高野山借銭塚の施主

 「物には時節。花の咲き散り、人間の生死、歎くべき事にあらず。然れども、命は養生の一大事なるに、毒魚と知りながら鰒汁。これに風味変はらずして藻魚といふもの、何の気遣ひなかりき。女房は、縁組の初めより婆になるまで手池にせしを、無分別に水を減らしぬ。この貧、取り返す事なく、一生損に立つなれば、人、たしなむべきはこれ。長命はその心にあり。」と堅作りの親仁、若い者どもに異見を申せし。
 「昔、難波の今橋筋にしはき名を取りて分限なる人、その身一代、一人暮らして始末からの食養生、残る所なし。この人も、男盛りに浮世を何の面白い事もなく果てられ、その跡の金銀、御寺への上がり物。四十八夜を申してから、役に立たぬ事なり。されども、年久しく内蔵に隠れ、世間見なんだ銀が、人手に廻りて九軒の二日払ひの用にも立ち、道頓堀の座払ひの便りともなる。宝といふ字の消ゆる程、今は世のすれ者となりける。」と大笑ひせし。
 「このしはき人は五十七。癸の辰にてありしが、又、癸の辰の年、辰の日の辰の刻に相果てられし。」と言へば、これも不思議の宏才なる人ありて、三世相命鑑を繰りけるに、「この男、先生は鎌倉の将軍頼朝公より西行法師に給はりし金の猫。値遇の縁に引かれてたまたま人界に生を受け、その身は金ながら遣ふ事もならず、人の子の物になりける。この筈なり。その金猫は、西行、暫し手に触れて、里の童子に取らせける。」。「その猫、欲しや。」と、見もせぬ昔の物語にもまづ掻きつき、欲をまろめて今の世の人間とはなりぬ。
 分限は、才覚に仕合せ手伝はでは成り難し。随分賢き人の貧なるに、愚かなる人の富貴。この有無の二つは、三面の大黒殿のままにもならず。鞍馬の多門天の教へに任せ、百足の如く身を動きて、その上に身代のならぬ、是非もなし。天も憐み有り、諸人も不憫をかくるなり。己が稼ぎは疎略して、居宅を奇麗に作り、朝夕酒宴美食を好み、衣類、腰の物を拵へ、分際に過ぎたる人付き合ひ、傾城狂ひ、野郎遊び。尻も結ばぬ糸の如く、針を蔵に積みても溜まらぬ内証。人の物を見せかけにて借り込み、これを済ますべき分別なし。これは、我と覚えての仕業、手を出して昼盗人より憎し。
 末々一度は倒るるつもりに五、七年も前より覚悟して、弟を別家に仕分けて分散にこれを遁れさし、京の者は、伏見に名代を替へては屋敷を求め置き、大坂の者は、在郷の親類に田畠を買はせ置きぬ。身の置き所を先へ、あとの空き殻を借銭の方へ渡して、古帳を枕にして横に寝て掛かるこそうたてけれ。町衆、扱ひにかかり、「年分にその家を立てん。」と言へば、かへつてこれを迷惑がりて、外聞は灰まで渡し、住家を立ち退き、三月の節句を心安く桃の酒を祝へり。
 或る時、十一貫目の分散に、有る物二貫五百目。課せ方八十六人、毎日勘定に出合ひ、仲間事に始末する人なく、遣ひ日記に饂飩、蕎麦切り、酒肴、さまざまの菓子を好み、半年余り暇を費やし、取る物は皆になして、埒の明く所は一人手前より四分五厘づつ出して、つくばひ、町内へ礼言うて廻るも可笑しかりき。
 昔、大津にて、千貫目借銭負ひければ、「世になき事。」と申せしに、近年、京、大坂に三千貫目、二千五百貫目の分散、いづれ遠国の小さき所にはない事ぞかし。「並びなき大湊なればこそ貸す人もあれ。借るも、これ程までは商人なり。手柄にも、百貫目までは借られぬもの。」と言へり。
 昔、難波江の小嶋に伊豆屋といへる手前者、自然と倒れ、正直の首を下げて詫び言して、財宝渡して六分半あり。「残る三分半は、いつとても仕合せ次第に済ますべし。」と、結構づくに立ち退きて、生国伊豆の大嶋に行きて、親類を頼み、「日夜に世を稼ぎ、一度元の如くに。」と思ひ込みし所存より、大分儲けて、再び大坂に上り、あつて過ぎたる分散の残り銀、悉く済ましぬ。
 それよりは十七年過ぎぬれば、国遠して知れぬ人もあり。この分の銀は、太神宮へ御初穂にあげ、又、六、七人も死に失せて子孫のなき人の銀は、高野山に石塔を切つて借銭塚と名付け、その跡を弔ひける。かかる人、前代ためしなき事なり。

【口訳】
 「物には定まつた時節があつて、花は咲き散りがあり、人間には生死がある。何も歎くべき事ではない。けれども命を長らへるには、養生が第一に大切な事であるのに、毒魚と知りながら鰒汁を食べる者があるが、これに風味が変はらないで藻魚といふものがあつて{*1}、何の心配もないものだ。これと同じで、女房は縁組の初めから祖母になるまで、手池の魚にしても、心配はないのに、無分別にも傾城狂ひをして精力を使ひ減らす者が多い。この貧は取り返す事が難しく{*2}、一生損になるから、人の慎しむべき事はこの事で、長命するのはその人の心掛けにある。」と、或る物堅い親爺が、若い者どもに異見を申した。
 「昔、難波の今橋筋に、吝いので名高い分限者があつたが、その身一代独身で、倹約の為の食養生に至らぬ点がなかつた。この人も、男盛りにこの世を何の面白い事もなく亡くなられたが、その跡の金銀は、御寺への上がり物同様で、四十八夜の念仏を申したとて、役に立たぬ事だ{*3}。けれども、年久しく内蔵に隠れて世間を見なかつた銀が、他人の手に渡つて、九軒町の二日払ひの用にも立ち、道頓堀{*4}の座払ひの便りともなるものだ{*5}。宝といふ極印の消える程、今では大のすれものとなつた{*6}。」と大笑ひした事であつた。
 「この吝い人は五十七歳で、癸の辰であつたが、又、癸の辰の年辰の日の辰の刻に亡くなられた。」といふので、不思議に思はれたが、これも不思議なほど博識な人があつて、三世相命鑑{*7}を繰つて見られたところによれば、この男は前世は、鎌倉の将軍頼朝公から西行法師に賜つた黄金の猫であつた{*8}。それが、西行法師に値遇した縁によつて、偶然、人間界に生まれかはつたのだが、その身は金でありながら、遣ふ事もならずに人の物となつた。これは、その筈である。その金猫は、西行がちよつと手に触れて、村の子供に与へたのであつた。「その猫、欲しいな。」と、見もせぬ昔の話にも、まづ掻きつく程の欲で固め上げたのが、当世の人間なのだ。
 分限になるには、才覚に好運が手伝はなくては難しい。随分賢い人が貧乏であるのに、愚かな人が富貴になつてゐる。この貧富の二つは、三面の大黒様のままにもならない。鞍馬の多聞天の教へに任せて、百足のやうに身を働かせて{*9}、それでも身代が出来ないのは仕方がない。かやうな人には天も憐れみがあり、人々も同情を寄せる。しかるに、自分の稼ぎは怠けて、居宅を綺麗に造り、朝夕酒宴美食を好み、衣類、脇差を拵へ{*10}、分際に過ぎた交際をなし、傾城狂ひ、野郎遊びに耽り、尻も結ばぬ糸の如く締め括りが無く、針を蔵に積んでも溜まらぬ暮らしで{*11}、見栄を張つて人の物を借り込み、これを返済する考へが初めから無い。これは、自分から承知の上での仕業であつて、手を出してする昼盗人よりも憎い。
 将来には一度は倒産するつもりで、五、七年も前から覚悟して、弟を別家に仕分けて、破産の時にこれを免れるやうにしておき、京の者は、伏見に名義を変へて屋敷を買ひ求めておき、大阪の者は、田舎の親類に田畠を買はせて置いたりする。かやうに身の置き所を先に用意しておいて、後の空き殻になつた家財などを債権者へ渡して{*12}、古帳を枕にして横に寝掛かるものだが、こんな仕打ちはあまりな事だ。町内の人々が仲裁に立つて、「借銀を年賦払ひにして、その家を存立させよう。」と言へば、かへつてこれを迷惑がつて断り{*13}、世間体は竈の灰までも債権者に渡して住家を立ち退き、三月の節句ともなれば、のんびりと桃の酒を呑んで祝つてゐるのだ。
 或る時、十一貫目の負債のために破産した者があつたが、それに対して残つてある物件は、銀にして二貫五百目であつたが、これの債権者が八十六人あつて、毎日勘定する為に寄り合つたが、仲間事に倹約する人は無いもので、遣ひ日記に饂飩、蕎麦切り、酒肴、その他さまざまの菓子を好み次第に食つて付け{*14}、半年余りも暇を費やし、取るべき銀は皆雑用に使つてしまひ、片付いたところは、結局各自から四分五厘づつ出してつくばうた事で、町内の人々へ礼言うて廻るのも可笑しかつた{*15}。
 昔、大津で千貫目の借銭を負う人があつたので、「世間に無い事。」と申してゐたが、近年は、京、大坂に三千貫目、二千五百貫目の債務で破産する者があるが、とにかくこんなのは、遠国の小さな都会には無い事だ。「大阪は並びなき大湊であればこそ貸す人もあれ、又、借りる人も、これ程までの大金を借りる人は、大気な商人だ。手柄にしても、百貫目までは借りられぬものだ。」と言ふ。
 昔、大阪の江之小島に伊豆屋といふ資産家があつたが、自然と倒産し、正直の首を下げて詫び言を言ひ、全財産を債権者に渡したら、六割半に当たつた。「残る三割半は、いつとても仕合せの有り次第に済まさう。」と、結構極まる約束をして立ち退き{*16}、生国伊豆の大島に帰つて行つて、親類を頼み、「日夜、渡世の業を稼ぎ、今一度元の如くなりたい。」と思ひ込んだ決心があつた為に、大分儲け出して、再び大坂に上り、未済のままになつてゐる残銀を悉く済ました{*17}。
 それから十七年も過ぎてゐるので、遠方に出奔して行方の知れぬ人もある。この分の銀は、大神宮へ御初穂として献上し、又、六、七人も死に失せて子孫の絶えてゐる人へ払ふ銀は、高野山に石塔を切つて建て、これを借銭塚と名付けてその菩提を弔つた。かやうな殊勝な人は、今まで例のない事だ。

【批評】
 本篇の題は「高野山借銭塚の施主」であるが、この話は本篇の僅か六分の一を費やしてゐるに過ぎない。他は本筋と違ふ話で、およそ三つの話から成つてゐる。
 その一は、独り者の始末屋が、浮世の楽しみをよそに金ばかり貯めて、五十七で死んだ話である。この話には、子孫のない者が金を貯めたとて何にもならないといふ思想と、金は天下の廻り物といふ観念とが現れてゐる。第二の話は、前以てひそかに財産の名前替へなどをしておいて身代限りとなり、債権者の損失をよそに安楽な生活を立てる狡猾な仕打ちを述べてゐる。第三の話は、債権者達が寄り合ひ雑費の出し損となつた話で、これは前の話とは反対に、債権者の迂闊さを描いてゐる。以上の三つの話は、本筋の借銭塚の話よりも、かへつて興味が感ぜられるのである。
 西鶴の作は、筋よりも描写が重きをなしてゐる事は明らかであるが、本篇もこの傾向を示したものである。作者は四つの話をやや対等的に按排したものだと観れば、話と話との対比の上に妙味があつて、作者の工夫が偲ばれるのである。

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校訂者注
 1:底本語釈に、「〇藻魚(もうを) いそめばる。味が鰒に似てゐる。海藻の間に棲む。」とある。
 2:底本語釈に、「〇手池(ていけ) ここは手池の魚の略。手池は手前の池、即ち自宅の池。傍に置いて自分の自由にする意を持つ。藻魚の縁として手池、水を使つた。さて、鰒と藻魚とを殊更持ち出したのは、次に女房と傾城とを言はん為で、女房に対して藻魚、傾城に対して鰒を譬へたのである。」「〇水(みづ)をへらしぬ 精力を使ひ減らす意。」「〇此貧(ひん) 身体の衰弱を指す。」とある。
 3:底本語釈に、「〇あがり物 神仏への供物。転じて、すたり物の意に使ふ。死後の金銀は譲り受ける遺族もなく、溜めた甲斐がない。」「〇四十八夜 浄土宗で、四十八夜にわたつて信者を集めて念仏を唱へる法会。『御寺』の縁として持ち出した。」とある。
 4:底本は、「進頓堀」。
 5:底本語釈に、「〇二日払(はら)ひ 二日ばらひ。遊里で月の二日に揚げ銭を支払ふ事。」「〇座払(ざはら)ひ 道頓堀の茶屋に歌舞伎若衆を呼んで一座した遊興費の払ひであらう。九軒の二日払ひは傾城を揚げた払ひ、これは野郎遊びの払ひ、即ち女若二道の遊興費を並べたものと思はれる。」とある。
 6:底本語釈に、「〇宝(たから)といふ字(じ) 永楽通宝、元和通宝などの銀銭を指して言ふか、或いは小判に宝の字を刻したのがあつたから、それを思つて書いたか。」「〇世(よ)のすれ者(もの) 銀貨などの、使用に随つて自然に磨滅するのを、人のすれ者に言ひ掛けた。ここのすれ者は、遊里などの遊蕩に馴れ切つてゐる者。『世の』は甚だしい意。」とある。
 7:底本語釈に、「〇三世(ぜ)相命鑑(さうめいかん) 過去現在未来の三世にわたつて、仏説、五行説などを加へて人の運命を考定した書籍の名。三世相といふ書は、唐の袁天網が著し、我が国では寛文七年、天生といふ僧が之を註釈して、命鑑三世相天門鈔十二巻を刊行し、これより更に通俗的に書いた書が出版されて、世に流行した。」とある。
 8:底本語釈に、「〇鏐(こがね)の猫 鏐は黄金の美なるもの。吾妻鏡文治二年八月十五日の條に、西行が鎌倉の頼朝に召されて弓馬の道を談じ、翌日頼朝から白銀の猫を戴いた事が書いてあるが、この白銀を黄金と誤つたもの。西行に関する種々の物語にも、黄金の猫といふ事は見当たらない。」とある。
 9:底本語釈に、「〇三面(めん)の大黒殿(こくとの) 伝教大師の感得に依ると言ふ比叡山の三面大黒天。面が三つあつて、正面は大黒天、右面は毘沙門天、左面は弁財天。」「〇鞍馬の多門天 多門天は毘沙門天の漢訳。」「〇百足(むかて) むかで。百足は俗説に、毘沙門天の使と言はれる。」とある。
 10:底本語釈に、「〇腰(こし)の物 刀。ここは町人の事だから、中脇差、小脇差。当時、町人の装身具の一つであつた。」とある。
 11:底本語釈に、「〇針(はり)を蔵(くら)に積(つみ)ても 諺『針を蔵に積む。』針は小さいから、いくら積んでも容易に積もらない。針は『糸』の縁。」とある。
 12:底本語釈に、「〇虚殻(あきから) あきがら。身を実に通はせて、その縁。残りの家財など。」とある。
 13:底本語釈に、「〇迷惑(めいわく)がりて 身の置き所を前以て用意してゐるから、かへつて困る。」とある。
 14:底本語釈に、「〇中間(ま)事 なかまごと。会合の入費は頭割りだから安く上がるのみならず、相談事よりも世間話や会食の方が面白いので、倹約する人が少ないのは、今も見るところ。」「〇遣(つかひ)日記 毎日の雑費をつける帳面。」とある。
 15:底本語釈に、「〇四分五リン 銀四分(ふん)五厘。分は匁の十分の一。」「〇つくばひ 両手をついて礼をする事。」「〇おかしかりき をかしかりき。滑稽であつた。八十六人が半年も暇を費やした事は誇張もあらうが、世相はよく現れてゐる。」とある。
 16:底本語釈に、「〇結構(けつかう)づく この上もなく満足な事。債権者にとつては、分散者が更に未済の三割半を支払ふ事は、奇特な事である。」とある。
 17:底本語釈に、「〇あつて過(すぎ)たる 以前のままになつてゐる。分散者としては、三割半の未済の銀は返すに及ばないのであるが、この男は返さうとするのである。」とある。