだ幼い子供をかはいがり、人の疑はぬ程度に髪を切り、お白いもつけず、かつて紅つけた唇の色も今はさめ、男模様の着物を着、帯も細いのを好み、才覚は男にまさつてゐるけれど、女の身として鍬も使はれず、柱の根継ぎも手細工ではできず、いつしか軒漏る雨にしのぶ草が茂り、庭の内も野らと見る程に荒れ、鹿の声もいつも聞くよりは悲しく、恋しさのほかに、家業につけては亡き夫が懐かしく{*16}、女ばかりでは暮らしを立て難い事を、今になつて身につくづくと感じるのであつた。
今の世、後家を通して行くのは、その夫の死後に沢山の金銀や相続人がある場合には、その後家の親類達が、その遺産をなくさせぬ欲心から意見して、まだ若盛りの女に無理やりに髪を切らせ、心にも染まぬ仏信心を勧めて、亡夫の命日を弔はせるものだが、きつと浮き名が立つて、家に久しく使つてゐる手代を主人にする事は、所々で目に付く事だ。こんな事になるよりは、外へ再縁した方がましだ。人の笑ふ事ではない。してみれば、かの松屋の後家こそ世間の人の手本である。
色々の商売をしてみたが、心のままにもならず、昔の借財の済む工夫もつかず、次第に貧しくなつてきた時、一生のうち最も大切となるべき分別を出し、「住宅を債権者{*17}の人々に渡さう。」と申し出たところ、人皆同情して、「今受け取らう。」と言ふ者は一人もない。又、五貫目の借銀に対して、この家を売つたところで、三貫目以内の値打ちしかないのである。そこでこの後家は、町内の人々に歎願して、この家を頼母子の入札にして片付ける事にした{*18}。一人につき銀四匁づつ入札者から取り立て、札に突き当たつた人に家を渡すのであるから、人々は、「運次第にして{*19}、わしも四匁出す。」と言つて札を入れたところが、皆で三千枚の札が入り、合計銀十二貫目受け取り、五貫目の借銀を支払ひ、七貫目手に残つて、この後家、再び分限になつた。さて、人に召し使はれてゐた下女が札に突き当たつて、僅か四匁で家持ちとなつた。
【批評】
作者は人事の推移を述べて行く間に、自然の風物を巧みに織り込んで行く事を忘れない。雅語俗語を交錯させての旋律は、読者を魅せずにはおかない。西鶴の物は、話の筋よりもむしろかういう点に、読者を引きずつて行く力を持つてゐるのが多い。
校訂者注
1:底本語釈に、「〇世(よ)は欲(よく)の入札(いれふだ)に仕合(しあはせ) 松屋の後家が借銀に困り、札に突き当たつた人には自分の家を渡すことにして、頼もしを催したところが、かへつて大いに儲けて仕合せになつた事。『世は欲の入れ札』は、入札に依つてこの後家の家を手に入れようとする世の人々の欲深い事を言ふ。」とある。
2:底本は、「屋ねも」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
3:底本は、「野郎(やらう)あそばに」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
4:底本は、「不祥(ふしやう)ある物」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
5:底本は、「木緒(もめん)」「真緒(まわた)」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
6:底本は、「晴雨(しぐれ)」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
7:底本は、「世(よ)の鑑(かゞみ)なれ。」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
8:底本語釈に、「〇国(くに)に賊(ぬすびと)家(いへ)に鼠(ねずみ) 物事には必ず弊害の伴ふこと。」「〇後家(ごけ)に入聟(いりむこ) 諺に『後家と黒木は触つてみねば知れぬ。』とある如く、後家の身持ちは外観のみではわからぬから、『急ぐまじきことなり』と言つた。」とある。
9:底本語釈に、「〇一代に一度(ど)の商(あきなひ)事 一生一度の縁組を商ひ事に見たてた。後條に、松屋の後家が『一生一大事の分別』を出した事に照応するのである。」とある。
10:底本語釈に、「〇若ひ者(もの)ぶり 手代ぶり。実直な手代ぶり。」「〇一座(ざ)の公儀(こうぎ)ふり 宴席などの社交ぶり。公儀は遊里の宴席の意に主として用ゐられた。」「〇野郎(やらう) 前髪を剃つた歌舞伎若衆。歌舞伎野郎の略称。宴席にも侍し、衆道を売る男娼でもあつた。」とある。
11:底本語釈に、「〇上つかた うへつがた。身分の高い人。」「〇下つかた しもつがた。普通の町人など。」とある。
12:底本語釈に、「〇商口(あきなひくち)利(きき)て 商口が利いて。商売ぶりが上手で。商ひ口は、商品の効能などを述べる言葉。」とある。
13:底本語釈に、「〇高(かう)人 かうにん。身分の高い人。『高人の家』は即ち、西鶴が往々使ふ『高家(かうけ)』に同じ。」「〇真綿を引 真綿を引き延ばして着物に入れること。」とある。
14:底本語釈に、「〇いつはりの世中に これは定家の歌『偽りのなき世なりけり神無月たが誠よりしぐれそめけむ』(拾遺愚草・続後拾遺集冬)をふまへたもの。歌意は、世の中は偽りばかりと思つてゐるのに、神無月になれば、時を違へず正直に時雨が降り始めるのを見ると、やはり偽りのない世の中であるよ。」「〇奈良坂(ならざか)や 『時雨降り行く奈良坂や』は、春日の里の序と見てよい。これを春日の里に言ひ続けたのは、奈良坂を京の方から越して南に進めば、春日野に出るからである。奈良坂は春日を出す為でもあるが、また奈良晒布(ざらし)の縁であり、又『皆偽りの世の中に』に対して、色変へぬ松屋の後家の操が遥かに照応してゐる。」とある。
15:底本語釈に、「〇花をやつて 気を慰める事。ここは、楽しく暮らす事。」とある。
16:底本語釈に、「〇ゆかしく なつかしく。種々相談したいのである。」とある。
17:底本語釈に、「〇借(かり)かた 貸方(かしかた)とすべきところ。債権者。振り仮名は『借(かし)かた』とすべきを誤つたのであらう。」とある。
18:底本語釈に、「〇歎き 歎願し。頼母子の入札興行について、町中の人々が官に願ひ出てくれるやうに後家が歎願したのである。」「〇たのもしの入札(いれふだ) たのもしは普通『頼母子』と書き、札に突きあてて利益を得るのを頼みにする意で、即ち頼もしの意である。今日の頼母子講とは違ひ、一種の富突(とみつき)で、入札する人々から一定の賭銀(かけぎん)を出させ、札に突きあてた者には予定の家屋敷(普通には金額)を与へるのである。全部の賭銀は催主の所得となり、当籤しなかつた者は賭け損になるのである。」とある。
19:底本語釈に、「〇てんほ てんぽ。でまかせ。運のままなどの意。」とある。
コメント