煎じやう常とは変はる問ひ薬{*1}

 「四百四病は世に名医ありて、験気を得たる事、必ずなり。人は、智恵才覚にもよらず貧病の苦しみ。これを治せる療治のありや。」と家有徳なる方に尋ねければ、「今までそれを知らず、養生盛りを四十の陰までうかうか暮らされし事よ。少し見立て遅けれども、いまだよい所あるは、革足袋に雪踏を常住履かるる心からは、分限にもなり給はん。長者丸といへる妙薬の方組、伝へ申すべし。『△朝起五両 △家職二十両 △夜詰め八両 △始末十両 △達者七両』。この五十両を細かにして、胸算用、秤目の違ひなきやうに、手合はせ念を入れ、これを朝夕呑み込むからは、長者にならざるといふ事なし。
 「然れども、これに大事は毒断ちあり。『〇美食、淫乱、絹物をふだん着 〇内儀を乗り物、全盛娘に琴、歌賀留多 〇息子によろづの打ち囃し 〇鞠、楊弓、香会、連俳 〇座敷普請、茶の湯数奇 〇花見、舟遊び、日風呂入り 〇夜ありき、博奕、碁、双六 〇町人の居合、兵法 〇物詣で、後生心 〇諸事の扱ひ、請け判 〇新田の訴訟事、金山の仲間入り 〇食酒、煙草好き、心当てなしの京上り 〇勧進相撲の銀本、奉加帳の肝入り 〇家業の外の小細工、金の放し目貫き 〇役者に見知られ、揚屋に近付き 〇八より高い借銀』。
 「まづこの通りを斑猫、比霜石より怖ろしく、口にて言ふもさて置き、心に思ふ事もなかれ。」と小さき耳にささやき給へば、これ皆、金言。」と悦び、かの福者の教へに任せ、朝暮油断なく、「所は御江戸なれば、何をしたればとて商ひの相手はあり。珍しき見立てもがな。」と、日本橋の南詰に曙より一日立ち尽くしけるに、さすが諸国の人の集まり。山も更に動くが如く、京の祇園の会、大阪の天満祭に変はらず毎日の繁昌。この御時、君が代の道広く通り町、十二間の大道所せきなく、この橋の上に馬乗り一人、出家一人、槍一筋、朝から晩まで絶ゆる事なく、されども人の大事に掛くる物は落とさず。銭を一文、いかないかな、目に角立てても拾ひ難し。
 「これを思ふに、あだに使ふべき物にはあらず。とかく商売に一精出しみん。」と、心は働きながら、「手振りで掛かる事は、今の世の中に、取り手の師匠か取り揚げ婆より外に、銀になるものなし。種蒔かずして、小判も一分も生えるためしなし。何とぞ只取る事を。」と気を付け心を砕くうちに、屋形屋形に行きて、殿作り仕舞ひ大工、屋根葺き、おのが一連れに二百、三百人、辰巳上がりなる高話。逆鬢にして頭つき可笑しく、襟の汚れ着る物、袖口の切れたる羽織の上に帯して、間棹、杖に突くも有り。
 大かたは懐手、腰のかがみし後ろ付き。その職人とは看板なしに知れける。後より番匠童に鉋屑、こつぱをかづかせけるに、あたら檜の切れ切れ、落ちてすたるを構はず。「これらまで大様なる事、天下の御城下なればこそ。」と思はれ、これに気を付けて一つ一つ拾ひ行くに、駿河町の辻より神田の筋違橋{*2}までに、一荷に余る程取り集め、そのままこれを売りけるに、二百五十文手取りして、「足もとにかかる事を今まで知らぬ事の残念。」と、その後は日毎に暮れを急ぎ、大工衆の帰りを見合せ、その道筋に有る程拾ひけるに、五荷より少なき事なし。
 雨の降る日はこの木屑より箸を削りて、須田町、瀬戸物町の青物屋に卸し売り。箸屋甚兵衛と鎌倉河岸に隠れなく、次第分限となりて、後はこの木切れ、大木となりて、材木町に大屋敷を求め、手代ばかりを三十余人抱へ、河村、柏木、伏見屋にも劣るまじき木山を請け、心の海広く、身代真艫の風、帆柱の買ひ置きに願ひのままなる利を得て、幾程なく四十年の内に十万両の内証金。これぞ若い時呑み込みし長者丸のしるしなり。
 「今は七十余歳なれば、少しの不養生も苦しからじ。」と、初めて上下ともに飛騨紬に着替へ、芝魚もそれぞれに喰ひ覚え、築地の門跡に日参して、下向に木引町の芝居を見物。夜は碁友達を集め、雪の内には壺の口を切り、水仙の初咲き投げ入れ、花のしほらしき事ども、いつ習ひ初められしも見えざりしが、銀さへあれば何事もなる事ぞかし。
 この人、前後に変はらず一生しはくば、富士を白銀にして持ちたればとて、武蔵野の土、羽芝の煙となる身を知りて、老いの入り前賢く取り置き、世に有る程の楽しみ暮らし。八十八の時、聞き伝へ、升掻を切らせ、子供の名付け親に頼み、人の用ゐ、世の沙汰に飽いて、この人死に光り、さながら仏にも成らるる心地せり。「後の世も悪しからじ。」と、万人これを羨みける。
 人、若い時貯へして年寄りての施し、肝要なり。とても先へは持ちて行けず、無うてならぬものは銀の世の中。

【口訳】
 「四百四病は世に名医があつて、薬の効能をあらはす事が必ずあるものだが、人は智恵才覚があつても、それによらずに、貧病の苦しみを治す療治がありますか。」と、或る人が身代の豊かなお方に尋ねたところが、その人、「今までそれを知らずに、養生盛りを四十の陰{*3}までうかうかと暮らされた事よ。今さら診察するのは少し遅いが、まだ見込みのあるのは、革足袋に雪踏{*4}をふだん履かれる心{*5}があるからには、分限者にもなりなさらう。長者丸といふ妙薬の調合法をお伝授申さう。『△朝起き五両{*6} △家業二十両 △夜業{*7}八両 △倹約十両 △健康七両』。この五十両を粉にして、胸算用、秤目の間違はぬやうに調合に念を入れ{*8}、これを朝晩呑み込むからには、長者にならないといふ事はない。
 「けれども、これについて大切な事は、毒断ちである。『〇美食、傾城狂ひ、絹物をふだん着にする事 〇妻女を駕籠乗り物に乗せる事、年頃の娘に琴、歌賀留多を遊ばせる事{*9} 〇息子に種々の打ち囃し{*10}を習はせる事 〇鞠、楊弓、香会、連歌、俳諧 〇座敷普請、茶道好み 〇花見、舟遊び、昼風呂入り 〇夜歩き、博奕、碁、双六 〇町人の居合、兵法 〇物詣で、後生心 〇諸事の仲裁、保証人に立つ事 〇新田の訴訟事、鉱山の仲間入り 〇晩酌{*11}、煙草好き、心当てなしの京上り 〇勧進相撲の銀本、奉加帳の世話やき 〇家業の外の小細工、金の放し目貫き{*12} 〇役者に見知られる事、揚屋に近付き 〇八匁より高い利での借銀{*13}』。
 「まづこの通りの事を、斑猫、砒霜石{*14}よりも怖ろしく思ひ、口で言ひ出す事は勿論、思ふ事もするな。」と、小さい耳{*15}にささやきなさると、「これは皆、金言だ{*16}。」と悦び、かの富人の教へに従ひ、朝暮油断なく働くつもりで、「所は御江戸であるから、何をしたからとて、商ひの相手はある筈。珍しい商ひを見立てたいものだな。」と思ひながら、日本橋の南詰に夜明けから一日中立ち尽くしてゐたが、さすがに諸国の人が群集し、人の山がさながら動くやうで、その賑やかさは京の祇園会、大阪の天満祭に変はらない。「毎日の繁昌も、この御時だ。」とうなづかれ、君が代の政道も広く、通り町十二間幅の大道も狭い程で、この橋の上に馬乗り一人、出家一人、槍持ち一人だつて、朝から晩まで絶える事がない。けれども、人が大切に心掛けてゐる物は落とさないので、銭一文だつてどうしてどうして、目を見張つて拾はうとしても、ありはしない。
 「これを思ふに、お金は無駄に使ふべき物ではない。どうかして商売に一精出してみよう。」と心ははたらきながら、「から手で始める事は、今の世の中では、柔術の師匠か産婆より外に、金になるものはない。種蒔かないで、小判も一分も生えるためしは無い。だが、何とぞ只でお金を手に入れる仕事をしてみたいものだ。」と気を付け、苦心する内に、屋形屋形に行つてお家普請を仕舞うた大工や屋根葺きが、各々一連れになつて二百人三百人、声高く話し{*17}、逆鬢になつて髪つきが可笑しく、襟の汚れた着物、袖口のすり切れた羽織の上に帯をして、間棹{*18}を杖について行くのも有る。
 大かたは懐手をし、腰のかがんだ後ろ姿で、その職人とは看板なくても知れるのであつた。後からついて来る大工の小僧に、鉋屑や木端をかづかせてゐるが、惜しい事に、檜の木切れが落ちてすたるのを構はない。「こんな者までが大様な事は、天下の御城下なればこそ。」と思はれたが、これに気を付けて一つ一つ拾つて行くに、駿河町の辻から神田の筋違橋までに、一荷に余るほど取り集めたので、そのままこれを売つたところが、二百五十文の手取りになつた。「足もとにこんな金儲けのある事を、今まで知らなかつた事の悔しさよ。」と思ひ、その後は毎日、暮れるのを待ち焦がれ、大工衆の帰りを見合はせ、その道筋に落ちてゐるだけ拾ふのであつたが、五荷より少ない事がない。
 雨の降る日はこの木屑から箸を削つて、須田町、瀬戸物町の青物屋に卸し売りをしてゐたが、終には箸屋甚兵衛と言つて、鎌倉河岸に隠れなく、次第に分限となり、後にはこの木切れが大木に代はり{*19}、材木町に大屋敷を買ひ求め、手代ばかりでも三十余人を抱へ、河村、柏木、伏見屋にも劣らぬ程の木山を買ひ受け、気が大きく、身代は真艫に風を受けて舟を進める如く順調に増え、帆の用材を買ひ置きして、これにも思ひのままの利を得て、幾程もなく四十年の内に十万両の内証金となつた。これこそ若い時呑み込んだ長者丸の効能である。
 「今は七十余歳だから、少しくらゐ不養生しても差し支へはあるまい。」と、初めて上下共に飛騨紬に着替へ、芝魚もそれぞれに喰ひ覚え、築地の門跡さまに日参して{*20}、帰りには木挽町の芝居を見物し、夜は碁友達を集め、雪の降る内は壺の口を切つて茶会を催し、水仙の初咲きを投げ入れ花にするなど、かやうな優美な事どもは、いつ習ひ始められたとも見えなかつたが、なるほど銀さへあれば、何事でもできるものだ。
 この人は、もし若い時も老後も同じやうに吝いならば、たとへ富士の山を白銀にして持つてゐたからとて、何の楽しみも無くて、武蔵野の土、橋場の火葬の煙となるに過ぎない身だといふ事を悟つてゐて、老後の入費をうまく取りのけておき{*21}、世にある程の楽しみをして暮らされたが、八十八の時、人々が聞き伝へて、升掻を切らせ、或いは名付け親に頼み、かくて人から重宝がられ、飽く程よい評判を受けてこの人は死んだが、死に光りがして{*22}、そのまま仏にも成られるやうに思はれた。「来世も悪くはあるまい。」と、皆がこれを羨んだ。
 およそ人は、若い時に金を溜めて、年寄つての施しが大切だ。到底、金はあの世へは持つて行けないのだが、しかし無くてならぬものは金で、万事、金がもの言ふ世の中だ。

【批評】
 作者の狙つたところは、長者丸の方組と毒断ちとであるらしく、読者も又、この節に興味を感ずる事と思ふ。今日ならば、家職の次に健康を置くか、或いは健康第一とするかも知れない。健康を損じても稼ぎ儲けようとするのが、町人生活の一面であつた。金を以て一分を立てるのが町人であつた。
 転じて毒断ちを見るに、なるほど、分限長者になるためには、これらは無用有害に相違ない。しかし、全ての娯楽を犠牲にして、ひたすらに金を貯めたとて、何になるか。苦をするのも楽の為である。若い時に脇目もせずに働いて儲け出し、老後に於いて楽をしようといふのが町人の思想であつた。

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校訂者注
 1:底本語釈に、「煎じやうが普通と違つてゐる試薬。薬袋には、普通には『煎じやう常のごとし。』と書いてあるので、これをふまへて書いた。問薬(とひぐすり)は、試みに薬を与へて、その効験を問うてみる薬の意。」とある。
 2:底本は、「筋遊橋(すぢかひはし)」。底本語釈及び『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
 3:底本語釈に、「〇養生(ようじやう)さかり 養生ざかり。人は四十歳頃から最も養生を要するとされた。」「〇四十の陰(ゐん) 四十歳。陰は少陰で、八の数を言ふ。町人嚢(享保四年刊)巻四『八年づつにて気血変じ、五八四十歳にて血気満ちて、四十一歳よりそろそろ血気衰へ行く故に、四十歳を初の老(おい)と言へり。とかく人は四十已後より陽気衰へ行く時分なれば、身の養生の時節也。』」とある。
 4:底本語釈に、「〇革足袋(かはたび)に雪踏(せつた) 共に長持ちのするもの。」とある。
 5:底本は、「はかるゝ心」。
 6:底本語釈に、「〇五両 ここの両は薬種の秤目の一単位で、四匁のこと。」とある。
 7:底本語釈に、「〇夜詰(よづめ) 夜業。夜もまた店に詰めて仕事する事。」とある。
 8:底本語釈に、「〇手合(あはせ) 調合。元来、商業上の用語で、売買の契約をする事。」とある。
 9:底本語釈に、「〇乗(のり)物 駕籠。当時、婦人が見栄に乗る事が流行した。町人の婦人が駕籠に乗る事は、既に慶安元年にも禁ぜられた事がある。」「〇全盛娘(ぜんせいむすめ) 年頃の娘。」とある。
 10:底本語釈に、「〇打囃(はやし) うちはやし。小鼓、大鼓、太鼓など。打ち鳴らす故に、かく言ふ。」とある。
 11:底本語釈に、「〇食(け)酒 けざけ。日常の食事に酒飲む事。」とある。
 12:底本語釈に、「〇金の放(はなし)目貫(ぬき) 黄金で作つた放目貫(はなしめぬき)。金は『きん』と読む。放目貫は、目貫の上を組糸などで巻かないもの。目貫は元来、刀の柄が抜けないやうに、柄の中部から刀の中身にかけて貫いた金具であるけれども、後にはこれを目釘と言ひ、目釘の両端の頭をも目貫と言ひ、これに金銀などの装飾を施した。ここは、町人の装身具の一つである脇差の放目貫であらう。」とある。
 13:底本語釈に、「〇八より高(たかい)借銀(かりぎん) 月利(り)八匁よりも高い利子で借銀する事。八は今の月利八厘。年利にして九分六厘。」とある。
 14:底本語釈に、「〇斑猫(はんめう) 昆虫の一種で、乾燥させたものである。劇毒がある。」「〇比霜石(ひさうせき) 我が国で砒霜石と称して用ゐたのは、石でなくて、銅から製した赤色の粉末で、劇毒がある。」とある。
 15:底本語釈に、「〇少(ちいさ)き耳(みゝ) 小(ちひ)さい耳。耳たぶの小さいもので、貧相を現はす。」とある。
 16:底本語釈に、「〇金(きん)言 格言。金は又、長者丸の縁でもある。」とある。
 17:底本語釈に、「〇辰巳(たつみ)あがり かん高い声。屋根葺きは地上の者から遠いから、自然、声を高く出すので、習慣となつたのであらう。宇治は都の辰巳に当たり、茶を摘む男女は遠く散在し、自然に声高く呼び合ひ、閑散期になつて都の内に雇はれても、高い声は癖となり、都の人からは、宇治から来た者といふ意味で辰巳あがりと言ひ、高い声を意味する事にもなつたものかと思はれる。」とある。
 18:底本語釈に、「〇間棹(けんざほ) ここは大工の用ゐる間竿で、間(けん)数を測るのに使ふ竿。」とある。
 19:底本語釈に、「〇次第分限(しだいぶんげん) 次第に分限となつた者。俄分限の対。」「〇大木(ぼく)となりて 大材木商になつたこと。大木は木切れの縁。」とある。
 20:底本語釈に、「〇芝肴(しばさかな) しばざかな。江戸芝浦辺で獲れる小魚。」「〇門跡(もんぜき) 築地の門跡は、今の西本願寺別院。西本願寺は准門跡であつた。」とある。
 21:底本語釈に、「〇入前(まへ) いりまへ。入用の金。老いの入り前は、隠居銀の類。」とある。
 22:底本語釈に、「〇死光(しにひかり) しにびかり。死んだ時の誉れ。死後に人々から羨まれる有様。ここは死に光りの『死』に、死んだ事をも言ひかけた。それ故、殊更『この人』を入れてゐる。」とある。