第五 三匁五分曙のかね

 万年暦の合ふも不思議、合はぬも可笑し。近代の縁組は、相性、形にも構はず、付けておこす金性の娘を好む事、世の習ひとはなりぬ。さるに依つて、今時の仲人、まづ敷金の穿鑿して、後にて「その娘御は片輪ではないか。」と尋ねける。昔とは格別。欲ゆゑ、人の願ひも変はれり。
 淵瀬に流るる恋の川上に、久米の更山さら世帯より年月次第に長者となり、美作に隠れもなき蔵合に立ち続きて、人の知らぬ大分限万屋といふ者あり。一代に延ばしたる銀の山、夜はこの精うめき渡れど、貧者の耳に入る事に非ず。しかも奢りをやめて棟も世間並みに、元日にも聟入りの時仕立てたる麻袴にして、四十年この方、礼儀をつとめける。世は何染何縞がはやるとも構はず、浅葱の七つ星小紋に黒餅。着る物は、花色より外は紅葉も藤色も知らず、幾春をか送りぬ。蔵合といへる家は、蔵の数九つ持ちて富貴なれば、これ又、国の飾りぞかし。
 万屋は、ひそかなる手前者。一人子に吉太郎とてありしが、十三歳の時、鼻紙に小杉入れしを見て勘当切り、播州の網干にをば有りしが、このもとに遣はし置き、「那波屋殿といふ分限を見習へ。」と我が子は捨てて、その後、妹が一子を見立て、二十五、六までも手代並に働かせけるに、その始末、すたれたる草履までも拾ひ集め、瓜種の用に里へ送るを見て気に入り、これを子分にして家を渡し、相応の嫁を尋ねけるに、世間と変はり、「成程、悋気強き女房ならば、我が嫁に取りたき。」との願ひ。
 世は広し、思ふままなる娘ありて縁組を済まし、夫婦は隠居を構へ、残らず渡されけるに、この跡取り、金銀あるに任せて少し取り出し、手掛け者を聞き立て、旅子狂ひを心ざしけるに、かの嫁、約束の如く悋気仕出し、声山立つれば、世間憚り、おのづから色遊びやめて、酒呑うで宵から寝るより外はなし。亭主、内を出ねば、まして手代ども、灯の影に座を占めて、慰みに帳面を繰り、小者は地算置き習ひ、家の整ふ事ばかりなり。初めの程笑ひし御内儀の悋気の強き{*1}事、皆々思ひ当たれり。
 惣じて親の子にゆるがせなるは、家を乱すの基なり。随分厳しく仕掛けても、大方は{*2}母親一つになりて抜け道を拵へ、その身に過ぐる程の悪遣ひする事ぞかし。激しきはその子が為、ぬるきはあだなり。この万屋の夫婦相果てられし後、嫁、伊勢参宮して、下向に京、大坂の遊山人の洒落たる風俗を見習ひ、姿を移せば、心もそれになりて、「悋気言ふ事、初心。」と嗜みければ、亭主、「この時。」と騒ぎ出、作病を構へ、「所の養生、思はしからず。」と上方に上り、若女の二道に染まりて日毎に蒔きける程に、いつとなく恋に綻び、針を蔵に積みても溜まらず。
 久しくこの家に住み馴れし金銀に憎まれ、内蔵の福の神お留守なりし時、やうやう夢覚めて驚き、商売大体に代へて両替屋に店付き広く、人の金銀限りもなく預かり、あなたこなたと手廻しして、再び昔の身代に取り続くべき年の暮、人の内証は張り物、大晦日の提灯恐ろしく、「請け払ひも今宵一夜を越せば、明日よりは自由なり。」と、一銭も残らず済み帳付けて算用仕舞へば、七つの鐘の鳴る時、いかないかな、ちやんが一文なくて、若夷売り呼び込みたれども、「烏帽子着ぬ夷ならば買ふ。」とて戻しける。それより間もなく門を叩きて、兵庫屋といへる人、革袋持たせ来て、「小判千五百両あり。来年預けたし。」と取り出し、「先程の利銀の内、三匁五分の豆板、悪銀。」と出しける。この替へ無くて、身代顕はれける。

【口訳】
 万年暦の合ふのも不思議だが、合はないのも可笑しい。近頃の縁組は、相性や容貌などには構はないで、付けてよこす金の性の良いのを好む事が{*3}、世の習はしとなつてゐる。だからして、今時の仲人は、まづ持参金の多少を調べて、しかる後に、その娘は不具者でないか否かを尋ねるのだ。以前と格別に違つて、欲の為に人の願ひも変はつたのだ。
 淵となり瀬となつて流れる和気川の上流に久米の更山といふ所があるが、そこに更世帯の時から年月のたつにつれて長者となり{*4}、美作に有名な蔵合の家に立ち続いて住んでゐる、人の知らない大分限者、万屋といふ者がある。一代の間に溜めた白銀の山は、夜になれば、その精がうめき渡るのだが、貧者の耳に入る事ではない。しかも奢りをやめて、棟も世間並に、元日にも聟入りの時に仕立てた麻袴で四十年以来、年賀の礼をつとめるのであつた。世は何染何縞がはやるとも構はず、浅葱色の七つ星小紋に黒餅の紋を付けた羽織に{*5}、着物は花色より外は、紅葉も藤色も知らずに幾春かを送るのであつた。蔵合といふ家は、蔵の数を九つ持つて富貴であるから、これ又、この国の飾りである。
 万屋は地味な資産家で、一人息子に吉太郎と言ふのがあつたが、十三歳の時に鼻紙入れに小杉を入れてゐるのを見て勘当を切り、播州の網干に叔母があつたが、この人の元に遣はしておいて、「那波屋殿といふ分限者を見習へ{*6}。」と言つて、我が子は見捨て、その後、妹が一子を見立てて、二十五、六歳までも手代並に働かせたが、その倹約な事は、すたれた草履までも拾ひ集めて、瓜種の肥料として実家へ送るのを見て気に入り、これを養子として家を譲り、相応の嫁を探したが、この男は世間と変はつて、「なるべく悋気の強い女房ならば、我が嫁に貰ひたい。」といふ願ひであつた。
 世間は広いもので、思ふ通りの娘があつて、縁組を済まし、老夫婦は隠居家を構へて、跡目を残らず渡されたが、この跡取りは、金銀のあるのに任せて少し取り出して、手掛け者を探し出し、又、旅子狂ひを志したところが{*7}、かの嫁は約束の如く悋気をし始め、大声を立てるので、世間を遠慮して自然に色遊びをやめたが、酒呑うで宵の口から寝るより外はない。主人が外出しないから、まして手代どもは灯火の影に座を占めて、慰みに帳面を繰り広げ、丁稚は地算を置き習ひ{*8}、家の治まるばかりである。初めの間、人々が笑つてゐた御内儀の悋気の強い事を、今になつて皆々、思ひ当たつた。
 すべて、親が子に寛大過ぎるのは、家を乱す基だ。でも、随分厳しくし向けても、大抵は母親が子と同じ心になるもので、子はこれを悪用して口実を拵へ、その身に不相応な悪遣ひをするものだ。厳しいしつけはその子の為になり、甘いのは害になる。この万屋の夫婦が亡くなられた後、嫁は伊勢参宮して、帰りに京、大坂を見物して歩いたところが、人々の洒落た風俗を見習つて、その姿を真似するので、心もそのやうに粋になつて、「悋気を言ふのは野暮だ。」と遠慮するやうになつた。そこで亭主は、この時とばかり遊蕩を始め、病気と偽つて、「土地での養生は、思はしくない。」と上方に上り、若衆、傾城の二道に耽つて、毎日金銀を蒔き散らしてゐたところが、いつとなく色遊びの為に身代が綻び、針を蔵に積むの譬へ{*9}、いくらあつても溜まらなかつた。
 久しくこの家に住み馴れた金銀に憎まれ、内蔵の福の神がお留守になつた時、亭主はやつと迷ひの夢がさめて驚き、商売を大げさに見せて両替屋に代はり、店つきを広くし{*10}、人の金銀を限りもなく預かり、あなたこなたへ取引して、再び以前の身代に回復しさうな年の暮となつた。だが、人の身代は張り物の譬へ{*11}、大晦日の銀取りに来る人の提灯が恐ろしく、「請け払ひも今宵一夜を越せば、明日からは楽だ。」と、一文も残らず支払ひ帳に付けて算用仕舞うたが、七つの鐘の鳴る時、どうして、銭一文さへなくて{*12}、若夷売りを呼び込んだけれど、「烏帽子を着ない夷なら買ふ。」と言つて戻した。それから間もなく門の戸を叩いて、兵庫屋といふ人が、革袋を持たせて来て、「小判千五百両ある。来年の間、預けたい。」と取り出し、「先刻請け取つた利銀の内、三匁五分の豆板は悪銀だから。」と差し出した。しかるにこれを取り替へる銀さへも無くて、身代の張り物である事が暴露した{*13}。

【批評】
 人は、親の監督を受けてゐる間は、ずいぶん極端なほど勤倹である事もあるが、両親が死んで、いつたん多額の遺産が自分の自由になると、その人の性情に依つては、又、養子分の身としては、おのづから金銀を遣つてみたい気になり、終には遊蕩に身を持ち崩し、産を破るに至る事は、現代でも往々見聞するところであつて、本篇は、この人性の一面を捉へてゐる。
 又、主人公の妻も、初めは質実であつたが、伊勢参宮の帰途、京阪あたりを見物してから、おのづから華麗となり、又、初めの程は悋気強い女であつたのが、京阪の都会の人々に接し、見聞を広くするに従つて、悋気するのは野暮くさいと思ふやうになつたといふ事も、世にありがちな世相の一面である。
 又、妻の悋気強いのに辟易して、行状を慎んでゐた夫が、いつたん妻の悋気から解放されるや、俄に自由な遊蕩の世界に走つて行くのも、世にありふれた姿である。
 本篇は、この三つの世態人情を描いてゐるが、そこには奇抜な事件もなければ、又、ロマンティックな筋もない。ただ浮世の姿である。ただ人性の真が展開されてゐる。奇抜と思はれる事は、主人公が嫁を探す時に、悋気強い娘を希望したといふ事ぐらゐである{*14}。又、他の各編には、多少誇張的な描写が往々存するが、本篇にはほとんどない。かかる点から観れば、本篇はよほど自然主義的な作品と言へる。
 又、本篇は、巻一の二「二代目に破る扇の風」などと同じく、最後は家産を蕩尽する話であつて、致富談と言ふよりも、むしろ失敗談の好例を示した事になるが、作者は大福長者教の名に依つて、これを以て教訓話となす意志もあつたであらうが、作の態度は例の写実にあつて、読者の興味は、失敗の理由などよりも、かへつてこの写実の点に存するのである。

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校訂者注
 1:底本は、「悋気(りんき)のよき事」。底本語釈に従い改めた。
 2:底本は、「大かた母親(はゝをや)」。『新潮日本古典集成 日本永代蔵』(1977)に従い改めた。
 3:底本語釈に、「〇万年暦(まんねんこよみ) まんねんごよみ。任意の日の七曜、即ち日月木火土金水の位置や日の吉凶、相性などを記したもの。」「〇相生(あひしやう) 普通には相性と書く。人の生まれた年を木火土金水の五行に当てて、その性が合ふ合はぬと言ひ、今も行はれる。」「〇付(つけ)ておこす金性(かねしやう) 持参金の事。当時、敷金(しきがね)と称した。単に『金(かね)』と言ふべきを、『相生』の縁によつて『金性』と書いた。」とある。
 4:底本語釈に、「〇恋の川上(かみ) 和気川(わけがは)の上流。遊里などで恋の事をわけと言ふ。和気川は吉井川とも言ひ、備前の児島湾の東部に注いでゐる。」「〇さら世帯(せたい) 新世帯。『久米の更山』の『さら』と同じ音を重ねて音響的効果を示した。」とある。
 5:底本語釈に、「〇黒餅(こくもち) 紋章の名。円。ここは白の円形。最も簡単である。」とある。
 6:底本語釈に、「〇小杉(すき) こすぎ。小杉原の略。漉き返しを使ふ筈だのに、小杉を入れてゐるのは贅沢で、をかしいと見咎めたのであらう。」「〇勘当切(かんだうきり) ここは親子の縁を切る事。」「〇那波(なは)屋殿 なばやどの。寛永頃に於ける京都一流の富豪。播州那波港の出身。」とある。
 7:底本語釈に、「〇手掛者(てかけもの) 手掛け女。」「〇旅子(たびこ)狂(くる)ひ たびこぐるひ。旅子は飛子(とびこ)に同じ。旅興行をする少年俳優。」とある。
 8:底本語釈に、「〇地算(ぢざん) 珠算の基本的な方法。加算。」とある。
 9:底本語釈に、「〇針(はり)を蔵に積(つみ)ても 諺『針を蔵に積む。』針のやうな小さい物を蔵に積んでも溜まらぬ事で、多くあつても役に立たぬ事。『綻び』の縁として針といふ語を持ち出した。」とある。
 10:底本語釈に、「〇内蔵(うちくら) うちぐら。金銀などを蔵しておく蔵。」「〇福(ふく)の神(かみ) 内蔵にも祀つて常灯を上げる風俗があつた。」「〇大体(をゝてい) おほてい。大きい資産。」「〇代(かへ)て 両替屋の縁にもなつてゐる。」「〇両替(がへ)屋 今日の銀行。預金も預かつた。」「〇見せ付(つき) 店の有様。」とある。
 11:底本語釈に、「〇人の内証(しやう)は張(はり)物 諺。人の身代は見栄を張るもので、信用はできない。」とある。
 12:底本語釈に、「〇ちやん 銭の異称。」とある。
 13:底本語釈に、「〇来(らい)年 既に七つの鐘が鳴つたから今年であるが、大晦日はほとんど徹夜して請け払ひする風俗であつたから、夜が明けるまでは大晦日の内と思ふのであらう。」「〇利銀(りぎん) 利子。両替屋は今日の銀行の前身で、預金も貸付も取り扱つたが、貸付に対しては利子を取るが、預金に対しては無利子が通例であつた。けれども資金を集める必要上から、利子を付けて預かる事もあつた。又、経営が困難になれば、高い利子を餌にして預金を吸収したものである。この万屋もこれではないか。『人の金銀限りもなく預かり』とある。」「〇豆板(まめいた) 豆板銀。銀貨の一種。」「〇悪銀(あくぎん) 悪質の贋銀。ここは贋の豆板銀。」「〇此替(かへ)なくて 両替屋でありながら、僅か三匁五分の悪銀を取り替へて渡す程の銀貨もないのである。」とある。
 14:底本は、「ぐらゐでゐる。」。