天狗は家名の風車{*1}
智恵の海広く、日本の人の働きを見て、身過ぎにうとき唐楽天が逃げて帰りし事の可笑し。詩を歌ふは耳遠く、横手節といへる小歌の出所を尋ねけるに、紀の路大湊泰地といふ里の妻子の歌へり。この所は繁昌にして、若松叢立ちける中に鯨恵比須の宮を斎ひ、鳥居にその魚の胴骨立ちしに、高さ三丈ばかりも有りぬべし。
目馴れずしてこれに興さめて、浦人に尋ねければ、この浜に鯨突きの羽指しの上手に天狗源内と言へる人、毎年、「仕合せ男。」とて、昔この人を雇ひて舟を仕立てけるに、或る時、沖に一叢、夕立雲の如く潮吹きけるを目がけ、一の銛を突きて風車のしるしをあげしに、又、天狗とは知りぬ。諸人、浪の声を揃へ、笛、太鼓、鉦の拍子を取つて、大綱つけて轆轤に巻きて磯に引き上げけるに、そのたけ三十三尋二尺六寸。せみと言へる大鯨、前代の見始め。七郷の賑ひ、竈の煙立ち続き、油を絞りて千樽の限りもなく、その身、その皮、鰭まですたる所なく、長者に成るはこれなり。切り重ねし有様は山なき浦に珍しく、雪の富士、紅葉の高雄ここに移しぬ。
いつとても捨て置く骨を、源内、貰ひ置きてこれをはたかせ、又{*2}油を採りけるに、思ひの外なる徳より分限に成る{*3}。末々の人の為、大分の事なるを、今まで気の付かぬこそ愚かなれ。近年工夫をして鯨網を拵へ、見つけ次第に取り損ずる事なく、今、浦々にこれを仕出しぬ。昔日は浜庇の住まひせしが、檜造りの長屋。二百余人の漁師を抱へ、舟ばかりも八十艘。何事しても図に乗つて、今は金銀うめきて、遣へど後は減らず。根へ入りての内証よし、これを楠木分限と言へり。
「信あれば徳あり。」と、仏に仕へ神を祭る事、おろかならず。中にも西の宮を有り難く、例年正月十日{*4}には人より早く詣でけるに、一年帳綴ぢの酒に前後を忘れ、やうやう明け方より、手船の二十挺立ちを押し切らせ行くに、いつの年より遅き事を何とやら心がかりに思ひしに、年男の福太夫といふ家来、子細らしき顔付きして申し出せしは、「二十年以来、朝恵比須に参り給ふに、当年は日の入り。旦那の身代も提灯ほどな火が降らう。」と、思ひも寄らぬあだ口。
いよいよ気を背きて脇差に手は掛けしが、「ここが思案。」と収めて、「春の夜の闇を、提灯なしには歩かれじ。」と、足を伸ばし胸をさすりて苦笑ひの中に、早船、広田の浜に着きて、心静かに参詣せしに、松原寂しく御灯の光幽かに、皆下向ばかりにて、参るは我より外になく、心をせきて、神前になれば「お神楽。」と言へど、社人は車座に居て銭繋ぎかかり、誰の彼のとかによひ合ひ、舞姫の後にて鼓ばかり打ちてそこそこに埒明け、鈴も遠いから頂かせて仕舞はれける。
神の事ながら少し腹立ちて、大方に廻りて又舟に取り乗り、袴も脱がず浪枕して、いつとなく寝入りけるに、後より恵比須殿、烏帽子の脱げるも構はず、玉襷して袖まくり、片足上げて岩の鼻から船に乗り移らせ給ひ、あらたなる御声にて、「やれやれ、よい事を思ひ出してゐてから、忘れたは。この福をいづれの漁師なりとも、機嫌に任せ語り与ようと思ふに、今の世の人心せはしく、我が言ふ事ばかり言うて、ざらざらと立ち行けば、何を言うて聞かす間もなし。遅く参りて汝が仕合せ。」と耳たぶに寄らせられ、ささやき給ふは、「魚島時に限らず、生け船の鯛を、いづくまでも無事に着けやう有り。弱りし鯛の腹に、針の立て所、尾先より三寸程前を、尖りし竹にて突くといなや、生きてはたらく鯛の療治。新しき事ではないか。」と語り給ふと夢覚めて、「これは世のためしぞ。」と御告げに任せけるに、案の如く鯛を殺さず。これに又利を得て、仕合せのよい時津風、真艫に舟を乗りける。
【口訳】
海のやうに智恵の多い日本人の働きを見て、渡世に疎い支那の楽天が逃げ帰つた事{*5}の可笑しさよ。詩を歌ふのは聞いてもわかりにくいもので、やはり日本の歌が面白い。横手節といふ小歌の出所を尋ねてみると、紀伊の国の大湊である、泰地といふ村の妻子どもが歌つてゐると言ふ。この所は賑やかな所で、若松の林の中に鯨恵比須の宮を祭り、鳥居に鯨の胴骨{*6}が立つてゐるが、高さは三丈ばかりもあらう。見馴れないので、びつくりして浦人に尋ねたところが、次のやうに話した。
この浜に、鯨突きの羽刺しの上手に天狗源内と言つた人があつたが、毎年、「運のよい男だ。」と言ふので{*7}、昔、この人を雇つて鯨舟を編成したが、或る時、沖に一叢、夕立雲の如く潮吹くのを認め、一の銛を突き当てて風車の旗印を掲げたところが、「今度も源内だな。」と人々は知つた。舟人は、浪音に掛け声を揃へ、笛、太鼓、鉦の拍子を取りながら、太綱をつけて轆轤{*8}に巻き、磯に引き上げたところが、そのたけ三十三尋二尺六寸もあり、せみと言ふ大鯨で、昔から初めての見ものである。これが為、近郷の村々は賑ひ、竈の煙が立ち続き、油を採つたが千樽以上に及び{*9}、その肉、その皮、鰭まですたる所が無く、長者に成るのはこの鯨の為である。切り重ねた有様は、山のない浜に雪の富士が聳え、紅葉に名高い高雄{*10}をここに移したやうであつた。
獲れた度にいつも捨てておいた骨を、源内は今度貰ひ置きて、これを搗き砕かせ、また油を採つたところが、案外な利益を得た為に、分限と成つた。下々の人にとつて大分の利益となるのに、今まで人々が気の付かなかつた{*11}のは、愚かであつた。近年工夫をして鯨網を拵へ、見つけ次第に取りそこなふ事がなく、今では浦々にこれをし始めた。この源内は、以前は浜の貧弱な家に住んでゐたが{*12}、檜造りの長屋を建て、二百余人の漁師を雇ひ、舟だけでも八十艘あり、何事しても仕合せよく、今は金銀がうめくほど溜まり、いくら遣つても後が減らず、根底深い身代よしとなつてゐる。こんなのを楠木分限と言ふ{*13}。
「信あれば徳あり。」と思つて、仏に仕へ神を祭る事がおろそかでない。中にも西の宮を信心して、毎年正月十日には人よりも早く参詣してゐたが、或る年、帳綴ぢ{*14}の祝ひ酒に前後不覚となり、やつと明け方から手船の二十挺立ちを仕立て、浪を押し切らせて行くに、いつもの年より遅い事を何だか気がかりに思つてゐたところ、年男{*15}の福太夫といふ下男が、分別らしい顔つきをして申し出すには、「二十年この方、朝恵比須にお参りなさるに、今年は日暮れにならう。旦那の身代も、今に提灯ほどな火が降らう{*16}。」と、思ひも寄らぬ冗談を叩いた。
いよいよ癪にさはつて、脇差に手は掛けたが、「ここが分別どころだ。」と気を落ちつけ、「春の闇夜を提灯なしには歩かれまいよ。」と言つて、両足を伸ばし怒りの胸をさすつて苦笑してゐる内に、早船{*17}が広田の浜に着いたので、心静かに参詣したところが、松原は寂しく、御灯明の光はほの暗く、皆帰る人ばかりで、参る人は自分らより外に無く、気をせいて神前に至り、「御神楽を奉納致したい。」と言つたが、社人らは車座になつて銭を繋ぎ始め、誰がやれの彼がやれのと譲り合ひ{*18}、やつと引き受けたが、舞姫の後ろで鼓ばかりを打つて急いで片付け、鈴も遠い所から頂かせて仕舞はれた{*19}。
神の事ではあるが、少し腹が立つて、末社もざつと廻つて又舟に乗り、袴も脱がずに横になり、いつの間にか眠つたところ、後から恵比須殿が、烏帽子の脱げるのも構はず、襷がけして袖をまくり、片足上げて岩の端から船にお乗り移りになつて、あらたかな御声で、「やれやれ、よい事を思ひ出してゐながら忘れたは。この福をどの漁師でも、都合次第に伝授しようと思ふのに、今の者は性急で、自分の願ひ事ばかり言うて、さつさと出て行くので、何を言ひ聞かせる間もない。遅く参つて、そちはかへつて仕合せぢや。」と耳たぶに寄らせられて、ささやきなさるには、「魚島時に限らず、生け船{*20}の鯛をどこまでも無事に着ける法がある。弱つた鯛の腹に、針の立て所は尾先から三寸程前を、尖つた竹で突くや否や、生きてはたらくといふ鯛の療治法ぢや。奇抜な事ではないか。」と見て、夢が覚めた。「これは奇特な事だ{*21}。」と、御告げに随ひ、やつてみたところが、案の如く鯛を殺さずに運べた。これにまた利を得て仕合せよく、順風を真艫に受けて舟を乗り出す如く、繁昌した。
【批評】
今までの話は、都市に場面を採つてゐたのに、これは南海の漁村。殊に捕鯨事業を背景にしてゐるので、目先が変はつてゐて、読者に清新な感興を与へる。やはり写実の態度は失はないのであるが、殊に西の宮参詣の一件は、小説らしい構想。初めを「智恵の海広く」と書き出し、終はりを「仕合のよい時津風、真艫に舟を乗りける。」と結んでゐるのも、海岸を舞台にした作に対して、ふさはしい首尾である。
校訂者注
1:底本は、「天狗は家な風車」。底本語釈に従い改めた。底本語釈に、「天狗風(旋風)をふまへた 。」とある。
2:底本は、「はたかせ、油(あぶら)を」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
3:底本は、「成。」。底本語釈に、「〇成 成り。」とある。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
4:底本は、「七月十日」。底本語釈及び『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
5:底本語釈に、「〇身過(みすぎ)にうとき 楽天は詩人だから、かく言ふ。」「〇逃げて帰りし事 謡曲『白楽天』に拠る。」とある。
6:底本語釈に、「〇胴骨(どうほね) どうぼね。あばら骨の付いた脊柱。」とある。
7:底本語釈に、「〇羽指(はさし) 早刺(はやさし)の義で、銛を素早く投げて鯨を突き刺すのを任務とする。」「〇天狗源内 天狗といふのは、源内の銛の早業を褒めて、つけたあだ名から来たものであらう。敏捷な事を『天狗の失敗。』などと諺に言ふ。」「〇仕合男(しあはせをとこ) 運のよい男。ここは、鯨に銛をよく当てる男。」とある。
8:底本語釈に、「〇轆轤(ろくろ) 綱で物を引き寄せる滑車で、鯨の肉塊を引き寄せる巻き轆轤。海岸にある。」とある。
9:底本語釈に、「〇竈(かまど)の煙(けふり)立(たち)つゞき 鯨の皮肉骨等を、細かく切つて大釜に入れ、煎じて油を採るので、かく言ふ。又、村人の富む意をも含めた。」「〇油(あぶら) 鯨油(げいゆ)。江漢の西遊日記『瀬美鯨、十間余の物。油二百樽、金にして四百両なり。鯨に廃る所なし。』」とある。
10:底本語釈に、「〇雪(ゆき)の富士(ふじ) 皮と肉との間にある脂肪層は。色が白い。それの堆積した形容。」「〇紅葉(もみぢ)の高雄(たかを) 鯨の肉は暗紅色。高雄山は京の西北郊にあり、紅葉の名所。」とある。
11:底本は、「気のつかなつた」。
12:底本語釈に、「〇浜(はま)びさし 浜廂。浜辺に建ててある苫廂。苫廂は、菅、茅などで屋根を葺いたもの。浜の苫屋。」とある。
13:底本語釈に、「〇楠木分限(くすのきふんげん) 基礎の固い富豪。楠の木の根は深く土中に入り、四方にはびこるものである。」とある。
14:底本語釈に、「〇帳縫(ちやうとぢ) 商家に於いて帳簿を新しく綴ぢて祝ふ事。正月四日には物価を記入する帳簿を綴ぢて祝ひ、同月十一日には年中売買の帳簿を綴ぢて祝ふ。十一日の帳祝ひは、十日にも行はれた。」とある。
15:底本語釈に、「〇年男(としをとこ) 新年の雑務を務める男。」とある。
16:底本語釈に、「〇挑灯程な火がふらふ 火が降るとは生計の苦しい事。『日の入』とあるので、闇にも縁のある提灯を持ち出した。」とある。
17:底本語釈に、「〇早船(はやふね) 小早を言ふ。」とある。
18:底本語釈に、「〇兼(かによ)ひあひ 互に憚り合ふ事。」とある。
19:底本語釈に、「〇鼓(つゞみ)ばかり 笛、銅拍子などあるのだけれども、ものぐさくて鳴らさないのである。」「〇いたゞかせて 実際ならば、息災延命の為、鈴を参拝者の頭上で舞姫が振るのだが、これもうるさがつて、遠い所からその型だけを示すのである。」「〇仕舞(しまは)れける 終はりとなさつた。」とある。
20:底本語釈に、「〇魚島時(うをしまとき) うをしまどき。明石海峡に於いて、春季最も多く鯛の漁獲される頃。」「〇生船(いけふね) いけぶね。生きた魚を養つておく水槽(みづぶね)。」とある。
21:底本語釈に、「〇世(よ)の例(ためし) 世に無き例。」とある。
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