心を畳み込む古筆屏風

 時津風静かに、日和見乗り覚えて、西国の一尺八寸と言へる雲行きも三日前より心得て{*1}、今ほど舟路の慥かなる事にぞ。世に舟あればこそ、一日に百里を越し、十日に千里の沖を走り、万物の自由を叶へり。されば、大商人の心を渡海の舟にたとへ、我が宿の細き溝川を一足飛びに宝の嶋へ渡りて見ずば、打出の小槌に天秤の音聞く事、あるべからず。一生、秤の皿の中を廻り、広き世界を知らぬ人こそ口惜しけれ。
 和国はさておきて、唐へ投げ銀の大気。先は見えぬ事ながら、唐土人は律義に、言ひ約束の違はず。絹物に奥口せず、薬種に紛れ物せず、木は木、銀は銀に、幾年か変はる事なし。只、ひすらこきは日本。次第に針を短く摺り、織り布の幅を縮め、唐傘にも油を引かず。銭安きを本として、売り渡すと後を構はず。身にかからぬ大雨に、親でも裸足になし、只は通さず。
 昔、対馬行きの煙草とて、小さき箱入りにして、限りもなくはやり、大坂にてその職人に刻ませけるに、「当分知れぬ事。」とて、下積み手抜きして、しかも水に浸し遣はしけるに、舟渡りの内に固まり、煙の種とはならざりき。唐人、これを深く恨み、その次の年、なほ又過ぎつる年の十倍も誂へければ、欲に目の開かぬ人、「我遅し。」と取り急ぎ下しけるに、大分湊に積ませ置きて、「去年、煙草は水に湿され思はしからず。当年は、湯か潮に漬けて見給へ。」と皆々突き返され、おのづからに朽ちて磯の土とは成りぬ。
 これを思ふに、人を抜く事は、後続かず。正直なれば神明も頭に宿り、貞廉なれば仏陀も心を照らす。とかくは天に任せて長崎商ひせし人、筑前の国博多に住みなして金屋とかや言へる人、海上の不仕合せ、一年に三度までの大風。年々の元手打ち込みて、残る物とて家蔵ばかり。軒の松風寂しく、召し使ひの者も暇出して、妻子も一日暮らしの悲しさ。俄に何に取り付く島もなく、波の音さへ恐ろしく、「孫子に伝へて舟には乗せまじき。」と住吉大明神を心誓言に立て、或る夕暮れに端居して、涼風を願ひ、四方山を眺めしに、雲の峯に立ち重なり、龍も昇るべき風情。「空定めなきは、人の身代。我、貧家となれば、庭も茂みの落葉に埋づもれ、いつとなく葎の宿にして、よろづの夏虫、野を内になし、諸声の哀れなり。」
 見越しの大竹より杉の梢に、蜘蛛の糸筋延へて、これを渡れば嵐に切られて、中程よりその身落ちて、命も危ふかりしに、又も糸かけて伝へば切れ、三度まで難儀に遭ひしに、終に四度目に渡りおほせて、間もなく蜘蛛の家を作りて、飛ぶ蚊のこれに掛かるをおのが食物にして、猶々、糸繰り返すを見て、「あれさへ心長く巣を掛けおほせて楽しむなれば、況んや人間の気短かに物事打ち捨つる事なかれ。」と、これより思ひ付きて、居宅売り払ひ、その時を見合はせ、少しの荷物を仕入れ、昔に変はりて手代もなく、我と長崎に下り、人の宝の市に交じはり、唐織、薬種、鮫、諸道具見しに、買へば上がりを受くるを知りながら、金銀に余慶なく、京、堺の者によい事させて、智恵才覚には{*2}あつぱれ人には劣らねども、是非なき革袋に取り集めて五十両。ここの商人の数には入らず。
 はかどらぬ算用捨てて、わざくれ心になりて、丸山の遊女町に行きて、全盛の時に見知りし太夫を、「今宵ばかりを一生の納め。」と以前のよすがを求め、花鳥と言へるに逢ひ初めしより浅からず。常よりしめやかなる枕屏風を見しに、両面の惣金にして、古筆、空きども無く押しけるが、いづれかあだなるは無かりし。中にも定家の小倉色紙、名物記に入りたる外六枚。見るほど時代紙、正筆に疑ひなし。「いかなる人か、この太夫には贈られし。」と欲心起こりて、遊興は脇になりぬ。
 それより明け暮れ通ひ馴れて、上手を仕掛けしに、いつとなく女臈なづみて、我が黒髪も惜しからず切る程の首尾になりて、かの屏風貰ひかけしに、子細も無くくれける。取りあへず暇乞ひなしに上方に上り、手筋を頼み、大名衆へ上げて、大分の金子申し請けて、又、昔に変はらぬ大商人となりて、眷属あまた召し使ひ、その後、長崎に行きて花鳥を請け出し、願ひの男、豊前の浦里にあるなれば、その元へ金銀諸道具、何に不足もなく拵へ、縁に付くれば、花鳥、限りもなく悦び、「この御恩は忘れじ。」と申しぬ。
 「一度は傾城をたらすにと言へど、これらは憎からぬ仕方。その目利き抜からぬ男。」と世間皆、これを褒めける。

【口訳】
 時津風が静かに吹く日和を見覚えて、船に乗る事に馴れ、西国の一尺八寸といふ荒れ模様も{*3}、三日前から注意する程にわかつてゐるので、今では航海も安全な事である。世に舟があればこそ、一日に百里を越し、十日に千里の沖を走り、万物の需要を満たす事ができるのだ。だから、大商人の心を渡海船に譬へて、店先の細い溝川を一足飛びに越して、宝の嶋へ渡つてみなければ、打出の小槌で財宝を打ち出すやうに、小槌で天秤を叩く程の分限になれる筈がない。一生、秤皿の中を廻るやうに狭い場所で働いてゐて{*4}、広い世間を知らない人は遺憾だ。
 我が国にはしないで、支那へ投げ銀する事は{*5}、気の大きい事で、将来の見込みは不明であるが、しかし支那人は実直で、口約束を違へず、絹物を売り渡すにも奥口をごまかさず、薬種には贋物を加へず、木は木、銀は銀と真贋を区別して{*6}、いつも商売してゐる。只、欲深いのは日本人で、次第に針を短く摺り、織り布の幅を狭くし、唐傘にも油を引かず、値の安いのを第一として、売り渡してしまへば後を構はない。大雨にも、自分さへ濡れなければ、親でも裸足で歩かせ、利を見なければ、何でも只では相手にしない。
 昔、対馬行きの煙草と言つて、小さい箱入りにして、限りもなく売れ行きが盛んとなり、大阪でその職人に刻ませるのであつたが、「当分は知れない事だ。」と思つて、下積みになる品は手を省き、その上、水に浸してごまかし{*7}、輸出したところが、航海中に煙草が固まり、喫煙の用に立たなかつた。支那人はこれを深く恨み、その翌年、猶また前年の十倍も注文したので、欲に目のない人達が、我先にと取り急いで船を下したところが、支那人らは、この沢山の荷を湊に積ませて置いて{*8}、「去年、煙草は水に浸されて思はしくなかつた。今年は、湯か潮に漬けてごらん。」と言つて皆突き返され、煙草はそのまま腐れて磯の土と成つた。
 これを思ふに、人を欺く事は、後が続かない。正直であれば神も頭に宿り、潔白であれば仏陀もその心を照らし導いて下さる。さて、運は天に任せて長崎貿易した人が、筑前の国博多に住んでゐて、金屋とか言ふ人であったが、海上の不幸が起こり、一年の内に三度までも大風に遭ひ、年々の資本を投じ尽くし、残る物とては家と蔵ばかりで、軒の松風も寂しく、召し使ひの者も解雇して、妻子もその日暮らしの悲しさ。俄に取り付く島もなく、波の音さへ恐ろしくなり、「孫子に至るまで舟には乗せまい。」と、住吉大明神を心の内に祈誓してゐた{*9}。
 或る日の夕暮れに、端居して涼風を懐かしみ、四方山を眺めてゐたところ、雲の峯に立ち重なつて、龍も昇りさうな趣である{*10}。「考へてみれば、空の如く定めなきは、人の身代だ。わしも、かやうに貧乏となれば、庭も茂みの落葉に埋もれ、いつとなく葎の宿となつて、色々の夏虫も、屋敷の内を我が野良の如くに見なし啼く声々が、身にしみる。」
 見越しの大竹から杉の梢に蜘蛛が糸をかけたが、これを渡れば嵐に吹き切られて、中程からその身は落ちて、命も危なかつたが、又も糸をかけて、伝へば切れ、三度までも難儀に遭つたが、終に四度目に渡りおほせて、間もなく蜘蛛の巣を作つた。そして、飛んで来る蚊がこれにひつ掛かるのを自分の食物にしてゐるが、猶々、糸を繰り返すのを見て、「あんな蜘蛛でさへ、気長くして巣をかけおほせて楽しむのであるから、まして人間は気短かに物事を打ち捨ててはならぬ。」と、これから思ひ付いて、屋敷を売り払ひ、好機を見合はせて少しの荷物を買ひ込んだが、以前と違つて手代もないので、みづから長崎に下り、人の宝の市に入り込み{*11}、唐織、薬種、鮫皮、その他の諸道具を見たが、「買つて置けば、上がりを受くる事{*12}を知りながら、金銀に余裕が無く、京や堺の者によい儲けをさせて残念だ。わしだつて智恵才覚にかけては、あつぱれ人には負けないのだが、金が無くては仕方がない。」と心に呟きながら、革袋に取り集めたのが、やつと五十両。
 「これでは、ここの商人の仲間入りはできない。手ぬるい算用だ。」と、商売を見捨ててやけになり、丸山{*13}の遊女町に行つて、自分がまだ繁昌盛りであつた時に馴染んだ事のある太夫を思ひ出し、「今夜だけで、一生の遊び納めにしよう。」と、以前のつてを求めて、花鳥といふ太夫に逢つた。ところが、初めから女の志が深く、今宵限りと思へばしんみりとした気で、ふと枕屏風を見ると、両面共に総金で、古筆切れが隙も無く貼つてあるが{*14}、どれを見ても値打ちのないのは無い。中でも定家の小倉色紙で、名物記に載つてゐないのが六枚ある{*15}。見れば見るほど時代紙で、真筆に相違はない。「どういふ人がこの太夫に贈られたのか。」と、これに欲が起こつて、遊興は第二となつた。
 それから毎日通ひ馴れて、言葉上手に仕向けたところが、いつとなく遊女も深く心を寄せ、我が黒髪も惜しまず切る程の情愛となつたので{*16}、かの屏風を貰ひかけたところ、わけもなくくれた。そこで、急ぎ暇乞ひもせずに上方に上つて、手蔓を頼み、大名衆へ買ひ上げて貰ひ、沢山の金子を申し受けて、また昔に変はらぬ大商人となり、家来をあまた召し使ふ身となつた。その後、長崎に行つて花鳥を請け出し、女の思ふ男が豊前の或る港に住んでゐるので、その男の処に金銀諸道具その他、何に不足もなく拵へてやり、縁付けたので、花鳥も限りなく悦び、「この御恩は忘れませぬ。」と申した。
 「あの男は、一度は傾城をたらす事に苦心したが{*17}、これらは憎からぬやり方で、その目利きは偉い男だ。」と、世間では皆、この事を褒めるのであつた。

【批評】
 主人公金屋の話は、本篇の約三分の二を占めてゐて、大体まとまつてゐる。他の三分の一は、本篇の序説とも見るべきもので、本筋に密接な関係のないやうなお談義とは違ふ。全体としては、一層統一を示してゐる。
 枕屏風の古筆に目を留めて、多少の鑑識を持つてゐた事が、また仕合せの海に乗り出す糧であり、一旦これを手に入れるや、小早の如く敏活に腕を振るつた。これがまた彼の才覚であつて、彼を出世の岸に導いた舵であつた。「知恵才覚にはあつぱれ人に劣らぬ」男が描かれてゐる。最後には、花鳥をその思ふ男に、金にあかして諸道具を拵へて縁付かせてやつたが、ここに「正直なれば神明も頭に宿」る律儀な男が現れてゐる。
 道草もなく、緩んだところもなく、構想の点に於いては相当の出来栄えである。

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校訂者注
 1:底本は、「心して」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
 2:底本は、「智恵才覚(ちゑさいかく)は」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
 3:底本語釈に、「〇一尺八寸と言へる雲行(くもゆき) 海上の台風を起こす前兆と思はれる雲を、一尺八寸と称したのであらう。一尺八寸と称するのは、尺八の笛は吹くものなれば、大風の吹く意にこと寄せた洒落言葉であらう。」とある。
 4:底本語釈に、「〇天秤(てんびん)の音(をと) 天秤の針口を正確に合はせる為に、小槌で叩く音。『天秤の音聞く』とは、金銀を天秤で秤る程の富人となる事を言ふ。」「〇秤(はかり)の皿(さら)の中をまはり 狭い土地で商売する事。秤の皿は、天秤竿の両端に吊るされてある。」とある。
 5:底本語釈に、「〇唐(たう)へなげかね 日本に来航する支那商人に銀を貸す事。これを借りた支那商人は、借用の手形を渡し、翌年来航の時、元利銀を返済する。」とある。
 6:底本語釈に、「〇奥口(をくくち)せず おくぐちせず。奥と口と違へない事。巻物即ち巻いた反物の奥の方に汚点、織り損じなどあるのを売らない事。」「〇木(き)は木、銀(かね)は銀 諺。物にはそれぞれ区別のある事。」とある。
 7:底本語釈に、「〇手ぬき。ここは粗く刻む事であらう。」「〇水にしたし 目方を重くしてごまかすため。」とある。
 8:底本語釈に、「〇欲に目のあかぬ 諺。欲の前には分別の眼を失ふ事。」「〇湊(みなと) 長崎港。」とある。
 9:底本語釈に、「〇住吉(すみよし)大明神 航海安全を守る神。摂津住吉にある。」とある。
 10:底本語釈に、「〇龍(たつ)ものぼるへき 『へ』は『べ』。諺『龍の雲を得る如し。』(一たび時機を得れば大いに活動する意)をほのめかした。この男が再び大商人となる條に暗に照応させてゐる。」とある。
 11:底本語釈に、「〇人の 宝の市は神前で行はれるので、これに対して『人間の』といふ意。又、自分は元手が少なくて、いたづらに見物するので、『他人の』といふ意も思はれて面白い。」「〇宝(たから)の市(いち) 九月十三日摂津住吉神社祭礼に行はれる桝市の事。長崎は種々の舶来品を売買するので宝の市と書いたのであるが、前に『住吉大明神を心誓言に立』と書いてゐるのに響きを持つてゐる。」とある。
 12:底本語釈に、「〇鮫(さめ) 鮫皮(さめかは)の事。刀の柄などを巻くのに使つた。」「〇あがりを受(うく)る 買ひ置きの品物の相場が騰貴する事。」とある。
 13:底本語釈に、「〇丸山 まるやま。長崎の遊里の名。」とある。
 14:底本語釈に、「〇惣金(そうきん) 総金箔。」「〇古筆(こひつ) 古筆切れ。古人の筆蹟ある色紙短冊その他断簡零墨。」とある。
 15:底本語釈に、「〇小倉色紙(をぐらじきし) 藤原定家が小倉百人一首の和歌を書いたといふ色紙。この中の三十五枚は集古十種に写し載せてある。。」「〇名物記(めいぶつき) 名物となつてゐる茶器その他の骨董品の名目などを記したもの。」とある。
 16:底本語釈に、「〇我(わが)黒髪(くろかみ)も惜(をし)からず切程(ほど)の 髪を切るは、男に対する心中(誓約)のしるしである。髪の切り方に種々ある。」とある。
 17:底本語釈に、「〇たらす 女を欺き弄ぶ事。たらすにの次に『心玉を入れし』などの語を省いたか。」とある。